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おもいあい。  作者: 瑠璃ヶ崎由芽
第4章『きょうすず』
54/117

9話「人の不幸の上にできる幸せ」


Φ


 常葉ときわさんの第一作戦はうまく行ったみたいだ。

 教室に入ってきたすずの表情、常葉さんの表情がもう初々しいカップルみたいに恥ずかしがって、照れた感じのそれだった。

 案外、この作戦をやってよかったのかもしれない。奥手だった2人が、ズルいけど私きっかけでこうやって距離を縮めているのだから。

 計画はまさに驚くほどに順調だ。このままうまく行けば、私の目指すその到達点にたどり着けるかもしれない。そんな期待が私の胸の中に光を灯していた。

 そして、中休みや移動教室の時もなるべく常葉さんはすずに積極的にアタックしていき、それでいてそれっぽいアピールも欠かさず、作戦をうまくやっているようだった。

 そして時はお昼休み。皆学食や購買へ行くもの、自分たちの机を合わせて大きな机を作るもの、様々だった。そんな中、私は常葉さんとすずは様子をうかがっていた。


涼香すずかー! さ、行こう!」


 常葉さんは一目散にすずの所へ向かい、彼女の手を取って教室を後にしていく。

 どうやら予定通りに常葉さんは2人きりで昼食へ行く約束を取り付けたようだ。

 こうして数を重ねていって、すずに何かしらの気持ちの変化が起こるといいのだけれど。結局そこ次第なのだ。すずの気持ちが変わってくれないと、全くこの作戦は意味がないのだから。


「めーぐみさん?」


 教室を去っていくすずたちを見つめていると、後ろからゾワッと背筋が凍るような、おどろおどろしい声が聞こえてきた。

 その声の方を恐る恐る振り返ってみると、その主は荒川あらかわさんであった。


「な、何?」


 いかにも不満そうな顔をして、そんなお化けみたいな言い方で私を呼んでくる荒川さんに恐怖しつつ、その用件をとりあえず聞いてみる。


「もしかして、杏奈あんなと手組んでない?」


 いぶかしげな表情をして、探偵みたいにそんな私のことを暴いていく。


「ど、どうして……?」


 全くもって思ってもみなかったその言葉に、冷や汗をかいていく。

 何分なにぶん、この事実が荒川さんにバレるのはマズい。荒川さんの好きな人は常葉さんなのだから。 そして何より、私は荒川さんの気持ちを知っている人。ならばこの作戦は自動的に、荒川さんの恋を破滅させる目的にもなるわけだ。だからこそ、今はせめて、勘付かれた程度であってほしい。そうしなければ、私は友達の想いを踏みにじる最低の人間になってしまう。


「だって昨日の放課後、用があるって2人きりでどこかへ行ったでしょ? それに昨日の今日で杏奈は急に涼香ちゃんと一緒にいたがるし、どう考えてもめぐみの差し金じゃない?」


 名推理ってほどのものでもないけれど、今日の2人の様子の変化に、完全に私の目論見が暴かれてしまっていた。

 まあ、常葉さんの行動がわかりやすい、というのもなくはないだろうが、そこはやはり『荒川さんだから』だろう。


「え、えとー……」


 その荒川さんの、私に向ける視線が怖くてしょうがない。その視線で、また何か暴かれるんじゃないかと心が落ち着かない。そのせいで、私の思考回路はそれに奪われまともに言い訳を考えることができないでいた。


「い、いやそんなことないよ……?」


 だからあくまで普段通りをよそおいつつ、そうやって誤魔化す程度の嘘しかつけなかった。

 たぶん彼女はこれで押し切れるような人じゃない。そんなことは百も承知だ。


「それに昨日杏奈から言われたよ」


「な、なんて……?」


 まさか常葉さんが嬉しさのあまり、失言をしてしまったのか。それならありえなくもない。それが荒川さんにとって確証になったとか。


「明日のお昼は豪華にしてって。なんでって訊いたら、大事な日だからって。それで今日涼香ちゃんとお昼でしょ。怪しいすぎっていうかわかりやす過ぎ」


 ちょっと常葉さーん……いくら自分で料理ができないからって、それを言ったらそりゃ疑われるって。嬉しいのはわかるけど、自分も荒川さんの気持ちわかってるんだから、配慮してあげようよ。

 そんなある意味自分勝手な常葉さんに呆れつつ、いよいよ追い込まれた私は次の言葉を考える。


「た、たまたまじゃないかなー」


 でも思考回路は完全に停止状態、再起動も難しい。だからそんな適当な言葉ではぐらかすことぐらいしかできなかった。こういう時にこそ、色々と考えてうまい嘘がつけるといいのだけれど。そんな能力、私にはなかった。頭が真っ白で何も考えられない。でもこのままでは――


「ふうん」


 相変わらず私を疑うような表情で相槌あいづちをうち、私を下から上へと舐め回すように視線を移動させていく。その視線の流れで、私の心臓は止まりそうなほどに焦りだす。完全に追い詰められているこの状況、もうあと一歩後ろに下がれば崖下に真っ逆さまに落ちていってしまう状況。逃げたくても逃げられない。どうすればいい?


「でもさ、それにしたってちょっとは私に配慮してほしいなーって」


 そして一息おいて、荒川さんはそんな無茶振りを言ってきた。


「いやいや、私たちの思惑は両立できないんだから、ムリでしょ」


 それに私は右手を左右に振りながら、その無茶振りを拒否する。

 いくらなんでも今のこの状況下で、さらに荒川さんのことを配慮に入れるのは不可能だろう。出来上がった作戦に、新たな想いや意思をねじ込むなんてムリだし、辻褄つじつま合わせが大変になる。それに何より荒川さんとすずで恋愛の対象者が被ってしまっているのも更に不可能にさせているだろう。仮に荒川さんの意思を考慮したとしたなら、それは同時にすずの恋路を諦めることになってしまうのだから。


「じゃあ……さ、なぐさめてよ」


 そんな私の言葉に対して、さっきまで人を殺すような視線や雰囲気だったのに、一気に物悲しそうな目をして私を見つめ、そんなことを小さな声でつぶやく荒川さん。


「え、それって――?」


「すべてが終わったら……責任とって私を慰めて」


 次第に声が震えていく荒川さん。

 目頭めがしらにも涙のようなものが浮かんでるのが見て取れた。その言動で、私は荒川さんの内に秘めたる思いが全て理解できた。


「え、えーと……わかった」


 だからこそ、私はうなずき、せめてでもその願いを叶えてあげようと思った。

 これはそもそも私が発端の事。その結果、荒川さんの恋は終わってしまう。じゃあそうなってしまった時、誰が責任を取るべきか。それはもちろん私だろう。

 私のなぐさめ程度で彼女の傷が癒えるかはわからない。正直、癒せる自信もない。でも彼女がそう望んでいるのだから、それにはちゃんと答えてあげないと。それが筋だろう。


「……」


 私の言葉に、荒川さんは返答をしようとはせず、黙り込んでしまった。

 この沈黙は重苦しく、私のせいとは言え、辛いものだった。


「あ、あのーさ……」


 それに耐えきれず、なにか言葉を出そうとするが、うまく出ない。こういう時に何か気の利いた言葉をかけてあげられればいいんだろうけど、如何いかんせんそれができない。どんな言葉を投げかけたらいいかがわからない。ヘタに変なことを言うことも出来ないし。慰めの言葉なんて言われても、私は悪者なわけだし、逆撫でしてしまうだけだろう。


「何も言わなくていいよ。めぐみにも言いづらいことがあるでしょ」


「荒川さん……」


「むしろ何も言わないで、これ以上何か言われると壊れちゃいそうだから」


 今にも触れてしまえば、その涙が溢れてしまいそうなほどに荒川さんは限界に来ているようだ。

 でも、これは私の推測でしかないけれど、荒川さんも荒川さんで今は我慢しているんだと思う。もちろん今ここで泣くなんてわけにはいかない。それこそみんながいるし。それにまだあの2人の恋は実っていないのだから、それまではその涙をとっておくのだろう。そんなふうに私は思った。


「……うん、わかった。もう何も言わないよ」


「お昼いこう」


「う、うん」


 私はすずが結ばれることで私の恋を終わらせようとする策だけど、荒川さんの場合は自分の思いを叶えるために動いているんだから。一番辛いのは明白の事実だ。私だって辛いけれど、それでも最初から知っていた私と、最近になって知ってしまった荒川さんではえらい違いだろう。

 でも、まずはすずの恋を実らせよう。それが終わったら、たくさん慰めてあげよう。彼女の気が済むまで。 本当に私でそれが成り立つのかは甚だ疑問だけれど、でもそれでも責任は取らなければ。私はそんなことを考えながら、荒川さんと少しの気まずさを感じながらも、共に学食へと向かった。

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