10話「仲直り……?」
「――あっ、来た!」
それからしばらくして、亜美が櫻井姉妹を連れて戻ってきた。
私は彼女が1人になって、自分の席に座るのを見計らい、彼女の席へと向かう。
亜美は一番前の席で、私は後ろの方の席のため、少しだけ距離がある。
それを歩いているこの時間が、私をものすごく緊張させる時間となる。
そして、いよいよその席へと辿り着き、覚悟を決める。
「あ、あのさ、亜美」
私には気づかずに、弁当箱を片付けて午後の授業の準備をしているその亜美の肩をたたき、彼女の名前を呼ぶ。
「何?」
と言って彼女が私の方へと振り向くと、声だけで私だと認識されたのか、そこには露骨に嫌そうな顔をした亜美がいた。しかもその声色も、どこか私を威嚇するようなそれだった。
「え、えと、話があるの。放課後に私たちの部屋に来て」
それに一瞬怯むが、負けじと用件を話す。『話があるの』といった瞬間に、一瞬だけだが、顔がニヤっとしたのがわかった。ということは、亜美も亜美なりに謝る気があるのかもしれない。
もしかすると、亜弥ちゃんが私に説得してくれたように、由乃ちゃんも同じように説得をしたとか。いずれにせよ、これは割りと円満に事を解決できるかもしれない。
「わ、わかった」
その言葉の感じも、どこか嬉しそうな感情が混じっているそれだった。
やはり、亜美も謝る気でいたのだろう。でもあの性格だから自分から行くのは恥ずかしい。だから私の今の誘いに喜んでいるといった感じか。
まあ、今回は亜弥ちゃんの助言通り、私が大人になって先に謝ってあげよう。これで全てが元通りになって、お菓子も数学もお世話も、全て帰ってくるのだから。
私は期待に胸を膨らませながらも、自分の席へと戻っていった。
◇◆◇◆◇
放課後、私たちの部屋。ケンカしてからそれほど時間は経っていないし、点呼の際に戻ってくるので、そう長く部屋をあけていないのにも関わらず、なぜかどこか懐かしいような感じがした。
そんな中、亜美は私をムスッとした表情で見つめて、テーブルを挟んで私の向かいに座っている。
それはたぶん早く話を切り出さないか、とそわそわしているのだろうけれど、いざ話を切り出そうにも、その顔のせいでなかなか話しづらい。そんなわけで、自室で沈黙状態で向かい合っているという、なんともシュールな状態になっていた。
「で、用って?」
ようやくしびれを切らし、そんなそっけない言葉で私に用件を尋ねる亜美。
今の私にはそれが助け舟となって、ようやく話を始めることができる。
「あの、ごめんね。仲直りしよう?」
私はそう言って、一礼し、仲直りを亜美に申し出る。
「ふ、ふん! わ、わかればいいのよ!」
その低姿勢な私に対し、なんと亜美はふんぞり返ってそんな偉そうな態度をとる。
その態度に、下手に出ていた私も不満を抱き、いつもの私に戻る。
「むっ、ちょっと何その言い方!」
「だって悪いのはまりでしょ? 当然じゃん」
殴りたいようなムカつく顔をして、あたかも私は悪くないと言わんばかりの口調。
あなたはここに謝りに来たんじゃないの? どうしてそんな態度をとるの?
まさか、それは私の勘違い……?
つまり、あれは私が謝るから、と勝利を確信して喜んでいた表情だった?
「わ、悪いのはお互いでしょ?」
その事実に戸惑いを隠せない私だが、必死で取り繕って言い返す。
たしかに私も悪口言ったし、お節介が過ぎたかもしれない。でもそれを加味しても、亜美だって同じくらい私の悪口を散々言った。だからその言い分にはとてもじゃないが納得できなかった。
「いやいや、まりがよ・け・い・な口出ししなければ、こんなことにはならなかったわけだし」
わざとらしく『余計な』の部分を強調した言い方をする亜美に、私はだんだんとイライラが募り始めていた。
もうこれは完全に私の勘違いで確定だ。この子に謝る意思は一切ない。むしろ謝られることを当然だと思っているバカだ。
「余計なとは何よ! 人がせっかくアドバイスしてあげたってのに!」
「だから、それが余計なの! ゲームのプレイヤーは私なんだから、外野が口挟まないでよ!」
「でも結果論かもしれないけれど、アドバイスを聞かなかったからゲームオーバーになったんでしょ!?」
むしろ私がいれば、難は逃れていた。それどころか、念願のクリアまであったかもしれない。それを自らのくだらないプライドで逃してしまったのだ。しかもそれで悔しいからって私に八つ当たりして、ホント亜美ってウザい。
「口を挟まなければ、諦めがついて素直にやめてましたー! まりにお節介されたせいで、余計に悔しい気持ちにさせられましたー! だいたいさ、まりって私のお母さんじゃないでしょ? 『ただの』腐れ縁のルームメイトじゃん! それなのにお節介しすぎなんだよ! 正直、ウザいし、大っ嫌い!」
まるで子供のように私を挑発するような口調で、不満をぶつける亜美。そんな亜美に、温厚な私も言わずにはいられなくなっていた。
「そのお節介をされなきゃまともに生きられない人はどこの誰よ!? 亜美がそう言うならね、こっちにも言い分があるわよ! してもらってる身なのに、それを『お節介』とか『余計』なんて言葉で片付けるなんてひどいって思わないの!? 感謝もしないわ、だからといって自分でやろうともしないわ、そういう亜美の傲慢なところ大っ嫌い!」
「私が『やって』って頼んでないじゃん! そっちが勝手にやってるだけでしょ? それに何で恩を感じなきゃいけないわけ!? だいたいまりがやってることって『自己満足』だよ! 勝手に世話焼いて、勝手に自分で欲求を満たして、満足しているだけじゃん! それに私を巻き込まないでよ!」
どこまでも傲慢で、自己中心的な言い方で、その上に私を貶してくる。
そんな亜美の暴言に、私の怒りも最高潮に達しようとしていた。もう既に私の中には、『謝る』なんて言葉はどこにもなかった。そんな気はもう一欠片も残っていなかった。
「じゃあ、いいの? 私がいなくても。家事はぜーんぶ亜美1人でやらなきゃいけないんだよ? それも毎日、365日年中無休だよ? 大好きなゲームの時間を割いてでもやらなきゃいけないんだよ? できるの?」
「うっ……できるもん! 本当はできるもん!」
私の言葉に狼狽える亜美。ダウト、亜美のその言葉は嘘、できるわけない。
『腐れ縁』と称されるほど、嫌になるくらい一緒にいた私が言うんだから間違いない。
家事は全部私や自分の親に任せっきりで、自分でやろうとしたことも、学ぼうとしたこともないんだから。そのくせして、さっきの発言だ。ホント、馬鹿げてる。
「ふん、どうせ由乃ちゃんたちの部屋でも任せてたんでしょ? 亜美のことだから手伝いもしなかったんでしょうね」
「ううぅ……じゃ、じゃあ! 私だって、これから数学の成績どんどん落ちてもいいわけ!? 私がいないと赤点取っちゃうほどダメダメなくせに! どうせ、他の人から教えてもらっても理解できないんでしょ?」
今度はこっちの番だと言わんばかりに、私の最大の弱点をつき、攻撃をしてくる。まるで見透かしてるかのように、朝の出来事のことをついてくる。
「うっ……」
そう、亜美の言う通り、私は襟香ちゃんの解説を聞いても1ミリも理解できなかった。でも理解できなければ、私の数学の成績は底辺のまま。しかもそれが全体の成績にまで響いてきてしまう。それは私にとって重い一撃となった。
「それにまりがいなくなってくれれば、逆に家事を覚えることができて、私の成長にも繋がるしー! そうだよ! まりが私の成長を妨げていたんだよ! ホント、迷惑な話だよねー」
その恩知らずの最低なセリフに、いよいよ私の堪忍袋の緒がブチ切れた。
「ああ、そう。亜美がそこまで言うならわかったわ、もう絶交よ! もう二度とアンタなんかと口も利かないし、世話もしてあげないんだから!」
もうこんな人の気持ちも考えない最低な奴は見限ることにした。勝手にすればいい。それで困ったってそれはアイツの人生、私には一切関係のないことだ。
「ふ、ふん! わ、私だって数学のことで泣きついて来たって絶対に許してやらないから!」
「あっ、そう!」
私はそう言い残し、怒りを露わにしたまま部屋を後にした。そしてそのまま襟香ちゃんたちの部屋へと戻っていく。




