2話「仲違いしたその先 まり:SIDE」
「――ということなので、泊まらせてください。お願いします!」
襟香ちゃんの部屋。
心配そうにしている2人を前にして、私はこれでまでの亜美との事情を説明し、頭を下げる。
「でも、点呼とかどうするの?」
私を不安そうな表情で見つめながら、そう問う襟香ちゃん。
「点呼の時だけはちゃんと部屋に戻るから大丈夫!」
あの子と顔合わせるのは嫌だけど、先生にバレるとそれはそれで面倒だから、我慢してでも点呼だけは一緒にいなくちゃならない。
でもいったってそれは殆ど一瞬だし、それぐらいなら我慢できると思う。
「まりちゃんがいいって言うならいいけど……これってどっちかが謝れば――」
「絶対にいやッ! あんなわからず屋に頭下げるくらいなら、死んだほうがマシ!」
声を遮るぐらいに私は大きな声を上げる。
謝るだなんて、そんな姿を想像しただけで虫酸が走る。そんな屈辱を受けるくらいなら、本当に死んだほうがマシだ。私は一切悪いことをしていないし、謝るべきなのはあの子の方なんだから。
「そこまで言う……?」
「もう本当に今日という今日は堪忍袋の緒が切れたんだから!」
私は未だに冷めやらぬ怒りを露わにする。
自分でも想像のつかないほど、怒りという怒りが心から溢れ出してくる。あの子のことを考えると、それが余計に掻き立てられる。
「ま、まあほとぼりが冷めるまで泊まっていけばいいと思うよ……」
「うん、ありがとう! これから御迷惑おかけいたしますが、よろしくおねがいします」
「でもさーまりりん、寝る時どうするの? うちにお客様の予備の布団とかないよね?」
そんな会話に横から入ってくる、亜弥ちゃん。
そういえばそんなことすっかり忘れていた。
寮は全部ベッドだから、予備の寝具が用意されていない。そもそもお泊りなんて想定されていないし、その上お泊まり会なんてものもしてこなかったらから、備蓄しているということもないだろう。
「んー……じゃあ、亜弥ちゃんと襟香ちゃんがどちらか1つを使って、残りを私が借りるってどうかな? もちろん2人が貸してくれる前提の話だけど」
普通に考えて、これしかなかった。
床に寝るっていうのは、図々しいけど嫌だし、布団を新しく買うというのは出費がかさむから却下。
2人はもうカップルなんだし、1つの布団に2人で寝るぐらい大丈夫でしょ。
「え!? い、いい、一緒に寝るの!?」
その提案に途端にあたふたし始める襟香ちゃん。
その光景が頭にでも浮かんだのか、顔まで徐々に赤くなっていく。
一方の亜弥ちゃんも同じように真っ赤っ赤、耳まで染まってる。
「いやいや、2人とももう恋人同士なんだし、別にいいと思うんだけど?」
シングルベッドなので少し狭いとは思うけど、それも2人の仲を深めるのにちょうどいいだろう。
「そ、それはそうだけど……」
そう言いながら2人は互いを見つめ合う。けれど恥ずかしくなったのか、すぐに目を逸らしてしまう。
なんともこの光景の初々しさがなんともほほえましい。まさにできたてホヤホヤのカップルといったところ。
「ほら早く決める! 一緒に寝るの? 寝ないの?」
いつまで決め兼ねているカップルに、私は答えを催促する。
「わ、私はいい、よ? あ、ああ、亜弥ちゃんは?」
襟香ちゃんはモジモジとしながらチラチラと横目で自分の恋人の様子を窺う。
「え、え!? あ、ああ、その……いい、よ?」
対する亜弥ちゃんも亜弥ちゃんで同じような反応をみせる。
「ふふ、イチャイチャしちゃってー、このこの!」
そんなかわいらしい光景に、たまらず弄りたくなってしまう。
でも、そんなイチャイチャできるほどのカップルになったのだと思うと、感慨深いものもある。だってあれだけ悩んでいた襟香ちゃんが、今はこうして亜弥ちゃんと愛を紡いでいるのだから。
「うぅー……からかわないでよぉー」
「ごめんごめん、2人を見てるとつい、ね」
「まりりん性格悪いぞー!」
「はいはい、ごめんなさい。そういえば、2人は私が来るまで何してたの?」
「んー? 特にはなにもしてなかったよーただ、これから掃除でもしようかなーって」
「お! じゃあ、私手伝うよ!」
「いいよいいよ! まりちゃんはお客様なんだし」
両手を左右に振る動作をしながら、私の手伝いを断る襟香ちゃん。
「えっ、でも……泊めてもらう身なんだし、お礼的な意味で何かしないとー」
そう、私はいわばお世話になっている身。一宿一飯の恩義と言う言葉のように、私もなにもしないままぐうたら過ごすというわけにもいかない。
「んーじゃあ、そうだなー……あっ、そうだ! だったら、亜弥ちゃんと一緒に夕食の買い出し行ってきてもらえるかな?」
「オッケー、了解!」
ふふふ、私には襟香ちゃんの意図がなんとなくわかる。私1人でも十分なのに、亜弥ちゃんも一緒に連れてかせる理由。
口にはしないけど、掃除の邪魔になるから外にだしたな。
やっぱりどこの部屋でも同じなんだなー、私もあの子が掃除の邪魔になること多いし。
「今、買い物リストを書くから、ちょっと待っててね」
襟香ちゃんはそう言って紙を取り出し、キッチンの方へと向かっていった。私たちは出かける準備をし、襟香ちゃんが書き終えるのを待った。
「ごめん、おまたせーとりあえずこれだけ買ってきて!」
「はーい了解」
というわけで、私と亜弥ちゃんはお使いを頼まれることとなった。とりあえずいつも利用する近くのスーパーを目指すべく、部屋を後にする。