~六話~記憶の迷宮
結論から言うと、湊人は迷った。もちろん道の話では無い。そもそもここは来たことが無い。それを迷ったというのだろうが、それ以上に脳の奥底に眠る真実を知るかどうかについて、迷っている。ふと思い出そうと記憶を探ると、涙が出て来そうになるのだ。兄は、恋人はどうして死んだのか。どうして殺してしまったのか。『分からない』のでは無く『解りたくない』のかもしれない。そして数分の悶絶の後、結論の先送りを脳内会議で決定し、再び森という名の迷宮を歩んで行く。
「どこなんだ・・・ほんと本当に異世界的な所に来たのか?」
岩場で小鳥と戯れながら考える。口に含むミネラルウォーターがここまで美味しいと考えたのは、いつ以来だろう。日本ではこんな種類の鳥は見たことが無いし、歩く図鑑だの国語辞典だのと言われた自分も知らぬ植物の溢れる森何て聞いた事は無い。もしここが異世界と言うのならば計画は成功だが、あまり実感が無い。それにここで一旦、兄や恋人の死について考える必要が出て来る。痛い頭の中を漁り、真実を探そうと踏ん張る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
△詩織サイド▽
「ご、ごぶっ・・・えっ?」
「ゲヘヘヘヘヘヘヘ」
緑色のそれ・・・つまりゴブリンは二体居る。本来なら漫画級の黒刀で斬る事は出来るだろう。ただ今は目の前の光景を受け入れられない拒否感と、何かを斬るという恐怖から動けないでいた。
「ゲハッ!」
「ゲッゲゲッ!」
訳の分からないコミニケーションをしたゴブリンはこちらに近づくと、イノシシの肉をむさぼり始める。
「グハハハハハハッ!」
「グェッ!」
あざ笑うかのように会話するゴブリン。それに対する苛立ちで正気に戻る。簡単な選択肢を提示するとすれば、斬る、と逃げる、である。前者は間違いなく実行不可能だろう。今は刀を抜ける気がしない。逃げる。しか既に選択肢は無い。荷物を持ち、右を向き、自分の最高速を出す。あっと言う間にゴブリン達は緑色の点へと変わってしまう。さすが運動部。
休憩を兼ねて色々考える。まず考えたのは、これが夢であるかについて、である。森の匂いを肺一杯に吸い、それを否定する。そもそも自分は夢を憶えていない事が多いという事もあるが、夢で森の匂いや・・・血の匂いを再現出来ないだろうと結論付ける。夢だって万能では無い。それでは、これはオカルト系でよくある転生やら転移であるか。もっと無いだろう。自分は何かした覚えは無いし、そんな事が本当にあるのならば世界で行方不明者続出である。どこかに連れて行かれたか、神隠し的な何かか。それを知る為にもどこかに拠点を作る必要があるかもしれない。食物は狩れるし、ゴブリンにさえ気をつければ生活は出来るだろう。生きても意味は無い。私は最も大切な約束、人を殺めてはならない事を破った。だが、死ぬ理由も無い。だったら精一杯足掻いてやろう。と、思う。ここで死ぬのは何かに負けた気がする。自分の本能が許さず、心のなかで暴れる。ゴブリンが何だって?
「グハァァァァァァァァァァ!」
「噂をすれば、か。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
△黒崎サイド▽~過去~
俺が何故親を殺したか。少し話しておこう。親と言っても、俺は離婚した時に母側に着いたのだが。母は病弱で兄からの仕送りで肺炎の治療をしていた。兄に比べ、俺は駄目な奴だったと思う。不良に堕ち、きっといつも母の悩みの種だったと思う。涼矢という奴とグルになり、数人の仲間と『拳弍天』何て言うグループを作って喧嘩しまくり、気づいたら数百人規模の不良グループになっていて俺は副長になって総長の涼矢と他のグループと喧嘩を繰り返していた。この頃きっと兄も母も諦めていただろう。もう、俺も後戻り出来なかった。
「涼矢、俺バイトやりたい。」
「いいんじゃねーの?しばらくオイラに任せて親孝行して来いよ!」
「・・・ありがとうな。」
「黒崎先輩!頑張ってください!」
「俺等だって親孝行ぐらい出来るって事証明してくださいっす!」
「「「拳弍天バンザーイ!」」」
「お前ら・・・。」
涼矢もこいつ等も仲間だ。俺の親の事を知ってたらしい。一ヶ月の休みで時給の安いコンビニだが、少しでも親孝行になるだろうか。俺は一礼するとアジトを出た。
「いらっしゃいませ!」
「黒崎君けっこうやるね~始めの頃は不良児入ったかと・・・一ヶ月契約なのが残念な位だよ~。」
真面目に働いたら時給も少し上がり予想よりお金を渡せて母に喜ばれ、兄はかなり驚いていた。俺も少し残念だがこれ以上あいつらを待たせたくは無い。喧嘩が一区切り付いたら、頼み込んでみよう。何ヶ月かに一回バイトしてやりたい、と。あと二日だが、アジトに寄る事にする。
「おっ!黒崎先輩!あと二日っすね!」
「ああ。出来ればもう少しやりたいがな・・・。」
「ブルーケイとの喧嘩が終わったら、また一ヶ月やればいいじゃないっすか!別に俺たちだって黒崎先輩の事ぐらい分かりますって!」
「そうだぜクロ。俺等は何時でも待ってるからよ!」
「涼矢・・・お前ら・・・。」
「へへっ!」
「母さん、兄貴、ほいっ。金。」
「まさかお前がバイトとはなー変わるもんだな。」
「ありがとうね。兼碁。ほんと変わるわねぇ~。」
「う、うるさい!」
「フフッハハハハハハハハ」
「やっぱり変わらないかしら?」
病院で数年振りの家族団欒とは、色々皮肉だろう。昔も父はこの輪にいなかった。父はいわゆるDV男であった。しかしいつしか幼い俺は父より強くなり、それをきっかけに離婚が成立した。確か小学校四年生の時だったと思う。俺は父を超えていた。ただ家でゴロゴロし、母に暴力する事しか動いていない父と違い、強くなりたい、母を守りたいと思い、体を鍛えてきた俺の筋力は大人のそれを僅かにも超えていた。兄は母を喜ばす為に勉強に力を入れていた。そんな兄が居たから母は頑張れたそ俺は思うのだが、兄は母を開放してあげたのはお前だろう。と言い張る。俺は父と母の離婚後グレていったが、兄は良い大学に行けた。母はかなり喜んだだろう。この日々がいつまでも続けば良かったのに。