5話「仲違いしたその先 亜美:SIDE」
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由乃たちの部屋の前。私はまりへの怒りが未だ冷めないまま、インターホンを押す。
するとインターホン越しに返事があった後、すぐに扉がひらいた。
「あれ、亜美さん……? え、どうなさったのですか!? そんな大荷物抱えて……」
その主は由乃だった。由乃は抱えている荷物を見てすぐに、とても心配そうな顔をしてそう訊いてくる。
「えと、それは……中で話すので入れてくれる?」
とりあえず中に入ってからじゃないと話は始まらない。部屋には由乃もいるだろうし、2人にまとめて事情を話したほうが早いだろう。
「え、ええ……大丈夫ですけれど……」
私はまだ心配そうな顔をしている由乃に促されるまま部屋へと入っていく。ただ荷物が多いので、結構入りづらかった。体をうまく使って、壁にぶつからないようにしながらリビングへと入っていく。
「――ということなので、しばらくの間この私を泊めてください」
ベッドとベッドを挟んだ真ん中のテーブルにみんながついたところで、今までの事情を説明する。話している間も2人とも心配そうな顔をしていた。そんな2人を前にして、私は軽く頭を下げて、櫻井姉妹にお願いする。
「ええ、別に構いませんが……」
「ホント!? ありがとう! 由乃は本当にどこかの誰かさんとは違って、物分りがよくて助かるよ!」
その答えに、私は前のめりになって感謝をする。
由乃はホントに勉強もできて、料理も家事も得意だし、優しくて、それでなおかつユーモラスがあって、頼りがいもあるし……もう挙げてたらキリがない。それほどまでにまるで仏のように崇め奉られる存在だ。
それに比べてそのどこかの誰かさんときたら……ああ、思い出すだけで腹立ってきた。
「は、はぁ……でもよろしいのですか? このまま絶交したままで……」
「あーいいのいいの。それもこれもあの余計な世話焼きさんが悪いんだから。あっちから謝らない限り、絶対に許してあげないんだから!」
いちいち余計なことをするアレが悪い。これに懲りてちょっとは反省すればいいんだ。
「亜美さんがそうおっしゃるようなら、私は何も言いませんが……では、どうぞここを自分の部屋だと思って、心ゆくまでおくつろぎください」
由乃は先生のように私に説教したり、仲直りさせようとはせず、あくまでも私を受け入れてくる。
ああ、やっぱり優しい人だ。ルームメイトになるんだったらこんな人が良かったなぁ。
「うん、ありがとう」
「そうだお姉ちゃん、寝る時どうしよっか? この部屋ベッドだから予備の布団とかないし」
話が済んで早速、由乃は今後の生活のことを話し始める。
そういえば、そういうこと全く考えていなかった。
ここは寮だし、誰かを泊められないから、ベッド2つしかない。なんと、まさか来て早々に壁にぶち当たってしまった。
「んー……じゃあ、亜美さんは私のベッドをお使い下さい。私たちは由乃のベッドで一緒に寝ますから。それでいいわよね、由乃?」
由乃は腕を組みしばらく考える仕草をした後、そう提案してきた。
結局のところ、その案しかないわけだ。だってベッドは2つしかないんだから、どちらかが2人で寝るしかない。
「いっ、一緒に!? い、いいよ……!」
それに対し、由乃は恥ずかしながらも、嬉しい……そんな顔の可愛らしい反応をみせる。
「あ、由乃ってば照れてるーかわいいー!」
そんな反応を見てしまうと、ついついおちょくってみたくなる。
「ちゃ、茶化さないでよ―!」
そして期待通りに反応をしてくれる由乃。
いやー満足、満足!
「ふふふ」
そんな光景をみて、由乃は優しく微笑んでいた。
「そ、そんなことよりさ、お昼食べた?」
由乃はそう言って、話を誤魔化そうとする。
「ううん、まだだけど?」
「よし、じゃあお昼にしようよ!」
「でも、作るのは私でしょう?」
その必死で考えたであろう案に、水を差す由乃。この姉、意外と鬼畜だ。
「そ、それはそうだけどさー……」
「あ、そうだ! 泊めてくれたお礼に、私スイーツ作るよ! まあ、そんな『スイーツ』ってほど高尚なものじゃないけどね」
いつもの6人の中で、私が持つ唯一無二の特技、それが『お菓子作り』である。これだけなら、まりにも負けない自信がある。というか、下手すれば由乃にも勝てるかもしれない。なんて高をくくってみる。ただ、面倒くさがり屋な性格が相まって、作るのはたまに程度だけど。
「お、いいねー亜美ちゃんの作るスイーツおいしいから楽しみ!」
「ええ、いいですね。私も亜美さんのスイーツ楽しみです」
「そう言われると俄然やる気が出るなー! よし、今日はちょっと奮発しちゃおっかなー! じゃあ、昼食作ってる間に、私自分の部屋で作ってくるねー! とびっきりのもの作るから楽しみにしててよー!」
「いってらっしゃーい!」
デザートを楽しみにしている姉妹を背に、私は意気揚々と由乃の部屋を後にした。
最初は受け入れてくれるか不安だったけど、この優しい姉妹にはそんな心配は野暮だったようだ。なんとなく、うまくやっていけそうな気がする。これならアレが屈服するまで楽しい生活を送る出来ることだろう。
◇◆◇◆◇
それからしばらくして、櫻井姉妹の部屋へと戻り、昼食の時間となった。
やはり由乃の料理はどれもおいしく、これを毎日食べられる由乃は幸せ者だなーと羨ましく思う。それとは逆にこんなすごい料理人がいるんなら、自分は料理しなくてもいいなと思った。たぶん、由乃もおんなじ気持ちなんだろうな。
そんな中、昼食も一通り食べ終え、いよいよ私のスイーツの番になる。この絶品の料理の後というのは、なかなかにプレッシャーを感じる。
私は恐る恐る、作ったお菓子をテーブルの上へとあげる。
「わぁーマフィンを作ったんだー!」
「うん、手頃に食べられるのがいいと思って、時間もなかったし、ミニのやつだけど」
短時間で手軽できるものだが、味は保証できる。私は息を呑んで、それが食べられるのを待つ。
「じゃあ、亜美ちゃん、いただきまーす!」
「では、いただきますね、亜美さん」
そう言って、私のマフィンを2人は手に取り、いよいよそれを口にする。
「んんー!! おいしー! このマフィンすっごくおいし!」
由乃は私のマフィンを食べるやいなや、そう褒めちぎる。
「ええ、大変おいしいです、亜美さん!」
由乃も同じくらいおしそうにして、食べている。
「えへへー、なんかそうベタ褒めされると照れるなぁー」
2人のそんなおしそうな顔をみて、嬉しく思いつつも、背中がなんかむず痒い。やっぱ褒められるのは、いつまでもたっても慣れない。普段からそんなに褒められ慣れていないし。
「でもホント亜美ちゃんってお菓子作り上手だよねー」
「ああ、よくお母さんたちが作ってたのを手伝ってたからねー」
小さい頃はおやつの時間にはいっつも一緒に作ってたっけ。それでスキルがあがって、今に至るんだなぁー
でもそのおかげで、こうして喜んでもらえるんだったら、習得しておいてよかったかも。
そんなことを考えながらも、私もマフィンを食べ、他愛もない話でもしながら昼食を続けていた。
「――昼食も食べ終えたし、何かする?」
昼食も終え、一通り食器も片付けた後、私はそんなざっくりとした提案をする。
「んー……じゃあ、そのゲームオーバーになったゲームやるってのは?」
「でも、あれ1人用ゲームだよ?」
「それなら2つの案がありますよ。1つは亜美さんが1人きりでプレイする。私たちは普段と何ら変わらない生活をしていますから、亜美さんの邪魔にもなりません。当然口出しもしません」
そんな私と由乃の会話に横から由乃はそんな提案をする。
「でも、それだと2人に気を使わせてるみたいで悪いよぉー」
あのゲームはハードが据え置き機だからテレビも見られなくなっちゃうし、アレが世話焼いてくるぐらいだから、やっぱり気にしないようにしても気になるだろうし。
「では、2つ目の案。2人がサポーターとして参加してプレイする、というのはいかがでしょうか。
三人寄れば文殊の知恵とも言いますし、分からない部分は協力しながらプレイすれば案外クリアできるかもしれません」
「んー……まあ正直さ、さっきのゲームオーバーでモチベーションがだいぶ落ちてるんだよねー最初から3人の協力プレイってスタンスでやるってのもいいんだけどさー……」
さっきみたく1人でプレイしたいという状況に割り込まれるのではなく、最初から3人でプレイするという形であれば問題はないけど、残念ながら今の私にはモチベがない。
それにあのゲームをプレイすると、さっきの怒りが再び湧き上がってきそうで、ちょっと嫌。
「何か、不満が?」
「うん、あのゲームって結局の話がさ、セーブロードを繰り返せば簡単にクリアできるゲームなんだ。だから最高難易度ではノーセーブなんだけど、クリアまで10時間ぐらいかかるからやめた方がいいと思う。また途中でゲームオーバーになっても萎えるだけだし」
ぶっちゃけクリアできればすごいけど、ダルいだけ。たしかに最高難易度用に新しくギミックは追加されてたみたいだけど、結局覚えゲーだし。
やっぱりアレのせいで完全に再チャレンジする気が失せているようだ。ホント面倒な事をしてくれたもんだ。
「そうですか……ではどうしましょう?」
「んー……あっ、じゃあ、ゲーセンでも行く?」
頭のなかで模索した結果、気分転換がてら外に出てみようかと思う。やっぱり気分としてはゲームしたいし、ゲーセンなら色々とストレス解消ゲームもあるだろうし。
「げーせん?」
もしかしなくてもその言葉を初めて聞いたようで、理解できない様子の由乃。ホントにこういう庶民の文化にも疎いところもなんかお嬢様っぽい。
実は隠してるだけで、リアルお嬢様だったりして。なんてね。
「ゲームセンターの略ね。でもいいね! 行こうよ!」
それに対して、その知識はある由乃。案外ノリ気で行く気満々の様子。
「ああ、ゲームセンター」
さすがにその言葉の意味は知っているよう。でもその言い方からすると……
「あ、もしかして由乃行ったことない?」
「え、ええ。お恥ずかしながら、そういう場所には行く機会があまりないもので」
由乃はちょっと照れつつも、そう弁解する。6人でもそこへ行くこともなかったし、由乃の友達ならそういう場所へ行くような子はいなさそうだ。
「ちなみに、私は行ったことあるよ!」
「じゃあ、2人で由乃を案内しよっか!」
「いいねー!」
「よし決まり! 由乃もそれでいいよね?」
「ええ、亜美さんと由乃が構わないのであれば」
そう言いながらも、行ったことのない場所へ行くということに、どこか楽しげな様子の由乃。最初は自分のために行こうと思っていたが、思いの外いい案だったようだ。