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リアクター  作者: 3号
11/21

ふと気がつくと




「いやいや、それイイコトじゃないでしょ」


 しかし、その時はくぐもった男の苦悶と共に、訪れることなく消え去る事となった。

 どうっ・・・・・・と大きなものが倒れる気配。恐る恐る目を開けた黎奈が見たのは、膝を突いたスキンヘッドと、その股の間を突き上げるように差し込まれるスニーカーの靴裏。


「お、おま、なんてところを・・・・・・」


 眼前の光景に椅子の男が顔面を蒼白にさせているが、それを行ったパーカー姿の少年はどこ吹く風。感触が・・・・・・などと呟きながら嫌そうに蹴った足を引き抜き、左手に持った美しいナイフを何気ない様子で窓ガラスへと投げつけた。

 一体どれ程の切れ味を持っているというのか。 一直線に飛んだナイフは窓ガラスにひび一つ入れることなく、抵抗など感じさせないまま根本まで窓ガラスに突き刺さった。

 曇りガラスでなかったなら、きっと空中にナイフが浮いてるように見えることだろう。


「おお、これが練習の成果・・・・・・」

「何ふざけた事言ってやがる!」


 仲間が男として一番残酷な方法で沈んだことに呆然としていた男が、少年へめがけてシルバーの下品な指輪をはめた拳を突きだしてくる。

 だが、その力任せの一撃は少年に当たることなく、その被っていたフードをシルバーに引っかけて剥がすだけの結果に終わった。代わりに。


「☆#$&!」


 カウンター気味に少年の膝を相方と同じ位置に受け、声にならない悲鳴を上げる事となった。


「うぇ、またこう……ぶにゃって感触がぁ」


 表情が抜け落ちた顔で泡を吹き、床に倒れ伏す男。そんな彼に頓着するでもなく、少年は男としてしてはいけない攻撃を放った膝を嫌そうに手で払う。


「え、遊お兄ちゃん・・・・・・?」

「うん? 俺に妹なんて、って黎奈ちゃん!?」


 まさかと思った、そんな都合良くあるはずがないと。見覚えのあるその雰囲気に黎奈の中で騒ぐ自分がいようとも、早くも安心しそうになりながらも、まさかという警戒は消えなかった。

 けども、めくれたフードの下、その顔を見て警戒なんて一切が吹き飛んだ。

 死んだと聞かされ、泣くほど落ち込んだ。いつかまた会いたいと望み、思い浮かべていた彼の顔がそこにあったから。

 先ほどとは違う、暖かい涙が頬を伝う。

 どこか痛いのかと慌てながら縄を切ってくれる遊の胸元に、黎奈は全身で飛び込んだ。

 ぎこちなくも、背中を撫ででくれる手が心地良い。そういえば以前、私が転んで泣いたときにも同じように抱き抱えて背中を撫でてくれたな・・・・・・と、今まで怖かったはずなのに自然と笑えてしまう自分が、黎奈はおかしかった。


「・・・・・・ごめんなさい、遊お兄ちゃん。もう、大丈夫」


 数秒か、または数分か。ひとしきり泣いて幾分すっきりした黎奈は、名残惜しい気持ちを覚えながらも遊の胸元から身を離した。


「泣いちゃってごめんなさい。そして助けてくれてありがと・・・・・・でも何で遊お兄ちゃんがここにいるの?」


 目元に溜まった残滓を袖で乱暴にぬぐい去り、再び見えたのは年相応の生意気そうな少女の顔。

 それは昔遊が偶然にも遊んであげることになった少女の表情と、全く同じもの。


「一人で来るなんて無謀よ。そんな心配しなくても、そのうち自力で脱出できたわ!」

「あははは! なーんかしおらしいと思ったけど、相変わらず気が強いね。てことは本当に黎奈ちゃんか」


 懐かしさと、まだ人間だった頃の知り合いに会えた事実に遊の胸がチクリと痛む。

 と、同時に人間から離れても続いた縁に、なんだかクスリと笑えてきた。


「何笑ってるのよ」

「偶然って凄いなって・・・・・・」

「え、偶然?」


 それはどういうこと、と黎奈が口に出すのに被せるように、階下から爆発にも似た轟音が響く。それに思わず悲鳴をあげて遊へと抱きつく黎奈だったが、遊はまるで知っていたかのように平然としている。いや、事実知っていたのだ。何故ならば・・・・・・。


「う、うわなんだこの女・・・・・・ひぎゃ!」

「ドスが当たらないぶっ」

「斧が、斧がーーーー」


 破砕音に紛れて時々聞こえてくる悲鳴が、彼女がお仕事してる状況を如実に物語っている。


「張り切ってるなあ、紅さん」

「え、え、なに、なにその紅さんって」

「一緒に黎奈ちゃんを助けに来た人だよ」


 遊はこう言うが、階下から聞こえてくる音は明らかに人がたてられる音じゃない事くらい黎奈でも分かる。爆音に破砕音、軍隊でも攻めてきたと言われた方がしっくりくるだろう。

 しかも遊の口振りからして一人、しかも女性。

 一体どんな化け物なのか想像も出来ないで呆然とする黎奈の腰に手を回し、ひょいと肩に担ぎ上げる遊。

 そのまま少し早歩きでナイフの刺さった窓まで歩み寄ると、ナイフの柄を手に取り、抜くでもなしに円を描くようにナイフを一回転。

 刺さったとき同様、一体どれほどの切れ味があるのか、ナイフはガラスをまるで水面を横切るように抵抗など感じさせないまま切り裂き、人が一人楽に通れる位の穴をくり抜いてしまった。


「うわぁ、ほんと気持ち悪い切れ味だな・・・・・・さて、なんかビルもやばそうだし、脱出するか」

「脱出って、え、もしかして」 


 ここは二階といえどもビルの二階。それなりに高さがあるので、飛び降りたりすれば死なないまでも無傷では済まないだろう。

 そして遊はといえば、黎奈の身体を横抱きに持ち替え、ひょいと先ほど作った穴を潜ろうとしており、意図するところは直ぐに察しがつく。


「ねえ、遊お兄ちゃん。流石にこれは無茶じゃ」

「まあ、大丈夫と思うよ?」

「思うよっていやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 小柄な体躯を窓の穴から宙へと滑らせ、そのまま重力に従い自由落下。耳元で聞こえる悲鳴に構うことなく対面のビルの壁を蹴って勢いを殺し、空き缶とかが散乱する路地へと無事に着地する。

 我ながら人間離れしたと思うが、実際に人間を半分くらい辞めているらしい事を思うと、虚しいような哀しいような。正直自分にちょっと引く。

 人外を実感し少し気分が落ちたが、「紅さんよりかマシ」と、本人に聞かれたら落ち込ませそうな事を自分に言い聞かせて持ち上げ、とりあえずビルから離れようと歩き出す。

 その頃には驚きも落ち着いたのか、閉じていた瞼を恐る恐る開け周囲を見回すと、なぜか黎奈は頬を赤く染めて遊の胸元を小さく叩いた。


「ん、どうしたの?」


 叩いたとはいえ、それは触れられたのが分かる程度。人間を半分辞めたような遊が痛がるわけもなく、不思議そうに腕の中へと問いかける。


「え、と。そろそろ下ろして・・・・・・」

「ん、ごめんもう少し大きく」

「いつまで抱えてるのって言ってるの!」


 ドゴシャ、と音がしそうな程に綺麗なアッパーが顎に入り、のけぞった遊はたまらず黎奈を空中に放り出してしまう。


「え、きゃっ!」


 そうなると当然、黎奈の小さな身体は宙に投げだされるのだが、幸運な事にコンクリートへの強打という結果にはならず、偶然落ちていた強面の男をクッションにする形で着地した。


「ぐふぅ!」


 いくら小柄な女性とはいえども、その全体重が鳩尾の一点に集中したら屈強な男でも悶絶は必至。哀れ男は悶えることも出来ずに失神。

 落下の衝撃を覚悟して身構えていた黎奈は、自分が何か柔らかい物の上に落ちたのを自覚して下を確認。誘拐したうちの一人が白目むいて泡吹いてるのを見ると短く悲鳴を上げて男に蹴りを入れ、急いでそこから立ち上がった。


「な、なんでこんな所に寝てるの!?」


 よくよく周囲を見回してみると、壁もガラスもボロボロなビルの前、同じように道路へ転がっている男達がちらほらと。そのいずれもが苦しげに呻いていたり気絶しているのを見て取り混乱する黎奈の目の前で、ビル正面のアルミドアが弾け飛び、新たな被害者がドアごと道路へ吹き飛んできた。



「全く、歯ごたえという物がありませんね」



 続いて単なる穴となった旧ドアから軽やかに出てきたのは、茶髪に同色のレーザージャケットを羽織ったテンガロンハットの女性。ルックスやスタイルなど美女と呼ぶしかない容姿だが、男性でも持てるか怪しそうなハルバートを気軽にバトンのごとく回しているせいで色々と台無しだ。


「この化け物女が!」

「誰が化け物ですか、誰が」


 背後から撃たれた弾丸をハルバートの刀身で軽やかに打ち返し、呆然とする男に蹴り一発。ビルの中からいろんな物がなぎ倒される音がしたと思ったら、それっきり一気に静かになった。


「いたたた、あれ、紅さん終わったの?」

「ええ、合図の後に手早く。そちらも無事に助けられた・・・・・・のですか?」

「ん、あ、これはその・・・・・・」


 痛そうに顎を撫でている遊の様子に首を傾げる紅だったが、もともとそんなに気になってなかったのか、あっさりと視線を黎奈へと移す。

 つい今し方目の前で衝撃の光景を見せられたばかりで硬直する黎奈。紅はそんなのお構い無しとばかりに歩み寄ると、にっこりと柔らかい笑みを浮かべた。


「遅くなりました。ネームレスの者です。貴女を救助しに来ました」

「まあ、救助というか制裁というか、微妙なところだけどね」


 ビルの内部は大破。外壁は中破。周囲は死屍累々。救出だけじゃ普通こうはならない。


「遊、余計なこと言わないでください」

「さーせーん」

「えっと、遊お兄ちゃん、ネームレスって?」


 ぴくりと動く紅の眉。


「お兄ちゃん・・・・・・どういう事ですか、遊」

「昔にちょっと知り合ってね。今回この娘が捕まってるなんて思いもしなかったけど」

「なるほど、偶然ってあるものですね」


 特に疑うでもなく信じる紅は、きっと騙されやすいのだろう。後輩として遊がしっかりしないといけないのかもしれない。 


 と、その時、紅のポケットが振動しだした。


「ん、着信・・・・・・ボスですか」


 どことなく嫌そうに通話ボタンを押すと、電話口だというのにお辞儀しながら話し出す紅。

 まるでどこかのサラリーマンみたいだと年少組二人が思う間に、短い用件だったのかさっさと通話を切り上げた紅は、少し申し訳なさそうな表情で車の後部ドアを開けた。


「すいませんが、お父様が早く黎奈さんの無事を確認したいとの事でしたので。ネームレスの説明もまだな中恐縮なのですが・・・・・・ご同行お願いします。えと、お乗り頂けますか?」

「え、それって本当にお父さんなの? ネームレスって助けて貰って申し訳ないんだけど、凄く怪しくて・・・・・・」

「黎奈ちゃんが俺たちを怪しいって思うのは分かるよ。俺もめっちゃ怪しい自覚あ・・・・・・」


 そう困りながらも返事しようとして、はたと気がついた。

 今、何と言ったか。

 ネームレスの事を、俺たちと言わなかったか。

 まるで、当然の如く自分が仲間のように。

 人間を半歩逸脱してしまった自身を、呆気なく受け入れすぎてはいないか。その集団に身を置くことに、抵抗を感じなさ過ぎではないのか。


「遊お兄ちゃん・・・・・・?」


 急に言葉を切った遊をいぶかしむように、上目遣いで見上げてくる少女にぎこちない笑みを返し、誤魔化すように彼女の頭を軽く撫でた。以前よくやっていたように。


「自覚あるからさ、ちょっとお父さんに電話して確かめてみればいいよ。紅さん、リダイヤルお願いできる?」

「確かに疑いを解くには一番ですね。遊はどうします? 一緒に帰還しますか?」

「いや、俺はちょっと歩きたい気分だからさ。ちょっとぶらついてから帰るよ」

「そうですか。充分気をつけて下さいね」

「りょーかい」


 後ろ手を振り、遠ざかってゆく二人の気配を背に感じながら、遊は自然に足の向くままにビルの路地へと入っていった。



「帰る、か」



 ぽつりと呟き見上げた狭い空は、どこかもの哀しく冷たい青を広げていた。






続きは夕方かな

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