マフィア?ヤクザ?いいえ私たちは‥
「で、結局仕事って?」
「ここで取り引きされている麻薬と金銭の両方強奪です。楽な仕事ですね」
「・・・・・・は? 強奪って、そんな強盗やマフィアじゃないんだから」
「似たようなものですよ。ネームレスって、どっちかというと悪よりですし」
「・・・・・・マジですか」
「そんな事より倉庫の奥、残存してる敵を片づけますよ。まぁ、今日のところは遊はとりあえず見学ということで、車にケース積んだら行きましょうか」
言いつつ開けっ放しになっていた後部座席へと乱暴にケースを放り込み、なんの気負いもした様子も無く倉庫へと歩いてゆく彼女。
その間に、彼女の講義は進んでゆく。
「さて、今見せたようにリアクターは普通の状態でもそれなりの身体能力はあります。まあ私はリアクトしても完全に肉体派なので、素の身体能力も他の人に比べたらだいぶ高いんですけど。ですが大体のリアクターが私程じゃ無いにしても、常人を軽く越えた身体能力を持つ事になります」
「て、ことは俺も?」
「はい、勿論です。試しにちょっとジャンプでもしてみたらどうですか?」
紅が破壊したシャッターを見る限り、どうにも人間が出せる力とは思えなかったが、ものは試しと軽く跳躍。瞬間、視界が変わった。
「え、うえぇ!?」
自分としては軽く、そう縄跳びくらいの気持ちで跳躍したのにも関わらず、高さは紅の身長を飛び越え、倉庫で山積みになっているコンテナの少し上、高さにして三メートル程まで至っていた。 覚悟していなかった浮遊感と長時間の滞空に、自分で跳躍したにも関わらず恐怖心がわく。
何気なく下を見ると、コンテナの向こうに此方を唖然とした目で見上げる黒スーツの男達の姿があった。その気持ちはよく分かる。
「うわ、うわ、なんだこれ」
「まあ、そういった感じですね」
空中で無様にもがき、ストンというよりドタッと表現した方がしっくりくる無様な着地を決めた遊に特別つっこみもせず、軽く流すパートナー。
しかし奥の連中はそういう訳にはいかないのか、がちゃがちゃと物騒な音を立てながら向かってきている気配がする。
「さて、身体能力の自覚が出たところで、次はボスもやっていたリアクトの説明ですね。出番ですよレッドキャップ」
「承知」
紅が前に差し出した左手の平、その上へとまるで宙から染み出すようにして、一人の小人が姿を現した。
血で染めたように赤い尖り帽子に、揃いの色合いをした貫頭衣をまとい、大きな皮のブーツを履いた姿は手にする斧も相まり、まるでおとぎ話に出てくる森の小人を彷彿とさせる。ヘイホーヘイホー言ってる仕事好きな彼らだ。
レッドキャップと呼ばれたその小人はフヨフヨと漂いながら紅の肩にちょこんと座ると、大きくクリッとした目を細めて遊へと目礼した。
「お初に、私はレッドキャップと申す。好きにお呼びいただければ幸い」
「あ、え、ええっと。遊です。紅さんの後輩やってます、はい」
なんで見た目子供なのに話し方武士!?
「姫の後輩であったか。ならばしかと指導せねばな、よろしいか姫」
「よろしいか姫ではありませんこの時代劇マニア。失礼しました遊、こいつが私のアバターであるレッドキャップです。アバターは自分の分身であり力の具現です。普段は自分の中に隠しておけるため、こうやって必要時に呼び出すやり方が面倒がなくていいですね」
「左様。普段はご自身の身の内、いわゆる心象内風景に我らは宿を借りておる。お主の内にも恐らく住んでおるぞ」
「え、そうなの? でもなんかよく分からないな、その心象内風景だっけ? それも」
「己の心の有り様を風景として投射した空間、そのように理解しておくと問題なかろう。アバターを自覚するならばまずは自分と向き合わねばな」
自分と向き合う。自分の内に住む。
思い出すのは今日見た夢、薄暗い階段で遊ぶ小さな少年の夢。
「さて遊、ぼうっとしてないで続き行きますよ。どうやら時間もそんなになさそうですし。っと」
軽く顔を隠すように掲げたハルバートの刃に火花が散り、跳躍した銃弾がコンテナの一つを射抜いた。
続いて聞こえる、多数の男たちの罵声。
「早いですね・・・・・・では早速。アバターはリアクトといい、自分と同化させる事で力を発揮させる事が出来ます。その時は自分の存在がスターの方に傾いてしまうので注意して下さいね」
「心象内風景にいるのは同化とは違うん?」
「心象内にいる内はそこに住んでいると言うだけで分離状態は保っています。では少し私のリアクトをお見せしましょうか。遊のこれからに必要な事ですので、しっかりと参考にして下さい。いきますよレッドキャップ。リアクト!」
肩に座る小人を鷲掴み、一気に自分の胸元へと押しつけ、血のような光と共に取り込む。
瞬間、周囲に衝撃が走った。
「うっく、あ・・・・・・」
迸るプレッシャーの渦、その中心で紅の髪が、服が、名前の通りの深紅へと色を変え、発する気配が人のそれからスターベーションのものへと塗り変わってゆく。
「ひっ・・・・・・」
「なんだよ、これ」
男達もその異様な気配が伝わるのか、震える足で後ずさり、その場で腰を抜かしてへたり込むものもいる。
SSSの警報音が鳴る中、血のようなドロ付いたオーラを纏ったハルバートを肩に担ぎ、深紅に身体を覆われた彼女は軽くその場で足を踏みしめ。
一瞬後には男達のど真ん中で、獲物を振り切った状態で残心していた。
追随するように血のオーラがまるで竜巻のように紅の周囲で猛威を振るう。急な展開に対応できない男達は周りのコンテナごと竜巻に飲み込まれ、跡には天井に空いた大穴と不自然に何もなくなった空間だけが残った。
「ふう、しまったやりすぎましたね」
夕暮れから夜に変わる、そんな時間帯の薄暗い光が天井の穴から差し込む。まるでステージのスポットライトに照らされ舞台俳優の様になった紅が、スッと右手を頭上に掲げ・・・・・・まるで狙ったかのように落ちてきたジュラルミンケースがそこに収まった。
出来すぎであった。
「紅さん、ちょっと演出しすぎじゃ?」
違う、他にも多く突っ込むべきところはある。血のオーラや目の前で起こった竜巻、ついでに男達の安否等々。
でも悲しいか、思わず遊が口にしてしまった言葉はソレであった。
「ち、ちがっ、これはその偶然・・・・・・」
リアクト状態とは別で、耳まで真っ赤になってあわあわする紅の頭に、慌てて放り投げてしまったケースが直撃。しかも角だった。
「おぁぁぁ・・・・・・」
「姫よ、哀れ」
いつの間にか分離したレッドキャップが紅の頭を撫ででおり、うずくまっている紅は若干の涙声になっている。
「ねえ、紅さん。今の色々聞きたいけど、まず初めに、さっきのSSSが反応してたのって」
「うぅ、はい、私に反応してたのですよ」
「やっぱりか・・・・・・」
聞かされてはいたけれども、こうして実際に突きつけられると、精神的にキツいものがある。
「意外に冷静ですね。もうちょっと呆然としてるものだと思ってました」
「なんだか、驚きも一周して逆に冷静になっちゃったんですよ」
それに立ち直りは初めてじゃない・・・・・・とは流石に言えなかった。
「まあ、それはいいです。それより警報鳴ったという事はここに留まるのはマズいですので、早めに撤収しますよ」
「はーい。頭、大丈夫ですか?」
「・・・・・・帰ったら氷で冷やします」
紅に反応したという事は、自分も同じ事をすれば反応するということだろう。
それは遊から両親を奪ったスターに、自分もなってしまった事になる。
鞘に入れたまま手に持った一振りのナイフ。今思えばこれは現実を受け入れるため、渡したのかもしれない。
まるで何かを語りかけるように生物的な光沢を放つナイフを助手席で眺めながら、遊は自分が変異の先に立ってしまった事を自覚するのだった。
「さあ! 夜のドライブ、クールに行きますよぉぉ!」
「出だしからもうクールじゃ・・・・・・おぇ・・・・・・」
まあ、そんなシリアスも長続きしないのだが。
次の話は18:00でっさ