10話「姉妹のその先」
いよいよその時がやってきた。私とお姉ちゃんの関係を発展させるその時が。もう早くこのモヤモヤな気分から解消されたい。絶対的な安心感を得たい。
そんなわけで私はウキウキで一足早く屋上へ向かい、お姉ちゃんを今か今かと待っていた。
6月の末とはいえ、今日はちょっと風が強く、夜風が肌寒かった。こんな所にいると絶対風邪引くだろうなと思いつつ、フェンス越しに景色眺めていた。
正直、内心ドキドキしている。いざ私から告白すると思うと、やはり緊張する。でも、より深い関係に達することができると考えると、嬉しくもある。早く来てほしいという思いと、いややっぱりもうちょっと待ってほしいという正反対の感情が私を支配する。
しばらく待っていると、後ろから扉の開く音が聞こえてきた。その音に反応し、すぐさま振り返ってみると、その主はお姉ちゃんで、こちらの方へ歩いてくるのがわかった。
「待った?」
「ううん」
「で、話って何?」
「大事な話だからよく聞いてね」
そう前置きをして、私は一度深呼吸をする。心を落ち着かせ、私は意を決して想いを口にする。
「私はね、お姉ちゃんが他の子と仲良くなって私たちの関係が脅かされるのが怖くて、嫌で嫉妬したの。だから私はお姉ちゃんと一緒にいようとしていたの」
今までの、私が抱いていた思いをありのまま正直にお姉ちゃんにぶつける。
「ええ、そうね」
「でも、一緒にいるだけじゃもう物足りなかったの、むしろ不安は募っていくばかり。だから私はお姉ちゃんと特別な関係になりたい。誰も介入することのできない不可侵な深い関係に。そうすれば私の今この胸に抱えている不安は消えるから」
「……ねえ、由乃。野暮なことを訊くけれど、今の姉妹の関係ではダメなの?」
「ダメ! 姉妹じゃ特別じゃない、私はもっと深くまでお姉ちゃんと繋がりたい」
「由乃はそこまで私のことを想ってくれていたのね、嬉しいわ……やっぱり私たちって双子ね、由乃も同じことを思っているなんて」
「お姉ちゃん……!」
「私も同じことを思っていたの。私たちは姉妹で、なおかつ双子だからって安心していたけれど、だんだんと時が経つにつれて気づき始めていたの。私たちの関係はいつか、他のお友達との関係と同等程度に成り下がってしまうんじゃないかって。でも私からは言えなかった、とてもそんなこと言える勇気なんてないから」
「なんかそれずるい」
「ずるなんかじゃないわ。ねえあの時私は、『本当の気持ちは言葉にしなければ伝わらない』って言ったでしょう? あれは私の臆病な心にも言っていたの、勇気を出せるように。由乃のその言葉で私にも勇気が出たわ。先に言われてしまったけれど、今度は私の番」
そう前置きをして、お姉ちゃんも私と同じように深呼吸をする。目をつぶって大きく息を吐き出し、心を落ち着かせ、そしていよいよ目を開けて、その想いを口にする。
「私も最近は由乃との時間がなくなって寂しかったわ。まあ、由乃の嫉妬ほどではないけれど」
かと思いきや、私をからかうような発言で話を逸らす。
まだ勇気が出きってないのか、それとも今までの私がしてきたことへの仕返し的な意味なのか。
「お姉ちゃん!」
「ふふ、ちょっとした言葉のアヤよ。そしてね、私はその時強く思ったの。由乃と唯一無二の関係になって、深く繋がりたいって。だから私も由乃の特別になりたい。他の追随を一切許さないぐらいの深い関係になりたい」
今度こそお姉ちゃんはハッキリとした言葉で、嘘偽りなく自分の想いを私に告白してくれた。
やはりあのお姉ちゃん遊びの時にも感じたが、好きな人と同じ気持ちだということは、これほどまでに嬉しいことなんだと改めて実感する。
「……お姉ちゃん?」
お姉ちゃんは一通り自分の想いを私に告げた後、私の腰に手を回してきた。
対して、私はお姉ちゃんの顔を見つめながら、そう問う。
「これは私たちが特別ということの証明と誓い……してもいい?」
少し恥ずかしそうに、そんな恥ずかしいことを言うお姉ちゃん。それに私は小さく頷く。
「これをしたら、もう後戻りはできないわよ、ホントにいい?」
お姉ちゃんらしい臆病っぷりで、再度確認をとってくる。
さっきの勇気はどこへ行ったのやら、それがお姉ちゃんらしいといえばらしいけど。
「お姉ちゃんくどいよ」
私の方はもう覚悟はできている。なんだったら、もうそこまでする気で来たといっても過言ではない。だから、私はお姉ちゃんが準備できるのを待つ。
「ごめんなさい、いざとなると緊張しちゃって」
「大丈夫 だから、して?」
そう言って私はお姉ちゃんの腰に手を回し、お姉ちゃんを見つめたままそっと目をつぶる。すると、数秒してお姉ちゃんの唇と私のそれが触れ合った。
その初めての感触に、私は脳が蕩けそうになっていた。それと同時に、心の底から『幸せ』という感情でいっぱいになっていく、それはもう零れそうなぐらいに。これで私たちは特別な関係となったのだと思うと、嬉しさで貪るように唇を求めてしまう。そのあまりの心地の良さに、いつまでもこの時間が続いてほしい、そんな感覚に誘われた。
「…………肌寒くなってきたわね」
しばらくして唇を離すと、お姉ちゃんは開口一番そんなことを言い出した。
「お姉ちゃん、ムード台無し……」
私はただただお姉ちゃんに呆れていた。
キスをした直後なんだから、ちょっと恥ずかしいことを言うとか、逆に何も言わずに微笑むとかぐらいはしてほしい。
「でもー……」
「はぁ……まあ、ちょっと寒くなってきたし、戻ろっか。続きはそこですればいいし、寮部屋って確か防音だったはずだし、ちょうどいいね!」
それでも今なら許せてしまう。たぶんそれはお姉ちゃんだから。それに私たちはまだ恋人になったばかり、これからとんでもないくらいに時間はあるのだから。ゆっくりと愛を紡いでいけばいい。
「つ、続き!? そ、それにぼ、ぼぼ、防音って――!」
私の意味深な言葉に、赤面して慌てふためくお姉ちゃん。意外とウブなところがすごくかわいかった。
「フフフ、お姉ちゃん今夜は寝かせないよー?」
私はいたずらっぽくさらに意味深な言葉を投げかけ、お姉ちゃんを弄ぶ。
「ちょ、ちょっと、不純なのはダメ……よ?」
その言葉に、すっかり私の思惑通りな考えをしてしまい、自分の体を隠すようにそんなことを言う。
その姿に、本当にしてしまおうかと思うぐらいに理性が飛びそうになる。
「え、普通にキスの続きだけど? キス音でも隣に聞こえたら嫌でしょ? あ、もしかして、お姉ちゃんキス以上のこと考えてた?」
「ッ!? べ、別に私は……そ、そんなこと!」
これは考えていたな。意外とお姉ちゃんってばムッツリスケベだったりして。でも、そういうお姉ちゃんも悪くはないか。
「ふふ、動揺してるお姉ちゃんかわいい」
「お姉ちゃんをからかわないの!」
耳まで真っ赤にしているお姉ちゃんに、私はたまらく愛を感じていた。思わず腕を抱きしめてしまうほどに。
「ふふ、ごめんごめん じゃあ今度こそ本当に戻ろっか」
「むぅー……」
「ねえ、お姉ちゃん。たぶんだけど、この学園的にはキスも十分不純な行為に入ると思うよ」
純潔を尊ぶこの学園では、キスなんてものすごいハレンチ行為だろう。『リリウム』なんて名前がついてるくらいだしね。
「いいの! ここは学園じゃなくて、寮なんだから寮のルールに従うの! 寮の基準の不純だったら多分キスは大丈夫よ!」
そんな苦しい言い訳で、『自らした』キスを正当化しようとするお姉ちゃん。まるでそれが子供の言い訳みたいで、面白くて可愛らしくてしょうがなかった。
「ふふ、なにその屁理屈」
私たちはそんな他愛もない会話をしながら、屋上を後にする。
今日私たちは特別な関係となった。それは何人たりとも邪魔できない関係で、誰とも超えることのできない関係、いわば私たちは永遠を手にしたのだ。
その事実が嬉しくて嬉しくて、もう以前までに感じていた不安や恐怖なんて一気に吹き飛んで消え失せてしまった。むしろ今は逆にこんなにも幸せになっていいのかと思えるほど、幸せで溢れてた。これからは『恋人』としての幸せな生活が待っているのだ。
私は期待に胸を膨らませながら、お姉ちゃんとの幸せを存分に噛み締めていた。