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毒は外、蜜は内。  作者: 酒場のあの人
本編 一章
5/10

密談は闇の森に包まれる 1-3

 森が深い闇に包まれ、馬車から溢れる灯りのみが地の草を照らす。

 その馬車の中の一室。書室だった(...)小部屋は、手触りが良く黒い毛皮の垂れ下がった長椅子が二つ置かれ、貴族の持つような寛ぎ部屋(サロン)となっていた。かつての素朴な部屋では無く、黒と赤を基調にし、落ち着いた調度品がありながらも派手さが増えている。自らが使うからと、傲慢(プライド)が何処からか持ち寄って変えてしまったのだ。


 アズールは窓枠に寄りかかり、フォルの滑らかな手触りの銀毛を撫でていた。今日は薄紫を基調にしたいつもの形の服を着て、肩に上質な衣を羽織っている。部屋に灯された蝋の明かりで肩の透け具合が妖美さを醸し出す。この透ける独特な製法の黒い布は砂の国(カリフ)の首都が産地であろう。

 側に立つ嫉妬(エンヴィー)が、先程から草原での事を伝えている。話が進むにつれ、紅い唇が微笑みを漂わせていた。


「ウフフ、それなら数が増えるのを少し待てば良いだけね」

「そう。スライム達を見て思ったけど、丸ごと一つ与えなくても皮さえ一口でも食べさせれば、此方の味方にさせられる」


 サロン(ここ)に入室するには必ず通る、その部屋に木はある。黒い林檎の木は、果実が次々と大きく実り始めている。果実は薄緑から赤、そして黒となった。日の出る頃にエンヴィーがもぎ取った後、途端に花の蕾が新たに育ち数に限度を知らぬ不思議な木は、アズールをとても喜ばせていた。

  

「ならば、大規模に颯爽と軍で攻めれば良かろう」


 長椅子で寛ぐ一人のプライドが、優雅に紅茶を口にした後提案をした。金色の縦ロールは乱れなく均等に巻かれていて、凝視していれば目が疲れてきそうな威圧を感じさせる。人形のように整った大人になりつつある少女の顔は、笑うと何故か意地悪そうに見える。身のこなしからして高貴な育ちだと見受けられる。上に立つ者としてどうなのだろうか。戦闘には無縁、いや、眺めている立場としてなのか考えが幼い。


「あぁ……。美しき悲鳴と恐怖の顔が浮かんでくるじゃないか」


 それをすました顔で協賛する男は色欲(ラスト)。長い紫の髪を一つにまとめ、黙っていれば良い男の部類の筈だが、残念な事に思考が危なげである。

  

「喰エレバ、何デモイイ」

「美徳が無いなぁ」

 

 椅子に立てかけられた本のグラトニーに、眉をひそめてラストが咎めた。

 そのやりとりをただ見ていたエンヴィーは、ため息を小さく吐いた。

 横にいるアズールはフォルと目を合わせている。フォルの三尾が不規則にパタパタと揺れていた。


 ――アズールはエンヴィーを一瞥し、ふと人知れず微笑んだ。

(ただの黒い林檎の木では無いと知ったら空は喜ぶかしら)

 どう林檎を使うのか、と会話をしている中で別の事を考えている様だった。まだ、他の者が知り得ない何かを知っているのだろう。鑑定(ちから)で物の詳細を知る事が出来るのは、この中でただ一人なのだ。


『アズール止めないの?』

『一般民が対象では無い事は皆、分かってると思うわ。不安?』

『怪我しなちゃ良いのー』

『良い子ね』


 頭の中での念話は穏やかなものだ。白く細い指先で撫でられ、フォルの耳が垂れる。愛おしそうにするアズールとされるがままのフォルの姿は、昔と変わらない仲であった。いや、それ以上にフォルは甘えたがりになったのかもしれない。


「あれぇ、憤怒(ラス)何処か行くの?」


 頬杖をついたまま怠慢(スロウス)が、立ち上がったラスに声をかけた。ローブを慣れた手つきで身に纏ったラスは、見上げるスロウスの声掛けを無かったかのように見遣りもせず、窓側で腕を組んだままのエンヴィーに目を向けた。


「戻る。時が来たら呼べ」

「分かった。送ろうか」

 

 淡々に話すラス。何処に、と聞かないエンヴィーは、見当がついているのだろう。一瞬で転移して二人の姿が部屋から消えた。


「あぁ〜。行っちゃった」


 つまらない、と言いたげに頬をふくらませるスロウス。

 それを見て思い出したかのようにプライドも立ち上がった。縦ロールの束が動きに合わせて左右に揺れる。


「待たねば仕方ない、案は任せる。(わらわ)も宿に手配をして国へ戻るとしよう」

「そう」


 プライドと目があったアズールは軽く肩をすくませ返事をした。草原の近くには草の国(カリフ)の首都がある。首都に宿をとり、数日此処へとプライド達は通っていた。アズールの承諾を得たプライドは正面に座ったままのラストへと目を向け口を開いた。


「貴様も戻らなければ煩く言われるのだろう? 先生よ」

「冬休みも終わりか。フッ、試験で泣かせてやりましょう」

「お手柔らかに頼む」


 ラストは困った、という様に腕を動かし鼻で笑う。この二人は水の国(パリウ)にある国営の魔法学校で、生徒と教師という関係であった。無表情で頼むプライドに、含んだ微笑みをラストは返す。

 

「貴女は鑑賞対象にもならない。目をかけてる子達が居ますからご安心を」

「それは有り難い。妾も気が楽なものだ」

 

 大人びたプライドが答えたからか、それとも教える側としてラストが師らしくないのか。その上下が思わしくない関係の会話を見ていたスロウスは不満気そうにプライドを見て言葉を挟んだ。


「二人も行っちゃうの?」

「スロウス、妾の側に来るか? 三食昼寝付き、学園の寮で部屋番が欲しい所よ。時々買い出しを「エヘヘ〜、それ行くわ!」」


 同行するか、とプライドの提案に嬉しそうにスロウスは畳み掛ける。その返事を予測していたかのように平然とプライドは頷いた。これではどちらが大人か分からない。背後のみ比べれば変わらない歳の見せかけである。

 ラストが束ねられた紫の後髪を揺らしながら扉を出て行くのを見やり、スロウスは促すプライドにローブを羽織らせる。


「では、また会おうぞ。強欲(グリード)よ」

「姉様すぐ戻ります〜」

「ウフフ、ルイさんいってらっしゃい」


 踵を返すプライドに慌ててスロウスは自身もフードを被り直し、グリードと呼ばれたアズールに、軽く貴婦人がする様な礼をした。スカートを軽く持ち上げ膝をおるスロウスに手を振り、その背が見えなくなるまで見送ったアズールは、静かにサロンの扉を閉めた。 


「……ふぅ」

『あぁ〜。やっと静かになったねー』

『此処を使う事は()の条件だから仕方ないのよ。苦労かけてごめんなさいね』

『ううん、退屈はしないから良いよ〜』


 尾を体に巻くようにして、丸くなったフォルに気遣う言葉をかけながら、長椅子へと腰掛けた。人の減ったサロンは幾分か広く感じる。アズールの指が、一人、いや、一冊ぽつんと残されたグラトニーの邪な色でざらつく表紙をなぞった。


「全テハ、揃ッテ無イノダロウ」

「あら、なんの事かしら?」


 グラトニーが開く口に挟もうとしたのを察してアズールはスルリと指を離す。虚しい空間だけをグラトニーはパタッと食べた。グラトニーは生きる本である。挟まれたら指は無事では無い。


「寝テイル時二、調ベタノダロ?」

「ウフフ、貴方が寝るのには驚いたわ。魔獣では無いんでしょう?」

「封印サレタ、ソレダケ言ッテオク。後マデ読ンデナイノカ?」

「起きちゃったんだもの。中断する他無かったわ」


 唇に人差し指を当てて残念そうにするアズールに、グラトニーは見せつけるようにパラパラとあるページを開いた。


(本になる封印なんて有るのね)

 そう思うアズールの眼の前は、開いた状態での普通の本と見かけは同じ。食事をする時に見る牙は見当たらなかった。恐らく、これは読めと言う仕草なのだろう。アズールは文字が連なっているのを眺め始めた。


「ふぅん……復活」

「後二実リ、災イヲ招ク」


 読みながらポツリと呟いていた。

 そこに書かれていた内容は、馬車に収まる木に関する内容である。本によれば神が好んだと言われる果実が実る。その効果について深く書かれているようだった。

 目で文字を追うアズールは嬉しそうに口角がかすかに上がっていく。

 ――その横顔に思わず目を奪われた。美しき顔が微笑むのはいつもの事。一つ、一つだけ違った。本に向く青い瞳が、普段の温厚な彼女からは想像させないほどに冷酷さを醸し出していた。それは、神の言葉の続きを思い出していたから。


"魔の期間を蘇らせよ。そして、真なる王を目覚めさせ、世界の傾きに手を加えよ、七人の魔を導く選ばれし者達よ"


――この時はまだアズール達は知らない。神が選んだ真なる王となる者が目の前に居ることを。さり気なくこの先への道へ導かれている事を。そして、神が与えた"罰"が自身に既に"与えられている事"を――

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