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リアクター  作者: 3号
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行き遅れで何が悪い

夕方ですね、帰宅の方はお気をつけて。

そうでない人はもう一踏ん張りです!





「以上の様に地域住民の中には「大きなタコの足のような物が女子高生を浚っていった」との証言が多くあり、現地に派遣されていた対策官が駆けつけたところ、付近の高校に通う少女が気を失っているのを発見、保護するという事件がありました。これに対し対策官は「スター被害と断定、地域住民の方々は外出の際に出来る限りの警戒をして欲しい」とし、注意を呼びかけています。またーーーー」


 プツン、と、リモコンの電源ボタンを押し、最近結婚したと話題になっているニュースキャスターを消し去ると、霧華は苛立たしげに煙草を灰皿に押しつけた。


「ったく、幸せそうな顔しやがって、独身だっていいじゃねぇか・・・・・・なぁ?」


 場所は変わって応接間。二組のソファーがガラステーブルを挟んで向かい合い、大画面のテレビと観葉植物、幾つかの本棚が彩りを加えるその壁際で、二人の女性がビクリと肩を震わせた。

 姿勢は正座、頭には拳骨の跡。一目で分かる反省スタイルだ。


「お前等のせいで下ろしたてのスーツも、今日のデートの予定もパァだ糞が」

「・・・・・・何人目の彼氏よ・・・・・・」

「・・・・・・フン!」


 霧華の細腕からは信じられない音を立て、恵の頭に拳骨が突き刺さった。

 足は正座のまま、ゆっくりと倒れる恵の姿が教えてくれる。口は災いの元・・・・・・と。


「にしても遊少年、迷惑かけたな。この馬鹿どもが」


 ほぼ自分の被害は霧華さんからです、と、言える勇気は遊には無い。

 口は災いの元、それが身に染みて仕方がない。


「い、いや、気にしてません」


 そう言うのが遊の精一杯だった。


「そうか、優しい後輩で良かったな紅、恵。っと本題だな。遊少年、あぁもう面倒くさい、少年」


 そっちで固定なのか。


「少年、とりあえず今流したニュースが大まかな現状だ。実際その誰だっけ、少年の連れが対策局の奴に保護されたのも確認してる。だよな紅!」

「はははハイ! そ、そうです!」


 壁に密着せんばかりに背筋を伸ばし返事をする紅から、微妙に視線を外す遊。


「あ、あの、霧華さん。そろそろ彼女たちも」

「あぁ?」

「いえ、ナンデモナイデス」


 恩人よ、無力な自分を許してくれ。


「それでだ」 


 一時間にも及ぶ正座で涙目の二人なんか見えてないといった風に、普通に霧華の話は続く。

「確か冬美といったか、彼女の件はこれで終了。問題は君だ少年。先ほども聞いたが少年は自分の身に何が起きたのか覚えているかい?」

「それは勿論」


 覚えている、いや、思い出した。

 腹を貫かれた激痛も、体が変化する恐怖も、自分の腕を見た時の感覚も。

 夢としか思えない、そういう気持ちもあったが、目の前で正座して震えてる紅の存在とニュースの報道が真実だと語っている。自分がスターへと変異したアレが、実際に起こったことだと。

 しかし、男にしては細身な腕を見下ろして遊は思考する。アレが真実だとしたら、何故自分はこうしていられるのか。


「不思議か?」


 いつの間にか沈黙していたらしい遊に、霧華から突然の問いが投げかけられる。

 遊の心を読んでいるかのようなタイミングで。


「・・・・・・何がです?」


 飛び跳ねる心臓を押さえ込み、努めて冷静な自分を心がけて返事をする。が、霧華は微笑ましいものを見るような目で含み笑いをした。


「自分が人間の姿なのが不思議か、って聞いたんだ・・・・・・ってそんな警戒するなよ。だいたい皆思うことだからさ、これ」

「みんな?」


 引っかかるキーワードに思わず反応する。


「おう皆だ。ここにいる全員、スター変化を打ち破った奴らだよ。偶然か気合いでかはさておきな」

「なっ・・・・・・」 


 スター変化の被害が出始めて五年。短い期間だが、それでも常識の中に確定したスター情報は浸透しつつある。

 その中の一つが「一度変化したモノは元の生物に戻ることはない」というものだ。

 スター関連の情報は未だ多いとは言えないのが現状だが、今現在これが一番スター被害の中では恐れられていると言えるのではないだろうか。

 スター変化は突発的である。共通項も原因も判然としていない。日常を生きる中で、ある日突然変化するのだ。

 その全人口に対する変化率は五年前の悲劇を除き数万分の一という極々低い確率だが、それでも言い換えれば、回帰しないというのは不治の病に罹患することにも等しい。

 スター被害が起こる前の世界で恐れられていたというHIVや悪性新型生物・・・・・・ガンと同じ、治癒する事の無い。

 違いと言えばHIVやガンは治らないまでも人間として生活できる反面、スターは人としての姿も意識も奪い去り化け物に変えてしまう点だろうか。

 ある日突然自分の大切な人が、もしくは自分自身が突然化け物に変わり、人間に戻る手だてもないとなれば、それは死よりも辛い現実になるのではないだろうか。

 少なくともスターに自分が変化するようなら、その前に自殺するという意見や、それを推奨する声も小さくない。

 ならば、スターから生還できるという情報は、一体どれほどの価値を持つのか。

 そこまで遊の思考が進んだ傍ら、霧華はつまらなそうに煙草をくわえ、一口に吸うと深い紫煙の雲を頭上に作り上げた。


「だいたい何を考えているのか分かるけど、遊少年、はっきり言っておく。私たちは別に人間に戻ったわけではないよ。正確には半分しか戻ってはいない」

「え、半分・・・・・・?」

「そう、半分。半分は依然化け物のままだ」

「・・・・・・どういうこと?」


 取り繕う敬語も忘れ、遊は素の口調で霧華に問いかける。


「どうもこうもない、そのまんまの意味さ。私たちは人間であって化け物でもある。って言葉で言っても仕方ないか。おいテスカ、ちょっと出番だ」

「なんだぁ出番か?」


 突如聞こえた男の声。ぎょっとした遊が声のした方向、霧華の細っそりとした足下に目を向けると、身体に蛇を巻き付けた小熊がいつの間にかそこにはいた。

 茶色いフサフサした毛並みに縫いぐるみのような愛らしい造形。まるで神話に出てくる玄武みたいにデフォルメされた緑の蛇を身体に巻き付け、顔には縫いぐるみのような外見に似合わないニヒルな笑み。


「ああ、ちょっと新人に見せてやろうと思ってね」

「過保護だねぇ~。そんなもん自然と自覚すんだろうに、おい新入り」

「え、はい」


 小さな足をちょこちょこ動かし歩いてきたクマは一度遊の足下で立ち止まると、まるで重力を無視するかのように宙に浮き、遊の視線の高さでピタリと止まった。

 その巫山戯た光景に遊は呆然とし、気のない返事を思わず返してしまう。

 これにクマはその獣顔で器用に呆れ、短い前足で遊の頭をテシテシと叩いた。


「なんだヒョロッちい奴だな、ぼっとするなよシャキッとしろ。俺っちは霧華の相棒のテスカトリポカ。まぁ気楽にテスカって呼んでくれや」

「あ、ああはい、よろしく」

「大丈夫かこいつ? まあいいや、おい霧華、やるなら早くしようぜ」

「相変わらずせっかちだなテスカは」

「お前さんの説明がまどろっこしいんだよ」


 軽口をたたき合いつつテスカは霧華の所まで飛んでいき、途中「この二人、またやってんのか」と紅達を見て呟きつつ霧華の肩にちょこんと乗っかった。

 一体何をするつもりなのか、全く予想できずキョトンとする遊。


「さて、んじゃよく見てろよ遊少年」

 そこからの光景は、遊の想像の外側にあった。


「いくぞテスカ。リアクト」


 決して大きいとは言えない霧華の呟きが不思議と部屋に響く。その声に応えるようにテスカの小さい身体がぼやけ、霧華と重なるように彼女の身体へと溶け込んでいった。

 直後、変化が起こる。

 まず目に付くのは肌色の変化。抜けるような白い肌だったのが茶褐色の異国を思わせる色へと、塗り変わるように変色していく。加えて肌の変色と共に変化していく存在感。

 ただの学生でしかない遊には気配がどうのと高尚な事は言えないが、その変化から感じるのはあのタコと同じ。スターによく似た、肌を沸き立たせるような存在感。

 最後にその瞳が水に絵の具を垂らしたかのようにその色合いを変え、やがて金色に変化しきるとその存在感はスターのものと同じになっていた。


「・・・・・・ふぅ、そんなに震えなくても大丈夫だぞ遊少年」

「え・・・・・・?」


 言われてから気が付く、自分の腕が小刻みに震えていたことを。いや、腕だけでなく、全身に震えが伝っている。


「怖いか?」

「えっと・・・・・・少し」

「少しか、少しなら上等だ。見て分かったと思うが、これが私たちが化け物の証、半分がスターだという証明だ。私含め殆どが幸運にも姿は人間寄りだけどね」


 おいおいおい、これは、ちょっと洒落にならないんじゃないか。

 CGでもマジックでもなく目の前で見せられた純粋な非日常。人間が変質するなんて信じられない気持ちが強いが、見てしまった以上、否定は出来ない。

 そして何より、自分の中からこれを「自分のこと」として認めてしまう。そんな心にしっくりくる感じがするのだ。


「当然、これと同じ現象は少年にも起こる。そのうち自分で出来るようになるさ。と、同時にこれやってしまうとその間、私たちはスター専用のセンサーに引っかかるようになってしまう。まあつまり対策員に追われるようになってしまうってわけだな」

「なんですかそれ。そんなの、もう俺に町での居場所なんて無いじゃないか」


 スターベーション・サーチ・センサー。通称SSS。町中の至る所に、それこそ監視カメラと同じ勢いで設置されているそれらを回避し生活するなんて不可能だ。


「といっても、リアクトなんかせず、このクマみたいなアバターを呼び出しもせず・・・・・・って事なら、もしかしたら隠れて暮らせるかもしれないけどな。まあ最も、そうなればスターに変貌した人間が何故元にって話に、遅かれ早かれなるんだろうし、仮にそうなっても不意に変貌してしまう可能性が無くはない。そうなったらもう一巻の終わりでお陀仏さ」


 そこまで話して霧華はソファから立ち上がると、光の粒子と共に元の姿へと戻り、肩口にクマを乗せた格好で廊下へと続く扉に手をかけた。


「一気に説明してもまだ混乱してんだろう。まだリアクトだのアバターだのハッキリと分かっちゃいないだろうしな。とりあえず自分が”何”かを漠然とでも理解すりゃいい。あとはそこの馬鹿どもに質問でもして把握に勤めるなり悩むなり、暫く好きにしろ」


 言うことは終わりだ。そう言外に告げる華奢な背中に、たまらず遊は声をかけた。


「あの! えっと、ここは、何処?」

「あっと、そういや言うの忘れてたな。いやすまん。ここはな、スターベーション克服者”リアクター”の避難シェルターであり、互いに守りあう砦な組織。ネームレスの隠れ家だよ」


 入り口のドアに手をかけ、霧華はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「ようこそネームレスへ、高月遊。我々は君を歓迎しよう」



続きは明日。乞うご期待

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