私の暴想Ⅱ
「あーはっはっは、それ、むちゃくちゃ可笑しい。あんたやっぱり最高だわ」
「先輩、声が大きいです」
引き続き先程のファーストフードのお店でのことです。
私はなんとなくですが『さでぃすと』についての知識を得て、なんといいますか、心当たりのある事項を先輩に話した所でした。
「だって、ひまわりで花占いって、なにそれ。どういう思考の持ち主だったらそうなんのよ」
「違うんです。私だって初めはもっと小さな花で占おうと思っていましたよ」
私だっていきなりそんな大物を狙うほど器の大きな人間ではありません。ゆくゆくはお相撲さんが優勝した時にお酒を注ぐ杯のように器の大きな一人物になりたいとは考えてはいますが、今はまだおちょこ程度のものでしょう。
「それじゃどうしてこれまた突拍子もない事を思いついたのか、話してみんしゃい」
美咲先輩は眼をきらきらさせて話を聞き入っています。
なんだか遊ばれているような気もしなくは無いですが、説明を求められた以上答えなくてはなりません。
機嫌が良くなったことは喜ばしい事ですし。
「あのですね、協力を仰いだ相手がなぜ向日葵になったのかですけど……」
時期にして、七月の半ば頃だったでしょうか。
あの日の私は、せっかく転校したのにも関わらず、いつまでたっても彼に話しかけられない自分に嘆き、これから自分は彼と話しが出来るのかについて非常に悩んでいました。いえ、もちろんそんなのお前しだいじゃないか、と言われてしまってはそれまでなのですが、そうたやすく話しかけられたら苦労はしないのです。
そこで、私は古から代々伝わる花占いに頼ってみようと思いついたのです。
それを思いついたのは、数学の授業中のことでした。
相手が自分の事を好きなのかそうでないのかが花びらの枚数によって決まっている、なんて乙女チックな幻想は流石に私も抱いておりません。何故なら人間の 心理は『ある・なし』の二通りで表せるほど乏しくありません。
年の頃にしてもう十七、もっと複雑に絡み合った微妙な感情だってある事ぐらい、私も存じ上げ ております……存じ上げるようになったのはつい最近ではありますが。
とにかく、そんなあやふやな物はいくら綺麗に咲き誇る花弁だって判りはしないでしょう。ですが、自分が相手に話しかけられるか否かは文字通り二通りです。これなら可能。
これは我ながら良いアイデアだと思いました。
今日という日に確率の勉強を教えてくださった先生に感謝です。
私は早速放課後に校庭に赴き綺麗に咲いている花を探したのですが、なかなか見つからないでいました。今年は早くから夏の日差しが強く、汗が滴るような日々が続いていたせいで雨量が不足してしまっていたせいかもしれません。
花を付けそうな植物は殆どが元気なく萎れていました。
しかしせっかく思いついた妙案でしたし、そう簡単に諦めきれるものではありません。私は一輪でいいから咲いてはいないものかと学内を彷徨っていました。
そんな中、裏庭に周った私は元気に花開く向日葵の花を見つけたのです。
背丈が二メートルはあろうかという、それはそれは立派な向日葵でした。
ここからはなんといいますか、言い訳になるのですが、その日も日差しが強く気温が三十度を超えるような非常に暑い日でした。意識が朦朧としながらもひたすらお花を探していた私の目の前に現れた向日葵は、それはもう救世主のようでした。
これで花占いが出来る。私は喜び勇んで両手をめいいっぱい伸ばし花占いを始めました。
「話し掛けられる、話し掛けられない、話し掛けられる、話し掛けられない……」
しかしまぁ、向日葵の花びらの多いこと。
なかなか白黒ハッキリ致しません。
花びらが尽きる前に、私の方が眼を白黒させてしまいました。
「別に上手いこと言ってないからね」
「わ、分かってますよ」
すかさず先輩が突っ込みを入れてきました。
これだから先輩は油断ならない……。
「それに、確かひまわりの花ってあの大きな奴が一つの花なんじゃなくって、いくつもの小さな花が集まってるはずだけど」
「えぇっ!? そ、そうなんですか」
では、あの日の私の努力は、一体……。
「まぁいいや。んで、その後どうなったの?」
「まぁよくはないのですが……」
今更嘆いたって仕方がない、とあまり知りたくはなかった事実に嘆く自分を鼓舞しつつ、話を続ける事にしました。
「えっと、実はですね、その向日葵、教頭先生が個人的に世話をしていて大事に育てていたお花だったらしいんです」
通りで、あの向日葵だけ元気に花を咲かせていたわけです。きっと手塩にかけて育てられていたのでしょう。
「え、それまずくない?」
そう、非常にまずかったのです。
「当然後で裏庭前の軒下に呼び出されたのですが、その日たまたま雨が降っていまして……」
大事な向日葵の花を毟ってしまったのですから、先生のお怒りも尤もです。
私は当然のことと受け入れただただ平謝りしていたのですが、教頭先生が地団太を踏んだ瞬間足を滑って転んでしまったのです。
「しかも都合の悪いことに、その衝撃が地面に敷いてありましたすのこを、こうテコの原理で持ち上げてしまいまして、それで、私の右足がポーンと持ち上がったんです」
あわや先生の上に倒れこむ寸前に、なんとかバランスを保とうとしましたら……
「なるほど、右足が先生の上に着地してしまった、と」
「はい……」
「しかも運悪くその様子を誰か見ていて、その人から見ればどうみても教頭先生を足蹴にする篠崎氷菓の出来上がり、ってわけね……」
「はい……」
「あんたはつくづく面白い星の元に生まれたのね」
私はちっとも面白くないのです。
その後も先輩は、風に飛ばされて下駄箱の上に乗ってしまったプリントをモップで取ろうとして、通りがかった人の手を強打してしまった話などの私の恥ずかしいエピソードを聞くたびに大きな声で笑うのでした。
「そんなに、可笑しいですか?」
あまりにも楽しそうに笑うので、こちらは恥ずかしくて仕方がありません。
「いやー傑作。最高」
先輩はしばらくの間くっくっくとお腹を抱えて苦しそうでしたが、しだいに落ち着いてくると私にこう尋ねました。
「でも、氷菓。例えそんなエピソードがあって、尚且つどギツイ眼をしてても、常に丁寧語のあなたを『女王様』なんていうのは行き過ぎな気がするんだけど。何か他に思い当たることは無いの?」
「他に、ですか」
自分が女王様、なんていかにも偉そうな名前を冠する理由に思い当たることなんて……
「強いて言えば、同年代の男性に対しての口調でしょうか……いえ、でもこれは中学時代のクラスメートに『頼むからこれから命令口調で罵ってくれないか』と頼まれて以来慣れないながらも頑張って保ってきましたから、違いますね」
でもまだまだ慣れないんですよねぇ。色々な本や映画で勉強して、最近やっと形になったかな、と自分では思っているんですけど。
話を聴いた先輩は一瞬驚いた表情を浮かべた後やれやれと手を額にあてて、
「はぁ~」
と三度ため息を吐きました。
「先輩、どうしたんですか?」
先輩は髪の毛をかきあげ、ビシッとこちらを指差して言い放ったのでした。
「それだ!」と。