6話「究極の選択」
昼休みも終わって、眠気誘う午後の授業中のこと。私はなんとなくすずを見つめていた。私の席はすずが左斜め前なので、見つめるのにちょうどいいポジションにいる。
気のせいだろうけど、彼女の背中からなんとなく哀愁がただよっている。それを見ながら私は、新たなる進展をさせる策を考えていた。
そもそもすずは告白する勇気がなく、なおかつ断られた場合を考えて臆病になり、躊躇っている。また、告白する時に常葉さんの表情で恥ずかしくなってしまい、微かにあった勇気や意志が消え失せてしまって告白できないでいる。
なので告白させるには勇気と常葉さんが好きだという確信が必要で、さらに、すずが恥ずかしさを克服させるか、ないしは恥ずかしさを感じさせない場を作ってあげればいい。
また、前回の告白のときに逃げ出さなかったということは、少なからずすずには告白する意志はあるのだから、後はそれらをどうにかすれば、きっと彼女も告白してくれるだろう。
――ならばもういっそのこと『彼女』に協力を頼むというのはどうだろうか。
協力してもらえれば、作戦が格段にスムーズに行く。よりすずの告白の成功率が増す。だが、これをするには彼女の気持ちが非常に重要になる。それにこの行為は正直な話、一種のズルな気もする。
また、これ以上私のような部外者が干渉しすぎるというのもどうなのだろうか。従来では表面的に関与していたのに対し、これ以上干渉するというのは、2人の恋路を応援するのではなく、私自身が望む形へ強制しているような気がする。
でも、もし仮に好きなもの同士だったとして、それらが告白もせず、このまま自然消滅してしまっていいのだろうか。本当は実るべき恋が実らないまま終わる、というのはなかなかに解せない。
どうする?
今、私の心がどちらにするべきか、大きく揺らいでいる。
どちらを選ぶ?
「……さん! 橘さん!」
そんなことを考えていると、隣から私を呼ぶ声がした。
「えっ!」
その声に私は我に戻り、辺りを見渡す。
作戦を考えることに夢中になっていて、授業のことをすっかり忘れてしまっていた。周りの状況から察するに、どうも私にあてられたようだ。
だが、全く授業を聞いていなかった私には、どこをどうあてられたのかわからない。このまま答えないというのも、成績に響きそうでそれはそれで困る。現実に戻って、だんだん焦り始めている自分がいた。
「ここからだよ」
その時、隣の神埼さんが教科書の文を指しながら、あてられた場所を教えてくれた。どうやらただ読むだけのことだったらしい。私はホッと一息ついてから――
「ごめん、ありがと」
と小声でそう言いながら席を立ち、その場所を読み始めた。
とにかく今は授業に集中しよう。別にわざわざこれを授業中に考える必要はない。学校が終わってからでも、いくらでも考える時間はあるのだから。
◇◆◇◆◇
一切すず関連のことを考えないで授業に打ち込むというのは、なかなかにいいものであった。むしろ授業に集中することで、嫌なことやこれからの不安を考えずにいられて、むしろ精神衛生上非常によかった。
でも、その授業も終わり、考えなくていい時間も同時に終わりを迎えた。時は放課後、部活へ行くもの帰宅するもの、教室で喋っているものみんな十人十色だった。
そんな中、私は1人椅子に座ったまま考え事をしていた。当然、例の作戦のことだ。天秤にかけられない、この2択をどちらにするのかをずっと考えていた。ズルい作戦であることはわかってる。本来なら正々堂々とやるべきで、こんな作戦は外道中の外道であることはわかっている。でも、すずがこのまま私たちの関係を顧みず、現状維持した場合のことを考えると、やらなければならないような気がする。
その場合だと、私とすずの意地の張り合いになって、どちらが先に折れるかの勝負になる。最悪の場合、それが高校卒業まで続いたら、確実に私たちの関係は終わってしまう。そして私が折れてしまったらしまったで、すずの『逃げるが勝ち』になってしまう。それではいけない。私は心の底から、すずには幸せになってほしいと願っている。悲しい結末だけは、できれば避けたい。
だからこそ、この作戦は実行する価値は十分にあるとも思える。こんな答え無き問題が、私の頭の中をぐるぐると回っていた。そんな時だった――
「おーい、めぐみーおーい!」
これも運命の悪戯なのだろうか、常葉さんが私の顔の前で手を振りながら、私を呼んでいる。
しかも、残りの2人は教室の外で待っている。どうしてこの状況で、よりにもよって彼女なのか。これは神がそうしろとでも言っているのだろうか。いずれにせよ、チャンスの時が舞い降りた。
「あ、ごめん。どうしたの?」
私はそういいながらも、考えていた。ここで運命の悪戯に、身を委ねるか否かを。もういってしまうのか、それともまだ踏みとどまるべきなのか。
「いや、帰らないのかなーって思って。もう放課後だよ? もしかしてなんか用事あった?」
今なら自然な流れで2人きりになれる。そしてこの作戦を実行することができる。もしかしたらここを逃せば、もう二度とそのチャンスは訪れないかもしれない。もしかしたらここで失敗して、すずとの関係に深い溝ができてしまうかもしれない。――どうする?
「……ねえ、常葉さん」
「何?」
「ちょっと話したいことがあるの、屋上に行かない?」
悩んだ結果、運命の悪戯に委ねてみることにした。たまには勘を信じてみるのもいいだろう。結果がどうあれ、それが運命なのだから。今はそれに従うほかない。
これでダメだったら諦めればいい。その時は神様が『今は現状維持すべき』とお考えなのだろう。仮に深い溝が出来てしまっても、ゆっくりと時間をかけて修復していけばいい。
それは途方もない時間になるかもしれないけれど、私たちの仲なら確実に元に戻せる。根拠はないけど、そんな気がする。
「いいけど、ここじゃダメなの?」
常葉さんはお昼の私みたいなことを言ってくる。
「うん、ここではできない話」
それに対し、私は真剣な眼差しで、お昼の荒川さんみたいに返す。
「そっか、わかった。じゃあ行こう」
常葉さんは私の表情を察したのか、あっさりと承諾し、荒川さんたちの元へと向かう。
たぶん、事情を話して先に帰ってもらうのだろう。私は自分のカバンを持ち、常葉さんが来るのを待って教室を後にした。
さあ、運命の時だ。これによって全てが決定してしまう。
その運命が私たちにとって最良のものとなりますように。今はただそれを祈るばかりであった。