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毒は外、蜜は内。  作者: 酒場のあの人
本編 一章
8/10

黒林檎の秘める力 1-4

「ドウシテコウナッタ」


 森の中からカスラの鳴き声が聴こえる、朝日が昇った明け時。

 エンヴィーとラスが竜人族の里に向かったのは昨晩の事。

 ため息混じりに暴食(グラトニー)が諦念した様に呟いた。

 遠巻きに、一回り大きな青スライムが複数のスライムを連れて何事かとこちらを大人しく見ている。


「身をもって確かめろ、って言ってたわ」


 グラトニーを見上げてアズールは昔ね、と想起しながら答えた。

 

「普通二食ベタイ」

「噛みつかれたら嫌だもの」

「大丈夫ダト言ッテイル。ソレ二、ナゼ外ナノダ」

「貴方の風魔法で暴れたら家が壊れるわ」

『も~!! アズールに何かあったらどうするの~』


 やり取りに痺れを切らしたフォルが、地面を蹴り上げ空中で身体を回転させ、そのままの勢いで尾をグラトニーに叩きつけようとする。銀色のモフモフな毛の塊が本に体当りするだけに見えるのだが。細い鎖で木の枝に吊り下げられたその状態を利用して、グラトニーは振り子の様に難なくかわした。遊ばれているとも見えるそれにフォルは、ちっ、と舌打ち。苦笑したアズールは、右手に持つ黒林檎をグラトニーへと差し出した。


「安全の為にもお願い。食べたいって言ったじゃない…ね?」


 自然と上目遣いになるアズールに、そこらの男なら簡単に二つ返事で頷くであろう。だが、グラトニーには目と言う名のモノがない。感覚だけで判るそうだが仕組みは本人にしか知り得ない。表情が変わる訳でもなく、ただ無言で林檎に齧りつくのであった。


 ――どうしてこうなったのか。それは昨晩の話の続きである。読み終わった後にアズールは「確かめないとね?」と、グラトニーに問い出した。


「普通ノ果実。貴様等ナラ、皮モ食ベテ平気ダ。鑑定(チカラ)デ解ルダロウ」

「そうだけれど」


 アズール達が創りあげた木。その"黒い林檎は、二つの効力"を秘めていた。


 一つは、初期の種に魔力を込め創りあげた者――七人と各精霊達――は、皮に丸ごと食べても"狂暴化する"事なく無害だと言う事。あくまでも、普通の生き物には皮に効果がある。

 狂暴化とは言葉のままだが、かかった対象により誤差は出る。自我のある者は魔力の暴走等で済むが、より弱い者ほど自制が効かなくなる。麻痺や毒と異なり、まだ世界でその効果を使う魔獣は解析されていない。と、言うより、世に知れ渡っていないのが正しいのだろう。せいぜい、気が狂った位で済まされるであろ。


 そしてもう一つは、"食べた者を言霊で操る"と言う事。

 アズールが確かめたい事は、この二つ目も自分達には無効であるのかどうかであった。


「何もない?」

「美味イ。ソレダケダナ」

「そう……」


 ペロリと食べ終わったグラトニーが何事も無いと証明すると、アズールは満足そうに微笑みながら鎖を外し始めた。


 ――各国を移動させる手筈は空に任せるとして。魔物を襲わせる。先ずは表面下の分離をこっそり悪化させる方のが良い?


 任せる、と昨晩言われた事から、どうやってこの黒林檎を使っていくのかと。そして、他の転生者達に勘繰られるのは遅い方が良いか、と思考している様だった。

 

「プルッ〜」

「オイ、居ルゾ」


 離れた位置にいた大きめのスライムが何かを訴える様に一鳴きし、そこでアズールは遠目であるが首都(モーリ)から歩いてくる少数の人の集団を見つけた。先に遭遇したのだろうスライム達が、こちらの側にいるのとやはり同じ大きなスライムを中心とし、飛び跳ねながら集団に体当たりしている様にも見える。


『何してるのかな?』

「さぁね……遊んでもらってるんじゃない?」


 見た感じでは大人が数人と言った所か、銀色の鎧や武器が陽の光に反射していた。スライムが相手である。武装している事からも苦戦している様には見えなくもない。


「忠実ナ奴等ダナ」

「あの子達がそう?」

「マダム……多分ナ」

『どうするのー?』

「行かなくて良いんじゃないかしらねぇ」


 わざわざ彼処に行く必要は特に無し、と見つかる前に踵を返すアズール達であった。


「あ、あなた達は"大人しく"していてちょうだい」


 近くにいたマダムらしき大スライムに、アズールは思い出したように一声かけ、楽しそうにフォル達を連れ馬車へと入って行った。




***




『何作るの〜?』


 第二リビングと呼ばれる部屋の調理台に立ち、手持ちの材料を確認しているアズールの横に、椅子を置いてもらったフォルが乗って材料を覗き込み問う。

甘味草の粉末、シュマのざらめ、ラダのミルク、小麦粉、パロの店で卸してもらういつものたまご、そのままでは涙が出るほど酸っぱいレナンの果実、そしてアズールの背後にある木から採りたての小山になった黒林檎達。

 調理台だけでは置ききれず、卓上にもアズールが紅茶と呼ぶ回復薬である瓶達までもが置かれている。


「とりあえず、今日はアップルティー、林檎金平糖、ジャムかしらねぇ? ケーキは今度にしましょうか。作ってチョコも乗せたら空も喜ぶかしら?」

『あんな奴放っておくでござるよ』

『ディー起きたんだ』

「あらあら、また置いて行かれたのね」

 

 林檎尽くしのそれらを案したアズールの言葉に、木の葉に隠れていた白い蛇――エンヴィーの精霊ポップディーが頭を逆さにぶら下がり不屈そうに返した。ふとした姿がJの形の文字で作られた飴らしき物に似ていると、主であるエンヴィーが名付けた名前。アズールとフォルはディーと呼んでいる。

 

 ――その気はないのだろうが、フォルが揺れるポップディーを目線で追っている姿は、獲物を狙うそれに似ていて、飛びかからないかヒヤヒヤと心配になる。ポップディーが寛いでいる間に置いて行かれるのはいつもの事。引き留めれば良かろうに、毎度の事、後々になってこうやって不貞腐れる性格をしていた。語尾のござるは、以前訪れた先で遭遇した旅人を真似ているらしい。


『アタイの事なんて帰って来て思い出すに決まってるでござる。店のただ食いを止めたって褒めてさえくれない……』


 滑る音を立てて枝に巻き付き心の殻に閉じこもってしまったポップディーに苦笑はしても、アズールにとってはこれもいつもの事であった。


 いつまでもそうはしてられない、と手元を見て思い出したのか、林檎の小山をくるくると皮剥き、そして薄切りにして減らし壺で煮始めた。

 程なくして、白いサラサラした甘味の粉末を、熱を加え柔らかくなった林檎に加え少し煮た後、形の崩れてない一部を選び、隣の鍋で沸騰させたばかりの紅茶の中に移し替えた。


「これで味が出てくれると言いのだけれど」

『アズール、こっちの実が溶けてくよ〜』

「ジャムと金平糖だからそれで良いのよ」


 形崩れていく壺の林檎達を、耳を垂らして心配そうに覗き込んでいたフォル。アズールが壺の中をかき混ぜていると、溶けていく林檎の蜜と果実だったそれらがとろみを増していく。この工程は何度も見てきているが、以前オアシス村でユンらが真似て作った時はかなりの時間を有した。けれども、アズールの持つこの神から授かった壺は、種や皮など念じれば作製に不要な物の浄化として取り除いてくれるし、液体化や固体化等の状態変化も手を加えずに可能にしてしまう便利な道具の一つであった。


「うふふ、ジャムはこれで良いわ」


 使っていた木匙でとろみを確認した後、壺の側面に付いている捻り口から小瓶へと出来立てのジャムを入れていく。

 光に反射したゆっくり流れ出るジャムを見て、フォルの目がアズールを見上げ期待の目に変わる。その姿に微笑み察したようにパンをナイフで一片薄く切り取り皿に用意し、艷やかなジャムを乗せて共に差し出せば、フォルは察してもらえた事に満足そうに鼻先を近づけ甘い香りを目一杯吸い込む。出来立てで熱い事を忘れ、大口でガブリと噛み付いた。


『……っ!!』

「あらまぁ、お待ちなさい」


少し潤んで舌を冷やそうと晒し出しているフォルは、驚いた拍子にジャムがベットリと口周りにまとわりつく。

 浄化して加熱した壺に、ざらめとシロップと言う状態になった林檎のそれが絡み出すのを確認したアズールが、フォルの口元を丁寧に拭い出す。

 その光景は、長年連れ添った精霊と主――喩えれば母子にも見える微笑ましい一面であるのだが、妬ましそうに上から片目を開けてこっそり見ているのが一匹。


『ふんっ』


 軽い鼻息、その感情の色は目に見えないが、嫌悪感よりも羨ましさの方が大きいのであろう。


 ――そんなポップディーが仲睦まじい一人と一匹より早く、馬車に近づく気配に気づき、ピクッと反応し外に繋がる第一リビングの方角へと視線を向けた。


『アズール、お客達だよ』



――絶え間なく響く入り口のベルの音――


アズールはそれを鬱陶しそうに聞き流しながら、黒林檎の皮を摘み黒い笑みをして指先でパッと離して壺に混ぜてしまった。


 ――しつこいわねぇ。せっかく穏やかな時間だったのに。どうせ、先程の人達でしょうけれど。 


 ため息をつくと同時に薄白の金平糖が黒く染まっていく。疎ましそうにそれを横目に不要な材料達を片付け始めた。終わると、まだ完成していないと音を立て続ける金平糖の入った壺を抱えゆっくりと抱え、第一リビングに移動する。

 静かになったグラトニーを口に加えたフォル達もついてきた事を確認した後、忌々しそうにペシッと水晶に触れ扉を消すと、未だ鳴り続けるベルの音のする外の扉を見つめ目を細める。


――うふふ。さぁ、お入りなさい。吉か凶か……どちらになるのでしょう。


 艷やかな笑みを貼り付けて開けた扉の先には、革鎧を身に付ける疲れた顔の男達が揃っていた。






 



 

 




 


 


 


 


 

 


 

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