1話「迫りくる季節」
夏休みが終わり、暑さが過ぎ去り冬の寒さが押し寄せ始める9月のこと。
「――お姉さま」
放課後の帰り道。私は隣を歩く『お姉さま』こと『藤堂沙織』お姉さまの名前を呼ぶ。
「もう、まーたその呼び方してる。私たちは学年は違うけれど同い年なのだから普通に名前で呼んでくれていいのよ、沙希?」
すると、お姉さまは露骨に嫌そうな顔をして、そう耳にタコができるぐらい聞いた言葉をもらしてくる。お姉さまは学年が1つ上だけれど、遅生まれなので実質的に私と同い年になる。でも、
「でも昔から『お姉さま』で呼び慣れてますしー私にとって、お姉さまはお姉さまですから!」
そんな具体性の欠片もない理由で、そのお姉さまのお願いを断る私。やっぱりお姉さまはお姉さまであってほしい。そんな人と対等に名前で呼び合うなんて恐れ多い。それにこうやって特殊な呼び方をすれば、その分お姉さまとの『特別』を感じれるから。恥ずかしいから決して言葉にはしないけれど、そんな理由もあって私は『お姉さま』と呼び続けたかった。
「もういい加減、この歳になってくると恥ずかしいのよ。それに、最近他の子にまで私のこと『お姉さま』って呼ぶのよ?」
「むぅーお姉さま呼びは私だけの特権なのにぃ……だったら俄然変えるなんてできませんよー!」
なんと、私の真似をし始める子が現れるとは。それは私とお姉さまの『特別』なのに。それだけお姉さまがみんなから慕われているってことなんだろうけど、なんか嫉妬しちゃう。むしろその話を聞いて、お姉さま呼びのパイオニアとして意地でも変えてやるもんか。そう思う私だった。
「まあ、いいわ。で、何か私に話が合ったのではなくて?」
そうだそうだ。すっかり話が逸れて本題を忘れていた。こっちの方が大事な案件なのに。私とお姉さまとの重要な問題。それがもうやってきそうなのだから。そんな他の子にかまってる場合じゃないや。
「はい、また『あの季節』がやってくるなぁーって思いまして」
「そういえばそうね。私の方も文化祭の準備で色々と忙しくなってきているし」
そのお姉さまの表情からみても、忙しさがすぐにわかった。どうにもいつもより疲れが見える。やっぱり本格的にソレは足音を立てて私たちにやってきているようだ。普通文化祭と言えば、みんなからすれば楽しい行事がやってきて、大いに浮き立っていることだろうけれど、私たちはそうではない。
「あーあ、これからまたしばらくお姉さまと会えなくなっちゃうんですね……」
学園の生徒会長であるお姉さまと、生徒会役員ですらない私とでは文化祭の準備のせいで大きな壁ができてしまうから。準備や話し合い、見回り等山積みになったお仕事をお姉さまはこなさなければならない。そうなれば必然的に私とも時間のリズムがズレ、一緒に会うことが難しくなってしまう。それがもう今から憂鬱で仕方がなかった。
「そうね、でも全く会えなくなるわけでもないし、大丈夫でしょう」
落ち込んでいる私にとは対照的に、それを全くもって重く考えていないお姉さまであった。
「そんな楽観的に考えてますけどー私たちには『禁断症状』があるんですからー気をつけないと」
これは他のカップルたちみたいに、私たちはただ会えないだけの簡単な話ではない。『禁断症状』という恐ろしさがあるのだから、やはりより気をつけなければならないのだ。アレを甘くみてたら絶対に痛い目に合う。ていうかあってきたんだから。
「ええ、でも会える手段なんていくらでもあるのだから大丈夫でしょう。いざとなったら意地でも会えばいいじゃない」
でも相変わらずお姉さまは私の忠告なんて耳にも入れずに、呑気な表情だった。
「そんなこといってぇーこの間の体育祭の時なんて他の人にも迷惑かけてたじゃないですかー!」
「大丈夫よ、私たちが真に会いたいと思えば、この程度――」
「そんな簡単に言いますけどー私たち学年別だから他学年の寮への訪問は18時までですしーその上お泊りは禁止。さらにさらに、お姉さまは生徒会長でこの時期は何かと多忙。この条件でそれができると思いますか?」
お姉さまが生徒会長という立場から、寮や学園の規則を破るわけにはいかない。もちろん私だってお姉さまのお側にいる者なのだから、同じ用に破るわけにはいかない。まさかお姉さまの顔に泥を塗るようなことなんて、絶対にしたくはない。でもじゃあその規則に則ったとすると、私とお姉さまが会える条件はかなり厳しくなってしまうのだ。だからこそ、2人がちゃんと考えて対策をしなくちゃいけないのに……
「もう、沙希は心配しすぎよ」
これだけ言ってもまだ余裕なお姉さまだった。よっぽどの自信があるのだろうか。いや、これはいつも側にいる私だからわかる。これは何にも考えていない顔だ。つまり、お姉さまはこの『禁断症状』に関して全くもって警戒もしていないということだ。
「だといいですけどねぇー……お姉さま、後悔しても知りませんよ?」
だから私は先にその言葉を言っておく。たぶんこの言葉通りになると私は思う。この認識の差できっと、大変なことになる。そんな予感が今からもうしていた。
「ふふ、大丈夫。安心しなさい」
心配する私をよそに、軽く微笑みながら私を安心させようとするお姉さま。その微笑みはまるで女神のようにお美しいけれど、それで不安が全くもってゼロになるというわけではなかった。むしろ不安は余計に募っていく一方だった。はたしてこんな状態で私たちは文化祭という大きな壁を乗り越えられるだろうか。そんな不安が残る帰り道であった。




