1話「モヤモヤする気持ち」
私には双子の姉がいる。名前は姉妹ともに『櫻井由乃』で、姉が『よしの』で妹が『ゆの』と読む。漢字が全く同じように、私とお姉ちゃんは生まれた時からずっと一緒で、片時も離れたことがなかった。それなのにも関わらず、近頃私は思う。
はたして私たちの関係は永遠に続くのだろうか。もしかしたら、どこかで終わってしまうのではないのかとものすごく不安だった。もし、いなくなってしまったらと考えると、いてもたってもいられなくなる。それほど姉という存在は私にとって大切で、かけがえのない存在。
でもそのお姉ちゃんこそが、今私が抱えている不安を芽生えさせた張本人なのだ。あの襟香ちゃんたちの一件や、亜美ちゃんたちの痴話喧嘩の事件以来、特に最近では亜弥ちゃんやまりちゃんたちが何かにつけてはお姉ちゃんに頼ってくる。
元々、私たちのグループでもみんなのお姉さん的な存在だったけれど、最近ではそれが顕著だ。
もちろん友達なのだから、頼ったりするのは悪くない。それにお姉ちゃんはそれだけ頼られるポテンシャルを持ってると思う。それは私も頭ではわかっているつもりなのに、なんとなくモヤモヤとした雲のようなものが私の心の中にはあった。
「――由乃、そろそろ行きましょうか」
そんな思いを抱えた6月の初旬。そろそろ梅雨がやってきそうな嫌な季節。そんな朝に、いつものようにお姉ちゃんが私を呼んで学校へと向かう準備を始めていた。
「……ねえお姉ちゃん。今日は2人で学校行こうよっ」
でもそんないつもの日常の中で、私は珍しい提案をお姉ちゃんにする。
もちろん今日は何か特別な日とかそういうのじゃない。至ってごく普通の1日だけれど、ただ私はお姉ちゃんと2人で学校へ行きたい気分だった。
「え、いつも2人で行っているでしょう?」
なのにお姉ちゃんは私の言葉の意図をちゃんと汲み取ってはくれず、的外れな返答をしてくる。
「そうじゃなくて、私は2人きりで学校に行きたいの!」
この二度手間な説明をしていることに、少し苛立ちながらも私は意図をハッキリしっかりとお姉ちゃんに示す。
「どうして? 皆さんで登校したほうが賑やかで楽しいじゃない?」
それに『わかったわ、じゃあ行きましょう』とはならず、不思議そうな顔をして理由を訊いてくる。
お姉ちゃんはそんなことを言うけれど、今日の私はそれではダメなのだ。是が非でもお姉ちゃんと2人だけがよかった。
「ダメ、2人で行きたいの! どうしても2人きりがいいの!」
私はあくまでも頑固に、2人きりで行きたいと強く推す。さぞ傍から見たら、ものすごくわがままな人に見えることだろう。
でも私は妹、わがままを姉に言ってもいい立場なのだ。だから私はそれを十二分に使って、自分の欲望を満たしたい。
「……わかったわ。由乃がそこまで言うのなら、今日は2人で行きましょう」
そんなわがままな妹に、少し考えて、押し負けたのか私のお願いを聞いてくれた。
「ホント!? やったぁー!」
それに、私はまるで子供のようにはしゃいでいた。お姉ちゃんを独り占めできることが純粋に嬉しかった。朝からテンションの高い私だった。
「もう由乃ったら……じゃあ今度こそ行きましょうか」
それから私たちはみんなに断りを入れて、2人きりで学校へと向かうこととなった。
みんなで登校してしまっては、結局お姉ちゃんは取られてしまい、私との時間はなくなる。ただ純粋にその空間に私とお姉ちゃんがいるだけになってしまう。だから私は2人きりで行きたかった。独り占めしてしまえば、私とお姉ちゃんだけの時間になるから。
私はもう嬉々として、お姉ちゃんと共に通学路を歩いていた。この時間は好き。いつも一緒にいるし、ただそんなに会話もなく肩を並べて歩いているだけだけど、でもそんな空間がとても心地よかった。
「――ねえ1つ訊いていい?」
お姉ちゃんとの2人きりの時間を存分に味わっている最中、お姉ちゃんは考えるような顔をしてそんな質問を投げかけてくる。
「何、お姉ちゃん?」
「どうして手を繋いでるの? しかもこれ……」
そう、私たちは今、手を繋いで歩いている。しかも恋人繋ぎってやつで。それはお姉ちゃんを独り占めするため、わざとそうしたのだ。こうすれば周りからは気を遣って誰もよってこれないし、私は私は2人きりの時間を味わえて幸せ。まさに一石二鳥と言ったところ。
「いいでしょー? 別に私たち姉妹なんだし、手を繋ぐことぐらいどうってことないじゃん!」
とことんまで『姉妹』という言葉を盾にして、自分のいいように持っていく私だった。こう言えば、お姉ちゃんだって何も言えまい。
「でも……この繋ぎ方はちょっと……」
どこか恥ずかしそうに、周りの目を気にするお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんを見て、私の悪戯心は疼いて仕方がなかった。
「私と手を繋ぐの嫌、なの……?」
だからお姉ちゃんの方を見て、あからさまに悲しそうな顔を作ってお姉ちゃんをからかってみる。
「い、嫌ってわけではないけれど……みんな見てるし、恥ずかしいでしょう?」
「ううん、全然」
その質問に、私は即答で返した。
もうお姉ちゃんの手は読めてる。『恥ずかしい』という理由でやめさせようとしているんだ。
でも残念、私の方が一枚上手だよ。
「えぇ……」
「だからいいでしょ? ほら早く行かないと遅刻するよ?」
それに早く行かないと、亜弥ちゃんたちが追いついちゃうかもしれないし。そう思い、歩を進めようとした時、
「……ねえ、由乃?」
繋いでいた手をお姉ちゃんが引っ張り、私を呼び止める。
「ん、何?」
「やっぱり何かあったんじゃ……?」
流石にここまで普段と違う私に、不審そうな顔をして疑りを入れるお姉ちゃん。
今日になって急に甘えて、くっつきたがる妹を見れば、そうなるのもムリはないだろう。
「何もないよ、ただお姉ちゃんと一緒に登校したい、それだけだよ!」
でも、私は決して本心は言わず、あくまでもごまかすことを選択する。
「ならいいのだけれど……何かあったらちゃんと言うのよ?」
「……うん」
とりあえずお姉ちゃんはこれでわかってくれたのか、その後は何も言わず、この手を繋いでいる状況も受け入れ、学校へと歩き始めてた。
残念ながら、たとえお姉ちゃんの言うことでも、これは言えそうにないな。
だって、これは私が抱えている問題だから。それにモヤモヤの原因のお姉ちゃんにそれを話すっていうのもなんか違う気がする。
じゃあ、その話を聞いてどうにかしてください、ってわけにもいかないし。
だからこそこれは私の問題。私個人で解決する問題。だから私はこの思いを心奥底に鍵をかけてしまいこみ、お姉ちゃんとの2人きりの時間を堪能することに意識を戻すのであった。




