10話「好きな人と2人きりで……Part2」
Φ
お昼の空き教室で、私と凉香は机を2つ合わせて隣同士で座り、昼食の準備をしている。対面じゃなく隣同士なのはあえて。純粋に凉香を近くで感じたかったから。
「さあ、食べよう!」
「お口に合うか、わからないけれど……どうぞ」
凉香はいつもの謙虚な姿勢で、自分のお弁当を差し出す。
「大丈夫だって、じゃあ、いただきまーす!」
「――んんー! おいしいぃー!」
まさにその味は絶品。凉香のような優しい味がする。
そして凉香の手料理を食べられたという事実に、こんなにも幸せが溢れてくる。
だけれど、それと同時にめぐみはいつもこんなおいしい料理を食べているんだと、ちょっと嫉妬した。
「よかったー」
その反応に、ホッとした様子の凉香。
「……今度はさ、私のために作ってきてよ」
これきりで終わらせないために、ちゃんと次の約束もとりつける。
2人だけの時間を作るための口実、そして『私のために作ってくれた』という事実を味わいたいから。
「え!?」
「作ってくれると嬉しいなぁー」
「わ、わかった……今度ね」
顔を真っ赤にして、それを承諾する凉香。
「ホント!? やったー!」
それが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。もう今からそれが楽しみだ。
これでめぐみの作戦も実行できるし、私たちも私たちでより仲を深められるし、一石二鳥。こんなことならもっと前からやっておけばよかったと、少し後悔。
でも、どこかで私も凉香みたいに踏み出す勇気がなかったのかも。それをめぐみがきっかけを与えてくれたことで、私はこうやって踏み出すことができたんだ。だからめぐみのためにも、私のためにも、そして凉香のためにも、この作戦を成功させよう。
「――いやー美味しかったよー! こんな美味しい料理を毎日食べられるめぐみは幸せだね!」
それから凉香の手作りお弁当を完食したところで、私はそんなことを『わざと』言ってみる。ちょっとした私情の嫌味も込めて。
「ええ……」
私がめぐみの名前を出すと、やはり彼女はさっきまでの表情とは一転、暗い表情になってしまう。
私には、どうしても1つ気になるというか、言及しなければ気が済まないことがあった。
「あの、さ……あんまり言わないようにしてたんだけどさ、もうどうしても言いたいから言うね。最近さ、浮かない顔してること多いよね、やっぱり……めぐみのこと?」
この話は結局は私絡みの話で、私からするべきではないとは思うが、やはりその暗い表情は見ていて気分がいいものじゃない。
「え、ええ、そう」
その話をした途端、さらに表情が暗くなっていく。
あまりにもその表情が可哀想で、目を背けたくなってしまうそれだった。やはり、好きな人がこんな表情をしているのに、黙ってはいられないだろう。
「あんまり詳しくは訊かないけどさ……仲直りはしないの?」
事情を知っている者からいわせれば、どうすれば解決に向かうのかも知っているけれど、涼香は私の事情を知らないから、混乱させないためにもあえて知らないふりをする。
「んーと、ね。めぐが求める仲直りできる条件はね、あることをすることなの」
これは間違いなく、私への告白だろう。
めぐみもなかなか強引な作戦をしたものだ。だってこれは、告白をいつまで経ってもしなければずっとこのままだというのに。
「それはめぐとの秘密だから、ハッキリとは言えないけど、それができるだけの勇気が今私にはないの」
てことはそれが果たせないから、仲直りもできないと。むしろめぐみの作戦が、悪い方向へ行ってしまってるというわけだ。
「ええ。だったら、めぐもめぐで辛いだろうから、このまま現状維持して折れるのを待つことにしたの。めぐが諦めてくれたら、それで全て元通りだから」
めぐみもめぐみで頑固なところがあるけれど、こっちもこっちで中々頑固だ。どっちもが意地を張ってしまって、完全に状況が止まってしまっている。
「でもそれって自分は耐えられるの? 自分も辛い思いするはずでしょ?」
「ええ、私は結構忍耐力がある方だと自負していたんだけど……どうにも耐えられそうにないみたい」
後半になるにつれて、声が震え始める涼香。やはり、彼女にとってこの状況はなによりも辛いものだろう。
「そっか、やっぱ辛いよね。たぶん私が涼香の立場だったら、とてもじゃないけど耐えられないな。大好きな友達と関係を白紙にするなんて、悲しすぎるよ」
私はその姿に、思わず頭を撫でてしまう。
それに涼香はいつものような驚くような素振りは見せず、ただただそれを受け入れていた。
「ええ……」
「ねえ……だったらさ、もう一度ちゃんと自分の思いをめぐみにぶつけてみれば? 思っていることは言わなきゃ相手には伝わらないよ。それが例え長く連れ添った相手でもね」
もういよいよ耐えきれなくなって、その言葉を言ってしまう。ちょっぴり別の意味を込めて。
「涼香は友達の関係に戻りたいんでしょ? このままの関係は嫌なんでしょ?」
それに強く頷く涼香。
「だったらちゃんとそれを伝えなきゃ。このままは嫌だって、元通りの関係に戻りたいって。それを心の底から真剣に伝えれば、めぐみだって考え直してくれるよ」
「そうね、私言ってみる」
ごめんね、めぐみ。私の好きな人がこんなに悲しんでいる姿を、黙ってみていられなかったんだ。でも、きっと2人の仲ならいい方向に向かうと思うよ。頑張ってね。
そんな言葉を心の中でめぐみに送りつつ、私たちはしばらくの間、言葉も交わさずにただただ時間が流れていくのを感じていた。




