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虹色居酒屋  作者: 大山秀樹
15/15

第15話:爺躍動す(後日談)

ミスがあって修正してたら1日経ちました。すみません。

今回は食べ物の描写を入れる余裕がありませんでした。次回からは欠かさず入れたいと思います。


「なんだ、お前は?」

 男たちは見知らぬ青年を警戒して身構えた。青年は突然の閃光の後彼らの目の前に降り立った。

 もしかしたら俺たちを殺しにきたのか、と思ったがその青年は1人であり、捕縛しにきた兵士でないことは明白だった。それどころか顔は初々しく、せわしなく身体を小刻みに揺らす挙動から場馴れしてない様子だった。

 ただの旅行客かと彼らは警戒を解いた。途端に盗賊の習性が働く。青年の全身を舐め回すように見ると、服や高そうな剣が目に止まった。売れば1万アンジュはくだらなそうな豪奢な剣を見て舌なめずりした。誰しもがどうやって服や剣を傷つけずに取り上げようか、という算段を頭の中でたてた。

「俺らに用か?」

 先頭の男が青年に聞く。

 青年はその男を無視して空を見上げる。

「これも試練か……」

 ポツリと青年が呟く。

「ああ? はっきりと言え」

 無視された男が苛立つ。

「……お前たちは盗賊だな?」

 キッと青年が男たちを睨みつけ、剣を向ける。

「そうだが?」

 全く悪びれずに男が言う。背後にいる男たちも同様だった。男たちの倫理観は常人のそれではなく、ひどく逸脱していた。

 襲い、奪い、犯し、その繰り返しであった。他人の涙と苦痛の叫びで快感を得る異常人格者であった。男たちは近隣の村々を襲いつくしたため、狩場を求めてエンデン近くへと足を伸ばしていた。

 しかも先月から仲間に加わった2人の男のおかげで以前より仕事がやりやすくなっていた。先んじて村の居場所を突き止め、男手がいなくなる襲い易い時間を割り出し、分け前にも文句を言わず、腕も抜群な新人は男たちに重宝されていた。

 指示を出すだけで快感を得られる今が人生における至福の時間であり、この時間が永遠に続くと男たちは思っていた。

 そのため目の前の青年が剣を向けてきても、男たちにとっては関係なかった。たった1人に自分たちが負けるはずがない、と余裕をもって青年に答えた。

「俺はお前たちを捕まえにきた。大人しくお縄に付け」

 青年が精一杯の脅し文句を言った。

「はっ。何言ってんだ、お前。お前1人か? こっちが何人いると思ってんだ?」

 ぞろぞろと腰を下ろしていた盗賊団が立ち上がり青年を威嚇する。彼らは20人の集団だった。

「1人だよ、1人。あーあやってらんねーよ。俺の初実戦がお前たち、盗賊だなんてよ。もっとこう、あれだよ、あれ。敵将を一騎討ちで討ち取り華々しく名を挙げるつもりだったのによ」

「ああっ? なめてんじゃねーぞ」

 男が青年を威嚇する。

 青年はその男を見ようともせず再度空を見上げた。涼し気な雲の下を泳ぐ小鳥が鳴いていた。


 エンデンを探すため空を飛んでいると男たちの集団が脇道を進んでいた。彼らはいかにも、といった風体であり、その後ろには手を縄で縛られた女性が2名、足を引きずりながら歩いていた。

「盗賊じゃな」

「ですね」

 スレッジが力強く頷く。

「ふむ、おなごも連れておるな。同情の余地はないのう。スレッジ、助けにいけ!」

「はいっ……って、えっ? お師匠様は?」

 スレッジが困惑する。

「ワシはあのおなごを家に帰し、エンデンを探す。じゃからお主1人であやつらを倒すのじゃ」

 スレッジの顔が引きつる。

 幼少からヴァイオレットの指導の下、剣の訓練をしてきたが戦場に出たことはない。敵を斬り伏せた経験はない。

 いつかは経験しなければならないと思っていたが、眼下を行くのは20人程度の荒くれ者たち。皆それぞれが武器を持ち、修羅場をくぐっているであろう連中である。

 対してこちらは自分1人。スレッジの足がすくんでも無理はなかった。

「恐いか?」

 スレッジがゴクリと生唾を飲み込む。

「……恐いです」

 爺が頷く。

「それで良い。戦場では恐怖心を失った者から死んでいく。その恐怖心を生涯持つことが、戦場で生き残る(すべ)じゃ。それにあやつらはただの盗賊じゃ。訓練もしてないし、軍のように集団戦法も使えん。個々の技量では間違いなくお主に()がある」

 爺の励ましはスレッジにとって絵空事にしか聞こえなかった。

 実戦を経験していない自分が彼らに勝てるだろうか?

 そもそも集団で囲まれたら?

 冷静に彼我の能力を分析すれば、自分が勝てるのは若さゆえの体力しかないと思われた。

 スレッジの目が恐怖と不安でゆらゆらと動く。

 考えれば考える程、悪い予感は増していった。

「スレッジ!」

 爺がスレッジを一喝した。

「お主の力量はワシがようわかっとる。あやつらに負けるはずがない」

「しかし万が一が……というかお師匠様も一緒に戦えばーー」

 スレッジが顔を伏せる。

「ワシが出たらすぐに勝てるじゃろう」

「なら、なおさらーー」

 顔がパッと上がる。

「スレッジ、お主はいくつじゃ?」

「16になりました」

「実戦は経験したか?」

「……いえ」

「ヴァイオレットは15で功をたてた」

「しかしそれはーー」

 爺が手でスレッジを制し話を続ける。

「その通り、時代じゃ。ヴァイオレットの頃は戦場が身近にあった。じゃが今の時代は平和そのもので戦場はない。とはいえ時代を嘆いてもしょうがあるまい。兵士はナマモノじゃ。剣を使わねば錆び、実戦を経験せねば勘は衰える。生死の境にあって得るモノは確かにある。それは若い時分に経験したほうが良い。スレッジよ、母から遅れて1年じゃが、お主はそろそろ実戦を経験するべきじゃ」

 爺の言葉がスレッジへと突き刺さる。厳しくも暖かい言葉。普段のおちゃらけた爺とは別人のように思えた。ニホン酒を呑んでないからか、とスレッジは頭の中で冗談を言い、冗談を言えるほどリラックスできた自分に驚いた。

 スレッジが眼下を行く男たちを見据える。その目は1点に定まり確固たる信念の光が灯っていた。

「師匠。俺、やります」

 スレッジが宣言する。

「それでよろしい。最後にアドバイスをやろう。あやつらは盗賊じゃ。おそらくお主の剣や服を欲しがるじゃろう。それも無傷で。傷がつけば売値が下がるからのう。じゃからお主と戦う奴は服や剣に傷がつかない頭や足、腕を狙う。まっ恐らく腕か足じゃ。頭が潰れたら服が汚れてしまうからのう」

 ヒョッホッホと爺は笑った。

「腕や足を斬っても服は汚れるが頭程ではない。じゃから腕や足を狙うはずじゃ。その攻撃を躱せ。そして剣を振り下ろせ。目の前には敵がいてお主の剣はそやつに当たる。さすれば初戦の緊張感もなくなり、普段通りの実力が発揮できる」

「しかし周囲を囲まれたら……」

「一巻の終わりじゃ。そうならんように考えよ。では行くぞ」

「えっ、心の準備とかは」

「戦場は待ってくれん」

 爺は杖を振りおろす。スレッジにはその杖の先端についた真っ赤な宝玉ペシャっとが潰れた頭のように見えて身震いをした。

 閃光が煌めくとスレッジは地上にいた。どうやって自分が地上に降ろされたかはわからないが、目の前には荒くれ者の集団。討つべき敵。初陣の相手。

 ふと周囲を見渡すと女たちにかけられていた縄が地べたに落ちていた。

 女たちは救出されたのだろうと空を見上げるとすでに爺の姿はなかった。

「今日は随分と急いでいるな。何かあるのだろうか?」

 スレッジのそんな呟きに反応してか、閃光で目をつぶっていた男たちがスレッジを見る。

「なんだお前は?」

 そう威嚇した男の視線が自分の剣に向かっているのを見たスレッジは爺のアドバイスに感謝した。

 スレッジの初実戦が幕を開ける。



「はぁはぁ。ざけんじゃねーよ。どこまで逃げんだよ!」

 息をきらして走っていた男は逃げては戦い、逃げては戦いと姑息な戦法を使う男に罵声を浴びせていた。

「はぁはぁはぁ。これしかねーんだよ」

 スレッジは自分を追っているであろう男へ叫んだ。

 

 スレッジは爺の助言通り自分の腕に振り下ろされた剣を避け、無我夢中で剣を振るった。すると鮮血が飛び目の前の男が倒れた。手には人を斬ったという感触が残った。恐れ、後悔、戸惑いなどは全くなかった。

 男の剣は止まっているかのように遅く余裕を持って避けられた。ニヤニヤと笑う男が「あっ?」と呟き崩れ落ちた。

 怒号が飛び交い盗賊が一斉にスレッジへと向かってきた。その直線的な動きは読みやすく剣を振るうと2人が血に染まった。振り返り背後から迫る男へも剣を振るいまた1人。合計で4人が地に伏した。

 ここにおいて盗賊はスレッジの技量を認識し距離をとった。盗賊にとってスレッジは獲物ではなく敵になった。ジリジリとスレッジを囲むように円形に広がる。スレッジが最も避けなければならないことは、囲まれて同時に攻撃を受けることである。

 そのためスレッジは囲まれる前に走った。

 いや、逃げ出した。

「ふざけんな!」「追え! 追え!」

 盗賊は逃げるスレッジを追った。叫びつつ迫るが日頃の不摂生がたたり追いつけなかった。徐々にスレッジと距離が出てくる。スレッジは振り返り距離を確認し、盗賊が追いつけるようにスピードを落とす。そして追いつきそうになった男を振り向き剣を一閃する。剣が男に当たったのを確認したら再度走りだす。

 これを繰り返した。

 囲まれないためにスレッジはヒットアンドアウェイ方式をとった。自分が間違いなく優っている体力を最大限に活かした方法。盗賊を倒すために最適な手段。陳腐な手段だが最も効率的な方法。

 しかし誤算があった。

 土地勘である。

 スレッジはエンデン近くのこの土地に来たことはなかった。

 逃げるために鬱蒼と茂る木々をやみくもにすり抜け走っていくが、盗賊はここを縄張りにしており、どこの小道がどこに続くか、どこに行けば行き止まりなのか、それらを把握し回り道をして、スレッジを挟み撃つことに成功した。

「うおっ!?」

 突如目の前に現れた3人の盗賊を見てスレッジの足が止まる。背後からは2人の盗賊が追ってくる。

 ーーその前に斬り捨てるしかない。

 スレッジは覚悟を決め前の3人に斬りかかった。

 しかし盗賊もさる者で、スレッジを追いかける仲間が来るまでスレッジに手を出さずに避けることに専念した。そのためスレッジは手傷を負わせることしかできず、5人に囲まれた。

「やべっ」

「おう、あんちゃん、よくもやってくれたな。泣いて詫びたってもう許さねーぞ」

 手の甲の皮をスレッジに斬られた男が威嚇する。

「誰が泣いて詫びるか。お前らみたいな犯罪者に頭を垂れるくらいなら、大人しく死ぬさ」

「勇ましいことで。だがいくらお前の腕が立つからって勝てると思うなよ」

「こっちは5人だぞ」

 男たちは笑いあった。

「俺は……俺は母上の後を継いで皇帝陛下の剣となる男だ。こんな、こんなところで死ねないんだよ!」

 スレッジが吠える。

「それに……」

「ああっ? それになんだって?」

 男たちが面白がってスレッジの話を聞く。

「それにもう一回あいつに謝らないと。農奴のあいつに」

「農奴? なんだお前農奴の性奴隷でもいんのか? 趣味悪いな」

「ちげーよ、あいつは……」

 ここでふとスレッジは考えこむ。

 自分の間違いを指摘してくれた同年代のあの農奴と自分の関係とは何なのだろうか。

 友人、と呼ぶほどの付き合いはない。そもそも1回しかあったことがないし名前も知らない。知り合い、でさえないかもしれない。あの農奴が自分を覚えているかどうか確証はない。

 ーー恩人か。

 そうスレッジは納得した。

 もし自分があの農奴に出会わず今回の戦場に遭遇したら、あっさりと死んでいただろう。自信満々で相手を見下す癖のあった自分なら、所詮盗賊、と舐めてかかって横死したことが今ならありありとわかる。

 スレッジは奇妙な出会いに感謝した。

 貴族として生まれたスレッジにとって農奴は遠い存在だった。自家に農奴はいない。屋敷にいるのは家族と使用人だけである。そのため農奴については机上の知識しかない。

「農奴は我々と違うのです。彼らは何もできません」

 教師は言う。

「指示を与えないと動かないのが農奴だ。だから我々は奴らを支配すれば良いのだ」

 屋敷に来た貴族が言う。

「奴らは下賤な生き物だ」

 吐き捨てるように貴族の友人が言う。

「農奴か……難しい問題だ。私はただ皇帝陛下に従うだけ」

 ヴァイオレットが厳しい顔をする。

 そのような環境で育ったスレッジは自然と農奴を軽蔑していた。教育も受けず唯々諾々と奴隷主の指示に従う農奴は路傍の石と何ら変わらないモノ。社会に貢献せず歴史に名を残すこともない。同じ人間とは言えないと思っていた。

 しかし虹色居酒屋であったあの農奴はそんなスレッジの想像とは全く違った。高潔な志と礼儀、しっかりとした言葉使い。同年代の貴族よりもはっきりと自己を認識し、わきまえていた。使用人をいびることが趣味の友人よりはるかに人間ができていた。

「また会いてーな」

 スレッジが力強く呟く。

 農奴に再度会うためにスレッジが斬りこむ。

 盗賊が応戦する。

 四方八方から剣が飛んでくるがスレッジは巧みな足さばきで避ける。そして徐々に相手に切り傷を与えていく。盗賊団とスレッジには明らかな実力差があった。

 勿論スレッジも無傷ではない。頬や手足、胴体にも切り傷を負うが致命傷は避け、盗賊を斬り捨てる。当初5名いた盗賊は2人が脱落し残り3人になっていた。

 ーーいける!

 そうスレッジが確信した時、右後方から矢が飛んできた。6人目の盗賊が林に潜んでいたのだ。その矢は完全にスレッジの死角をついていたが、空気の動きですんでのところで避けた。しかし避けるために大きく仰け反ってしまった。

 その隙を盗賊は見逃さなかった。

 スレッジの目には左右から振り下ろされる剣が映った。先ほど見上げた青々とした空を背景に、2刀の白刃が迫る。

 すぐ先にある死にスレッジは目をつぶった。

「おわっ!?」

 だが剣がスレッジに当たることはなかった。

 左右の盗賊が足を滑らせ転んだのである。彼らは千載一遇の機会を逃した。

 スレッジは幸運に感謝し態勢を立て直し、滑って転んでいる2人に冷酷にとどめを刺した。

 これで残りは隠れている男を入れて2人。

 そうなればもうスレッジの敵ではない。またたく間に2人は斬り伏せられた。その後周囲を警戒したが、追手が来ることもなく誰かが潜んでいる様子もない。

「ふぅー」

 スレッジは一息をつき汗を拭った。手についた血がベトッとおでこにつくのも、もう気にならなかった。

 スレッジは死んだと思われる盗賊の首をはねて回った。ここは戦場である。しっかりと敵の死を確認するのは鉄則であった。

 まだ息のある者は命乞いをしてきたが、スレッジは「すまん」と言い首をはねた。

 スレッジは逃げてきた道を引き返し、男たちの首をはねていった。

 盗賊との殺し合いが始まった地点まで戻ると、斬り捨てた男が1人いなくなっていた。点々と血の跡があることから致命傷を負わなかった男が逃げたと考えられた。逃げていないもう1人の首をはねると13人の盗賊を征伐したことになった。

「後7人」

 散会したであろう盗賊を見つけるのは困難だが、スレッジは盗賊団を壊滅させるために血の跡を追った。

 血の跡が途切れる地点で倒れている男を見つけた。まだ息はあうようだ。

「助けてくれ!」血だらけの盗賊が懇願する。

「盗賊団のねぐらを教えろ」スレッジは剣を男の顔の側に突き刺した。

「教える。教えるから助けてくれ」

「わかった。さっさと教えろ」

「……この道を行くと大きな木が5本連なっているところが見える。そこを東に進み横道に入るとある」

「どれくらいかかる?」

「走れば10分ってとこだ」

「盗賊団の構成員は?」

「あの場にいたので全てだ」

「20人だな」

「ああ」

「わかった」

 スレッジは即座に血だらけの盗賊の首をはね、走りだした。嘘を言ったことになるが、今まで散々悪さをしてきた盗賊にかける慈悲はない。スレッジの良心は全く痛まなかった。

 盗賊の話通りにねぐらはあった。

 丁度盗賊が財宝をまとめているところだった。スレッジは斬りかかりその場にいた4人を殺した。檻の中に裸の女がいた。盗賊に捕まっていたのだろう。

 檻は鉄であり剣で切ることはできない。スレッジは鍵を探したが見つからなかった。

 すると女が奇妙なことを言った。

「鍵は私が持っています」

 スレッジは首を傾げる。檻に入れられた裸の女が、その檻の鍵を持っている。理屈に合わないではないか。

 しかし現実には裸の女は尻の下に隠した鍵を手に取りスレッジに渡してきた。スレッジはその生暖かい鍵を受け取り檻を開け、女を解放した。

 その女から事情を聞いた。

 2人の盗賊が逃げたこと。

 その2人は新人であり、彼らがこの盗賊団に加入してからは扱いが優しくなったこと。

 このねぐらへと逃げてきた2人は金目の物をそこかしこに投げると、檻の鍵を女に渡し、隠すように言ったこと。

 その2人は金目の物には目もくれず書類だけを持ち逃げしたこと。

 それゆえ他の盗賊団はねぐらが荒らされていることで誰かいるんじゃないか、と警戒して逃げるのが遅くなったこと。金目の物があちこちにあったのもその要因になった。

 それらを女がポツリポツリと言った。

 決して整理された言葉ではないが、それゆえ現実感があった。スレッジはその2人の行動を不思議に思ったが、盗賊は盗賊だ、と気合を入れなおした。

「後2人!」

 しかしスレッジが走りだそうとすると足がもつれて倒れた。

「くそっ」

 起き上がろうとするが足が震えて動かない。徐々に足の震えは大きくなり、全身へと広がりスレッジを悪寒が襲う。

 ねぐらを突き止め、その場にいた盗賊を殺し、女を解放したことでスレッジの心の中で一区切りがついた。盗賊との殺し合いで気分がハイになっていた時とは違い、冷静に自分の行動を見つめ返す余裕ができた。

 途端にブルブルと身体が震えた。

「くそっ、止まれ、止まれ」

 スレッジは震える手で震える足を叩く。震える手で震える胸を叩く。震える手で震える拳を叩く。

 どうやってもその震えは止まらなかった。

「くそ! くそ!! くそ!!!」

 自分の未熟さに憤ったスレッジがふと目を上げるとそこには血だらけの4体の死体。自分が斬り捨てた4人の盗賊。

「ぐっ」

 吐き気をもよおしたスレッジが豪快に吐いた。盗賊の血とスレッジのゲロが重なる。

 そして泣いた。

 情けなさに。爺の期待に応えれなかった自分に。

 すると風切音がして爺が現れた。

「ようやった。お主はここで休んでおれ。後はワシに任せろ」

 爺がうつ伏せに倒れているスレッジの背中に手を当てると、スレッジの震えが収まった。そして眠気が襲ってきてスレッジは意識を失った。

「これ娘さん、こやつを介抱してくれんか」

 そんな爺の言葉をスレッジは聞いた気がした。



 爺はスレッジを連れて自家へ転移した。そしてゲロや血で汚れたスレッジの身体を洗い虹色居酒屋へと転移する。

 虹色居酒屋からは明かりが漏れていた。今日は月曜なのに、と不思議に思ったスレッジが爺に尋ねようとするが、爺はさっさと扉を開け店内に入っていった。スレッジも爺を追う。

「おう、スレッジ、帰ったか」

「えっ、母上に父上。何故ここに?」

 虹色居酒屋のカウンターで肩を寄せあい酒を酌み交わす両親の姿が修羅場をくぐった後のスレッジの目に映った。ヒューズの手はヴァイオレットの腰に当てられていた。

「いや、なに、今日はジジ様からお祝いだと聞いてな」

 エールが注がれたコップを掲げてヒューズが応える。

「ケンさん、今日は月曜なのにすまない」

 ヴァイオレットが厨房のケンに頭を下げる。

「良いってことよ。今日だけは断れないからな。それに俺も久しぶりにヴァイオレットちゃんの顔を見れて嬉しいし」

「『ちゃん』付けはよしてくれ。これでも40手前のおばさんだぞ」

「俺にとっては永遠にヴァイオレットちゃんだよ。いやー子供の頃のヴァイオレットちゃんは可愛かったねー。あー勿論今が可愛くないってわけじゃないけど、あのうぶなヴァイオレットちゃんといったらーー」

「ケンさん、やめてくれ。スレッジが見ている」

 ヴァイオレットがスレッジを横目で見る。

「あーそうか。息子の前ではやめとこうか」

 しょうがないな、とケンが話をやめる。

「って母上はケンさんと知り合いだったの?」

 スレッジが驚く。

「そうだ」

「だって、虹色居酒屋になんて連れて来てもらったことないよ」

 虹色居酒屋と言われたケンがキッとスレッジを睨むが、スレッジはその視線に気付いてなかった。

 スレッジは農奴であるハクを侮蔑した日に初めて虹色居酒屋に来た。生まれてからずっと皇都に住んでいて虹色居酒屋の評判も聞いていたが、せがんでも両親が行こうとしなかった。

「教育方針だ」

「教育方針?」

「そうだ。幼い頃から旨い飯を食べていては、糧食など口にできんだろう。お前は兵士になるのだから日頃から粗食に慣れねば」

「でもお祝いの日くらいは……」

「ダメだ、ダメだ。お祝いの日に行ったらーー」

「ケンさんにからかわれてしまうのう。そんな姿をスレッジに見せたくなかったのじゃろう」

 横から爺が口を挟む。

「なんでお祝いの日に行ったらからかわれるんですか?」

「それはのう、こやつらの結婚式をここで挙げたからじゃ。それは盛大な結婚式でーー」

 ヒュンっとフォークが爺の鼻先をかすめる。

「……言わんほうが良いのう」

 爺は言葉を飲み込む約束をするかのように、ニホン酒を口に含む。

「あの日は楽しかったね。特注のウエディングドレスを来たヴァイオレットちゃんは可愛くて、可愛くてーー」

「ケンさん!」

「おっと、料理人は黙ります、黙ります。さて注文は?」

「全く……。ヒュー、何にする?」

「頼みたい料理が多すぎるな。久しぶりだから。オサシミとかーー」

「あっ、今日は営業日じゃないから刺身は仕入れてない。すまんね」

「そうか、残念だな。じゃあーー」

「父上。家が倒壊したのを忘れてない? 外食する余裕はあるの?」

 ヴァイオレットが住み慣れた家を全壊させたのは今朝である。家を建てなおすのにいくらかかることや。今は節制したほうが良いんじゃないか、とスレッジは心配した。

 しかしそれは杞憂に終わった。

「大丈夫だ。問題ない」ヴァイオレットが否定する。

「なんで?」

「実は『ご迷惑をおかけしました』と私がお詫びの品を持って隣家に謝罪しに行ったらお金をくれてな、逆に謝罪されたよ。『今までのご無礼をお許しください』って震えながら頭を下げられた。奴らは私とジジ様が戦っている姿を見て、私の力を思い知ったらしい。今まではその美貌でーーいやっそんなに自分では美しいとはおもっていないが」

「そんなことない。君は誰よりも美しいよ」

 ヒューズがヴァイオレットの言葉を否定し見つめ合う。

「ヒュー」

「ヴィヴィ」

「あー、もうそれでどうなったの?」話の途中で2人の世界に入り込もうとする両親をスレッジが止めた。

「ともかく今までは私の力を過小評価して嘲っていた貴族連中が、自分の過去の無礼を詫びるために金を差し出してきたのだ。当然私はそんなものは受け取れないと突っぱねたが、後難を恐れたのだろう、彼らは全く引き下がらなかった。お互いに引き下がれず話の落とし所が見つけられなかったのだが、ヒューがやってきてそのお金を新築祝いとして受け取ることで決着したんだ。流石はヒューだ。私ではそんなこと思いつきもしなかった」

「たまたまさ」

「その後も貴族街を回ったのだが、どれも判を押すように同じ反応であり、新築祝いとしてお金を受け取った。勿論私が拒否するとお金を引き下げる貴族もいたが、片手に満たなかったな。そうして半分ほど回って帰ってみれば家を建て替えるお金を優に超える新築祝いの山が出来上がった、というわけだ」

「なんじゃ、それならワシのおかげではないか」

 爺がボソッと呟く。

「そんなわけあるか! 不幸中の幸いなだけだ」

 ヴァイオレットが大声をあげる。

 それに反応して爺の隣に座っていたマリーが爺の背に隠れる。

「ああ、驚かせてしまってすまない。怖くはないから安心して。私が怒るのはジジ様とスレッジだけだ」

「なんでワシが怒られんとーー」

「ところでこちらの子は? まさかとは思うが……」ヴァイオレットが爺を無視しケンを見る。

「俺の子」料理をしつつケンが言う。

「ということはシズクさんの子か?」

「そう。マリー、この人はお父さんとお母さんの知り合いだから怖くないよ。出てきて自己紹介しなさい」

 マリーはおずおずと爺の背から出てきた。

「こんにちは……あっ、間違った。こんばんは、そしてはじめまして。ケンとシズクの子のマリーです」

 チョコンとマリーがお辞儀をする。

「キャァァァ」

 ヴァイオレットが奇声を上げてマリーに抱きつく。マリーはとっさに躱そうとするが、現役の武人であるヴァイオレットには通用しなかった。躱す位置を予測され羽交い締めにされた。

「可愛い、可愛い。このプニプニのほっぺ。キラキラした髪。それにどことなくシズクさんに似た顔。ケンさんに似なくてよかったわね」

「おい」ケンがつっこむ。

「ああ可愛いわ。女の子も欲しかったわ」

「おっ、じゃあ今晩励むかね?」

「もうヒューったら」

「ハハハハハ」

 ヴァイオレットがヒューを右手で小突く。左手はマリーの髪を撫でていた。

 マリーはもがいているが全くヴァイオレットの手から逃れることはできなかった。もがくマリーを片手で上手にコントロールしていた。さすが皇帝騎士にして一児の母である。

 それから2分程ヴァイオレットに弄ばれたマリーはよろよろと爺の隣の席に帰った。

「なんだ、じゃあ心配する必要ないんだな」

「ああ。それに今日はジジ様の奢りだ。思う存分飲み食いしろ」

「えっ?」驚いたスレッジが爺を見ると爺はコクリと頷いた。

「今日はお主が初の武功を立てたお祝いじゃ」

「武功?」ヒューズが聞く。

「スレッジはエンデン近くに巣食っていた盗賊団を壊滅させたのじゃ」

「「おおっ」」スレッジの両親が我が子の活躍に目を細める。

「本当は母上のように敵将を討ち取りたかったよ」

「何を言う。民を苦しめる盗賊団を討ち滅ぼすのだって重要なことだ。そうか。お前はそこまで成長してたんだな」

 ヴァイオレットが目を潤ませる。ヒューズがヴァイオレットの肩に手を置く。

 ああ、また始まる、とスレッジがげんなりした時ガラッと虹色居酒屋の扉が開いた。

「あのっ、こちらでよろしいのでしょうか?」

「おう、そうじゃ。良く来た、さぁ入れ!」爺が手招きする。

「失礼します」

 それ応じて入ってきたのはボロボロの服を纏った男女。

「師匠、どなたですか?」

「お主の知り合いの両親じゃ」

「知り合い?」

 スレッジが怪訝な表情をする。身なりを見るにこの男女は農奴か貧民であろう。服は擦り切れ、靴はボロボロ。髪はボサボサで肌の色艶も良くない。

 貴族として育ったスレッジにこんな知り合いは……。

「こんばんは」

 男女の後ろに続いて入店したのはあの農奴の少年、ハク。スレッジの恩人であった。

「えっ? な、なんで?」スレッジが困惑する。

「あっ、この前の。その節はお世話になりました」

 ハクが頭を下げる。

 つられてスレッジも頭を下げる。

「ジジ様、こちらの方々は?」ヴァイオレットが聞く。

「スレッジの知り合い、ワシの友人ハクのご両親じゃ」

「お初にお目にかかります。私どもは農奴です。本日はどういったご用件で?」ボロの男女が頭を下げる。

「今日は我が弟子のお祝いでのう。お主らにも祝って欲しいのじゃ」

「祝うと言われましても……特に何ができるわけではないのですが」

「そんなものはいらん。スレッジを祝う気持ちを持って飲み食いすればよろしい。お代は全てワシ持ちじゃから気にするな」

「……それでよろしいので?」

「ああ、問題ない。ほれっ、席に座らんか」

「ど、どこに座れば?」

「そこのテーブルでよかろう」爺が杖で空いているテーブルを指し示す。

 ハクの両親はそのテーブルに座った。

「ハクはその少年、スレッジの向かい側に座れ。スレッジが謝りたいことがあるそうだ」

「? はい」ハクは爺の言葉に素直に従いスレッジの向かい側に座った。

「さっ、スレッジのお祝いを始めよう。と言っても催し物も特にないから、好き勝手飲み食いしてよろしい。お代は全てワシ持ちじゃ。さぁ乾杯!」

 爺が器を高く掲げそう宣言するが、ハクの両親、ハク、スレッジに飲み物は来ていなかった。優しいヒューズだけが爺の酔狂に付き合い、器を高く上げた。

 それから宴が始まった。

 ハクの両親は人生初のご馳走に泣いて喜び、初めて酒を呑んだ。美しい女性が皇帝騎士であると知ると、平身低頭しようとしたが、ヴァイオレットがそれを止めた。

 穏やかに過ぎていく時間の中でスレッジはハクに再度誠心誠意謝った。ハクは困惑したがその謝罪を受け入れスレッジと友人になった。

「刀傷が多いですね」ハクがスレッジの全身に切り刻まれた刀傷を見る。

「今日盗賊団と戦闘になってな。その際にできた傷だ。ジジ様、俺のお師匠様なら治せるんだけどな……」

「治してはもらえないのですか?」

「いやっ、お師匠様が『1週間後に治してやる。それまでその傷と向きあえ』って」

 ハクが力強く頷く。

「なるほど。その傷を毎朝見ることで初戦を思い出して、その反省点を心に叩きこめ、ということですね」

「そういう意図だろう」

「ジジ様は素敵な方ですね」

「そうだな」

「その反省点を伺ってもよろしいですか?」

「ああ、特に困ったのが俺が態勢を崩した時に左右から剣が迫ってきた時で。あの時は死ぬかと思ったよ」

「絶体絶命ですね」

「あの時はたまたま相手が……」

 そんなことがあるのか、とスレッジは疑問に思った。

 相手は唐突に態勢を崩した。雨に濡れた葉っぱに足を取られたわけでもなく、突風が吹いたわけでもない。相手はしっかりと足を踏みしめ自分に向かって剣を振り下ろしたはずだ。それが何故? しかも2人とも。

 ーーお師匠様か。

 そうに違いない、とスレッジは確信した。

 言ってもはぐらかされるだけ、今は心の中で感謝を伝えよう。スレッジは爺に頭を下げた。

「どうしたんですか?」スレッジが急に黙りこんだのを不思議に思ったハクが言った。

「2人目の恩人が出来て、その恩人にお礼を言ったところだよ。ちなみに1人目はハク、お前だ?」

「僕が? 何もしてませんよ」

「良いんだよ。俺がそう思っているんだから」スレッジがほんの少し笑った。



 ハクとその両親を送り出したスレッジが未だに日本酒を呑み続けている爺の下に来る。

「師匠、ハクはあのままなんですか?」

「ひょ? どういう意味じゃ?」

「あのまま農奴で苦しい生活をしなければならないのですか?」

「……そうじゃ」

 苦い顔を爺はする。

「しかし、ハクに罪はありませんよね」

「そうじゃな」

「なら俺が行って、奴隷主に酷な扱いをやめるように言います。そうすればーー」

 ゴンッと爺がスレッジを杖で殴る。

「師匠?」

「また考えなしの発言か。成長したかと思ったらこれじゃな」

「師匠、考えなしじゃありません。ちゃんと俺なりに考えました」

 心外だ、とスレッジが不満顔になる。

「ふむ、なら言ってみろ」

「まず俺が奴隷主に直談判します。ハクの待遇を改めるようにと。俺は皇帝騎士ヴァイオレットの息子ですから恐らくその奴隷主は待遇を改めると思います」

 皇帝騎士は庶民からしたら雲上人である。その息子であるスレッジにもそれ相応の影響力があった。

「それで?」

「それで……とは?」

 爺の設問の趣旨がわからないスレッジは聞き返す。

「それでどうするつもりなんじゃ。待遇を改めて終わりか?」

「いいえ。余暇ができたハクに学問させ、ゆくゆくは奴隷から抜け出せるようになってほしいです。俺、あいつと話しました。あいつが自分で商売を始めたら絶対に上手く行く。だからあいつの可能性を潰してほしくないんです」

「……ハクが農奴をやめたい、と言ったか?」

「いえ。何度か聞きましたが、言葉を濁しました」

「理由がわかるか?」

「いえ」

 スレッジにはハクが頷かなかった理由が全くわからなかった。奴隷をやめて自立した方が絶対良い、自分が支援するから、と何回言ってもハクは弱々しく笑うだけだった。

「いいか、お主が奴隷主と交渉してハクの待遇を良くしたとしよう。しかしハクがやっていた仕事はどうなる? 仕事が無くなったわけではないのだからそのしわ寄せが必ずどこかに来る。それはハクより幼い子供かもしれんし、おなごかもしれんし、ワシのような老人かもしれん。そんなことをあの聡明な青年が望んでいると思うか? 貴族と知り合いだからと左団扇であくせく働く奴隷を見てられると思うか?」

「…………」

 スレッジが黙りこむ。スレッジはその可能性に思いが至ってなかった。現在の苦役から解放してやれば、スレッジは喜ぶ。そう思っていた。

「お主のやろうとしていることは全て逆効果じゃよ」

 爺の無慈悲な言葉は事実であった。それをスレッジもわかっていた。ゆえに歯がゆくどうにもならない現実に納得できなかった。

「しかし、しかし俺は今苦しんでいるハクを見過ごせません」

「ならばどうする?」

「……わかりません」

「考えることじゃ。自分が何をすべきで何をすべきではないことを。そうやって人は成長するのじゃ」

「はいっ」



「ふぅ、終わったか」

「……あんた、これ見てみな」

 シズクが地面を指差している。

「なんだ?」

 ケンがその先を見ると空の一升瓶があった。

「これ全部爺さんが呑んだのか?」

「少しはヴァイオレットちゃんと、ヒューズも呑んでるけど、まぁそうだね」

「1、2……3……4」

 その先には半分になった5本目の一升瓶があった。

「4本半か……」

「…………」

「バケモノだな」

「バケモノね」

 2人はほろ酔いの足取りで帰っていった爺を思い出した。

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