7話「眠れない夜」
高校生になって、初めて自分の部屋以外で眠る夜。でも、どうしても私は眠ることができなかった。
それは緊張とか、枕が変わったからとかそういうものではなく、私はいつもの『アレ』がないと眠ることができないから。なんとかそれなしでも眠ろうと頑張ってみるものの、やっぱりどうしても目が冴える。
むしろ眠ろうと意識すると、逆に眠れなくなってしまう。まずい、このままじゃ悪循環だ。
「どうしました? 枕変わると眠れませんか?」
その様子に気づいたのか、由乃がベッドから出てきて、私の元に来て小声でそう訊いてきた。
「あ、うん、その……誰にも言わないでね……」
由乃に秘密がバレちゃうのは恥ずかしい。
でも、このまま眠れないのも嫌だなので、しょうがなく言う決意をする。
もちろん他の誰にも言わない条件付きで。
「え、ええ」
よしのは微笑みながらとても優しい声で相槌をうつ。
その姿はまるで女神のようであった。
「絶対の絶対のぜーったいにだよ?」
それでも念には念を入れる。それぐらいしなければいけないほど、このことは必要以上にバレてはいけない秘密。
「ふふ、大丈夫ですよ。絶対に誰にもいいません」
由乃はさっきと同じように微笑み、そう約束してくれる。その表情から、私は大丈夫だろうと安心し、いよいよそれを言う決意を固めた。
「私……子守唄がないと……眠れないの……」
「え? ふふ、ふふふ」
それを聞いた由乃は驚いた表情をみせ、すぐに手で口を隠して笑い出す。
「ああ、わらわないでよぉ……」
やっぱり恥ずかしくて仕方がない。でも、それもこれも全部まりが悪い。まりが私をこんな体にしたのが悪い。喧嘩した後もなお、私にネチネチと攻撃してくるとは、ホントうざい。
「ふふ、すみません、亜美さんの意外な一面があまりにもかわらしくて。あの、私がお力になれるかわかりませんが、よろしければ私が歌って差し上げましょうか」
「ホント!? じゃあお願い!」
私が両手を合わせ頼むと、由乃は私のベッドに入り、耳元でそっと囁くように子守唄を歌い始める。
いつものまりとは違い、それは綺麗で、透き通った声だった。
でもその歌声にはなんというのだろうか、心地よさというか、眠りにつくものがなかった。
むしろ華やか過ぎてその歌声を意識して聞いてしまい、逆に目が冴えてしまう。
「――ダメだ、眠れない……」
「申し訳ありません……どうやら私では力不足のようです……」
由乃は悲しそうな顔をして、そう謝る。私が頼んでいる側なのに、そんな顔されてしまうといたたまれなくなってしまう。
「ううん、気にしないで。全ては子守唄なしでは眠れない体にした、あいつが悪いんだから」
ホント、まりは余計なことばっかりする。由乃にまで迷惑かけるなんて、最低な奴。
そう思うと、ホントにまりに腹が立ってくる。
「いつもはまりさんが?」
「うん、幼稚園ぐらいの時にね、まりの家にお泊りしたんだけど、それが初めてのお泊りで、もちろん他人の家で夜を過ごすっていうのも初めてだから、怖くて眠れなかったんだ」
「その時に、まりさんに子守唄を歌ってもらったというわけですか」
「そう、それが始まりだったの。それからはまだ普通に大丈夫だったんだけど、高校に入って、ルームメイトになってからその時のことを思い出してさ、懐かしくなってちょっと面白半分でまりにやってもらってたんだ」
「そうしたらそれなしでは眠れなくなったと……」
ホントに私がバカだった。面白半分でやってもらったそれが、なくてはならないものになってしまうなんて。そのことを今になってものすごく後悔している自分がいた。
「うん、そう」
「ふふ、ふふふ」
「あぁーもうだーかーらぁー!」
笑われるのが恥ずかしくて、顔が沸騰しそうだった。布団を顔に埋めて、悶たいぐらいに恥ずかしい。
「すみません、どうしてもかわいらしくて、つい」
「と・に・か・く! 全部まりが悪いの!!」
「でもどうしましょうか? 私の子守唄では効果なしですし……」
「まあ別に子守唄がないと絶対に眠れないってわけじゃないだろうし、たぶんこうしてれば自然と眠れると思うよ。だから、さ、もう少しこのままでいてもいい?」
私は由乃にそんな甘えたような声色で、お願いをする。なんとなく、一緒にいれば安心感みたいなので眠れるような、そんな気がした。
「ええ、構いませんよ」
「じゃ、じゃあさ……抱きかかえるようにして、頭撫でてもらっていい?」
この際だからと、調子に乗って私はとことん甘えてみる。もうここまで恥ずかしいところを晒したら、これ以上何を言っても恐れるものはない。
だから心を晒して、まるで本当の妹にでもなったかのように、今は甘えようと思う。
「ふふ、はいはい」
由乃は笑いながらも、私を抱きかかえ、優しい手つきで私の頭を撫で始める。それはとても心地よく、心が癒やされ、嫌なことが全て白になっていく。これでならもしからしたら眠れるかもしれない、私はそう思った。
「何でだろう、子供の時にお母さんにやってもらったみたいにすごい落ち着く……」
「それは幸いです。ふふ、ふふふふ」
「あっ、また笑ったぁー」
「いえ、こうしてるともはや姉妹を通り越して、まるで親子みたいで、ふふ」
笑いながらも、そんなとんでもないことを言ってくる。
「親子!? じゃあ、私子供ってこと!? それは流石にないでしょー」
流石にそれは抗議をする。いくらこんな状態でも、せめて姉妹程度ということでありたい。
「そうは言われても、この状況では説得力まるでないですよ」
「だってぇー……」
「はいはい、よしよし」
そんな私をなだめ、優しく頭を撫でる。
「むぅー……でも、頭撫でるの上手だね」
由乃にしてやられているようで、少し不服だけど、でも頭を撫でられるその心地よさで、それが忘れさられる。
「私は慣れていますから」
「あぁそっか、由乃には由乃がいるもんね」
確かに、由乃って結構甘えん坊な感じだし、小さい頃はよくしてもらってたのかも。
「ええ、今もたまになのですが、よくこうしてあやしていたので」
『今も』という言葉にちょっと由乃に可愛さを覚える。
由乃にもたまには甘えたくなる日があるのかな。でも、そういう時に受け止めてくれるお姉ちゃんの存在はでかいなぁ。ホント、今日一日で姉妹って存在が羨ましくなってきちゃった。
「そっかぁー由乃は幸せものだねー」
「そうですか?」
「うん、羨ましい。私は一人っ子だからねー」
こんな優しいお姉ちゃんがいるなんて、ホント嫉妬しちゃうくらいに羨ましい。四六時中、できるお姉ちゃんがずっといてくれるんだもんなぁー
「やはり一人っ子は姉妹に憧れるものなのですか?」
「そりゃね、どっかの誰かさんとは違って、由乃みたいな優しいお姉ちゃんがいてくれたらなーっていっつも思うもん」
「ふふ、ありがとうございます」
こんな感じでしばらくの間、私は由乃と雑談をしながら、頭を撫でられていた。やっぱりその図は、どうあがいても夜に眠れない赤ちゃんをあやす母親にしかみえなくて、でもひょっとしたら、その頃を本能的に思い出したからなのか、なんと私は眠りにつくことができた。
まさに、由乃さまさまである。ただ、こんな恥ずかしいことは他の誰にも口が裂けても言えない。私と由乃だけの秘密にしておこうと、心にそっとしまった。