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リアクター  作者: 3号
20/21

愛ゆえに

佳境です

どぞー





「あなた。この子はいっぱい笑って、いっぱい幸せにならないとね」


 そうやって笑った君の顔が、私は何よりも愛おしかった。


「あなた、この子のことお願いね」


 そういって私に子供を託した君が、どうしようもなく悲しかった。


「早く逃げて、私、変わっても人を傷つけたくないから、早く・・・・・・」


 ひび割れる身体を押さえつけて苦しむ君を後ろに逃げなければいけない自分が、どうしようもなく憎らしかった。


「あーうー」


 手の中で無邪気に笑う息子に顔向けできなくて、洗面台に身体を預けて隠れ泣いたのはほぼ毎晩のこと。

 涙で濡らす夜を数えるのを止め、息子の笑顔を見て笑えるようになり、そして息子のために生きると決め。それでも、妻への思いは日に日に増していった。

 増えて、増えて、積もり積もって。

 妻が変貌したスターに会いたいと思うようになるまで、そう時間はかからなかった。

 前職で知り合った対策員に頼み込み情報を教えてもらい、自分の伝で集めていき、当時の変貌する妻の記憶を元に、ついには姿を突き止めたが場所が判然としなかった。

 しかし、そのまま待つこと半年。妻は私の想いに応えるかのようにこの場所に、この辻野原に姿を現した。


 その情報を得てから落ち着かない気持ちを抑えて凄し、数日後、商店街でスターが暴れてるとの騒ぎを耳にして居ても立っても居られなくなり飛び出した。

 息子は保育園に預けてある、その事も私にブレーキをかけさせない要因だったのだろう。

 何故か分かる「妻はそこにいる」という感覚を頼りに商店街を突き進み、路地に突入し、目にしたのはボロボロの妻と武器を両手に追いつめる見覚えのある少年の姿。


 考える間なんていらない。そう言わんばかりに気がついたら私は少年の前に飛び出していました。


 誰が相手でも構わない。人の裏切り者と呼ばれてもいい。私は妻と一目会いたい、妻を今度こそ守りたい。


「今度こそ、私は妻を守るのです」


 両手を広げ、蛸型スターを背後に庇うように鹿島は遊の前へと立ちふさがっている。

 よく見れば手足は震え顔も血の気が引いているが、目だけは本物、覚悟が決まった者の目をしている。


「鹿島! 俺はお前にそんな事のために教えたんじゃないぞ!」


 路地の入り口から転がり出るように飛び出した九渚が、鉈を構えつつ慟哭する。

 恐らく鹿島を無理矢理追ってきたのだろう。スーツはあちこち傷だらけで、血の滲んでいるところも少なくない。


「あの時お前は弱っていた、だから慰めにでもなればと教えたんだ、それをお前は!」

「ああ、分かっていましたよ九渚さん。私だって元は下級とはいえ対策員です。スターが理性がないのも、貴男が諦めろとの意味を込めて妻がスターになった事実のだめ押しのために教えてくれてたのも、全部知っています。ですが、そんなもので諦めきれる想いではないのですよ!」


 鹿島の有らん限りの叫びに九渚の気迫が一瞬弱まる。その隙に鹿島は背後で怯えたように縮こまっているスターへと、優しい眼差しを向けた。


「元気が取り柄の香澄が、そんな震えてるんじゃありませんよ。今度こそ、私が守りますからね。例え貴女が私のことを分からなくても、背後から私は殺されようとも、今でも私は貴女の夫です」


 その言葉に、スターはハッとしたように顔を上げ、そして、おずおずと掠れる声で言葉を紡いだのだ。


 ふつうは聞き取れないだろう小さな声で。

 しかし、遊と鹿島の耳にはハッキリと届いていた。


「ごめんな……さい……」 

「!?っ」


 真っ黒に染まった目から一筋の涙を流し、自らの身体を抱きしめるように押さえ込むスター。

 そのスターに吸い込まれるようにフラフラと手を伸ばす鹿島だったが、その手はスター本人によって弾かれた。


「香澄!」

「にげ……げんか……」


 そう発するのが精一杯だったのか、限界を迎えたダムが決壊するように突如としてスターの触腕が一斉に鹿島へ向かって牙を剥いた。


「鹿島!」


 それは後一歩、遊が割り込むのが遅かったら鹿島がこの世から消えていただろう。


「トイボックス、防いで!」


 それほどの威力を持った一撃だった。

 スターの発した言葉に固まっていた遊だったが、咄嗟に身体が動いたのは短い期間とはいえ紅の訓練があってこそだろう。

 過去に痛ぶられた鬼の紅に感謝するかどうか迷いながら、遊は鹿島とスターの間に割り込むと同時、大量のトランプを盾としてスターの攻撃を受け止めていた。

 連続で突き出される触腕に凄い早さでトランプは破れ消えていくが、それでも膠着状態は作り出せていた。


(遊、このお姉さん、話したがっているよ)


 内部からのトイボックスの問いかけ、それに遊も同意する。このスターには意識が残っている。でないと、あんな辛そうな顔で攻撃したりはしないはずだ。


(トイボックス、このスターと話せる方法ってあるかな?)


(うーん・・・・・・あのナイフで刺して。そしたらそれ伝ってがんばってみるよ!)


 ふんむ! と気合いを入れるイメージが伝わってくる。自分の、いや俺たちの望みが「伝えること」であったのだ。恐らく気合いも充分だろう。

 接続はトイボックスを信じ、依然防ぎ続けながら遊は声のみで鹿島へと問いかけた。


「鹿島さん、奥さんなんですよね、あのスター」

「え、ええ。でも君はいったい・・・・・・見たところ対策員でも無いようですが」

「それは今、どうでもいいです。それでどうなんですか?」

「ええ、そうです。私の妻で裕太の母親です」

「そうですか」


 少し激しくなってきた攻撃にトランプの枚数を増やして対応し、裁ききれない攻撃は手のナイフで応戦する。

 最初その光景に呆然としていたのだろう。その場で固まっていた九渚が鉈を構え直したのが視界の端に確認できた。間が悪い。


「少年が何者かは知らんが、そこからは俺が始末をつける! 鹿島には悪いがそれが勤めだ恨むなら恨んでいい!」

「待ってください九渚さん!」


 鹿島が声を上げて九渚を止めようとするが、いっさい気にすることなく鉈を下段に構えて九渚は遊とスターに走り寄る。対策員である以上、この場ではスターを討伐するのは自分の役目だという使命感、そして何者かは分からないが子供を助けねばという大人としての責任感がそうさせた攻撃行動。


 対策員としては正解であり大人としても賞賛され得る行動であるが、今の遊にとっては都合が悪い。対話の邪魔になるどころか、スターを、この女性を殺されては意味がない。


「少年! 俺が代わるから少年は友達を連れて逃げろ!」

「申し訳ないですがお断りします! 九渚さんこそ俺の友達を頼みます! というか邪魔するな!!」

「なっ、邪魔だと・・・・・・」

「なるほど邪魔させなければいいんですね」


 地を振るわせる衝撃と砂埃。遊たちと九渚の間を割断するように振り下ろされたハルバートの上で、紅がその深紅の瞳に闘志を宿し立っていた。


「対策員の方とお見受けします。商店街の方に打ち漏らしが多かったですよ。もう少し丁寧な仕事をお願いしたいですね」

「何だお前は・・・・・・」


 紅のただならない気配に臨戦態勢をとる九渚。

 それを視界に納めつつ、紅はハルバートを地面から引き抜きバトンのごとく軽やかに振るった。

 すると丁度遊達と紅達を分けるように、地面に一筋の線が刻まれる。


「遊、リアクト成功祝いに手助けして上げます。この線からそちらへは通さないので、存分にやりたいようにやってください」

「ありがとう紅さん」

「あと、お友達にも気を付けててあげますから心配はいりませんよ」

「はい!」


 触腕の攻撃は依然激しさを増すばかりだが、遊の心は先程よりもよほど軽やか。

 背中を守る先輩の姿が、遊を目の前のスターに集中させてくれる。


「貴方たちは一体・・・・・・」

「鹿島さん」

「はい、な、なんでしょう」

「貴男の奥さんは意識が少し残ってるみたいなんだ。だから対話してみようと思うから、少し、俺に任せてくれないかな」

「まかせる? 妻を、一方的に殺す訳じゃないと」

「はい、彼女も話したがっているみたいだから」

「・・・・・・そうか、香澄が。ならむしろ此方からお願いします。どうか、妻の言葉を聞いてやってください」

「任されましたよ!」


 言った瞬間、遊の身体は弾丸のように飛び出した。

 貫こうと迫る触腕に対し周囲を囲むように出現させるトランプで身を守り、己の身を弾丸にするようなイメージで突っ込んでいく。


「遊!」

「無茶すんな遊!」


 遠くで友の声が聞こえるが、大丈夫。必ず帰ると一瞬だけ親指を立てて返事する。


「クルオオオ」

「ああぁぁぁぁ!」


 あと一歩、あと半歩と距離は迫り。


「届けぇ!」


 ついに玉虫色に光るナイフがスターの腹部に突き刺さり、瞬間、遊の視界は反転した。


続きは夜か、明日の朝

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