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リアクター  作者: 3号
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危険地帯

おはようございます。はりきってきましよー

「自分に・・・・・・」


 意識したわけではない、それでも見下ろす自分の右手に、不意にぼんやりとした影が重なった。


「っ・・・・・・!?」


 遊の細腕に重なるように見えたのは、翡翠色をした生物的な鎧のようなもの。

 身につけるのではなく、それそのものが生物の一部と一見で感じ取れるような、生々しい質感を持った、人とは相容れぬ腕。

 見えたのはそんなに長い時間じゃない、ほんの一瞬。だがその一瞬のもたらした衝撃は凄まじく、遊は逃げるように自分の右腕から顔を遠ざけ、ベッド際まで逃げるように後ずさった。

 霧華が苦笑混じりに言う。


「どうだ、なんか思い出したか」

「え、あ、ああ。うん、思い出しました。確かタコみたいなスターに襲われて、腹を貫かれて、自分の身体がおかしくなって・・・・・・それでせめて冬実だけでもって、そうだ! 冬実! いえ俺の近くに女の子が倒れてませんでしたか!?」

「まてまて、落ち着け遊少年。そう詰め寄るな」


 先ほどとは逆に、頭突きせんばかりの急接近をする遊の肩を押し、霧華は悪戯っぽく煙草を傾けた。


「まったくしょうがない奴だ。確かあれだっけ、女の子助けるためにスターに向かっていったとか言ってたっけ。自分にもっとヤバいこと起きてんのにまだその女の子の事心配するとか・・・・・・だいぶ彼女大事にしてんじゃねーか。でもいいのかい、可愛い彼女いんのに私に迫ったりしてよ?」

「彼女じゃありません! それに迫ってもいません!」


 必死の遊の否定。冬美はただの幼なじみだ、決して彼女というわけではない。第一そんなの冬美にも迷惑だろう、確実にここで誤解を叩き折らなければ。

 遊が思春期特有の青臭い覚悟を密かに固めるが、人生の先輩たる霧華には結構お見通し。からかい甲斐のある玩具を見つけた目で青臭い少年を眺めるお姉さんを一人、作るだけだった。


「しかしなぁ、さっきの距離は危険だったぜ? キスまであと一歩、いやあと半歩かな」

「それは、その・・・・・・」

「んーエロガキ、素直に白状した方がいいんじゃねーのかー」


 うりうり~と明らかに楽しんでいる様子で遊のわき腹をツツいてくる霧華。女性と接する経験が冬美以外皆無の遊にはキツい状況に、どうすればいいのか悩んだ遊の頭が、フリーズ手前まで追いつめられる。

 その様子に更に嗜虐心を擽られ頬をつり上げる霧華。そんな彼女の表情に頬を引き吊らせる遊。

 しかし、苦悩する少年へは別方向からの救援が与えられることになった。

 多大な衝撃と共に。

 端的に表現しよう。嗜虐に満ちた霧華の姿が轟音と共に大量の砂埃に呑まれ、一瞬でその姿が見えなくなった。同時に飛んできたコンクリ片と何か人型のような物に当たる気配、「グシャ」という立ててはいけない気がする音が聞こえたと思ったら、それを境に訪れたのは静寂。


 目を、顔を庇う暇もないほどの急展開。


 突然の出来事を前に普通の反応を直ぐに返せる人間は、そう多くない。遊も何が起きたか分からずに、目を丸くしたまま固まってしまっている。

 やがて数秒後に多少立ち直り、フリーズしてしまった思考を総動員して右手方向に顔を向ければ、まるでガス爆発かトラックが衝突したか・・・・・・としか思えないほどの破壊の跡。

 布団や身体を問わず積もった砂埃を指で転がしてみる。だいぶ細かくなっているが、どうやらコンクリートの粉らしい。

 元の殺風景な部屋が、劇的なビフォーアフターで廃墟のようになってしまった。

 もうこれは完全に病人が寝るべき部屋の様相ではない。

 視界の端で壁に突き刺さった拳大のコンクリ片がポロリと床に落ち、天井からぱらぱらと、思い出したかのように小さな破片がこぼれてくる。


「え、ええっと・・・・・・」


 とりあえず、多分瓦礫に埋まってしまっているだろうバックを探そう。そう思いベット脇の瓦礫に手を伸ばした遊だったが、瓦礫の隙間から延びた細い腕にガッシリと捕まれてしまった。


「う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ゾンビ映画の主人公って、きっとこんな気持ちだろう。実感と共に味わいたくなかった恐怖を体験し、思わず情けない悲鳴をあげる遊だったが、そんな彼をよそに、全身を白く染めた霧華が無言で瓦礫を押しのけて、ゆっくりと立ち上がった。


「あぁ、遊少年、いきなり手を掴んで悪かったな。手探りだったもんでよ・・・・・・」


 すごく平坦な中にも怒りを感じさせる。そんな声に遊が「気にしないで下さい」とばかりに無言で頷く。危機回避の本能のなせる技か。

 部屋に入ったときはシワ無く綺麗にされていたスーツ。現在は小麦粉を頭から被ったかのような有様になってるそれを無表情で上から叩き、粉がなかなか落ちないのに顔をしかめると、霧華は無造作に腰元から一丁の拳銃を抜きはなった。

 そう、エアガンやモデルガンではない。本物にしか出せない重厚感を持つ、無骨な自動拳銃を。

 無意識のうちにベットの上を後ずさる遊を一個だにせず、霧華は足下の一番大きな畳ほどもある瓦礫を思いっきり蹴り上げると、その下に向かって爆発するような怒声を放った。


「おら貴様らヤンチャも大概にしろ! 部屋の壁を私ごとぶち抜きやがって、そんなに風通し良くなりたいか? あぁ!?」


 間髪入れずに響きわたるは重低音の爆発。それが拳銃の発砲音だと気が付く前に、遊は枕を被ってベットの下へと避難していた。


「なんなんだ一体」


 今ならここがヤクザの事務所だと言われても信じるだろう。いや、その他の、例えば病院とか言われたら、全く信じない自信がある。

 ここまで危機感知を働かせる医療機関なんてあってたまるか。


「ボス、キレさせてしまいました」

「しかたないわね、あんな所にボスいるなんて思ってなかったんだから・・・・・・事故よ事故」

「いや、恵が水爆など打たなければこんな事にはなってなかったのです。恵のせいですね」

「なによ、貴女だって血界で弾いた上に追撃までかけてきて。私は放出型よ? 貴女みたいな肉体馬鹿と違ってか弱いんだから手加減しなさいよ全く」

「何が「か弱い」ですか。反映型との混合のくせに。カエル女」

「・・・・・・あぁ、やる気? ゴリラ女」

「えぇ、望むところです」

「・・・・・・あ、あのー」

「「ん?」」


 これでも勇気を振り絞ったのだ。遊は。

 ベットの下に逃げ込んで一息付けるかと思ったのだが、そこには既に先客がいた。

 癖のない深い青髪をストレートに背後へと垂らした女子高生と、血のように赤い髪を肩口で切りそろえた、いわゆるスマートボブの髪型をした赤いジャケットの女性。

 二人とも美人と言って差し支えないのだが、髪型は乱れに乱れ、全身はコンクリート粉まみれ。

 おまけに会話がとても物騒。

 正直、そっと離れたかった遊だけども、現在身を隠せそうな所はここしかない。


 そう、ここしかないのだ。


 ここで騒いで喧嘩になり、ベッドをひっくり返したりされたら、避難場所が無くなる。

 喧嘩する美人二人か、ヤクザも裸足で逃げ出しそうなお姉さん(発砲しております)かと問われれば、前者を選んだ方が危険は少なそうだから。

 だから声をかけたのだ、喧嘩を止めてもらうために。

 少なそう、というだけで、無いとは言えないのが悲しいところだが。


「ん・・・・・・貴方は・・・・・・あ! ねえ、紅。この人って紅が連れてきた人じゃない?」

「その様ですね。傷の方は痛みませんか?」


 自分を連れてきた人?

 その言葉に思い当たる節は、遊には一つしかなかった。


「もしかして、あの赤い女の人ですか?」

「覚えていましたか! 結構な重傷だったので心配してましたよ」

「あ、それはどうも・・・・・・でも重傷って?」

「そこは覚えていませんか? まあ状況的に無理もないですが。貴方はあの時お腹にって危ない!」


 紅と呼ばれた赤髪の美人さんにわき腹を押され、強制的にくの字に折れる遊の身体。その一瞬前まで遊のわき腹があった位置へと、弾丸が二発突き刺さった。

 遊の顔から一気に血の気が引いていく。


「ふぅ跳弾ですか、危ない。と、話の途中でしたね。貴方あの時スターの足に貫かれて、お腹に大穴開けられてたんですよ?」

「今まさに二つほど空く所でしたよ!?」

「私が保護しないと危ない所でした」

「とても今も危ないですよね!」 


 過去の確認より眼前の恐怖。

 これでは保護されてるのか戦地に突き落とされたのか、分かったもんじゃない。

 もしかしたら、ここは野戦病院か何かではないだろうか。うん、素直に信じられそうなのが涙を誘う。


「ああ、成る程。ここに貴方がいるってことは・・・・・・そういえば貴方名前何?」

「え、俺ですか? 俺は遊っていいます」

「あ、そう。よろしく。私は恵でいいわ」

「よろしくお願いします、ところで、俺がいると・・・・・・なんですか?」


 ベッドの上で何かが崩れる音がする。霧華さんの怒声も銃声もセットで聞こえてくる。


「だいぶ荒れてるわね・・・・・・昨日下ろしたてのスーツだからって、そんなに怒らなくてもいいと思わない?」

「下ろしたてをこれじゃあ、怒るでしょう・・・・・・でなくて、俺がいるとなんですか?」


 正直、自分の責任なんて全力回避したい遊。

 被害者だ、この場での遊は被害者でなくてはならない。この状況の当事者はごめんだ。


「ああ、心配しなくて良いわよ。ボスが今日貴方を見舞いに行くって言ってたから。ああ、だからここに居たんだって思って」

「そうですか・・・・・・」

「ええ、この現状、貴方のせいではないわ。でもね・・・・・・」


 急に止まった恵の言葉に、なんだか嫌な予感にかられながらも、自然と恵の視線を追う様に目を向けてしまう遊と紅。果たしてその先には、


「みぃ~つけた」


 暗く影の降りた顔に、光る双眸と白い犬歯がやけに目を引く、逆様の修羅の笑顔があった。


「・・・・・・この状況じゃ、当事者だろうが何だろうが、関係ないと思うのよ」


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