4話「協力者」
ホームルームまでのわずかなひと時。
いつもならこの朝の時間は亜弥ちゃんとお喋りしたりしているけれど、今日の亜弥ちゃんはわざとらしく、私たちの席から離れた前の席へ行っている。そこでいつものメンバーの1人、双子の妹の方の由乃ちゃんとお喋りしているみたいだ。
私はそれを自分の席から眺めていた。
たまにこちらの方を見ては、目が合うとすぐに背けてしまう。明らかにこちらを意識しているみたいだ。
私を見て、亜弥ちゃんは何を考えているのだろうか。やっぱ朝のこと、それともあの告白の日のことかな。逆に、朝にああ言ってみせて、反応を窺ってるとか。
ああ、亜弥ちゃんの心の内が知りたい。
「おはようございます、襟香さん」
ボーっと亜弥ちゃんを見つめていると、登校してきた双子の姉の方の由乃ちゃんがいつものように話しかけてきた。
「あ、おはよう、由乃ちゃん!」
「亜弥さんの具合はいかがですか?」
よしのちゃんは不安そうな顔をしてそう訊いてくる。
やはり、よしのちゃんも私と同じく、心配していたようだ。あの亜弥ちゃんが風邪で欠席したのだから、無理もないだろう。
「うん、大丈夫みたい。今もあんなにピンピンしてるし」
「それは幸いです。あ、そうそう……はいこれ、昨日休んでいた分のノートです」
よしのちゃんは安心した表情を見せながら、カバンの中からノートを取り出し、渡してくれた。
よしのちゃんは私がお願いする前から想定して、きっと昨日のうちからもうノートを作っていてくれたのだ。さすがはよしのちゃん。
「わー、ありがとー! わざわざ別のノートに、しかもコピーしてくれたんだねーごめんねー……手間かけさせちゃってー」
しかもノートは私たちのための専用のノートで、1日分の全ての授業の内容がまとめられている。しかも単純に板書の丸写しではなく、わかりやすいように一言コメントや、線引きなど工夫がされてた。さらに2人のために、コピーして2人分にしてくれている。なんという気遣いだろう。
本当によしのちゃんは優しい人だ。それをしみじみと痛感させられた。
「いえいえ構いませんよ……そんなことよりも襟香さん」
優しい笑顔をしてそう受け答えるよしのちゃん。本当にその優しさに感謝しかない。
「ん、何?」
「お休み中、亜弥さんと……なにかあったのですか?」
よしのちゃんは私と亜弥ちゃんの異変をすぐに感じ取ったのか、さっきよりも心配そうな顔をしてそう訊いてきた。
「なにかって?」
私はなんとなくそう白々しく聞き返してみた。単純にそう思った理由を訊いてみたかったから。
「気のせいかもしれませんが……なんとなく亜弥さんが先程からこちらを気にしているような様子でしたので。それにいつもなら亜弥さんは襟香さんとお喋りをしているのに、今日はされていませんでしたから」
よしのちゃんがそう話す最中にも、亜弥ちゃんは先程と同じようにこちらをチラチラと見ては戻り、見ては戻りを繰り返している。
「うん、実はちょっとあってさ……昨日、告白されたんだ、亜弥ちゃんに」
私は恥ずかしながら、昨日あった出来事を話し始める。周りに聞こえないようにヒソヒソ声で。
「こ、告白!」
よしのちゃんはお嬢様みたく口に手を当て、驚いた様子を見せる。
「うん、私そういうのよくわかんなくて。結局、答えを御座なりしちゃって、しかも今朝に亜弥ちゃんの方から『忘れて』って言われちゃって……だから今もなんとなく気まずいんだ」
「そうだったのですか……襟香さん、1つ質問してもよろしいでしょうか?」
「うん、何?」
「襟香さんはどうして亜弥さんの告白にお応えしなかったのですか? さきほど『よくわからない』とおしゃっていましたが」
「うーん、なんて言うのかなー……私まだ亜弥ちゃんへの気持ちがわからないんだよねー好きなのかどうか、まだよくわかんなくてさ」
「襟香さんは亜弥さんのことが嫌いなのですか?」
「嫌いではないよ?でも恋愛対象として好きかって言われると……」
いまいちよくわからない。
でも、確かに言えることは嫌いじゃないということ。それだけは胸を張って言える。
『好き』の方もそれだけハッキリとわかれば、こんなに思い悩むことはないのに。
「でしたら、確かめてみればよいのではないのでしょうか?亜弥さんが好きなのかどうかを」
「どうやって?」
「簡単ですよ。単純に亜弥さんのことを意識してみればいいのです。恋愛対象として好きなのかどうかを意識して亜弥さんと接すれば、自ずと答えが導かれるはずですよ」
「そっか、そうだよね。ありがと、がんばってみる」
「応援してますよ」
「えへへ、ありがとう」
私は微笑みながらも、心のわだかまりがとけたような気がして、ちょっと清々しい気持ちになった。
なんとなくだけれど、ぼんやりと希望への活路が見えたような気がする。もしかしたらこのまま答えにまでたどり着けるかもしれない。
そう考えながら、私はよしのちゃんお手製のノートを見ながらの書き写し作業へと入っていった。