集う光達に 0-2
「あら、お爺様? もう終わりましたの?」
「あ、あぁ、シルビか。送り出すのにも慣れたもんだな。それはそうと、下界に行かなくて良いのかい? 若造達が待っているだろう?」
「いつもは嫌だと駄々をこねるのに。急かすだなんて、変なお爺様ね」
「儂も孫離れする時が来たんじゃよ。ほれ、精霊業に行っておいで」
「そう? では、行ってまいりますわ」
神と孫の女神シルビの声。草原で見えない二人の会話が繰り広げられた。
暫くして静寂が訪れ、草を撫でる風が一つ吹いた。
風が止み、ポッ……。と、草の間から小さな光が浮き出て留まった。
「うふふ。もう大丈夫なの? 神様?」
「ホッホッホッ。バレたら怖いぞ。強欲よ」
まるで悪戯をしているかの様な、愉しそうな二人の声。
強欲――アズールの光は問うた。
「わたしに気付かないなんて、女神様は恋わずらいでもしてるのかしら? その調子だとこれからの事、知らせてなさそうねぇ。精霊……ふーん?」
「計画を、か? あの子を巻き込む事はお主でも許さぬぞ!」
(あらあら、孫の事になると怖いわねぇ)
茶化すようなアズールに返す神の声が、普段より低くなった。しかし、アズールの言っている事は間違っていない。神は先程のデタラメなやり取りも疑う事なく、楽しそうに降りて行ったシルビを少し複雑に感じてはいた。
「ふふ、悪気は無いのよ。わたし達はただ、"神のみぞ知る事"を決行したいだけ。こちらから女神様には手を出さないわ。ねぇ?」
アズールの光が問かけると、また一つ光が浮かび上がる。
ユラユラと左右に少し揺らいだ。
「ここに来るのは久しぶりだね。大変だったよ」
「嫉妬よ、久しいな」
「あれから二十年。予想より長くて参ったよ」
嫉妬――空の光が疲れた声で神に返した。
「褒美だ。転移の能力に少し手を加えてやろう。して、お主達二人が揃うという事は、集まったのか?」
「「イエス、マイロード」」
――すっかり仲が良くなったもんだな。
そんな風に神が微笑ましく思っていると、二つの光の後ろに五つの光が並んだ。
「此処が神様の空間?」「……」「そわそわしちゃう」「邪魔スルヨ」「フンッ」
――こやつら纏まるのか?
神は複数の個性的な男女の声に不安がよぎった。
「一人ずつ名を決めていくかの。それ、最初に言った奴一つ前に出ろ」
これも仕事なのだ……と神は乗り気ではない気持ちを抑え声を響かせた。
『……?』
神の言葉に七つの光は揺れはしたが、誰も発しなかった。
と、いうよりも。ほぼ同時だった為に最初が誰か分からないのだ。
「ええぃ、右側のやつ!」
(ん? 妾か)
呼ばれた右端の光が前に少し動いた。
「お主は何を志とする?」
「妾は必要とされる居場所を望む。何故、争わねばならぬ。何故、陥れられなければならなかったのだ……。余所者に操られる傀儡の王族など世には要らぬであろう? 妾の幼き頃から耐え続けた。たった一つの決断で、それが無になったのだ。あの者達に頭を下げるなど屈辱でしかない」
(余所者……。もし、わたしと空が転生者だと知ったらどうなる?)
アズールは静かな場に響く彼女の言葉の中で、ひとつの疑問を感じた。
――仕方ない、聞いてやるかの。
汲みとった神が問い出した。
「お主の矛先は王族か? もしこの中に転生者が居ても反旗をせぬと言えるか?」
「クスッ。確かに王族だけでは無い。中にいたとしても顔も知らぬのなら、妾の知った事ではない。疑う事を知らぬ家臣……媚びる貴族、豪族。妾を選ばなかった愚かな者達に、身の程を分からせてやりたいだけよ」
妾と言った声――女性は笑った後、吐き捨てるように少しばかり声を荒らげた。彼女は王族に関する者なのだろうか。それも位の高い位置。
神は彼女の過去を少しばかり覗いた。
――水の国の者か。
「お主の罪は欲深き地位への執着。気高き傲慢。それを忘れるでないぞ」
(分かっている。妾はただ認められたかっただけ……)
「イエス、マイロード」
傲慢と言われた女性は、自負の思いを込めながら応えたのだった。
――うむむ。全員は聞かなくてもいいかのぉ。儂の甘味タイムが減ってしまう……よし。
「傲慢よ、獣王を贈ろう。気高きお主には相応しいであろう? そして隣の男よ……竜人族か」
「……育っただけだ」
「憤怒と名乗れ。お主は王となりたいか?」
「ふっ。神であっても俺を縛り付けることはさせねぇ」
「独りを好む、か」
――集まるのは人間族だけでは無い、か。残された者としては罪深いのぉ。
神は昔の残劇を思い出した。亜人達が人間族によって迫害された過去だ。憤怒と呼ばれた男を憐れむのだった。
「して、隣の中の者よ」
「私?」
「そうだ。お主は此処に来るべき者では無いと思うがの?」
「っ!! 駄目!? 豪商が憎い。母様達が憎い……働きたくないのよ! 媚び売る生活なんてうんざり!!」
「働きたくない、か。お主は、この場の仲間と共に事を起こすのも煩わしいと申すか?」
「アハッ。それは無いよ? だって……居るんでしょう?」
――追っかけか。まぁ……それでも良かろう。
神は嬉しそうな口調の女の頭の中を覗き、止めるのは早々と諦めた。
「怠惰。お主は角がついてもいいか?」
「よし、認められた……。って、ふぁ!? 角!? どんな!?」
怠惰は突然の事に驚いた声を上げる。
「ちっとばかり悪さしたユニコーンが居ての。黒くしたら泣きつかれてな」
「角……はっ、角!?」
戸惑う怠惰の丸い光に、直線の日光が当たるような輝きが上から注いだ。
「戦える能力だ。ユニコーンの様な速さで駆けよ」
「イエス、マイロード……」
能力を授かった、その事で怠惰の頭はいっぱいになった。角を確かめようにも、今の姿は分からない。
集った七人は神の言葉を無事に聞き終わるまで、お互い顔を出さないと決めていたのだ。どんな環境だとしても皆が同じ位であると。まとめ役を買って出た、司祭の権を使った空以外は。
(マダカナァ)
「此処にはお前さんの好きな生き物は無いぞ。暴食」
「楽シクナイ。欲シイノ美味イ魔力……神力、イラナイ」
暴食と呼ばれた者は、拙い言葉で欲を神に訴えた。
「幾らでも後で得られるだろう。して、その隣よ」
「フッ。やっと僕の番だね?」
「色男……ゴホッ。いや、色欲よ」
「神よ、褒めの言葉をいただけるとは栄光です」
――こやつは質が悪いな。
神は知っていた。色欲は他人の悲痛に染まった表情を見る事で、自身の気分が最高に高まる事を。さらに人でありながら、真っ赤な血を見る事も美徳としていた。好むそれはまるで吸血鬼のようだと。
「罪深き者達よの……」
呟く神は、七人を責めるつもりはなかった。世界に広まる幾つかの本にも書かれている通り、神――テフもこの世界を作り出す前は、最高神に罪深き者として怒りを買っていたのだから。それぞれが持つ欲、感情は生きる物として生まれてしまう事なのだと。
「さて、傲慢、憤怒、強欲、怠惰、嫉妬、暴食、色欲……七つの大罪を背負う者達よ。逆の意味は分かるか?」
「誠実」「……寛容」「耐忍」「うっ……勤勉」「慈愛とか」
「ガマン?」「純潔など眩しすぎる」
神に問われた七つの光は口々に答えた。
アズールは(七つの大罪の逆は七つの美徳……)と頭に浮かばせた。
「そうだ。暴食よ。暫しの我慢も心掛けが必要だ。我が子達よ、事を起こすにしてもその事は忘れるでない。儂は神だ。この後は見守る以外の手助けは出来ぬからな」
世を創る神は善と悪を選んではいけないのだ。あくまでも中立でなければいけない。
――アレを起こすのは儂も数百年ぶりかの。
「強欲よ。儂の壺の新たな使い道を教えよう。それは儂の代わりになり、お主達の道標となろう」
儂の壺と言われてアズールは製薬に使う壺ではなく、銀毛の狐――精霊の首にかけている、小さな神様専用の味見の壺を思い浮かべた。
(あれの新たな使い道?)
「そうじゃ。大地の林檎チップスとなるものが食べられないのは残念だがのぉ。だいえっと、かの? それをするには都合が良い」
「何を作っても大地の林檎の種が出てきたのはこのせいだった、って訳なのね」
(確かに美味しいけれど)と、アズールは呆れ返した。
「アレは危ない……恐ろしく危険な食べ物であるぞ」
大地の林檎――野菜の一種ではあるが、薄くスライスして油で揚げると香ばしくなる。そして塩で味をつけると、自制しなければ止まらなくなるパリパリのお菓子。
それを無心で食べている時に
"お爺様。最近お腹辺りが立派になったのではなくて?"
不意討ちに言われたシルビの言葉が、神の深い心の奥に刺さり決心したのだった。
――いかん、こんな事を思い出してはならん。
「あの壺に七人の魔力を込めろ。そして――」
邪念を振りきった神は壺の使い道を話しだした。
この場にいた者は知らない。その後に続く柔らかな言葉の裏で、神の表情が
――遥か昔の悪に染まった神そのものだったことを。