年齢不詳の女
もう三日連続で雨が降り続いている。
目が覚めて、しとしと聞こえる水の音にぐったりしてしまう。雨は好きじゃない。昼間おとなしく部屋の中で本を読んでいても膝の裏に触れるソファーの質感が水を含んでいて、湿った紙をめくる指先が重い。雨の匂いが本について図書館になんていく気にもならない。
むあむあと耳を濡らす雨の音。
「本ばかり読んでいるのね。飽きもせず」
今朝、君が言った。今朝と言っても昼に近い時間だった。朝に弱い君は起きたばかりで昨日うっかりシャワーを浴び損ねたとみた。君の長い髪はギシギシになってツヤをなくしていた。
「なにを読んでるの」
僕は本が読めるようにして閉じ、読んでいた頁に指を挟んでそのまま持ち上げた。フランツ・カフカ。19世紀を代表とする現在でいえばチェコ出身のドイツ語作家だ。
「カフカってフランツ・カフカ?独特なユーモアがあるよね。でもすこしネガティヴ。彼の作品」
僕は肩をすくめた。
「詳しいね」
今度は君が肩をすくめる。
「なにか作りましょうか」
僕は首を横に振る。
「食欲ないんだ。」
部屋は薄暗い、周りの雑音は雨に呑み込まれて、二人を奇妙に正直にした。君はバスタブにお湯をためる。夕方のお風呂は自分がしっかりした社会生活を送ってないことを自覚するので好きだ。今のじぶんに相応しい気がする。
「あなたは雨の日になると機嫌が悪くなって別人みたいちっとも優しくないわ」
生憎、そのとうり。
君は僕にとって得体の知れない女。出会って五年も経つのにどこにいて、なにをしていたか、全くけんとうがつかない。年上であることはなんとなくわかるが正確な年齢はわからない。もしかしたら歳をとらない魔女で僕を弄んで最後には廃人にしかねない。
「ねぇ、外に出ない」
バスルームからの声にため息。
「外は雨だよ」
「いいじゃない」
お風呂上がり、君は支度をしながらクラシック音楽をかける。
僕はなにがいいのかわからないが嫌いではなかった。
外に出ると雨は止んでいて傘は要らなかった。街に出ると君のことをみんなが見ていた。すれ違う男たちは憧れの目線を送る。
グラマーでもなくスマートでもない出会ってからすこしも変わらない。マネキンなら色あせるだろうが歳を重ねるほどますます素敵になる。僕は君よりすこしうしろを歩く。
覚えているだろうか初めて会ったときのこと。人と馴れ合うのが嫌いで周りから後ろ指さされていた僕にかけてくれた言葉。忘れない。なりふりかまわず自分が大好き。だから僕はこうして街を胸を張って歩けるようになった。
「ねぇ。何か作るよ。なに食べたい?」
僕は君が何歳でも驚いたりしないし魔女だって構わない。
「なんでもいいよ。君が作るものなら僕は残さず食べる」
曇り空のうちに雨がまた降る前に君のお日様をもらいにいこう。