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僕の盲想Ⅰ

「あなたが、きらいです」

「……へ?」

 『そこ』で僕を迎えたのは、予想していたのとは真逆のベクトルを向いた一言だった。

 それは、健全な高校二年生の男子である僕、斉藤廻(さいとうめぐる)にとっての事実上の死刑宣告。

 しかも、僕側の意見は一切無しの、至極一方的な――



 夕日がオレンジ色に輝き、世界を朱に染める頃。

 つまりは夕方。

 夏休みが終わったんだから夏だって終わりかと思っていたのに、待っていたのは残暑という名のボーナスステージと、二期制になったことへの弊害の一つである夏休み後の期末テストだった。

 そんなゆとり学生にとっての大きな山場もやっとこさ終わり、そろそろ本格的に文化祭の準備が始まる、そんな九月の終わりの事だった。

 僕は普段ならば絶対に立ち寄らない体育館と雑木林の間に設けられたスペース、俗に言う『体育館裏』に来ていた。

 一通のとある手紙で学生という名の迷える仔羊にとっての聖地の一つ、『体育館の裏』に呼び出された僕を待っていたのは、不機嫌そうな一人の少女。

 彼女が発した一言は、男たちを海へと駆り立てた。世はまさに大海賊時代! ……な訳も無く、彼女が発した一言は、そう、冒頭の台詞だった。

 あなたに今朝自分の靴箱の中から桃色の便箋がはらりと落ちてきた時の僕の気持ちが分かるだろうか。いや、分かるまい。十七年という短いながらも辛く厳しい人生を歩んできた僕にとって、"それ"とのコンタクトはあまりに予想外にして突然、当然ながら初めての経験だったのだから。

 確かに広いこの世の中にはそういった(たぐ)いの書状が存在していることは知識として知っていた。しかし、"それ"は現実には目にすることの無い都市伝説(ゴースト)。もしくは二次元(フィクション)の中にだけ存在する妄想の産物のはずだ。

 『|体育館裏への呼び出しラブレター』だなんて。

 ましてや、一滴の女っ気も無い砂漠のごとき枯れ果てた人生を彷徨い歩いてきた僕には、一生縁のないと思っていた出来事だった。

 し・か・も、だ。

 差出人は二年への進級と同時に我が二年三組に転校してきた噂の美少女、篠崎氷菓(しのざきひょうか)さんだったのである。

 その容姿、腰まであろうかという長く手入れの行き届いた漆黒のストレートヘアーに、シャープな印象を受ける輪郭。その完璧なシルエットに浮かぶのは、つり上がった大きな瞳に、小さいながらも 意志の強さを感じさせる口元。身長は百六十に達しないくらいで、スレンダーながらも自らの性別をしっかりと主張すべき箇所は主張しているモデル体系という、文句のつけようの無い大和撫子なり。

 確かに僕は彼女の事を詳しく知らなかった。いや、正確に言えば、クラスメートとして半年の付き合いの中、まともな会話を交わしたことがなかった、と言ったほうが正しいか。

 というのも、彼女のかなり変わった男子への対応があったからなのだが。

 しかし、高校生活二年目にして始めて廻って来た浮ついた話だったのだ。

 色んなことを失念していても仕方が無い。いや、誰が僕を責められよう。

「……あの、聞いてます?」

 彼女がデフォルトの表情でこちらを見つめる。彼女は普段から小さな口元をキッと結んで、鋭利な角度に釣り上がった目尻で強く見つめる表情をしているのだ。要は、どう見ても睨んでいる表情が、デフォルト。

 しまった、いつもの癖で妄想ワールドに行ってしまっていた。

「あ、はい。聞こえました、ちゃんと……」

 思わず上ずった僕の声は語尾に向かって尻すぼむ。

 いや、そりゃ聞こえたけど。

 一体どういうつもりなんだ? 傍から見たら、まるで僕が彼女に告白をして、そんでもってあっさり玉砕したみたいにしか見えないぞ。

 いや……待てよ。冒頭の文を見返して欲しい。ここ、「きらい」がひらがなになっていて、「嫌い」では無い。ということは、まさか――

「あの、きらいってもしかして機雷のことですか? 機械水雷(きかいすいらい)の略で、水中に敷設され、艦船が接近又は接触したとき、自動または遠隔操作により作動する水中兵器の!」

 そうか、わかったぞ。実は僕の体内には未だ解明されていないオーバーテクノロジー的な爆発物質が内臓されていて、彼女はそれを僕に伝えに来た国家安全組 織に属する人間だったんだ。そしてこれから僕は兵器として、未知なる海底人との目くるめく争いの世界に投入されるのだった――みたいな。

 例えば、こんな風に……



 『アンタなんて、きらいなんだからねっ!』


「つまり、僕が行くしか無いんだね……」

 人類に残された最後の希望、原子力潜水艦ブラック・ノーチラス号の発令室で、僕は悟った。

「そんなっ! 廻が行く必要なんか無いよっ」

 僕の決意に氷菓は否定の言葉をぶつける。

 ――でも。

 もう、これしか方法がないのは明らかだった。

「行ってくれるか、廻」

 艦長は搾り出すように言葉を紡いだ。

 表情に、声に、悲痛と悔しさがにじみ出ていた。

「そんな顔しないでください、艦長、氷菓。これは、最初から分かっていたことじゃないか。僕が行くしか無いんだよ。僕はその為に"造られた"んだから」

「そんな悲しいこと言わないでよっ! まるで、自分が単なる兵器みたいに……」

「実際そうなんだからしかたがないよ。それにね」

 僕は下を向き涙を床に落とす彼女の頭を、そっと掌で撫でる。

「僕はこの艦に乗れて良かった。最初は僕が最終兵器だ、なんて言われてさ。なんで僕が、僕がいない世界のために死なないといけないんだーって、そんなの理不尽だ、って思ったさ。でも、今はそんな自分のことを誇りに思っているんだ」

 僕はゆっくりと彼女の頭から手を離した。

 彼女が、顔を上げた。

 考えてみれば、僕と同い年の彼女も世界の命運という、その細身にはあまりにも重すぎる責任を背負って僕をこの艦に引き入れたのだ。

「私は、例え世界が助かっても廻がいない世界に意味なんて見いだせないよ! そんなの、生きてても、しょうがないよ……」

「僕は、これまでの人生、悪くなかったよ。何よりも、氷菓に逢えたんだからね」

 僕は、自分の右手に埋め込まれた起動スイッチをカチリと回した。これでもう、後戻りはできない。

「お前との潜行、短かったけど、悪くなかったぜ」

「……この間は、ガキ扱いして悪かったな」

「そっ、それじゃあっ、ねっ……ひぐっ……ぐすん」

 戦友(なかま)達も口々に別れの言葉を口にした。

 そして、艦中の船員は各々頷きあうと、一斉に僕に対して敬礼をした。

「お前ら……ふっ、じゃあな。一足先に行ってるぜ」

 仲間たちの敬礼のトンネルを通り、艦外へと出るハッチの扉に手をかけた。

「じゃあね、氷菓。また違う世界で出会っても、きっとキミに恋するよ」



 なんというザ・セカイ系!

 ビバ、ラノベ的展開!!

 う~ん、少し主人公の性格があやふやかな?

 い や、それよりも設定的にここは実は彼女は国家氾濫を狙う悪のスパイで、僕との交流を経て正義の心を取り戻すと言う線も悪くないな……

 

 僕が脳内で新世界(トゥルーワールド)を構築していると、

「いえ、そうでは無く、女偏に兼ねると書く嫌いです」

 そんな幻想はぶち壊します! と言わんばかりに僕の妄想(イマジン)はぶっ殺された。

 そんなはっきり言わないで! 現実逃避だったんだから!

 とっさの冗談も真面目な顔で返されると非常に重苦しい。主に空気が。ちくしょう、誰か僕らの代わりに空気読んでくれよ。そして僕になんて書いてあるか是非とも教えてくれ。

 僕はせめてもの想いで、彼女に何故こんな事を行うに到ったのか、尋ねる事にした。

 もちろん何でいきなり、それほど交流のあるわけでもない|クラスメート|(属性:美少女転校生)からこんな酷い仕打ちを受けなければならないのかについて、だ。

 このまま黙って引き下がれるかってんだ。ここで引いたら男がすたる。

 ここは強気に攻めの一手だ。僕の脳内孔明さんもそう言ってる! 

「あの……聞いてもいいですか?」

「なんですか? 私、もう用事は済んだので帰りたいんですけど」

 彼女の鋭い目線に射すくめられ、僕の脳内危機管理部門はあっさりと攻めの姿勢から逃げの姿勢に転じるべきだと指示を飛ばした。これ以上は精神的に回復不能なダメージを負いかねないとのこと。

 っていうか、なんでそんなに睨むんですかあなたは。鋭いながらも大きい眼なのでもう、何か眼からビームとか発射しそうな勢いなんですが。

 いやいやいや、負けるな、僕。ここで逃げたら試合に負けて勝負にも負けるぞ。

 ……これを聞いたところでどちらかが勝ちに転じることもなさそうだけど。

「あの……それを伝えるためだけにここに呼び出したんですか? その、僕のことがき、嫌いだ、って」

 ふふっ。自分で言っても堪えるね、これ|(自壊率三十%)。

「そうですけど、何か?」

 ハッキリキッパリバッチリ、言い放たれました。

 あー、さいですか……ということは何?

 あなたはわざわざ放課後に呼び出して伝えなければならないほど、僕のことが嫌いである、と。

 全く記憶に無いんだけど、もしかしたら知らず知らずの内に彼女に無礼を働いていたのだろうか。

「あの、質問がこれ以上ないんなら、もうお暇したいんですけど」

 彼女は世界中探してもあと一人か二人ぐらいしか出来ないんじゃないかという、驚異的な目力で僕を睨んでいた。

 なんかもう視線による武力介入だろ、これ。さっきからまともに眼も合わせられないんですが。眼から放たれるトンデモ粒子が僕に向かってジリジリと照射されている気分。この未知の粒子をギロリと睨みつける粒子、略してGN粒子と名付けよう。

 僕が脳内軍師さんの指示を無視して行動し、予想通り彼女の両目から放たれるツインGN粒子砲に惨敗を喫し黙りこくっていると、彼女は

「では」

 と言い放ち、僕の答えを待たずして悠然と去っていった。

 それはそれは、威風堂々とした後ろ姿で。

 ただでさえ薄暗く風通しの悪いジメジメとした聖地に一人取り残された僕は、その場に立ち尽くすしかなかった。

 これがほんとの『キミの瞳に完敗』だ。

 ハハハ我ながら上手い上手い……って、誰が上手いことを言えと言った! 虚しさが募るだけじゃ!

 本当に、この一連の出来事は、一体なんだったのだろうか。

 約十時間前に下駄箱で紙切れを見つけたことから始まった、僕の高校生活の山場になるはずだった青春真っ盛り的なイベントはこれ以上無いってくらいにバッドエンドでスタッフロールを迎えた。僕の希望に満ちた十時間を返して欲しい。

 太陽もお役ごめんと言わんばかりに顔を隠し、辺りはますます暗くなってきた。半袖の腕に当たる風も次第に冷たさを増す。

 寒い……身も心も。

 家へ帰ろう。そして家に帰ったら不貞寝をきめ込んでやる。そしたらもしかしたらこれは夢ってことになっているかもしれない。

 そうだ、これは夢なんだ。

 ナンダー、シンパイシテソンシチャッター。ハッハッハ……はぁ。

 僕は少しの間呆然と立ち尽くしていた聖地、体育館裏を後にした。

 聖地だって。ここが聖地? 聖地|(笑)の間違いなんじゃないの。最低でも僕にとっては処刑台でした。

 とぼとぼと校舎に向かって歩き始めた時、がさごそと物陰からワガハイがのっそりと現れた。

 ワガハイは猫である。犬じゃない、のは見たら分かる。

 ワガハイは、この学校に住み着いている野良猫だ。かなり昔からいるらしく、もう大分お年寄りのはずである。

 確かに猫らしい俊敏さは皆無だもんな、こいつ。大体日中は中庭のベンチで日向ぼっこをしているし。

 そのワガハイじいちゃんは僕を哀れんだような眼で見たあと、これまたのっそりと暖かな場所を探して去っていった。

 なんだよ、こっち見んな!

 くっそぉ、ね、猫に同情されてしまった……。

 僕がやり場のない思いを持て余していると、

「あ、ワガハイこんな所にいたー」

 突然後ろから聴き慣れた声がした。

 驚いて後ろを振り返ると、そこには見慣れた顔が体操服姿で立っていた。

 ワガハイを探して現れたのは、幼馴染である奄美翔子(あまみしょうこ)だったのだ。

 こいつとはお互いの家が近く、学力の方も似たり寄ったりだったので高校まで同じ、更に今年はクラスも同じという、言わば腐れ縁だ。

「もう、探したんだからね……って、あれ? 廻、こんな所で何してんの?」

「いや、何って別に……」

 それは聞いちゃダメー! 

 今それは僕的トラウマランキング堂々の第二位に輝いたんだから!

 僕がとっさの事に上手く対応できず目を泳がせていると、翔子は普段と様子の違う僕の様子に訝しげな表情を浮かべた。

「……だって、廻がこんな所に居るなんて変じゃん。今日は部活も休みだし、いつもならとっくに帰ってゲーム三昧でしょ?」

「べっ、別に俺が放課後にどこにいようがそんなの勝手だろ」

 別に告ってもいないのに振られたりだとかしてないんだからねっ!

 ……自分で言ってても悲しくなってきた。

 そんな明らかに狼狽している僕の様子に、翔子はさらに不信感を募らせたようだ。ジトーっとした眼で僕を見つめる。

 こういうのは、先に眼を逸らした方の負けなのだ。……頭では分かっていることを実行できないことって、良くあるよね?

 僕はご多分にもれず、翔子の目線に耐えかね急に体育館の塗装が気になったふりをした。あー、あそこが少し剥げてるなー。

「……なんか、怪しい」

 誤魔化そうとすればする程どつぼに嵌まる、そんな悪循環に腰まで浸かってしまっていた。いかんいかんこのままじゃ抜け出せなくなって最後には全部吐露する羽目になる。何とかしないと。

 しかし、普段の生活パターンを知られている相手への言訳は非常に難しい。ここは逆に質問という切り抜けテクニックを使うとしよう。

「翔子の方こそ何やってんだよ。部活はどうした」

 僕は平静を装い、キリッとした表情|(だと思われるもの)で聞き返した――のだが。

「もう終わったよ。今日から部活終了時刻早くなるって、先生言ってたじゃん」

 聞いてなかったの? とあきれたような表情で言い返されてしまった。

 そういえば、そんなことも言っていたような気がしないでも無い。

「あたしは、ワガハイにお弁当の残りを分けてあげに来たの」

 翔子はそう言うと、得意げに鞄から弁当箱を取り出し、僕に中が見えるよう蓋を開けた。中には確かに少しおかずが残っている。

 翔子が弁当箱をワガハイの前に差し出すと、ワガハイは凄い勢いで食べ始めた。

 そういやおばさん、料理上手だったもんな。冷めても猫なんかにゃもったいない。

 もくもくとあまりものを食べるワガハイをしゃがんで見つめ、翔子は嬉しそうに顔を揺らしている。短めのポニーテールがそれに合わせて左右に揺れた。大きめの瞳が細く孤を描いている。

 部活の後にこんな事してたんだな。長い付き合いだが全く知らなかった。

 そういえば、こいつ意外と男子に人気があるという噂を聞いたことがある。確かに性格は明るくて誰とでも分け隔てなく話すし、面倒見も悪くない。見た目の方も、高校二年しては大分幼い感じも残っているものの、くりっとした眼をしていて、可愛らしいと表現できなくもない。運 動神経も抜群で、いまや女子ソフト部のキャプテンを務めている。

 僕だって昔は「しょうこちゃんとけっこんするー」とか口走ってしまった気もする。

 しっかし、胸はぺったんこだし家事全般まるでダメ。そもそもずぼらなのだ。こいつと結婚する奴は主夫になった方が賢明だ。料理をさせたら家が火事になりかねん。

 などと、もし相手に伝わったならば間違いなくボコボコにされるような事を考えていると、翔子は突然こちらを振り向いた。

 何だか珍しく真剣な顔をしている。

「で、告白はうまくいったの?」

「はいっ!?」

 思いがけない一言に、思わず声がひっくり返る。

 いいいいい一体何を言い出すんだこいつは。

 誰が告白をしたって? え、そもそも告白って何。おいしいの?

「だって、それ以外に廻がこんな所に居る意味がわかんないんだもん。廻が告白『される』なんてありえないし」

 いや、そうでもないぞ。なにせ今さっき俺は告白されたんだからな!

 ……嫌いだ、って。

「そっ、そんなわけないだろ」

 先程よりも努力しないと平静を保てない。自分の口蓋がひくひくと痙攣するのが分かった。

 頑張れ、僕。

 こいつにあんな恥ずかしい事実を知られた日には一生会うたびにネタにされる。

 僕が顔面神経を操作することに全力を傾けて表情を固めていると、こちらを見ていた翔子が口を開いた。

「ふーん、言いたくないならいいんだけど」

 大分力の入った「ど」でしたね、翔子さん。

 そう言いつつも、なんだか納得いかない表情だ。

 僕は気まずくなって再び眼を逸らしてしまった。

 なんだよ、今日は。厄日か。

 しばらく沈黙が続いた後、翔子は突然立ち上がると、こちらに背を向けたまま言い放った。

「ほら、幼馴染としてそういうところぐらい把握しておきたいじゃない? 別に変な意味じゃないんだよ、本当に!」

 なんでそう語尾を強める。今の女子高生の流行り?

 僕が黙っていると、さらに翔子は捲くし立てる様に続けた。

「あ、あとね。最近恵理(えり)ちゃんに聞かれたの。『まさかとは思うけど、廻に彼女いたりとかしないよね』って」

 いるわけないのにねー、と勝手に僕のプライベートを代弁し、はっはっは、と悪役のように笑った。

 そりゃあいないけれども! えぇ、事実ですが何か?

 ちなみに恵理ちゃんとは、僕と翔子共通の幼馴染にして悪友の、一個上の先輩の事だ。今は違う高校に通っているため僕とはほとんど接点が無いが、翔子はたまに一緒に遊んでいるらしい。

 それにしても、今日の翔子は少々しつこい。

 こうなったら切り抜けテクニックその二・相手よりも大きな声で反論、だ。

「だ、か、ら、本当になんでもないんだって。なんとなーく体育館の裏に行きたいなーってそんな気分だったんだよ」

 嘘だけど。

 畳み掛けるようにして僕は苦しい言い訳を続けた。

 本格的に寒くなってきたし、ほら、もう下校時刻だ。帰らないと。

「大体俺に好きな人が出来た、なんて噂聞かないだろー?」

 適当に誤魔化そうと口にした一言に、翔子は僕に背を向けたままボソッと

「……篠崎氷菓」

 と応えた。

「ほうっ!?」

 思わず意図しない声が口から漏れる。いっ、いかん。れれれれ冷静になれ!

 僕は適当に蹴った石が野良犬にでも当たった気分だった。痛恨の台詞選択ミス。

 でもなんで? ある意味大当たりなんですが。

「最近、授業中もずっと廻のこと見てるし、なんかあったのかなって」

 そうか~そうやって僕への恨みを募らせていたのか。そしてとうとう今日爆発したんだな。

「それはないよ、彼女だけは、絶対」

 僕は、そうハッキリと言い切った。なにせ、本人から聞いてしまったのだ。

 そういう意味では、今日の唯一の収穫だ。この事実だけが。悲しいことに。

「……本当に?」

 翔子は珍しくその場でもじもじとしながら、伺うようにこちらを振り向いた。

 やっぱり幼馴染同士とはいえ、いや、幼馴染同士だからこそ、こういった話題には少し照れが入ってしまうみたいだ。

 なにせ、お互いがお互いに、物心が付いた頃から一緒にいるわけだからな。たまに自分でも忘れていたことを突然話されてビックリするくらいだ。

 僕は翔子に感化されたのか、さっきとは違った感情に突き動かされて顔を逸らした。この時僕の頬が少し赤かったとしたら、それはきっと夕陽のせいだ。

「うん、絶対ありえない」

 そう言うと、僕の気持ちを分かったのか分からなかったのかは知らないけど、翔子は納得したみたいだった。

 とっくに弁当を食べ終わっていたワガハイは、こっちを胡散臭そうな眼で見つめている。お前、言うなよ。

 翔子は弁当箱を仕舞って立ち上がると、それまでの少し気まずそうな雰囲気から普段の様子に戻っていたみたいだった。

「分かった。廻を信じる」

 そう言うと、かれこれ十数年見てきた笑顔を僕に見せた。

 こいつは、笑顔の時だけは悪くない。

「そうそう、信じてくれい」

 僕は半ばやけくそに頷くと、少し肩をすくめた。

 ま、そもそも絶対ありえないって僕が言うのもおかしな話なのだ。ありえないのは彼女にとって僕が、なのだが……。あ、なんか虚しさがぶり返してきた。

 翔子は僕の返事に満足したのかへへっ、と笑うと

「じゃあ、久しぶりに一緒に帰ろっ。あたし、着替えてくるから先に校門で待ってて」

 と言い放ち、僕の返事も待たずに行ってしまった。

 なんだ? 僕の周囲の女性は僕の意見は無視ですか、そうですか。

 まぁでも機嫌が直ったようで、良かったよ、全く。

 既に太陽は重力に引き寄せられるかのごとく水平線へと落ちて後で、体育館の裏は真っ暗になりかけていた。

 僕は独り、鞄を取りに教室へと戻った。

 今日は本当に疲れた……身も心も。さっさと帰ろう。部屋に辿り着いたら、どこぞの泥棒よろしくベッドへダイブだな、こりゃ。

 残念ながら、ベッドの上で僕を待ってくれているのは使い古したタオルケットなんだけどな。

 なんて考えながら。

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