2話「結果は……?」
Φ
『榎本涼香』は今、めぐのおかげ、というよりせいで放課後の屋上に常葉さんと共にいる。
いよいよその時がやってきたのだ、彼女に告白する時が。
私はとても不安で、ものすごく怖かった。胸の鼓動もすごく速く、今にも破裂しそうな勢いだった。もし断られたらと思うと、もう怖くて怖くてしょうがない。最悪、そのショックで死んでしまうかもしれない。それほどまでに、私は今恐怖に駆られていた。
でも、めぐがせっかくそのチャンスを与えてくれたんだから、このチャンスを私はムダにしたくないと思う。
「涼香、話したいことって何?」
静けさの中、話を切り出したのは常葉さんだった。
「あ、ああ、あのね……常葉さ――」
緊張で声が震えながらも、なんとか声を振り絞って彼女の名前を呼ぼうとする。
「杏奈!」
けれど、呼びきる前に常葉さんが私の声を遮ってしまい、自分で自分の名前を呼ぶ。その声はいつもの元気そうなそれだった。
「へっ!?」
でもどうして常葉さんが急に自分の名前を言ったのかよく分からず、思わず変な声が出てしまう。それだけでもう私は恥ずかしくて仕方がなかった。
「前々から言ってるじゃーん! 私のこと、杏奈って呼んでよぉー!」
頬を膨らませて、ちょっとブスッとした顔をしてそうお願いしてくる。そんな表情を見せる常葉さんは可愛らしいけれど、
「えええっ!? む、むむ、ムリよぉ……」
とてもじゃないけれど、今の私にはそんなことはできない。ただでさえ、普通に話すのも緊張してしまうのに。名前を呼ぶなんて、夢のまた夢の話。
「でも、何年も名字って変じゃない? しかも、めぐみのことは『めぐ』って呼んでるし。なんかそれって不平等だよー」
そんな私に常葉さんは怪訝そうな顔し、すぐに不満そうな顔をする。まるで百面相のように表情を変えていく。
「え、で、でも……」
めぐはめぐだし、常葉さんは常葉さんだ。不平等と言われても、呼べないものは呼べない。
だってめぐは親友、常葉さんは私の……片思いの人だもの。その状態で名前で呼ぶなんて、そんな勇気は私にはないし、その上とても恥ずかしい。だから絶対に無理だ。
「私たち友達でしょ? だったら名前で呼んでほしいなー」
常葉さんはまるで星のように目を輝かせながら私を見つめる。そのキラキラとした眼差しに耐えきれず、私はつい目を逸らしてしまう。
「ど、努力します……」
あまりにも名前呼びをお願いする常葉さんに根負けして、そんな効力の全くない口約束を交わす。
たぶん、この約束が果たされる日はしばらくはないだろう。
「ああ、話逸れちゃったね。で、話したいことって、何?」
そういえばそうだった。本来の目的を忘れていた。私は今日ここに告白するためにやってきたんだ。
常葉さんが呼び方に言及したことで、すっかり話が逸れてしまった。
「あっ……えと、そ、それはー……」
でもどうしよう、そのせいで言うタイミングを見失ってしまう。
そして今更になって、恥ずかしさが勝ってくる。さっきの名前呼びの話での恥ずかしさもあってか、今までにないくらい体が熱くなって、今にもここから逃げ出したい気持ちにかられる。そのせいで、告白する勇気もしだいに薄れていってしまう。
でも、もしここで告白しなかったら、めぐとは――
「ん、なになに?」
常葉さんは相変わらず目をキラキラさせながら、私の方を見つめてくる。その無垢なる目に、私の胸の鼓動は最高潮になっていた。それと同時に、顔がどんどんと火照っていくのを感じていた。
「……ううん、なんでもないわ」
そんなことをされたものだから、私にはもう告白する勇気は一欠片も残っていなかった。
それよりも、もう恥ずかしくて恥ずかしくて、いち早くここから逃げ出したい。
もちろん、昨日のめぐは本気だったということは重々承知している。でも私は心のどこかで、めぐが許してくれると希望的観測をしていた。誠意を持って説得すれば、なんとかなるだろうと思っていた。
「え、ええええ――――!? ここまできて『なんでもない』!? えー、すっごい気になるんだけど!」
私の答えに、常葉さんはまたとないほど目を見開き、驚愕する。呼び出しておいて『なんでもない』と言われたら、そんな反応をするのも当然だろう。
「ご、ごめんなさい、また今度――」
私は逃げるようにして、足早にその場を去っていった。
『今度』とは言ったものの、そんな日がはたしてくるのだろうか。告白する勇気は、はたして復活することはあるのだろうか。もはやこのまま自然消滅した方がいいのではないか、そう思えてくる。
私は危険な道を歩むくらいなら、このままじっとしていた方がいいと思う。だって今のままでも十分に満足なのだから。結局、その日は恥ずかしさのあまりに、常葉さんに告白することはできなかった。




