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毒は外、蜜は内。  作者: 酒場のあの人
本編 一章
3/10

小さな壺から 1-1

 

 木の魔獣――エントの素材で出来た四角い空間の中に、さらに動かない一本の木が所狭しと、頭を下げるように枝を伸ばして鎮座している。

 此処は爽やかな心地良い風が吹くわけでもなく、暖かいまどろみを誘うような日が差しこむ場所でも無い。

 しかし、根に絡む土と破片は特殊な物であり、この木の栄養の源でもあった。

 ――大事な事だから二度言おう。

 狭そうだと感じさせる箱の一角で生えるその茶色の木は、魔獣(エント)ではないのだと。


 千……いや、一万枚はあるのだろうか? 数えるのが億劫になるほどの緑の葉が枝に付いている。上の枝は、箱の上の面に沿うように横へ広くへばりついているが、下のそれは短く自由に幹から繋がっている。さぞ、止まり心地が良いのだろう。これが外にあれば、風に当たり、そして感じ――話が逸れそうなので戻るとしよう。その木は元気に、成長過程である事が目で分かる。


 その木の下にはテーブルがあった。随分前から男が二人、そして向かい合うように女も二人座って、雑談をしていた。そして床には、白い蛇と銀色の毛の狐が布に包まり眠っているようだった。人と共存するこの蛇と狐は、魔獣の様な獰猛さは無い。体から溢れる魔力でハッキリと二匹は精霊達であると確信できた。そして、まだ外には他に三人が居るのだが、これは後程に話すとしよう。


 思い返せば、此処に集まるのを初めて見たのは、七日前の事だった。

 教会で神の言葉を聞いた後、無事に魔法陣に座っていた七人は意識が戻った。その後、場所を移動しお互いの顔合わせをした。


 一通りの自己紹介が終えたのだろう。そして、 


「あの壺に、七人それぞれの魔力を込めろ。それに、同じく儂が与えた小鉢の土を、ひとつまみ流し入れるのだ。出来たそれは、強欲(グリード)よ。お主の家の中にでも置いておけ」


 神の言葉の一部である、これを実行したのだ。


 流石、神の創りだした物である。魔力を込めたその壺は、翌日には芽が出て、この七日の間で想像以上に急成長した。

 四角い箱――それは強欲(グリード)の家で、真ん中にあたる一部屋となる。鎮座している木とは、その芽だった物なのだ。


 神から授かった名は強欲(グリード)、この家の主であるアズール=レイはこの場に居る。

 ――やはり、女神シルビと同じ髪色を持つだけあるのだろう。

 テーブルに座る女の片方であるのだが……その、この世界では珍しい赤系統のウェーブの長髪だけではなく、姿も目を奪わせるほど歳の若い美女である。赤系統――はっきりした赤ではないのだ。色の濃い髪はこの世界に何人も居るのだが。表現しがたい何とも不思議な色なのだ。そして、白い肌の小顔に小さな鼻。青い瞳の少し吊った妖艶な目。

 一見、近寄り難い雰囲気を晒しだしているのだが、本人はそのつもりは無いのだ。ふとした時に起こる微笑みは何処か色っぽく、無意識に男達の心を掴むという、全くもって罪な美貌の顔であった。

 

 アズールのその隣に座る、長い三角型の黒い角を額に生やし緑頭を上に団子にした小柄の女は、会話の中では怠惰(スロウス)と呼ばれていた。

「歳を抜かされちゃったのね」と、アズールが言った事で思い出した。

 この女は20年前、"ルイちゃん"とアズールに呼ばれていた幼き子だった(...)者だ。あの頃と変わらず愛くるしかった顔は面影を残して若々しさを感じさせる。だが、その見かけによらず歳は三十路であろう片足入る所まで成長した訳だが、額の角が関係するのか。歳よりも若く……いや、少女と大人の半ば程の姿であった。幼き頃は素直だったと記憶するその性格は、どうやら一癖ついてしまったようだ。なんせ、神の前で"働きたくない"と言ったのだから。両頬杖をついて笑みを浮かばせ機嫌良くしている。


 その表面に座るのは、茶髪の癖のない髪を爽やかそうな男――嫉妬(エンヴィー)である。「(そら)」と、アズールは二人っきりの時に呼んでいた。男でありながら、はっきりした二重の目元が笑うと細まり、幼くも見える。その顔は愛想を振りまく、と言えばしっくりくるのか……何かが女心をくすぐるのだろう。この男だけが、神の前に集った女達と、楽しそうに話をしている所を幾度と見る気がする。


 テーブルに座る四人の最後は、この七日間まともに口を開かない濃い赤の短髪の男――憤怒(ラス)である。嫉妬(エンヴィー)の隣に座っているのだが、逆立った髪型とピリピリ神経を尖らせているような雰囲気が合わさり、いつも不機嫌そうに見えて仕方がない。名前の通り、怒りやすいのだろう。怠惰(スロウス)が会話に混ざらない事をちょこちょこと気にかけて呼ぶのに対し、「黙れ」と威嚇的に一言で済ませるのは、この七日で見慣れた事だった。




 そう――この七日。たったこの短期間で、この場に居ない者も含めて個性的な奴等が集ったものだと何度も思った。

 それと同時に、勢い良くなびいた一つの風に流されて、神の前をふらっと通り過ぎたのが間違いだったのだ、という事も。

 

 それまでは、契約も切れて暫く経つが未だに自由の身なのだ。と、神界で好き放題してたのだが……。


 思い出せば、まだ身が震える。


 大きな身体を見上げた先――神の顔がニヤッと、まるで悪魔の様に笑ったと同時に、儂は摘まれた。

 そして、そのまま甘い匂いのする(タネ)共々、神しか正体の知らない変な箱に押し込まれた。まさにポイッと、な。蓋をされては出ることも出来ぬ。

 その直後、箱の外から声が降ってきたのだ。

「代わりにしっかり見てくるのだよ」


 暫く、種と共にじっとしていると、暗い空間で懐かしい声。そして、知らぬ者達の会話が聞こえた。幾つもの異なる魔力に包まれた感覚に陥った。次に、神界で感じていた心地良い魔力を含む土が頭上からボトボトと振り注いで、掛け布団をかけているかの様な状況になったのだ。一日も経てば、芽の上にいた事で儂は明るい外へと押し出された。


 懐かしい声の正体はやっぱり合っていたのだが、如何せん儂は契約してない為に実体がない。つまり、透け透け精霊……いや、この世界ではただの霊となってしまった。声も届かなければ、気づかれることも無いし、魔法を使える訳でもない。だが、対象に狙いを定めると、その者が何を考えているのか心情が読み取れると分かった。憑依みたいなものだな。

 

 "見てくるのだぞ"

 その神の言葉は、きっとそのまま捉えて良い筈だ。

 この先に起こる強欲(グリード)を中心として始まる出来事を、儂は客観的に見届けようと思う。風に乗って神界まで届くといいのだが。


 ――神が戻って来いと言ってくれるまで。



 


「毒は外、蜜は内。」本編は、前作に出てきた鳥の精霊(ルーク)視点となっていきます。

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