15話「仲直り……したい?したくない?」
翌日の早朝。しまった、いつも通りの時間に起きてしまった。私はもう今日から何もしないと決めたのに。
習慣と言う名の敵に、早速出鼻をくじかれてしまった。何もすることがないのにも関わらず、こんなに朝早く起きてはやることがない。
結局、家事がやりやくなってしまう衝動にかられるだけ。
「あのー……襟香ちゃん」
キッチンへと向かうと、当然のように襟香ちゃんが朝食を作っていた。
私はそーっと様子を窺いながら、せめてなにか手伝えることはないかと訊いてみようと試みる。
「ないよ」
が、しかし襟香ちゃんの方が一枚上手で、私の心を読んだのか、先手を打たれてしまう。
これではもう何も言えない。
「一応まりちゃんは今日からお世話欲を克服するんでしょ? だから、だーめ!」
その顔に絶対にさせない意思を感じ、私はほとほと退散する。
けど、帰っても亜弥ちゃんは睡眠中なので、テレビを見るわけにも行かない。学校へ行く準備も終わっているし、カバンの中身も昨日の段階で今日のそれになっている。これで家事をしなくていいとなれば、本当にやることがない。
しかし、黙って待っていれば、世話が焼きたくて体が疼いてしまう。今の現状はまさに私にとって地獄そのものであった。
「襟香ちゃあん……」
ほとほと困り果てて、私は襟香ちゃんに泣きつく。
「やっぱり、こうなると思ってた」
「じゃ、じゃあ――」
「仲直りしたらその欲望を満たせるよ?」
襟香ちゃんはまるで悪魔のように私に楽な道を提案する。
「うっ……」
襟香ちゃんの言う通り、アイツと仲直りしてしまえば、また世話焼きすることができるようになる。
でもそれは私が望んでいないこと。でもでも、今みたいに地獄状態がずっと続くのよりは遥かにマシ。明らかに襟香ちゃんの手のひらの上で踊らされている私がとても悔しかった。
「まあ、ここから先はまりちゃん自身の意思次第だからね。今日は許してあげる。だから亜弥ちゃん起こしてきて? で、亜弥ちゃんのお世話してきて」
「うん、わかった! ありがとう!」
開始早々にして、もう襟香ちゃんに甘えている。
どうやらお先真っ暗なようだ。やはりもう一度冷静になって、この判断は正しいのかどうか、考え直す時間が必要そうだ。そう決意を新たに、私は亜弥ちゃんを起こしに向かった。
◇◆◇◆◇
お昼休み、今日は私は珍しく1人で、空き教室でのお昼だった。それは1人になって考える時間が欲しかったから。
今日半日を終えて、わかったことはお先真っ暗だということだ。朝のことといい、今日の数学もそう。結局、色々とごたごたがあったせいで、由乃ちゃんを先生として迎え入れることを忘れて小テストは散々な結果に。
つまるところ、私は一人立ちのための試練を何一つとして突破できていないわけだ。これでは相変わらずあの子に依存する形となってしまう。だからこそ、もう一度考え直そうと思う。
亜弥ちゃんの一言『後悔しない?』が私の頭の中で何度も何度もこだまする。
はたして私はこの先、1人で歩む未来を選択した時、本当に『後悔しない』のだろうか。
朝の一件から考えても、私が一人立ちできるまでには時間がかかる。その間ずっと襟香ちゃんたちの世話になるというわけにもいかない。それはあの襟香ちゃんカップルのお邪魔虫になってしまう。それぐらいなら仲直りして、その中で依存を克服していくほうがよっぽど楽なのではないだろうか。
でも、はたしてアイツは同じ気持ちだろうか。謝りたいと思っているだろうか。私はあの一件である種のトラウマになりかけている。正直言って怖い。また同じような思いを味わうんじゃないかと、怯えている。きっと、襟香ちゃんたちがあれだけ必死に動いているということは、由乃ちゃんたちもまた同じように動いていると思う。でも、私にはそれを信じられるだけの自信がなかった。人からいくら言われても、状況がいくらそうだとしても、やはり『トラウマ』のせいで信じきれない。でもそれで、そのせいで後悔することになったら――?
「あっ、いたいた、まりりん!」
そんな時、どこからか聞き馴染みの声と、特徴的な私の呼び名が聞こえてきた。
それにつられて声の方へと向くと、やはりその主は亜弥ちゃんであった。亜弥ちゃんはルーズリーフとシャーペンを持って、私の方へとやってくる。
「ん、どうしたの? そんな嬉しそうな顔して」
その顔はいかにも嬉しそうで、その足取りはいち早く私に知らせたいことがあるとみえる。
「へへーん、すごいこと発見しちゃったんだ! ねえ、アナグラムって知ってる?」
亜弥ちゃんは得意気な顔をして、私にそう質問を投げかける。
「ううん、なにそれ?」
その聞きなれない言葉に、全く想像がつかなかった。
おおよそその言葉から、外国の言葉だというのはわかる。後わざわざその言葉で言う辺り、該当する日本語がないのもわかった。
「文字の順番を並べ変えて別の言葉を作る言葉遊び。例えば、『ないようがいい』が『いいようがない』になったりね」
亜弥ちゃんはこういう文系なことよりも、もっと体育会系のもの方が好きなはずなのにアナグラムをしっている、そこに違和感があった。恋人に触発されたのか、趣味が似通ってきたのか、それとも……?
「ふーん、おもしろそう」
「うんでね、例えば生きるって意味の『live』を並べ替えるとで『evil』ってできるでしょ? これって『生きることは悪だ』ってなって妙に意味深な言葉になったりするんだよ?」
亜弥ちゃんは持ってきた紙に文字を書き入れ、文字を線で繋ぎ、アナグラムをわかりやすく説明してくれる。
「へぇーすごいねー! で、そのアナグラムで何発見したの?」
まさかこれが私に教えたかったことではあるまい。
これだけ得意気で、嬉しそうな顔をしているのだから、もっと別のことだろう。
「うん、『藍咲まり』と『五十嵐亜美』はアナグラムなんだよ!」
「え、嘘!?」
その事実はにわかに信じがたかった。まさか私とあの子がアナグラムの関係だったなんて。
驚きすぎて、ちょっと頭が混乱するぐらいに、それは驚愕の事実だった。
「うん、2人の名前をローマ字にすると『Aisaki Mari』と『Ikarasi Ami』でしょ? これで使われてる文字を比べると数が合うんだよ! でも、これはヘボン式じゃない場合なんだけどねー」
先ほどと同じように、紙にローマ字で私たちの名前を書き、文字同士を線で繋いでいく。すると面白い具合に合っていき、数がピッタリ同じとなった。
その瞬間、私は鳥肌が立つほどに驚きを感じていた。
「すごい……てか、よく気づいたね」
たまたまとはいえ、まず私たちがアナグラムにあるかもという発想に至ったのがすごい。普通そんなこと考えないって。
「ほら、2人の名前って発音の仕方が似てるでしょ? 母音だけ見ると、まりりんは『あいあい あい』で、あーみんは『いああい あい』だから最初の2文字以外一緒なの。この時点でもう既に母音の数と種類は合ってるでしょ? だからもしかしたらってね。まあこれに気づいたのはよっしぃーとえりの頭いいコンビなんだけどね」
それなら、と納得してしまう自分に少し反省、及び亜弥ちゃんに謝罪。
たぶん、アナグラムも知ってたのは由乃ちゃんたちなんだろうな。
やっぱり私の思ってたとおり、すごく悪い言い方だけど、亜弥ちゃんがそんな雅な趣味をもってるわけないもんね。そして私はその2人が出てきたことで、なんとなくみんなの意図がわかったような気がした。
「ねえねえ、これって何か運命的なもの感じない!?」
目を輝かせて、そんな乙女みたいなことを言う亜弥ちゃん。
「いやいやないない」
「いやいや、名字も含めてアナグラムになるって相当な奇跡だよ!」
やけにテンションが高い亜弥ちゃん。そこまでして私に言ってくるとは、やはり亜弥ちゃんもそれだけ本気ということなのだろう。
「そうかなー?」
「ちょっとこじつけがましいけど、名前からしてもう結ばれてるんだし、やっぱ私はこのまま関係が終わるのは反対。切っても切れない関係なんだからさ」
「んー……てか結局、これをネタに謝ってほしいってお願いしに来ただけだよね?」
なかなか本題に入らなかったので、私から亜弥ちゃんたちの意図を明かす。
亜弥ちゃんが嬉しそうだったのはこれのせい。説得するネタができたから。私とあの子の繋がりを偶然にも見つけてしまったから。
「うん、そう。だって私たちはそれを望んでいるんだもん」
「て言われてもなー、本人が望んでないし」
「くどいけど、ホントにそれで後悔しない? それがまりりんの結論?」
「……じゃあさ、私にも考える時間ちょうだいよ。自分なりにもう少し考えてみたいからさ」
「うん、わかった。でもなるべく早くね!」
「はいはい」
「じゃあ良い答え待ってるよ―」
そう言って亜弥ちゃんは去っていく。
私は亜弥ちゃんが出て行くのを確認した後、自分も同じように教室を後にした。ただし行く場所は亜弥ちゃんとは別。こういう悩んでいるときは、手っ取り早く大人の力を頼ろうと思う。そのためにも人が少ないところへ行こう。
誰かに話を聞かれるのも恥ずかしいしね。たぶん、『あの人』なら私の悩んでいるこの気持ちを受け止めてくれるはず。もしかしたら解決にまで導いてくれるかも。




