パートナー決定
おはようございますー
本日はこれと、あと18:00に一個です
フラフラと後ろ手を振り去ってゆく霧華を見送ってから一時間だろうか、はたまた十分弱だろうか。
いやに座り心地のいいソファーに身体を任せ、遊は天井を見上げて何をするでもなく、先ほどの会話を反問し放心していた。
「どうしよう・・・・・・」
とりあえず生きてた。これは嬉しい。あのときは死ぬのを殆ど確信していたし、自分がスターに
変貌したと自覚したときにはむしろ、相打ちになって死ぬのが一番いいとさえ思っていた。
ニュースで期せずして冬美が助かったのも分かった以上、この偶然に感謝する気持ちは自然と沸いてくる。問題は今後だ。
「どうするかなぁ」
スターからの克服、アバター、そしてリアクター。この短時間で随分と自分の常識が塗り替えられた自信がある。
正直自分が一度スターに変貌し、そして今こうやって人間で居られている現実がなければ、オカルト雑誌の戯言と同然に聞き流していただろう。
そんな戯れ言としか思えないものが、今の遊がいる現実なのだ。
「いきなりスターやリアクターなんて言われてもな」
「すんなりとは受け入れられませんよね」
声に振り向くと、ジャケットを着た長身の美人が苦笑いで壁際に立っていた。
「紅さんでしたっけ、足、平気ですか?」
「私は大丈夫です。武道で慣れてますから。ですが・・・・・・」
言葉尻を濁す紅。何を言わんとしているのかは分かるので、声無き悲鳴を上げ床で悶える少女から、そっと遊も目を反らした。
「それより、さっきは変な展開に巻き込んでしまい、すいませんでした。改めまして、ネームレス所属のリアクター、紅月紅と申します。無事に回復されたようで良かったです」
「あの時は俺と冬美をありがとうございます。助けが無ければたぶん、死んでました。さっきのは、まあ、ビックリしましたけどね。何があったんですか?」
「いやあ、ははは、ちょっと恵と喧嘩を」
見た感じ、分厚いコンクリートの壁が広範囲にわたって吹き飛ぶ喧嘩って何だ。
クラスの女子がたまに険悪な雰囲気になっていると冬美から愚痴を聞いていたが、裏ではもしかしたらそんな事になっていたのか。女子の喧嘩はそんなにも世紀末的なのか。
いや、そんなはず無いのは分かってる。
分かってるけど、実例が目の前に。
ワラエナイ。
遊が密かに女子への恐怖に青くなっている傍ら、床で痙攣していた恵が震える手足でゆっくりと立ち上がった。
行き倒れが生まれたての子鹿に進化した瞬間だ。人類からむしろ退化してるじゃないかという指摘は受け付けない。
「あーやっと痺れがマシになったわ。全く反省のために正座とか歳が出てるっての。これだからオバサンは・・・・・・」
まだ自力で立つのは難しいのだろう。片手でソファーの背もたれに縋り、どうにか強がっている状態だ。
「恵さん、でしたっけ・・・・・・無理せず寝てても」
「遊君だったかな、気持ちは嬉しいけど気にしなくて良いわ。つい紅と流れで喧嘩しちゃったけど、本当は君の様子見したら直ぐに退散する予定だったのよ」
それで遊が寝ていた部屋の近くに居たわけか。見舞いに向かってたはずが破壊に巻き込むなんて本末転倒も良いところだろう。紅も目を反らしているから、こっちも病室の近くに居た理由は同じなのかもしれない。
正直あの破壊は驚いたし死ぬかとも思ったが、そうなってくると素直に怒れない自分がいる。
目を反らしバツが悪そうにしている二人がなんとなく面白く感じ、遊は小さく吹き出した後、ゆっくりとソファーから立ち上がり礼をした。
「わざわざ見舞いに来てくれて有り難うございました。特に紅さんは助けてくれたことも含めて。おかげさまで状況には混乱しっぱなしですけど、俺はとりあえず元気です」
「うん、無事なら良かったです」
「全くね、連れの女の子も。んじゃ私は仕事あるからここで。紅、ちゃんとフォローしてやるのよ」
部屋の壁に手をつき、なんとか歩行している恵を見送る。
「仕事って、恵さん高校生じゃないんですか?」
「ここの仕事ですが、本人バイトみたいな事だって言ってましたね。あいつ生意気にも少しだけ頭がいいらしいですし」
面白くなさそうに仏頂面で返す恵。
その様子にまた笑いそうになったが、紅の手前なんとかこらえて衝動を飲み込む。
「バイトですか。そういえばここってネームレス・・・・・・でしたっけ、どんな所なんです?」
「丁寧に話さなくてもいいですよ。パートナーにそんな畏まられては居心地悪いです」
「あ、ごめんなさ・・・・・・パートナー?」
「言ってませんでしたね。ここでの生活や仕事やあれこれ教える直接の先輩といったところでしょうか。拾ってきたのは私ですし、最後までとは言わないまでも、暫くは面倒見ろって事らしいです」
なんだそれは、俺は犬扱いか。自分が段ボールに入り、つぶらな瞳で通行人を眺めている絵を想像し、遊はちょっとセンチな気分になった。
ちなみに天気は雨で正面では紅が傘を差しだしてくれていたりする。一昔前の漫画に影響受けまくりの発想力だった。
「ちなみにこれは仲間になるの前提な処置です。何分こちらも人数が少ないものでして。でも必ずって訳じゃないんですよ! 外で生きるならなおのこと、自分自身について教えとけってボスも言ってましたから」
「それはつまり、知識も無く過ごせば危ういと、そういう事で・・・・・・そういう事か」
敬語を使いかけ、はっとして訂正する遊に柔らかい笑顔が向けられる。
「そういうことです。どうですか?」
霧華についさっき散々脅されたばかりだし、流石にそのくらいは思考も回る。これが所謂渡りに船な状況なのも理解できる。
どうせ知識や情報は必要だと思っていたところだ。これからどうしようか悩んでいたところでもあるし、紅の言った事は今の遊にとって素直に有り難い。
遊は考えもそこそこに小さく頷くと、紅の茶色に透き通った瞳を見据えて言った。
「仲間になるかはちょっと良く分かりませ・・・・・・分からないけど、教えてくれるのは有り難いかな」
「良かった! ならしっかりと教えなくちゃいけませんね!」
よし! と気合いを入れる紅が「ならさっそく付いてきてください」と遊を出口へと誘った。
「えっと、どこへ?」
「教えるには実地が一番! ってことでこれから軽く仕事に行っちゃいましょう! それと、敬語を無くすの、ちゃんと慣れてくださいね?」
努力します、と返せば笑顔で頷き、軽い足取りで廊下を先導する紅。背後から「そいつの運転ちょっとアレだから気をつけなさいよー」と有り難い忠告が聞こえてきてたが、彼女の笑顔に不覚にも見とれてしまっていた少年の耳には、全く届いていなかった。
「さて、紅達は行ったわよ」
リアクター補助組織「ネームレス」その支部長室にて霧華は医務から届けられた資料をパラパラとめくっていた。
つい数時間前にも一通り目を通したものだが、こういうものは何度も見返しておいた方が安心する。
特にこれから仲間にしようと思う人物のであるならば尚更だ。
「いきなり実践か。紅らしいといえばらしいが、少年は大丈夫なのかね? 体力とか」
「見た感じでしかないけど、意外と平気なように思えたわよ。一応紅に二人分の栄養補助食は渡してあるし、怪我とかしない限りは大丈夫なんじゃないかしら」
「そんなもんか。いや、お前が言うならそうなんだろ」
自分のデスクの前に立つ水野恵が持つ「特性」を思い出し、とりあえずの心配は無いかと判断し資料を机に放る。
「特に不審な点も特異な点も見あたらねーな。先例通りの自己克服型だ」
「でもスターと遭遇し、抵抗のため自分も変異なんて、ちょっとタイミングが良すぎない?」
「それは良いといっていいのか、ちょっとわかんねーな。一応前例が無い訳じゃないし、そこまで気にする事でもないだろ」
変異しなきゃ少女と一緒に黄泉路へ一直線だったとしても、変異自体が最大限の不幸、悪い冗談レベルなのだ。
偶然克服しリアクターへの扉を開いたから良かったものの、そうなれなければ傍らの少女を食らっていたのは、もしかしたら自分だったかもしれない。そう考えると幸運だったと一言で済ませて良い問題とは、どうしても思えなくなる。
「とりあえずは、少年に自分が人から踏み外したことを、酷かもしれねーが自覚させること。てっとり早いのは自分のアバターとか発現させることだな」
というより、早めに発現させ制御させないと暴発の危険があり危なっかしい。
いつの間にか傍らに浮かび、はちみつクッキーをかじるテスカに視線を遣り、霧華はひとつ頭を振ると面倒そうに頬を掻いた。
「まぁ、面倒くさいアバターじゃなきゃいいけどな・・・・・・」
「それは遊次第ね、発現も併せて。アレも紅に預けておいたし、そう時間もかからないんじゃない?」
「そうであって欲しいぜ」
じゃあ失礼するわねと良い置いて退出した恵を見送り、霧華は新たな資料を引っ張り出した。
力加減を間違えたのか山と積まれていた書類が雪崩を起こし、暢気なクマが巻き込まれたような気がしたが、とりあえず放置だ。
テスカの悲鳴をBGMに書類をめくり、再び深いため息を吐き出す。そこにはいつもの面倒な情報が容赦なく記載されていた。
「もう三位まで動いてるのかよ・・・・・・あのタコだけでも頭が痛いってのに、問題だらけだ」
なにもないとは思うが、無事に帰ってきてくれることを祈って、霧華は書類からテスカを引っ張り出した。




