3話「仲違いしたことで生じる問題」
マズい、もの凄くマズい。襟香ちゃんたちの部屋に泊まることに際して、1つ問題が発生した。
襟香ちゃんが家事全般ができるから、私がやることがない。つまりそれは、私のお世話したい欲が満たされないということだ。さっきの掃除の手伝いを断られた時に感じたフラストレーション。これが溜まっていけば、欲求不満であの子に屈服することになりかねない。それだけは絶対に何が何でも嫌だ。何としてでも避けたい。でも、どうやって欲求を満たせば――
「考え込んでどうかした?」
そんな折、私の隣を歩いてる亜弥ちゃんが私を気にして覗き込んでくる。
「あ、いやそのー……いつも家事とか私がしてるから、調子狂うなーって。さっき掃除の手伝いできなかったから」
「ああー、そういうのってさ、もうルーチンワークになってるんだろうね。やらないと気がすまないみたいな」
「そうそう。でも、襟香ちゃんは遠慮するだろうしなーどうしよう?」
「じゃあさ、仲なお――」
「ヤダ!」
私は亜弥ちゃんの言葉を途中で遮り、その提案を拒否する。
お世話したいがために自分から仲直りに行くなんて、負けた気がするので絶対に嫌だ。
どうせあの子のことだ、勝ち誇った顔をして私を見下してくるに違いない。そんなの想像しただけで殴りたくなってくる。
「即答ですか……でもまりりん、このままじゃ調子狂いっぱなしだよ?」
たしかに、このままでは私が屈することとなってしまう。
それではいけない。だからどうにかして対策をしなくちゃなんだけど……
「んー……あっ、そうだ! だったら襟香ちゃんに事情を話せばいいんだよ! そうしたら優しい襟香ちゃんは協力してくれるだろうし!」
しばらく考えた後、割りと普通の答えが思いついた。
でもこれはこれで結構いい案かも。だって、いくら襟香ちゃんが私に気を遣ってくれていたとしても、さすがに事情を話せば協力してくれるはず。
それにもし私と同じだったら、たまには猫の手も借りたい時があるはずだ。そこをつけば、きっと私を使ってくれるはず。
「ま、まあいい考えだとは思うけど……なんというか回りくどいというか……」
「いいのいいの! これで私は満足できるんだから!」
「まあ、まりりんがいいならいいんだけどさ」
「それよりもさ! ねえ、亜弥ちゃん!」
こんなどうでもいい話はさておき、亜弥ちゃんと2人きりというこの状況で、私はあることを思いつく。
「何?」
「今どこまでいってるの?」
そう、状況確認である。
部屋ではどうしても亜弥ちゃんと襟香ちゃんが2人いてしまうから、逆に相手のことを意識してしまい、どうにも話しづらいはず。
でも今は私と亜弥ちゃんだけ。ならば、遮るものはもう何もない。
「ど、どこまでって何が?」
亜弥ちゃんは私の質問に、目を泳がせながら質問返しをする。
わざとらしい。これは確実に知ってて聞き返しているパターンだ。
「白々しいなぁー2人の関係だよー! キスしたのは聞いたけど、それ以降は聞いてないからさ」
「逆にキスしたのは聞いたんだね……」
「うん、襟香ちゃんから告白の時に、って。その辺りはさんざん惚気られたねー」
告白成功の報告の時に、その状況をこれでもかというほどに惚気けられた。
その時にいつもの襟香ちゃんらしさはなく、めちゃくちゃはしゃいでいたのを思い出す。よっぽど嬉しかったのはわかったけど、聞いてるこっちは恥ずかしいことこの上なかった。
「恥ずかしい……」
両手で顔を覆い隠し、顔を背ける亜弥ちゃん。その新鮮な言動に、私も気持ちが盛り上がってしまう。
「そんなことよりどうなの? キスより先は……?」
「そ、そんなの言えるわけないでしょー!」
「ちぇーつまんないのーあっ、じゃあさ、これなら答えられるでしょ? この間のデート、どうだったの?」
なんとしてでも何かしらの成果を得ようと、私は色々と試行錯誤をする。
この間のお昼の時にしてた日曜日に遊びに行く約束、あれが結果的に初デートなわけだ。2人でデートをしておいて、何もなかったなんてことはまずないでしょう。
「え、そ、その話!?」
私の質問に、亜弥ちゃんはさっきよりも露骨に目を泳がせ、明らかな動揺している様子をみせる。
「おや? その反応怪しい! 何かあったんだ、聞かせて聞かせて!」
「え、えとー……」
余程のことがあったのか、言い淀んでしまう亜弥ちゃん。
それに私の方も期待を膨らませていく。恋バナというのが割りと新鮮で、テンションも上がっていく。
「映画デートだったけ? 恋愛もの見たんだよね? どうだったの?」
「い、いやさ、見たはいいんだけどさ……まりりんってその映画の内容知ってる?」
両人差し指を合わせてモジモジとしながら、言いづらそうに上目遣いでそう質問する。
「ううん、知らない。どんななの?」
「まさに私たちみたいな映画でさ、仲のいい友達から恋人になるって内容で……なんか見た後なんていうかさ、気まずいっていうかお互いを意識しちゃってる風になってさー」
亜弥ちゃんからその話を聞いただけでその絵面が浮かんでくる。だいぶほほえましい状態だったんだろうな。
「へーそれから盛り上がってキスとかしちゃった?」
「き、ききき、キス!? な、ないない! してないよ!?」
あ、これたぶんしたな。私の勘がそう言ってるもん。しかもこの2人の性格を考えると、その映画のシチュエーションの再現とかしてそう。うわー恥ずかしい!
「ふふっ、ふふふ」
自分で想像して、思わず抑えきれずに笑みが溢れてしまう。
「もぉーからかわないでってー! やっぱまりりん性格悪いよー!」
「ふふ、ごめんて。で、で?」
「んー……それからはウィンドウショッピングなんかして普通だったよ……?」
相変わらず焦点が定まっていない辺り、嘘をついているのかも。まあたぶんそれ以上は詳しく訊いても、どうせ教えてはくれないだろうから、詮索はここまでかな。
「ふーん、よかった。ちゃんと恋人らしくなってて。襟香ちゃん相当悩んでたから」
「え、てか悩んでたの知ってたの?」
「あれ、逆に私たち4人協力者っていうか、相談者だってこと知らない?」
「え、ええええ!? そうだったの!?」
これは意外。まさか知らなかったとは。
さすがに思い悩んでいた当時では知らなかっただろうけど、もう恋人になった今でも知らないなんて。ということは襟香ちゃんは教えていないんだ。恥ずかしかったのか、それともただ単にそういうことを話す機会がなかったのか。どちらにせよ、意外なところでその事実を亜弥ちゃんに教えてしまった。
まあ、事後だしいいっか。
「そうだよ。襟香ちゃんに相談されてね。好きかどうかわからないからって」
「へーそうだったんだぁーそれじゃ、だいぶ思い悩んでたんだ……」
その話を聞いて、どこか申し訳なさそうに空を見つめる亜弥ちゃん。
事の発端は亜弥ちゃんからだったわけだし、亜弥ちゃんも亜弥ちゃんで思うところがあるのだろう。
「まあでも恋人になれたんだから、結果良ければ全て良しでしょ?」
「うん、毎日幸せで仕方ないし」
なんてはしたない笑みをこぼしながら、惚気る。
「お、惚気ちゃってー!」
さっきの空気を誤魔化すように、私も亜弥ちゃんのことをからかってみる。
「うぅーやっぱ今のナシ! 聞かなかったことにして!」
自分の発言に恥ずかしくなって、顔を赤らめている亜弥ちゃん。思いっきり自滅しちゃってる。たぶん今のセリフを襟香ちゃんを言ったら、すっごい喜ぶんだろうけど、亜弥ちゃんにそんな勇気ないか。
「じゃあ、聞かなかったことにするから、どこまでいったか教えて?」
「ッ!? お、おしえない!」
亜弥ちゃんはそう言うと、顔をさらに真っ赤にして、スーパーの方へと走って逃げてしまった。
結局、関係の進展具合は訊けずじまいで終わったけど、2人はうまくいっているようだ。それは素直に嬉しかった。なんていうか、2人から幸せを分けてもらってるみたい。こっちまで幸せな気分になってくる。襟香ちゃん、亜弥ちゃん、末永くお幸せにね。
◇◆◇◆◇
スーパーへと到着した2人。亜弥ちゃんはなんだかんだ言って、少し先へ行った所で待っていてくれた。やっぱ亜弥ちゃんは優しい。そんなことを考えつつも、私たちは店へと入る。
「よし、とりあえず食材は私が選ぶから、亜弥ちゃんは荷物持ちね」
「さりげなく力仕事を押し付けたね……まあえりとの時もそうだからいいけど……ねえ、いつも思うんだけどさ、えりとかも食材選ぶ時結構時間かけるんだけど、どれも一緒じゃないの?」
「甘いねー亜弥ちゃん。確かに価格は一様だけど、中身まで一様とは限らないんだよ! そもそも野菜とか魚だって『成長』するものなんだから、それは一定じゃないでしょ?」
「そうだけどさ、そんなに変わる?」
「変わるよー鮮度落ちた魚とか結構味変わるよ? それに大きさとかも変わるからねーやっぱこういうのは大きいほうがいいしね」
「ふーんそうなんだー」
「まあ、亜弥ちゃんは料理しないもんねー」
「うん、食べる専門」
「今度のお料理教室で楽しさが見いだせるといいね! きっと襟香ちゃんも亜弥ちゃんの手料理を食べてみたいって思ってるよ」
「でも確かに私がえりに料理を振る舞うってちょっといいかも……」
「でしょ? あ、だったらさ、今度それ料理教室とは別にやろうよ! 襟香ちゃんにナイショで、サプライズ的な? 私と由乃ちゃんも手伝うからさ!」
「や、やってみようかな?」
「うん、決まりだね! きっと襟香ちゃん喜んでくれると思うよー」
「そ、そうだといいなー」
「じゃあ、私から由乃ちゃんに伝えておくから、とりあえず目下襟香ちゃんのお使いを済ませよう!」
「うん」
そんなわけで2人の恋路を応援しながらも、私たちは襟香ちゃんに頼まれた品物をカゴの中に入れていく。
「――よし、リストはこれで揃った、と。亜弥ちゃんは後何か買いたいものある?」
そしてしばらくしてリストに記載されているもの全てを揃え、いよいよ後は会計を済ませるだけとなった。私は亜弥ちゃんに、リスト以外でほしいものを尋ねる。
「ううん、大丈夫」
「よし、じゃあ会計済ませよっか」
そう言いながら、私はバッグから自分の財布を取り出して、レジへと向かう。
「え、まりりんさ、もしかしてお金出そうとしてる?」
すると亜弥ちゃんはその言動をみて、私にそんな質問を投げかける。
「え、だってこれ私の食事も入ってるでしょ? だいたいお世話になってる身なんだから」
さすがに食費までお世話になるのは申し訳ない。私の良心が痛んで、いたたまれなくなってしまう。
「いやいや悪いって」
「いいのいいの。どうせあっちは払わないに決まってるんだから、せめてでもこっちには払わせて」
性格から考えても、自ら食費を出すという考えは全く無いだろう。由乃ちゃんたちも請求するっていうこともしないだろうし。
「え、なんであっちは払わないって決まってるの?」
「だってお金管理してるのは私だから。あの子の財布には最低限必要なお金しか入ってないのよ」
「ああーそういうこと。無駄遣いしそうだしね」
ゲームの件もそうだし、とにかく自分の趣味に糸目をつけない。しかも管理能力が低いから、放置したらすぐに使い果たしてしまう。なのでお小遣いみたく、必要最低限なお金を渡すことにしている。
「うん、まさにその通り。だから食費分のお金が余っちゃうから使わせて」
もし仮にここで亜弥ちゃんに支払ってもらうと、私たちのお金が浮いてしまう。その結果、お金を余らせしまうことになるので、使わないわけにはいかないのだ。結局、余った分は寮側に返還することになっているし、もったいない。
「わかった、じゃあ割り勘ってことにしよっか」
「うん、了解」
ということで、私と亜弥ちゃんで半分ずつ支払うこととなった。これで襟香ちゃんに頼まれたお使いは無事完了。相変わらず帰り道に亜弥ちゃんを弄りながらも、まったりと寮へと帰路へついた。




