その声は
佳境です
あそぼうよ、遊。
声は寝る度に語りかける。
何度無視をしても、そのたびに寂しそうになりつつも語りかける。
遊ぼう、遊ぼうと。
それしか言わず。
しかし、先程違う言葉を言ってきた。
友達を守らないとね、と。
寂しそうに、でも強い意志を持って。
「馬鹿野郎、遊このやろう!」
路地に木霊する男の怒鳴り声自分を揺する衝撃。殴られたと気がつく前に郷田の嬉しそうな、哀しそうな声が遊の耳朶を叩いた。
「生きてたなら、連絡くらい寄越しやがれ馬鹿野郎!」
見れば郷田は泣いていた。
いつも強い剣道部の主将は、強い瞳で涙を流していた。
「ごめん、郷田」
「だめだ許さん。すぐ連絡しなかったのが許せん。寂しかったんだぞ馬鹿野郎が」
話す度に弱々しくなる声のトーン。
そんな郷田の姿に、夢の中で見た黒い少年の姿が重なった。
遊ぼうと繰り返す少年の姿が。
突然の事に呆けていると、郷田とは逆の背中がわに暖かなものがぶつかってきた。
「遊、遊、本当に生きて・・・・・・生きてたなら言ってよ。分かんないよ言ってくれなきゃ。いつも遊、自分からは言わないんだから。こんな時まで黙りで隠れてるなんてあんまりだよ」
「その通りだ反省しろ馬鹿遊」
二人に同意するように、自分の中でもう一人の自分が頷くのを感じる。
そうだ、お前も俺から語りかけて欲しかったのか。寂しくて返事を待ってたのか。だから無視されても語りかけて来てたのか。
(話したくても答えてくれない、伝わらない、伝えられない。それって哀しいよ)
全くその通りだ。
あのクリスマスの夜、一人両親の帰りを待っていた自分を思い出す。
そういえば帰りが遅くなると電話が来たときに「バカ、もう知らない!」なんて怒鳴って切ってしまって。それがとても哀しくて、謝ろうと、お帰りと笑顔で出迎えようと玄関先で待ってたのを思い出した。
もう伝えられない、謝れないと知った悲しみは今でも覚えている。
そうか、お前はあの時の俺だったのか。
(ごめんな気づいてやれなくて、今度からいっぱい話そう。でも、今は力を貸してほしいな。俺、友達を守りたいんだ。今度こそ)
(うん! なら呼んで、僕の名前はね)
「クルァアアアアアアア!」
今の間に足を再生させていたスターが、威嚇するように大きく声を上げた。
背中の冬美が震え、郷田がスターに向き直り鉄パイプを構えるなか、遊はゆっくりとした動作でナイフを構え直した。
「郷田、冬美、ごめん。でも今はここを乗り切ろう」
「おう! 待ってろ必ずお前等は俺が」
「いや、今回は俺が守るよ。ね、出てきて」
遊の声に応えるように、虚空から染み出すように現れたのは一つの立方体。冬美と郷田が呆然と見守るその前で、ビックリ箱にも見えるポップな飾り付けをしたその箱の蓋がぱかっと開き、中から真っ黒の小人がちょこんと顔を覗かせた。
「クルルァ!」
「何を言ってるのか分からないけど、ここは守るために戦うよ。いくよ『トイボックス』 」
小人が箱の中から遊の胸に飛び移るように跳躍し、そのまま遊の中へと溶け込むようにして消えていった。
確か、紅はこう言ってたっけ。
「リアクト!」
瞬間、変化が始まる。
遊の乱雑に切りそろえられた黒髪は光を飲み込むような紫色に。瞳は月を写したような金色にそれぞれ色を変え、身体から放たれる威圧感は眼前のスターと同じ種類のものになっていた。
スターベーション側に自分を置く状態、リアクト。
この時遊は、自分の意志で人間の領域から一歩外へと足を踏み出した。
「クルォ!」
遊の変化を脅威と捉えたのか、先程郷田に向けたのよりも明らかに勢いの乗った凪払いを遊へと放つスター。しかし遊は自分の中から伝わってくる知識に目を向けて瞼を閉じていた。
「「遊!」」
叫び、遊を庇うように飛び出そうとする友人二人。そんな二人に遊は片手で待ったを掛け、落ち着いた瞳で迫る蛸足を捉えた。
どうすればいいのかは、今まさに教えて貰った。
「トイボックス、出して」
蛸足に向けて突き出される左手、そこにはいつの間にか玩具のブロックで作られたかのような盾が握られていた。
「クルクォ」
構わないとばかりに叩きつけるスター。しかし外見とは裏腹にブロックは崩れることはなく、しっかりとスターの一撃を受け止めきる。
「すげえ」
思わず郷田の口から感想が漏れるが、それで終わりではない。
「トイボックス!」
叫びに応えるように遊の手には複数のトランプが現れ、次々にスターへ向けて投擲されてゆく。
トランプは一枚一枚、真っ直ぐにスターへ向けて宙を走り、はたき落とそうと振られた足を一本、ズタズタに引き裂いた。
「クルァァァァァァ!」
たまらずスターが悲鳴を上げる。引き裂かれた蛸足は根本付近から無数の切り傷がついており、とても原型を留めてはいない。
遊はアニメでしか見なさそうな大きな木槌を二本呼び出すと一本ずつ手に握り、風車のように回転しながらスターへと連続で叩きつけた。
スターの巨体が一瞬地面から持ち上がり、苦痛の声が口から漏れる。
その隙を見逃さず、更に回転を加えたニ撃を空中にいるスターの人型部分へと振り下ろす。
「クルァ……」
叫びには血が滲み、力がない。
遊の一撃を受け、吹き飛んだ先で逃げだそうとするスター。
(ここで一気に決める!)
トイボックスから流れてくる力。
友を守るため、過去の自分の、人だった自分の敵をとるため。
昂ぶった感情のまま、武器を振り上げ力なく藻掻くスターへ木槌を振りかぶり。
しかし、振り下ろすことは出来なかった。
「貴男は……」
「すいません、ですが、止まっては頂けませんか」
両手を広げて自らを盾にする、それはいつか見た優しげに微笑む父親の姿。
「鹿嶋さん」
「どうか、頼みます」
その声は、悲しさの中に大きな覚悟を秘めた、そんな声だった。
続きは明日〜