神と光のやりとり 0-1
緑の広がる草。色とりどりの小さな花。
そんな草原とも言える明るい空間に、ひとつの光がぷかぷかと浮かんでいた。
その光の塊は、上から差し込む日の光を眩ばゆいと感じた。
大きなビル、ぶつからない様に避けて歩く人混み、雲のない青い空、手に持っていた携帯電話、目の前にあるティーカップ。思い出せるようで流れるだけの、断片的な場面の記憶しか浮かばない。自分の容姿、家族、関わった人を思い出そうとしても、靄がかかった様になるだけだった。
(自分は何者だろうか? 人だった気はするけれど)
そう思っても、手足もなく鏡も無く、確かめるすべは無かった。
「ここはどこ?」
高すぎない耳に通る声が響いた。
光の魂は、その声が自分から出たものだと自覚した。
「お目覚めですか? ここは世界を繋ぐ場所。これから貴女を新たな世界に送ります。人々に笑顔を、ひとときの安らぎを与えて欲しいのです。本来ならば赤子から始める所。今までと同じ女性として過ごしてくださいね。少々弄らせてもらいますが」
(あれ、似ている?)
頭の中に聞こえてきたその声は、光の魂が思った事と同じく、何となく似ている質だった。
説明された光の塊は考えた。
(事情は分からないけれど、今は魂? 新たな生として何処かへ送られるってこと?)
ただの草原に見える空間にぽつりと返事をしてみた。
「わたしは何をしたらいいの? 何をアナタは望む?」
「過ごしていく事で使命はその内に分かるでしょう。元の世界の言葉で言いましょうか。例えば、勇者という存在でも構いません。しかし、闘うことでは無くてもいい。平和な世界ですからね。巫女でも村人でも良いのです」
――勇者? 巫女? 村人?
(まるで、何処かで読んだ転生者の話に登場するような単語。あら、いつ読んだのだろう? どんな話だったかしら)
携帯の画面をスクロールしているような、いつの事なのか分からない記憶の断片が一瞬頭に浮かんで掻き消えた。
姿の見えない声に彼女は問うた。
「どの様な世界に?」
「我の作った魔法の世界。
国は3つ、砂の国、水の国、草の国
小さな魔力から個人差がある人族。それから戦闘に優れた亜人族。高度な魔力を持つ人族と契約し、生を共にする精霊族。本能のままに生きる魔獣。貴女は人族として過ごしてもらいたい。貴女には特別な器に入ってもらいます。前世の記憶は消させてもらいます。そして少しの間ここの事は忘れる様にします。まぁ、生活の知識位は残しましょう。そして、魔法とは別に生きる為の能力を3つ授けましょう」
「ここの事は消す?」
「始まりに戸惑うかもしれませんが、そのうち思い出させる様にしますよ。そこは心配しない様に」
(少しの間忘れる? 何か訳があるのだろうか?)
疑問に思った光の彼女は戻るならば良いのかも、と残る疑問を聞くことにした。
「特別な器って何? それに、能力とはどんなもの?」
「器については後ほど分かります。これ以上は話しません。能力とは、そうですねぇ。お伽話にあるような特殊な力とでも言えば分かりますか? 不老不死だとか最強武器を出す事だとか」
「転移だとか?」
これは思い出した記憶の話の一部だった。
(あら、これは魔法だったかしら? 能力はまた別?)
小さな笑い声が聞こえてくる。
「そうそう、その辺りはあやふやでね。詳しくは考えなくても良い。ただ、それは貴女の望みですか? まぁ、構いませんよ。武器でしたら形を。能力に関しては魔力を媒体にするので、具体的なイメージを頭に浮かべて頂けると叶えやすい。または、思いつく物は言ってみてください。読めてしまいますけどね」
(武器? 要らないわ。血なまぐさい事はしたくない。それならば、巫女? うふふ、わたしが聖女になる訳ないわね。慈愛に満ちた事をしている自分なんて寒気がする。それに、周りが騒がしくて面倒な気もするわ。そうねぇ、魔女なんて良いのかも。魔女って言ったら調合? 材料が分かるといいわ。それと、不思議な壺が欲しいかも。わたしみたいな初心者でも、簡単に扱える壺。道具も揃ってると良いのだけれど。甘い物も食べたいのよねぇ。その世界に何か楽しめるものはあるのかしら?)
一つ浮かべてはざっくりと切り捨てていく彼女。その思考は、穢れ無き少女の様な真っ白なものでもなく、逆の黒に近いものだった。面倒事は避ける様な気質だと伺わせる。
「鑑定スキルと製薬道具。何てものは、大丈夫?」
「ホッ……ゴホン、分かりました。ある意味、もっと欲深いと思った貴女の少し強気な性格は器に相応しいのかもしれない。製薬道具については鞄と壺で、どちらも空間に収納可能に。軽い取扱書を付けておきましょう。残りの一つはどうしますか?」
笑いかけたその声が、そこからは突然低くなった。まるで別人の声の様に。
(あら、2人居る? というよりも、貶された? 性格が何か関係があるの? まぁ、それはあちらに行けば分かるから良いわ。残り一つ……どうしようかしら)
「お悩みでしたら、こちらで決めてもいいのかな?」
決めかねた様子に声の主が再び問いかけた。
「えぇ」
「では、少し器のこともありますし、こちらで頃合いを見て届けよう。あぁ、貴女は砂の国に送ります。出生はオアシス村の遊牧民ピコ出身で。砂漠から村を守る習慣があるので、貴女の属性は火と風に。さて、これで此処での調整は終わりです。授けた力をどう使い過ごすかは、貴女の自由。新たな人生を楽しんで」
光の魂――彼女は(もう一つの能力は何か)と聞きたかった。
けれども、それは許さないかの様に、声の主は隙を与えず最後まで無理やり終わらせた。
彼女の視界が目を閉じるかの様に暗くなる。
「行ってくるがいい。オイシイモノを待っておるぞ。儂の可愛い――――」
能力を授かった彼女の光は、最後まで聞き取ることは無く、花の咲く草原の地に吸い込まれていったのだった。