14話「普段の日常」
登校してすぐに櫻井姉妹たちに例のことを話した。みんなはまるで自分のことのように嬉しそうに喜び、祝福してくれた。そして今日の放課後の告白まで、色々と便宜を図ってもらえることとなった。これで何とか亜弥ちゃんには怪しまれずに放課後まで迎えることができることだろう。
◇◆◇◆◇
そして時はお昼休み、いよいよ告白の時間まで残すところあと僅かに迫った。
私は期待と不安が胸に残る中、昼食の準備はしていた。今日は久しぶりに6人で揃って食べるお昼。由乃ちゃんのお手製の手料理をみんなで食べる日だ。
「いやぁー由乃ちゃんの料理は本当においしいねー!」
私は由乃ちゃんを食べながらしみじみと呟く。
たぶん、このグループの中で、作れる私とまりちゃんよりも断然おいしいし、レベルも高い。しかも作る料理もお嬢様を絵に描いたように小洒落ている。
「いえいえ、それほどでも」
それで驕るわけでもなく、あくまでも謙遜する由乃ちゃん。
「今度レシピ教えてよ!」
「ええいいですよ。なんだったら今度皆さんで作りましょうよ!」
「あ、だったらさ、料理教室とかやってみない?」
由乃ちゃんの言葉に、私はそんな提案を投げかけてみる。
「料理教室ですか……?」
「うん、例えば普段料理しない亜弥ちゃんたちに料理を教えて、作ってもらうの。面白そうじゃない?」
亜弥ちゃんの料理食べてみたいし、それに私たちも由乃ちゃんの料理スキル学べるしいいことづくしだ。
「あーいいね、それ! 普段作ってる私たちのありがたみも分かってもらえるし、いざっていうときのために料理を覚えておいてもらうって事にもなるし!」
まりちゃんはその提案に大賛成なご様子。その口ぶりから、よっぽど亜美ちゃんに料理を教えたいという強い意思がみえる。同じ立場の私にはなんとなくまりちゃんの考えがわかる。
たぶんまりちゃんは亜美ちゃんに料理を教えて自分の負担を減らしたいんだ。今ならまりちゃんが365日3食全部をやっているんだろうから。
「えー料理なんて無理だよー」
「大丈夫、亜美ならできるわよ! それに亜美はお菓子作り得意じゃない! 似たようなもんよ」
「そうかな、なんかそう言われるとできそうになってきた。それに由乃がいるからなんかできそう」
そんな説得皆無の説得で納得してしまう亜美ちゃん。
でも、ちょっとだけ、後半の『由乃ちゃんが教えてくれるならできそう』は同意。
「いえいえ、そんな私はそんな期待されるほどではありませんから」
「またまたー謙遜しちゃってー」
「でもなんか全く根拠ないけど、よっしぃーが教えてくれるならできそうかも!」
それにつられて亜弥ちゃんもノリ気になった。これで4票集まったわけだ。
「でしょ? やろうよ!」
「うん、やってみる!」
「あれ? 由乃ちゃん料理教室は反対?」
ふと由乃ちゃんの方へと目をやると、どう見てもつまらなそうな顔をしていたので、訊いてみた。
たしかに由乃ちゃんも料理するという話は聞いたことがない。でも料理が苦手という話もまた聞いたことがない、けど調理実習の時は普通にこなしてたし、そんなに嫌そうではなかったのに。
「え、なんで?」
どこかわざとらしく、由乃ちゃんは聞き返す。
「いや、そんな顔をしてたから」
「う、ううん、別にそんなことないよ! 賛成!」
そうは言っても、どこか無理をしているようにも見える、そんな表情だった。そんないらぬ不安をしている私を他所に、他のみんなは料理教室の予定や、場所などを話していた。
「ならいいけど……」
親しき仲にも礼儀あり。空気を悪くするのも嫌だったので、このまま踏み込まずに私もまりちゃんたちの話へと入っていく。
その会話の中でまりちゃんが終始嬉しそうな顔をしてたのは言うまでもない。よほど苦労させられているんだろう。ご愁傷様です。
「――ねえねえ、料理教室もいいけどさ、ようやくテスト終わったんだし、次の日曜日どっか遊びに行かない?」
そして具体的な内容が決まった後、亜弥ちゃんは今度はテスト明け初の日曜日の予定を決めるようだ。
たぶん亜弥ちゃん的にはこっちの方がテンションが高い気がする。まあ、亜弥ちゃんは料理得意じゃないから仕方がないか。
「あぁーごめん! 来週再テストあってさーその補習が日曜日なんだよねー」
その提案をすると、亜美ちゃんは手を合わせてどこか申し訳なさそうにそう返事をする。
「え? あーみん赤点あったの?」
「この子テスト期間中だってのにずっとゲームばっかしてたから、その結果、数学以外は全部赤点だったんだよ?」
呆れ顔しながら亜美ちゃんの方を見つめ、愚痴をこぼすまりちゃん。いくらゲーム好きとはいえ、テスト期間中にまでやるとは。赤点なんてとってしまえば、進学すら怪しくなってしまうのに、留年よりもゲームを選ぶのだろうか。
どこか亜美ちゃんに引いている自分がいた。
「だってーテスト期間中にあんな面白そうなゲームが発売するんだもん! ゲーマーとしてはやるべきでしょ! 悪いのはそんな時期に発売したゲーム会社だよ!」
今度はそんな理由を並べ、亜美ちゃんは開き直ってしまう。
ある意味すごい、私には絶対に真似出来ないな、とつくづく思い知らされた。
「なにその自己中な考え方……どう考えても勉強しなかった自分のせいでしょ?」
まりちゃんは呆れ返り、正論を述べる。
全くもってまりちゃんの言う通りである。テスト勉強はその期間中にしなければならないが、ゲームは買ってしまえばいつでもできる。優先順位はどう考えても前者なはず。
「むぅ……自分だって赤点あるくせに……」
それに腹が立ったのか、亜美ちゃんはムスッとした表情でボソッととんでもない発言を繰り出す。
「なっ!?」
この意表を突いた話に驚いている辺り、亜美ちゃんの言っていることは本当なのだろう。
「え!? まりりん、赤点あったの!? 意外……」
亜弥ちゃんがそう言うように、あまりにもまりちゃんの赤点は意外だった。まりちゃんは勉強できるタイプの人なので、赤点とは無縁の人間だと思っていたのだが。
「す、数学がね……」
まりちゃんはみんなに秘密がバレてしまって、どこか気まずそうにそう弁明する。
私はそれでなんとなく察しがついた。まりちゃんは数学が苦手で、逆に亜美ちゃんは数学が得意。そして、亜美ちゃんはゲームばかりしていた。これから導き出される答えは――
「ああ、納得……なんというかご愁傷様です」
亜弥ちゃんも状況を理解したようだ。可哀想に。
でも苦手な科目を教えてくれる人がいないだけで赤点まで転落するとは、相当苦手なのかな。でもそれにしたって、なんだったら私達や櫻井姉妹に訊けばよかったのに。私たちは力になれるかはわからないけれど、櫻井姉妹、特に由乃ちゃんなら頭もいいし、役に立てるのに。
「そういうわけだから、私たちはパスね」
「そっかー残念。流石によっしぃーたちはテスト大丈夫だったよね?」
「え、ええ。私はそれなりに勉強をしていましたから」
「うん、普通に大丈夫だったよ」
「だよねーじゃあどうしよっか? 4人だけで行くってのも気が引けるしなぁー……」
亜弥ちゃんの言う通り、まりちゃんたちが補習受けている中、4人で遊びに行くというのはちょっと気後れしてしまう。
「いや別に気にしなくていいよ? 行ってきなよー」
「あのー、その件なんですけれど、私と由乃も日曜は用事がありますので――」
そんな最中、由乃ちゃんが手を小さく挙げて、そう断りを入れる。
「え? なんかあった――」
そういう由乃ちゃんだったけど、妹の由乃ちゃんは何のことかわかっていないみたい。
言い終わる前に、由乃ちゃんが何か耳打ちしているみたいだ。
「あ、ああ! うんそうだった! 日曜は用事あったねーうん、だからパスだね」
すると、演技みえみえの言い方で由乃ちゃんもそれを断った。
それでなんとなく、耳打ちの内容がわかったような気がした。
まさか、私のために口合わせを……
「そっかぁーじゃあえり、2人でどっか行こうか?」
そのわざとらしい口ぶりでも亜弥ちゃんは信じたようで、結果、2人で行くこととなったのだが――
「…………」
その言葉に一度停止する。
私が告白するのは今日の放課後だ。もしそれで付き合うことになったら、日曜日は私達の初デートということになる。まだ恋人になる前なのに、初デートの約束とはこれいかに。もちろん亜弥ちゃんは初デートとはこれっぽちも思ってはいないだろうけれど。
逆に、それで気まずい感じになったら、その日はどうなることだろうか。それは考えたくもない。
「えり?」
返事のない私に、不安そうに私の顔を覗き込む亜弥ちゃん。
「あぁ、ごめん! うん賛成」
とりあえずその場を誤魔化し、デート|(?)の約束を取り付けた。
とにかく今は深く考えるのはよそう。明日は明日の風が吹くなんて言葉もあるんだし、その時の私に任せよう。きっとそれなりの対応をしてくれるはず。
「よし決まり! じゃあどこ行く?」
「んー……あっ、そ、そうだ! え、映画! 映画見に行かない?」
しばらく考えて、ふと思いついたのは映画だった。
映画ならば、仮にデートになったとしても緊張しなくて済む。ただ映像に集中していれば、それでいいから。
「映画かー何か見たい映画でもあるの?」
「う、うん」
それは今話題の恋愛映画だ。内容は『友情から恋愛への発展』というまるで私たちを描いたものになっている。恋人になること前提だけれど、これを見て、2人の雰囲気がいい感じになるというのも、中々乙なものでは。
「えー何々?」
亜弥ちゃんはそれに興味津々なようで、目を輝かせながら私の方を見つめる。
ただ、流石にその映画は有名なので、今ここで馬鹿正直にタイトルを言ってしまえば、気まずい空気になることは間違いない。
「そ、それはと、当日までナイショ……!」
なので私はそのタイトルは隠しておくことにした。ただ、亜弥ちゃんのその純粋なる眼差しに耐えきれず、乙女モード発動。思わず顔を背けてしまう。
「えー気になるなぁー。あ、でも、変に下調べとかするより楽しめるから、聞かないほうがいいっか」
「そ、そうだよ!」
亜弥ちゃんのナイスフォローに私は便乗する。
「そだね、じゃあ今度の休みね」
「うん、了解」
なんだろう亜弥ちゃん以外の、みんなから温かい視線を感じる。それはまるで、娘の成長を見守る親のような視線。なんとなくそれが気恥ずかしくて、こそばゆかった。
「――うわっ、もうこんな時間だ、次なんだっけ?」
楽しい雑談に、終わりを告げるチャイムが鳴る。亜弥ちゃんはお弁当の片付けをしながら、私にそう問う。
「えーと、生物だよ」
「うわー生物かーだるーい」
露骨に嫌そうな顔をして、机にだれる亜弥ちゃん。
「そういう時はポジティブに考えたら? あと2限で帰れるーって」
「あ、それいいね。あと2限でえりの言いたいことが聞けるんだもんね!」
「ちょっ、からかわないでよぉー」
でもそうだ、亜弥ちゃんの言うとおりなのだ。つまり、あと2時間少々で亜弥ちゃんに告白する時がやってきてしまう。私的にはそれをネガティブに捉えてしまう。
時は待ってはくれない、否が応でも過ぎていってしまう。だからいよいよ覚悟を決めておかなければならない。でも、今の私は告白するという事実の恥ずかしさと緊張で、胸がいっぱいだった。こんなことではたして私は告白できるのだろうか。
「ふふ、ごめんごめん。楽しみに待ってるからね」
そう言って、亜弥ちゃんは自分の席へと戻っていく、とんでもないプレッシャーになる言葉を残して。そのせいで、さっきまでの緊張がさらに増していく。このままだと、放課後には逃げ出してしまうかもしれない。でも、それではいけない。亜弥ちゃんの告白に応えると誓ったのだから、ここはそれを必死に抑えて乗り越えなければ。
「襟香さん、襟香さん」
そんなことを考えていると、隣の由乃ちゃんが、私の肩を何度か叩いて私を呼ぶ。
「ん、何?」
それにつられて、ふと由乃ちゃんの方へと目をやると――
「がんばですよ! 私たちは応援していますから!」
そう由乃ちゃんは激励の言葉をくれた。その言葉に不思議とさっきまでの緊張や恥ずかしさが解けていく。そして同時に頑張ろうという気持ちになる、勇気が湧いてくる。
「うん、ありがと」
そうだ、応援してくれる人たちもいるんだ、その人たちのためにも頑張ろう。勇気を振り絞って、亜弥ちゃんに私の気持ちをしっかりと伝えよう。私は気を引き締め、いよいよ覚悟を決め、授業へと意識を戻していくのであった。