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リアクター  作者: 3号
10/21

恐怖のうちに声届く



 背中に当たる冷たい感触。

 にじりよる不安を睨みつけ、岸本黎奈は無様に転がされた身を起こした。


「なんだ、頑丈なガキだな」

 逆向きに椅子に座り、背もたれで組んだ腕に顎を乗せた無精ひげの男が、小馬鹿にしたような目で黎奈を見下ろしている。


「はっ、こんな子供を縛り上げて放置なんて良い趣味してるわね!」

「おおこわ、別に好きでやってんじゃねーんだけどなぁ」

「はっ、どうだか」


 挑発し吐き捨ててみるが、男に何も動揺した様子は見られない。それが悔しい。

 一瞬自分に対する警戒が緩んだと思った隙に助けを求めようと窓を開け放ったが、それで警戒させてしまったのか、直ぐに捕縛された上に拘束され見張りまで付けられてしまった。

 これでは脱出なんて出来ない。


「ったく、中房のガキだと思って優しくしてやろうと繋がずに放置しといてやったってのに、そんな親切心をこうも見事に裏切ってくれるとなぁ。大人の優しさも出せなくなるってもんだよなぁ」

「人を誘拐するような奴に親切心だの言われたくはないわよ。早くここから出しなさい!」

「そう慌てなくても、お前のパパがちゃーんとお金払ってくれたら、もしかしたら解放するかもよ~」

「もしかしたらって何よ!」

「ひゃははは、まあお前みたいなガキでも需要はあるってこったよ」


 あまりにも下衆な物言いに黎奈の顔が青くなる。

 中学生とはいえ、いや思春期の少女だからこそ、その手の知識もあれば内容を察することも出来た。

 スター事件が起こってから五年の間に国家も治安も荒れ、その結果所謂「社会の闇」が深まってしまったのは、資産家の父を持つ黎奈にして常識のごとき知識だった。

 過去の世界であれば直ちに取り締まりの対象となるような薬物や殺人も、行う場所と逃げ場所を考えれば五年前と比べて遙かに容易く行えるようになった。いや、それどころじゃない。場所によっては人身販売さえも平然と行われていたという話だ。


 黎奈の前で何が可笑しいのか馬鹿のように笑うこの男も、そういった場に黎奈を出そうと考えてるのは容易に想像がつく。

 だが、想像がついたところで、縛られ転がされている自分には何も出来ない。

 これから酷い目に遭わされる事が確定している状況で、自分は睨むことしか、泣かず弱さを出さないことしか抵抗の術がない。


 それが、とてつもなく悔しい。


 知らず噛みしめていた唇から血が滴るが、それにも気が付かないほどの屈辱感。

 意識しないよう、自覚しないように目を逸らしてきた恐怖心。それも黎奈に殊更気の強い態度を取らせる大きな要因になっていた。

 反抗しているうちは、抵抗できているうちは自分は負けていない、そう思いこむために。


「おい、気の強い上玉がいるっていうのはここか?」


 しかし、そんな少女の縋るなけなしの支えも、所詮は弱い彼女の身から出たものに過ぎないと証明するかのように、呆気なく崩れ去った。


「あ~兄貴、ロリコンも大概にしてくんね? こいつオークションに出すんだからさあ」

「いいじゃねーか、ちょっと味見くらいよ」


 天井まで届きそうな体躯に髪のない頭。無精ひげの生えた顔には暗い欲望を湛えた瞳が光り、黎奈の全身をなめ回すように視線が這い回る。


「おお、こいつは確かに上玉だ。おい嬢ちゃん、ちょっと兄ちゃんと遊ぼうぜ」

「い、いや・・・・・・」


 閉じこめようとしてた恐怖が吹き出す。

 自分へと伸ばされた筋肉質の腕から少しでも遠ざかろうと身を捩るが、縛られている身体じゃ思うように動かず、じりじりと距離は縮まっていく。 


「へへっ、そんなクネクネ動いて誘ってんのか? 安心しな、たっぷり可愛がってやるからよ」

「はあ、こうなったらダメだ。おーい、どうせオークション後は変態どもに可愛がられるんだ。予行演習とでも思っとけば~。それなら良いでしょ?」


 椅子に座る男の嗜虐心に満ちた視線と問いかけに二人は本気だと悟った黎奈の全身が震える。


 どうせ人質だ、要求が達せられれば無事でいられる。心のどこかでそう信じていたのだろう。

 だからこそ反抗できた、気の強いままでいられた。でもそれが崩れてしまったら・・・・・・?


 支えを失った子供の強さは簡単に崩壊する。


「いやだぁ・・・・・・」


 下校中に突然浚われた。明日も同じ日が続くと信じていた日常は、突然の理不尽に踏みにじられた。そして、残されたのはこの現実。


「唯花ちゃん、喜美子ちゃん、お父さん、お母さん・・・・・・」


 お父さんが大切な仕事をしているのは知っている。そのためにいつも頑張っているのも知っている。お母さんが一生懸命に支えてるのも。

 自分は何も出来ないから支えになんてなれないけど、自分で逃げられなくなって迷惑までかけてしまうけれども。でも、せめて、そんな事になった犯人には負けたくなかった。


「みーんな、助けになんて来ないぜ。さあイイコトしよう嬢ちゃん」

「いや・・・・・・助けて遊にいちゃん・・・・・・」


 溢れる涙と共に、かつて遊んで貰った一人の少年の名前が零れ出る。先日ニュースで行方不明と報道され、死んだと噂され、もう会えないと落ち込んだ、少年の名前が。

 服を掴む腕とせせら笑う男達の顔をせめて見なくて済むように、堅く瞼を閉じて身を強ばらせる黎奈。何を考えての事じゃない、反射的に取った拒絶の姿勢。

 抵抗できないならせめて、辛いことは早く過ぎ去ってくれるように・・・・・・。



「いやいや、それイイコトじゃないでしょ」



 しかし、その時はくぐもった男の苦悶と共に、訪れることなく消え去る事となった。




残りは今晩か明日か‥‥


夜なら20:00.明日なら8:00に投稿します。

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