1話「作戦決行」
学年も進級し、クラス替えによって新しいクラスメイトとの学園生活も慣れ始めた2年の4月末のこと。
私は夕食も終えて特にすることもなくベットの上に座って読書をしていた。でも読書をしながらも、真の目的のために私はルームメイトのすずの様子を窺っていた。
「――ねえ、すず」
そして今だ、と思ったタイミングでいよいよ話しかける。
「何、めぐ?」
一方でそんなことはつゆも知らないで明日の準備を机でしているすずは、いつもの感じでこちらへと振り返る。この顔から察するに、彼女はこれから私の言うことは全くもって予想はしていないだろう。
「あのさ、もういい加減に常葉さんに告白しなよ、てかしろ」
そんなすずの表情を見つめながら、彼女にそう宣告する。
すずは恥ずかしがり屋で、臆病、さらに引っ込み思案な性格も相まって、なかなか自分が想いを寄せる常葉さんに告白できないでいる。
その光景を傍から見ている私には、もはや我慢の限界だった。だから私は以前から練っていたこの作戦を、今日思い切って実行することにしたのだ。
「え、ええ!? 命令!?」
すずはそんな突然の思いもよらぬことで、驚き戸惑っていた。
「うん、もうそろそろだと思うよ。もうかれこれ5年ぐらいになるんだし」
これがまだ昨日今日、ましてやここ数ヶ月程度の話なら私もまだ見守る立場でいた。でもそれが中学の時からずっと、時間にして5年もの間告白できないで想い続けているというのはさすがに私も我慢できない。いい加減に想いを伝えるべきだろう。むしろ、もう遅いぐらいでもいいはずなのに。それもこれも全てはすずの臆病な心が原因なのだ。
「んーでもぉー……もし断られたら?」
私がそう言っても、あまり乗り気ではないすず。そしていつものように臆病になって、告白することから逃れようとする。
すずはいつもこうだ。いざって時に言い訳をして、現実から目を背ける。
もちろんこうやって先の事を心配して石橋を叩いて渡るというのも別に悪いことじゃないと思う。でも、いつまでも石橋を叩いていては前に進むことはできない。それじゃ本末転倒だ。石橋を叩く意味がない。
だからこそ、すずには石橋を渡って行ってほしいのだ。
「大丈夫だって」
「そ、そんなのわからないじゃない……」
私がそうやって安心させようとも、すずは相変わらずグダグダと言い訳してその場で足踏みをしてしまう。いっくらたっても前に進もうとしない。もちろん長年一緒にいる私もこうなることは予想できていた。
だから――
「はぁー……」
いつまでも決心のつかないすずに、私も今日という今日は堪忍袋の緒が切れた。ホントはここまではしたくなかった。でもすずの態度からしても、やっぱり告白する気がない。というか怯えて告白から逃げている。
だけれど、今日の私はそんな甘えは絶対に許さない。是が非でもすずに告白させるこの作戦を決行する。
「すぅーはぁー……わかった。だったら、明日中に常葉さんに告白しなかったら、友達やめる!」
私は一度深呼吸を入れてから、すずの目の前に立って意を決してそう宣言をする。絶対に甘えさせないその言葉を言い放ったのだ。
「えっ、えええええ――――!? じょ、じょじょじょ、冗談よね!? 冗談でしょ!?」
そう言われたすずは珍しく慌てふためいていた。
それもそのはず。こんな極端な事を言われたら、そりゃすずだって慌てる。だけどこれぐらいのことをしなければ、彼女は動かない。それがもうさっきのやり取りでわかってしまった。だから私はここですずを突き放す。
「ううん、本気。明日までに常葉さんに告白しなかったら、本当に友達やめる」
私は真剣そのものの表情ですずに改めて宣言する。
もう言ったからには後には引けない。そんなことを言うのだから、ちゃんと発言には責任を持たないといけない。だからもう私はすずになんと言われようとてこでも動かないつもりだ。
「そんなぁ……無茶言わないでよぉー」
私のそんな厳しい言葉に、もう涙目になっているすず。
動かないつもりでいたのに、その涙で一瞬私の心に罪悪感が芽生え始め、動いてしまいそうになる自分がいた。
でもダメだ、とすぐにその感情を押し殺し、不動の私に戻る。ここで私が折れてしまっては意味がないのだ。今日はなんとしてでもすずを、まるで巨大な岩石みたいに動かなくなっている彼女を動かしてみせるのだから。それだけの覚悟を持って私は彼女に『友達やめる』宣言をしたのだから。
「大丈夫、告白する場所と告白の約束は私がとりつけておいてあげるから、すずは本当に告白するだけでいいの」
私もいくらなんでも全てを1人でやれという鬼ではない。たぶんすずの性格から考えて、まず告白の約束を取り付ける時点で躓くはず。そんなところで躓いてたら、明日中に告白なんてまずムリだ。だからそれを、私がウェディングプランナーみたいになって状況を用意して、後はすずに告白してもらおうという魂胆なのだ。
「で、でも……」
これでもかなり譲歩しているつもりなのに、まだ決心が固まらないすず。そしていつもの口癖『でも』。もう私から言わせれば、その言葉は聞き飽きた。
「でもじゃない! 決定!」
どうせ大した理由もないのだし、足かせとなっているのは自身の臆病な心。だから私はそんなすずを無視して、強引に私から決定を下した。
まあ、すずが自ら決断を下さないことはわかっていた。それは彼女の性格だから、仕方ない。人の性格なんてそう安々と変えようと思って変えられるものではない。だからこそ、周りの人間が背中を押してあげるべきなのだ。
もしかすると、これは余計なお世話なのかもしれない。でもこのままではいけないのだ。
すずにとっても、そして私にとっても――
◇◆◇◆◇
翌日の学校。私は早速、登校してすぐに常葉さんに約束を取りつけようと思い、教室に入る。けれど、意外にも彼女の姿はなかった。まさか彼女が欠席なわけない。それに、ルームメイトの荒川さんは登校しているので、余計にないだろう。
「おはよー荒川さん。常葉さん知らない?」
大方、どこかへ行っているのだろうと思い、私は荒川さんの元へ行き、居場所を尋ねてみる。
「あ、おはよー杏奈ならたぶん、お手洗いじゃないかな?」
「そっか、ありがとね」
やっぱりたまたま入れ違いでいなかっただけみたいだ。それならば善は急げと、カバンを机に置いて教室を後にする。
このまま待っているというのも一つの選択肢だけど、教室の中では荒川さんがいるし、周りの目もあるから変に疑われる心配がある。
『ちょっとすずが話があるから放課後屋上に来て』なんて言ったら変にギャラリーを集めてしまってすずが余計に告白できなくなりそうだし、危険なつぼみは出来る限り摘んでおきたい。
そんなわけで私は廊下に出て、トイレの方へと向かっていく。すると向こう側から見覚えのある顔がこちらへとやってくる。私はすぐに小走りになって彼女の元へと向かっていった。
「あ、いたいた」
「ん? どしたの?」
それに気づいた常葉さんはキョトンとしたような表情をしていた。
「ちょっといい? 話があるんだけど」
「うん、いいけど」
「ここだとアレだから、ちょっとそこの踊り場に行こうよ」
廊下にも一応クラスメイトもいるので、人気のない階段の踊り場に行こうと思ったのだが、その知勇をうまく説明することが出来ず、変な感じになってしまった。
「え、何? 『アレ』って?」
「まー……2人でしたい話だから、かな?」
「ふうん、まあいいけど。じゃあ行こっ!」
どこか私を訝しんでいるようだが、とりあえずわかってくれたみたいだ。
後は約束を取りつけ、すずが告白してくれれば万々歳。そこまでストレートにうまくいくかは少々不安が残るけど、私にはどうすることもできまい。とにかくすずを信じよう。
「――で、話って?」
階段の踊り場についてすぐに、常葉さんが話を切り出す。
「うん、今日の放課後ってあいてる?」
「まあ、大丈夫だけど……なにかあるの?」
どこか警戒しているような目で、私を見つめる常葉さん。別に大したことじゃないのに、そこまで怪しまれるのもなかなか腑に落ちない。
「今日の放課後に屋上に来てほしんだ。すずが話したいことがあるんだって」
「え!? ホント!?」
私が『すず』の名前を出した瞬間、常葉さんは目の色を変えて前のめりになって、期待に胸を膨らませるような顔をしてそう言ってくる。
「う、うん、ホントだけど……」
そんなテンションの上がっている常葉さんに私は圧倒されながらも、そう答える。
「わ、わかった! じゃあ放課後に屋上ね!」
それから常葉さんは嬉しそうに返事をして、スキップしながら教室へと戻っていった。
これは明らかに気のせいではない。まるで子供みたいにはしゃいでいる、それは間違いなく『すず』という言葉が出た後から、しかも『話がある』ということに食いついて、嬉しそうな表情をしていた。
私の言い方からして、常葉さんはその内容までは知り得ないはず。なのにあの反応――これってもしかして……
「そういうこと?」
んー……だけど何というかイマイチ確信には至らない。まあ、それももうあと数時間も経てばわかること
ああ、早く時間が経たないかなぁ、待ち遠しくなってしまった。
そんな期待を抱きつつ、バッチリと役目を果たした私は教室へと戻っていくのであった。
後はすずの告白だけ。任せたよ、すず。