始まりの終わり
前回以上に登場人物がやらかしてます。
今度は人食い表現もあります。
その時も、少年はいつものように仕事にかかろうとしていた。
また大量に処理待ちが追加されたこともあり、足早に作業場へ近付く。
しかし、少年が辿り着く前に、新しく落ちてきたモノの一部が僅かに動いた。次の瞬間、そこから突如として腕が生えた。それは、のたうちまわり、もがきながら、徐々に外へと這いずり出てくる。
そうして転がり落ちてきた存在は、生きていることが不思議な程に破壊されていた。
両足はもげ、右腕は拉げて潰れており、左腕は二の腕の半ばから切断され、胸から腹にかけて抉り取られたかのような痕がいくつもつけられている。右肩から背中まで続く深々とした裂傷は薄紅色の内部が覗き、左顔面は焼け爛れ、右顔面には無数の切り傷が刻まれていた。
一見すると、その辺りに転がっている無機物と大差ないそれは、しかし生きていた。浅い呼吸を繰り返し、冷気に全身を震わせながらも、必死に生にしがみついている。
しかし、所詮それは無断な足掻きであった。
次第に手足が動かなくなり、呼吸が更に浅くなる。身体の震えも段々と小さくなり、その瞳は虚ろなものへと変わっていく。生きるための抗いは無意味となり、死がその存在を捉えようとしていた。
その様子を静かに眺めていた少年は、おもむろにそれに近付くと、唯一まともに胴体と繋がっていた左腕を掴み、部屋の中央へ引き摺るようにして運んでいった。
最早、抵抗する力も残っていないのか、実験用混妖兵―戦闘兵だったモノはされるがままだ。解体作業用の台の上に放り出されても呻き声一つ漏らさない。
そんな様子を一向に気にすることなく、少年は作業を開始する。途端に耳障りな機械音が静かだった部屋を支配した。
しばらくは器具から生み出される金属音と肉体が開かれる鈍い音が断続的に続いていたが、徐々に呻き声が混じりだし、途中から絶叫が他の音をかき消し部屋全体に響き渡った。
しかし、全身の神経という神経を引き摺り出され、こねくりまわされるような、想像を絶する痛みを味わっているだろう様子にさえ、少年は何も怯むことなく作業を続けていく。
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作業の最中、台から零れ落ちた小指を掬い上げ、口の中へ放り込む。本当は、こうしたつまみ喰いはあまり良くないのだが、今は、兎に角、お腹が空いていた。
何でもいいからエネルギーになるものが欲しかった。この際、味は二の次だ。
つまみ喰いは過ぎれば処分の対象となるが、この程度であれば処罰されることはない。
そのことをよく理解っている少年は、更に2本、今度は中指と薬指を口元へ運ぶ。
原形が留めていない程ぐしゃぐしゃになった右手にかろうじてぶら下がっていたそれらは、少年の力でも簡単に引き千切ることが出来た。
苦痛と憎悪の咆哮と、甲高い悲鳴のような機械音、そして、頭蓋の内側に反響する低い音を聞きながら、少年は作業に没頭していった。
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やがて、全ての作業を終えて少年が手を止めた瞬間、死に損ないだったモノは糸が切れた人形のように作業台の上で動かなくなった。
それを確認した少年は、次にやるべきことのために唯一の出入口へと向かう。
その途中で、自分がいつも以上に汚れていることに気付く。白衣のポケットに入れていた布で手や顔を拭いながら、その赤黒い液体を頭から被ってしまった時のことを思い出した。
いつも以上に噴き出したその量にも驚かされたが、何よりも、触れた瞬間に感じた、この冷えきった部屋においては痛みすら走る程の熱に、久しく忘れていた“生命”というものを強く認識させられた。
今更ながら少年は、自分が生きている物を切り刻むのはこれが初めてであることに気がついた。
(これで、良かったの、だろうか?)
少年は自問する。
しかし、いくら考えても、答えはない。
結果も変わらない。
ならば、これで良かったのだろう、と結論を出すと、少年は開いた扉を潜る。
扉が閉まる直前、その向こう側にある作業台の上に横たわる存在を一瞥すると、少年は足早に目的地に向かって歩き出した。