10話「気持ち探し」
「――で、いいところってどこなの?」
歩き出して早々に、亜弥ちゃんはそんな野暮なことを訊いてくる。
「そ、それは……つ、着くまでナイショ!」
あくまでも私はそこに着くまで秘密にすることにした。ナイショにしておいたほうが、実際に見た時の盛り上がりは格段に違うだろうし。
まあ、言ったところでたぶん、亜弥ちゃんにはわからないところだと思うけど。
「えー……ずるーい!」
「どうせすぐ着くんだから、少し我慢して!」
「はーい」
「……」
ふと先を歩く亜弥ちゃんを見つめ、唐突に好きか確かめる行動作戦その1が思いつく。思い立ったら即実行の精神で、それが無性に試したくなってくる私。なので私は心の赴くままに、思い切って行動してみる。
「ん、どうしたの? 急に手なんか繋いじゃって」
手を握る。これぐらいならば難易度もそう高くはなく、簡単にできると思ったから。
一方で亜弥ちゃんは無垢な顔をして、頭を傾けながら私にそう尋ねてくる。
「ん、なんとなく……かな?……ダメ?」
その問いに、とっさにまともな理由を考えることができず、そんな曖昧な答えになってしまった。
しかも不本意ながら甘えたような声が出ちゃって、まるでおねだりでもしている子供みたいだ。
「別にダメってわけじゃないけど、なんか恥ずかしく……ない?」
照れくさそうにしながらそう答える亜弥ちゃん。ちょっと耳も赤い。まあ亜弥ちゃん視点で考えれば、好きな人と手を繋いで歩くという意味を持つのだから、恥ずかしがるのも当然か。
「ううん、全然。それよりも早くしないと昼休み終わっちゃうよ! ほらいこいこ!」
私はそんな亜弥ちゃんを尻目に、握った手を引っ張っていく。
実は私も私で普段そんなに亜弥ちゃんと手をつなぐことがないので、ちょっぴり恥ずかしかった。
「あっ、うん……」
やっぱり亜弥ちゃんとしてはあの事もあってかなり恥ずかしいのだろう、途端に静かになって、順応に私に引っ張られて歩いていた。私の方はしばらくしないうちにこの状況にも慣れてきて、自分の心と向き合う余裕が生まれた。
しかし、冷静に考えてみても、まりちゃんが言っていたような『なにか』を得られることはなかった。これしきのことではダメ、ということなのかな。じゃあ、私は一体どれほどの衝撃で再認識できるのだろう。先行きはどうも、まだ真っ暗みたいだ。
「――ね、ねえ、本当にここにえりの言った『いいところ』あるの? ここ体育館倉庫だよ?」
それからしばらく歩いて、私たちは体育館倉庫の裏へと辿り着く。場所が場所なだけに不安になってきたのか、亜弥ちゃんが不審そうな顔をして私を見つめている。
「うん、ここからこの森に入ってくの」
そこから不自然に出来た獣道を指差して、亜弥ちゃんに説明する。
「え、ええ……? それ大丈夫……なの?」
それに怯えるような反応をみせる亜弥ちゃん。
まあ、なんか危ない香りがする場所だって思うのは私もわかる。私も初めて来たときは不安だったから。
「大丈夫! 私を信じてついてきて!」
そんな不安がっている亜弥ちゃんを安心させるように、私が繋いでいる手を引っ張って先導する。
亜弥ちゃんもそれに呼応するように、私の後ろについて来てくれている。でも、その握っている手がさっきよりも強く握ぎっているというのが、またなんともかわいい。
なんだかんだでまだ怖いんだろうな、きっと。
「え、ええー!? どんどん獣道になってるよぉー?」
さらに亜弥ちゃんの不安を煽るように、道がどんどんと手入れがされていない道へと変わっていく。そんな状態に、亜弥ちゃんの声が少し震え始めていた。
ふふ、かわいいーまるで子犬みたい!
「もうすぐだから」
そんな亜弥ちゃんをちょっと楽しんでいる自分がいた。
そしてこの先の、目的地にたどり着いた時、その表情や心情がどう変化するのかより楽しみになってくる。
それから少し歩くと、ようやく獣道の出口が見えてきた。そしていよいよお待ちかねの目的地へ。
「うわぁー! すごーい!」
そこに広がっていたのは、噴水を中心に囲むようにお花畑が一面に咲いている景色。ここはまるでお金持ちの家の庭園みたいで、とても校舎内とは思えない別空間であった。
「すごいでしょ? しかもここ、まだ整備されてるんだよ!」
噴水近くにあるベンチには枯れ葉など一切なく、噴水の水も汚れていない。花々も明らかに人が手入れしたかのように、均等にならんでいる。これは間違いなく、人の手が入っている証拠。
「えーそうなんだ! 学園の人がやってるのかなー?」
「うん、そうだと思う。まだ会ったことはないけど」
「でも、どうしてこの場所わかったの?」
「実はここね、屋上からだとちょうど見えるんだよ! 前に屋上でお昼食べたことあったでしょ? その時に見つけて1人の時はたまに来てたんだー」
「へーそうだったんだぁー。でも、ちょっとなんかお嬢様のお昼って感じがするね」
「そうそう! ちょっとそんな雰囲気になるよね!」
いつもは殺風景な場所でお昼を食べているからだろうか、新鮮な気持ちがあって、それに風景が風景なだけに、まるで漫画に登場する舞台に私たちが迷い込んだような気分になる。
「うん、たぶん昔はここも生徒に知られてて、憩いの場だったんだろうね」
「じゃあ、その気分を味わっちゃおう!」
「うん、じゃあ早速食べようよ!」
お昼に久しぶりにテンションの高い2人。私たちは噴水の近くにあったベンチに腰掛け、昼食の準備を始める。
「――んー、やっぱりおいしぃー! これならホント毎日食べたいなぁー!」
亜弥ちゃんはとてもおいしそうな顔をして、満面の笑みでしみじみとそう言う。私もそんな笑顔を見て、思わず笑みがこぼれ、見ているこっちも嬉しくなってしまう。
「ふふ、亜弥ちゃんは毎日食べてるでしょ?」
それに亜弥ちゃん、それある意味プロポーズになってるよ。たぶん亜弥ちゃんは全くそれに気づいていないんだろうけど。
「あ、そっか、えへへーでも、それだけ毎日食べたいほどおいしいってことだよ!」
「ありがと。亜弥ちゃんは褒め上手だね」
「えーそんなことないよぉー」
「あっ、亜弥ちゃん、ちょっとそのまま止まってて」
そんな言葉に照れている亜弥ちゃんに、ふとあることに気づき、私は亜弥ちゃんを制止する。
「ん、どうしたの?」
不思議そうにこちらを見つめている亜弥ちゃんを他所に、私はほっぺたについているご飯粒を指で取り、そのまま私の口へと運んで行く。
「ついてたよ。もう、おいしいのはわかるけど、落ち着いて食べてね。なにもお昼ごはんは逃げたりしないんだから」
まるで子供のお世話をする親のような言葉で亜弥ちゃんを諭す。
こういうところがもう、無邪気というか子供っぽいというか、まあかわいいからいいけど。
「う、うん……ありがとう……」
それに対して、私のその何気ない行動にだいぶ照れている亜弥ちゃん。どうやら今の亜弥ちゃんにはこんな仕草でも照れてしまうようだ。そんな亜弥ちゃんを見て、私は微笑ましく、少しほっこりした気分になった。
「――ふぁーあ……」
それから昼飯も食べ終え、お花畑をみながらまったりしている時。私はわざとらしくあくびをしてみせ、隣の亜弥ちゃんの肩に私の頭をあずけてみる。
「え、え、どうしたの?」
その行動に対し、亜弥ちゃんは戸惑いの様子を見せる。
「ねえ、私お弁当食べたら眠くなっちゃったぁー……」
ちょっと甘ったるい声で、亜弥ちゃんに甘えてみる。
さっきの手を繋ぐのよりも更に2人の距離が縮まり、体の触れ合いもある。さて、これならどうだ。
「で、でもぉ……そ、そうだ! またこの間みたいに寝過ごしちゃうかもだよ!?」
必死で言い訳を探しているのが伝わってくる。それがまたかわいらしくて仕方がない。
たぶん、きっと、本音はただ恥ずかしいから。
「大丈夫だよー、私は亜弥ちゃんみたいに寝過ごしちゃうなんてこしないもーん」
そんなことされたら、弄りたくなっちゃうじゃん。
そんなことを思いながら、少しおちょくってみる。
「むぅー」
「ふふ、拗ねちゃった、かわいい」
そんないじけてる亜弥ちゃんがあまりにもかわいくて、心の内に秘めた感情が言葉になって溢れてしまう。
「ふぇっ!?」
亜弥ちゃんの方に目をやると、私の心の言葉に驚いた様子で、顔がすぐ真っ赤になっていく。それはもうまるで茹でダコのように。失礼だけど、その変化していくのが楽しくてしょうがない。
「ふふ、ふふふ」
なので、思わず笑みが溢れてしまう。ちょっとこの弄りに快感を覚えてしまいそうだ。
いけない、いけない。本題は別にあるのだから。
「あぁー笑わないでぇー」
「ごめんごめん、つい、ね?」
「もう!」
そう口では言いながらも、私に何をするわけでもない。本当に亜弥ちゃんは優しい。
さてさて亜弥ちゃんとのお戯れはこのぐらいにしていおいて、キモチ探しに戻ろう。
私は再び頭を亜弥ちゃんに預けて、自分の心の中を探ってみる。
「……んー……?」
でもやっぱりそこに何があるわけでもなかった。
これでもダメだというのなら――
「わ、わわっ! ちょっ、え、ええ、えり!?」
今度は大胆にも頭を亜弥ちゃんの膝の上に乗せてみる。いわゆる私がいつもされている『膝枕』というやつだ。
肩がダメなら今度は膝ではどうだろうか。何か得られるものがあるのではないだろうか。
その好奇心が勇気を湧かせ、私の背中を押してくれる。普段なら恥ずかしくてできないこともやってしまう。
「やっぱり寝るならこうでしょ?」
「で、でもぉ……」
「いいから」
私の大胆行動に翻弄されまくりの亜弥ちゃん。
こういう表情を私だけが知っていると思うと、ちょっと誇らしい気分になる。
由乃ちゃんやまりちゃんたちが知らない、私だけが知っている顔。これが他にはない『特別』というもの?でも、今のところ得られている『何か』はない。
とにもかくにも、考えても仕方がないので、とにかく感じることだけに集中する。
されたことはあっても、したことはなかったので、膝枕とは実は中々いいものなのだということを実感した。される側は足が痺れたり、動きが制限されたりでいいことはないけど、する側は本当に心地が良い。亜弥ちゃんの膝枕だからというのもあるのだろう、寝心地がすごくよかった。枕代わりの膝はまるで本物のそれのように柔らかく、私を眠りへと誘う。これで頭を撫でられたら、より一層心地よさが増して安眠できることだろう。
そして、もう一つ発見があった。当然のことながら、膝枕状態ではする側はされる側を見上げる形になる。それはつまり、亜弥ちゃんの顔を見上げるということになるのだ。その視点から見る亜弥ちゃんの表情というものが、中々新鮮だった。いつも亜弥ちゃんはこんな風景を見ているのか、としみじみと感心する。
けれど、この状態になっても『なにか』はやってこない。何かしらを感じているような気がするけれど、ハッキリとしない。
これがダメなら、次は何をすればいいのだろう。やっぱり……いやいやいや、それはナシで。
「ね、ねね、眠らないの……?」
ふとその言葉に意識を現実に戻すと、私に見つめられ続けていたからか、亜弥ちゃんが顔をこれでもかというほど真っ赤に恥ずかしそうにしていた。
いけない、いけない。じっくりと真剣に考えすぎたせいで、本来の目的までも忘れてしまっていた。
「じゃ、じゃあ、さ、眠れるように頭、撫でて」
子供みたいに甘えておねだりをするのは、正直な話、だいぶこそばゆく恥ずかしい。
でもこれはキモチ探しのため、そう言い聞かせる。
「え!? わ、私が!?」
「うん、してほしいなぁー」
何回目かの甘えた声を出して、あねだりをしてみる。
案外、私って甘え上手なのかも。
いや、そんなことに気づかなくていいのよ。
「しょ、しょうがないなぁー……」
私のおねだりになにも抵抗せず、私の頭を撫で始める。
その優しく撫でる手は、私を幸せな気持ちにさせる。そう、それはまるで天にも昇るような感覚だった。そのおかげで、さらに私はどんどんと眠りに誘われていく……のはいいのだが、どうやらこれでも『確証』は得られないらしい。
何故だろう、どうしてこれだけのことをしておいて、何も得るものがないのだろうか。私は客観的に見て、そして状況証拠から考えて、亜弥ちゃんのことが好きなはず。それはもちろん恋愛対象としてであって、友達としてということではない。なのにも関わらず何も得るものがないということは、よっぽど私の感覚は鈍っているのだろうか。相当なことでもなければ、やはりそれは得られないのだろうか。
だとすると困る。とても困る。だってこれ以上のことと言われても、もう後がない。何も考えつかない。何か、何か他の案を考えなければ……
「――り……えり!!」
どこか遠くから私の呼ぶような声がする。その声に私の意識が徐々に覚醒していく。
「ふぁっ!?」
意識が完全に覚醒すると同時に、思わず飛び上がってしまい、しかも変な声まで出てしまった。
「時間だよ!」
「えっ!? もう!?」
そう言われてすぐに時計を確認する。
時計に記されている時間は、昼休み終了まで後5分。
案を考えているうちに完全に眠ってしまったみたいだ。しょうがない、亜弥ちゃんの頭なでなでに負けてしまうのは当然だから。
「ほら、早く!」
亜弥ちゃんはこの間の私みたく私を急かす。私も私で、急いで弁当を持って立ち上がる。
「足は大丈夫?」
前みたく足が痺れてしまっては今回の立場では完全にお手上げ。だから私はちゃんと確認をした。
亜弥ちゃんなら無理してでも行きそうだし。
「うん、平気!」
いつもの元気印の亜弥ちゃんだった。どうやら足の痺れは起こらなかったようだ。
よかった、これなら大丈夫。
「じゃあ、早く行こ! 結構ここからだと遠いから」
持つものを持って、私たちは教室へと走り始める。
結局のところ、眠ってしまったとは言え、何の成果も得られず。ただただ亜弥ちゃんのお昼を楽しんだだけでした。
亜弥ちゃんの膝枕や、頭なでなでをしてもらったので私的には満足だけど、本来の目的は果たせないまま。
このままで本当に大丈夫なのだろうか。私の心に暗雲が立ち込める。
きっと大丈夫だよね? 答えは多分見つかるよね?
私はそう信じたい。




