13話「説得開始」
「あ、おかえりー! どこ行ってたの?」
部屋に戻ると、亜美さんはいつもとなんら変わらない様子で、1人で退屈だったからか、ゲームをしていた。
「ええ、少し用事があって。それよりももう落ち着かれましたか?」
「うん、大丈夫」
亜美さんは私に満面の笑みで返事をする。
その表情もいつもとなんら変わらないそれだった。けれどなんとなく、どこか作っているようにもみえた。
「では亜美さん、少しお話をしてもよろしいですか?」
私は亜美さんの目の前に座り、真剣な眼差しで亜美さんを見つめる。
「う、うん、なに?」
それに少し怯えるような感じで、返答をする亜美さん。
「まりさんに謝りませんか?」
「え……」
そういった瞬間に、亜美さんはピクッと反応する。
「お節介かもしれませんが、私はまりさんと仲直りをしたほうがいいと思います。というより仲直りしてほしいと考えています」
「どうして?」
「例えば、ありえない話ですが、もし私たちが『迷惑だから出って行ってください』と言ったら亜美さんはどうなされますか? 自身の部屋に戻って、たった1人きりで生活ができますか?」
その言葉に、静かに首を振る亜美さん。
「そうでしょう。たしかに私たちでもまりさんの『代わり』になって亜美さんの弱点を補うことができますが、それでも完全に『まりさん』にはなれるというわけではありません」
「けど、それでも十分な生活できたよ?」
「果たしてそうでしょうか? 朝食の時のことを思い出してみてください。少なからず不満を抱いていたはずです。それはさっきも言った通り、私たちは『まりさん』ではないからです。その好みや、癖を知り尽くしているのは、やはりまりさんなんです! だからこそ亜美さんと共にいるのはまりさんでなければならないんです! 今の亜美さんに必要なのはまりさんなんです!」
私の本心をたっぷりと込めて、熱弁する。この私の思いがこの言葉を通して伝わってほしい。私はそう願いを込めて、説得する。
「そ、そうかな……?」
「はい。亜美さんはそれほどにまりさんに依存しているんです。そして同じように、まりさんもまた亜美さんに依存しています。少し大袈裟かもしれませんが、いわば亜美さんとまりさんは切っても切れない関係にあるのです」
「ホント大袈裟だね」
亜美さんは軽く笑いながらそう言った。
けれども、それが私の考え、本心。
どちらかが欠けていてはダメで、生活がまともに出来ない。だからその存在はとても大切で、かけがえのないもの。
「はい、それでもそんな存在を失ってしまうのはかなりの痛手だと思いませんか?」
「……」
その私の言葉に、考え込むような仕草をして黙り込む亜美さん。
きっと今亜美さんの中で、まりさんという存在を天秤にかけているはず。自分の中でまりさんという存在を再確認して、失った先の未来を考えてくれているはず。
でも、まだ迷いがあって、結論がゆらゆらとどっち付かずな様子だ。
「では亜美さんに問います。亜美さんはどうしてさきほど帰ってきたときに泣いていたのでしょうか? それは喧嘩して、自分の思い通りにならなかった『悔しさ』ではないと私は思います。喧嘩して、いよいよ本当に仲違いしてしまった『悲しさ』や『寂しさ』だったのではないでしょうか。どういう形であれ、亜美さんもやはりまりさんを求め、仲直りを望んでいるのではないでしょうか」
私は考え中の亜美さんに、さらに念を押してアタックする。
亜美さんが揺らいでいる考えに、後押しをする。これで亜美さんが思いを決めてくれれば――
「……本当はね、最初はまりが完全に悪いと思ってた。だからまりが謝って来た時、勝ったと思った。だからあんなに調子乗った発言をしていたのかも。どこかで私たちは潰えない、そんな安心感があったからかも。でも、まりは違った。カンカンに怒って、絶交した。まりが怒って出ていった途端にね、なんか大切なものを失ってしまった感じがして、悲しくて悲しくて涙が溢れて仕方がなかったんだ」
亜美さんはどこか物悲しそうな表情で、本音を語る。
「では、亜美さん、亜美さんはまりさんと仲直りしたいですか?」
「……うん、したい。このまま終わるなんてやっぱり嫌だ」
「その言葉が聞けて、私も嬉しい限りです!」
「でも……」
私の喜びの表情とは対称的に、亜美さんの表情は曇っていて不安そうな顔であった。
おそらく、亜美さんもまたまりさんのことで思い悩んでいるのでしょう。
「ええ、亜美さんの心配している通り、まりさんはあの一件のせいで意固地になってしまっています。この現状を変えない限り、お二人の関係は元には戻らないでしょう」
「どうすればいい?」
「言い方は悪いですが、ここは変に亜美さんが動くよりも、部外者である私たちが動くほうが得策と思われます」
「変にまりを刺激しないようにするってことだよね。まさか、まりも由乃たちに怒りの矛先を向けては来ないだろうし」
「ええ、そうです。まりさんは私たちならば最低限、聞く耳だけは持ってくれるはずです。そこをついて何とか説得してみせます」
「うん、ありがとう、由乃、由乃」
「いえいえ、私たちも今のままの関係は望んでいませんから」
「うん、そうだね」
亜美さんは私の説得により、謝りたい、そして関係を修復したいと言ってくれました。
後はまりさんだけ……ですが、この壁は非常に高く頑丈な壁。
私たち四人の力をもってしても、壊せるかどうかわからないほど、非常に難関な壁です。ですが、やれるだけのことはやってみたいと思います。言い方悪いかもしれませんが、当たって砕けろといったところでしょうか。壊す前に砕けてしまっては意味がありませんが、それだけの覚悟で臨もうというわけです。
私たちにはそれだけの意思があります。お二人の関係を直したいという意思が。だから襟香さんたちと共に、なんだったら一番まりさんのことを知っている亜美さん借りて、関係修復に向けて頑張りましょう。