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おもいあい。  作者: 瑠璃ヶ崎由芽
第8章『れなしず』
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15話「夕焼けに包まれながら」

 それから私たちはほとんど目的もなく、街をぶらぶらと散策していた。

 おいしそうなスイーツお店を見つけてはちょっと寄って食べてみたり、アクセサリーショップに入ってはちょっと試してみたり……そんなホントに『恋人らしいこと』をして1日を過ごしていた。

 その時間は私にとってとても楽しいもので、最近嫌なこと続きだったことで生まれた疲れも麗奈れなと一緒だとどこかへ消えてしまっていた。

 そして私たちは夕日を見に、海が見える高台へとやってきていた。意外と穴場なのか、この日が沈む時間帯の割に、私たち以外に人はいなかった。私と麗奈は手を繋いだまま落下防止用の柵に近づいて、太陽が沈んでいくのを眺めていた。


「キレイね……」


 こうして夕日を眺めることなんて、人生で初めてのことかもしれない。夕日なんてドラマや旅番組なんかでいくらでも見ているのに、どうしてだろうか、ものすごく心を奪われるキレイさがそこにあった。

 オレンジ色に染まった空、陽の光を反射する海。水平線へと沈んでいく、光り輝く夕日。それら全てが素敵に思えた。


「うん、そうだね……」


「――ねえ。そういえば、れなってどうして私のことを好きになってくれたの?」


 そんな時、ふとそんな言葉が私の口から出ていた。

 よくよく考えてみれば、麗奈が私を好きになった理由も知らなかった。私はそれが信じられない1つの要因にもなっているんじゃないかと思った。あと、麗奈のことをもっと知りたいという気持ちもある。私が好きな人の事、もっと知りたい。


「ああ、そういえば話してなかったっけーでも、大した理由じゃないよぉー?」


 『好きな理由』という結構ディープな話題に、麗奈は軽いノリで答える。


「聞きたい。話して?」


「うん。結論から言うとね、静香は私を人として見てくれてるから」


「うーん? どういうこと?」


 でもその結論があまりにも抽象的すぎて、私には意味がわからなかった。そして、その言葉は少し怖くもあった。『人として見てくれる』――それはまるで誰かが人として見てくれないって言ってるみたいだから。


「アタシの絵って、やっぱ普通の人とは違うみたいでね、私を使ってビジネスをしようとする人がいっぱいいるの。だからアタシ、大人って嫌いだった」


「そっか、アレだけのレベルなら、たしかにそう言ってくる人も多いわよね」


 それが親なのか、あるいは習い事の先生なのかはわからない。でも、きっと麗奈はそれでたくさん嫌な思いをしたんだろう。大人たちは彼女の未来のため、持つべき才能を社会で活かすために、善意でしてくれたんだと思う。でも、それが麗奈には何度もあって、大人を信じられないようになっていったんじゃないだろうか。あくまでも私の推測でしかないけれど、その口ぶり、表情から私にはそう思えた。


「でもね、静香しずか……せんせぇは違った。アタシを特別扱いせず、他と同じ美術部員でいさせてくれた」


 そっか。そういうことか。私が部活の顧問を嫌々やっていたことが、彼女に響いたんだ。

 彼女の才能はわかっていた。でも、私はだからといって、彼女だけ他のコンクールを勧めたりはしなかった。その手続きとかをするのは結局、私になるからという理由で、していなかったのだ。

 もちろん担任である以上、彼女の将来のことは一緒に考えていかなければならない。でも、第一優先されるべきなのは彼女の意思で、彼女が進路調査票に美術系の学校を希望していなかったから、絵の才能のことを気にも留めていなかった。進みたい道は違う道なんだと、思い込んでいたから。それが結果的に、私たちをつなげるきっかけになったのだ。


「アタシが絵描かなくても、ある程度は許しくてくれてた。それも嬉しかったんだ。たぶんせんせぇ、面倒くさかったからでしょ? 顧問やってる時、そういう表情出てるから」


 麗奈はそう言って、いつかした時みたいな小悪魔のような顔つきで、口元をニヤッとさせて私を見つめる。


「え、ホント!? 気をつけないといけないわね……」


 壁に耳あり障子に目ありって感じだろうか。思わず本心を見抜かれて、ドキッとしてしまった。

 たしかに、私が彼女のことを気にかけていたように、彼女もまた私のことをよく観察していたってことだ。ホントに気をつけないと、それで先生方にお小言食らうのは御免だから。


「にゃふふっ、そうだね。でも、そんなせんせぇがアタシにとっては居心地がよくて、それがきっかけ。ホントに、始まりの1ページってだけ。それからアタシの顎をこしょこしょしたり、距離が近くなっていって、段々とスキになっていった」


「そうだったのね……」


 もしかすると、私もその時点で彼女の魅力に惹かれていたのかもしれない。普通生徒の顎を撫でてあげたりなんて、しないから。それがきっかけで、もっともっと関わっていくうちにスキになっていた。なんてね。


「ね、大した理由じゃないでしょ? 人をスキになるってなんとなくだし、そんな大きな理由なんていらないんだよ」


「でも、その人が私でよかった――」


「静香……」


 麗奈はそう言って、私に抱きついてくる。私もそれに応えるように、手をそっと後ろへと回し、抱き寄せる。彼女の温もりを、愛しさを全身で受け止めるかのように。


「……私ね、まだ信じられるか自信はない。でも、『信じたい』って思う。れなのその気持ち、想いを。だから……キスして」


「にゃはっ、うん。じゃあ……するね――」


 お互い顔を見つめ合い、唇を近づけていく。そして、ゆっくりと唇を重ねて、目を閉じる。

 やっぱり、私は彼女のことがスキだ。これをこの上なく、実感できる。愛おしくてたまらない。この幸せの感情がこぼれるぐらい、私は幸福に包まれている。それと同時に、ちょっとずつだけど雪解けするように、私が過去のトラウマで怯えてしまっていた『信じる』という気持ちも変化しているような気がする。

 麗奈の愛を受けて、麗奈のことを知って、変わっていっている。結果がどうなろうと、私は彼女の言った『スキ』を信じたい。そう思う。


「れな、私れなのこと、スキ」


 しばらくキスをした後、唇を離し、目を見つめてそう言う。正真正銘の、私の気持ちを。


「うん、アタシも静香のこと、スキ!」


 それに麗奈は、満面の笑みで返してくれた。たぶんこれは私だけが知る、最高の笑顔。可愛くてたまらなかった。

 それから私たちは夕日が沈みきるまでの間、手を繋いでその場で海を眺めていた。楽しい時間ももう終わり、あとは帰るだけとなった。


 確実に私は今、前に進んでいる。あのトラウマを過去にして、確実に一歩ずつ。もうあの事は過去、過ぎ去ってしまったことなのだ。ウジウジしてたってしょうがない。麗奈をスキになってそう思えた。

 私の負った深い傷、それはまだ完全には癒えていないけど、麗奈と関わって、恋人になってちょっとずつ癒えてきてると思う。これからどんどんと関係を深めていけば、たぶん私のトラウマは完全に過去のものになって、麗奈の気持ちを信じられると思う。そう信じている。一歩ずつ、私のスキな人と歩んでいこうと思う。

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