第1章 片手剣シューティングスター ~その5~
「どう見ても、2人で倒せそうにないんだけど」
「あれ? おっかしいなあ」
「ちょ……」
老婆に頼まれた花を摘みに、メイアの先導によって訪れた現場には、いかにも手強そうなモンスターが待ち構えていた。
メイアが頭をかいて誤魔化すのを、俺は白い目で見遣る。
「まあ、そんなに簡単じゃないと思っていたけど」
希少な武器を入手するためのクエストだ。
この状況はある程度、俺は予測出来ていた。
しかし、対策までは考えていない。
なぜなら始めて見るモンスターだからだ。
「ここは白鳥の騎士の腕の見せ所よ?」
何か作戦が思い浮かんだらしいメイアだが、俺は悪い予感しかしなかった。
女子が男子を持ち上げるときは、だいたい厄介事を押し付けるときである。
「スワンがモンスターを引きつけているうちに、私が花をゲットするわ!」
「やっぱり!」
俺は肩を落とした。
実際、その作戦は理に適っているのだ。
ここでの目的は花を入手することである。
モンスターを倒すことではないのだから。
「帰還アイテムはあるでしょ?」
「そりゃあ、持ってますけど」
「合図したら使って」
どうやら俺に拒否権はないようだ。
『帰還の呪符』
そのままのアイテムだ。
帰還の魔法が封印された呪符で、これまた結構値が張る。
しかし経験値ロストのことを考えると、ここでケチるのは間違いだ。
レベルが下がればスキル上限も下がってしまう。
一気に弱体化してしまうリスクは避けなければならない。
「じゃあ、突撃して」
あまりに無慈悲な指示を、メイアは躊躇なく出した。
渋々、本当に渋々俺は前に出る。
ストーンジャイアント、それがまるで花を守護するように立ち塞がっているモンスターだ。
通常のジャイアントより一回り以上も大きく、その強大さだけで押し潰されそうな感覚に陥ってしまう。
「むうう」
呻き声を出しつつも、俺は騎士らしく敢然と立ち向かった。
ストーンジャイアントもこちらを認識し、ターゲットを合わせる。
無事に?
俺はストーンジャイアントを占有することができた。
まずは片手剣を振るい、軽くダメージを与える。
「ぐ! 重い……」
ストーンジャイアントが持つ棍棒の一撃を俺は盾で受け止めたが、ずっしりとした重みで体が地面に陥没したかと思った。
アバタ―だから何ともないが、現実の肉体なら所々悲鳴をあげているだろう。
幸いにして、そこまでエターナルワールドは再現されていない。
すぐさま俺は次の行動に移った。
「シールドストライク!」
まずは盾スキルを発動させる。
このスキルはわずかな時間だが敵が気絶する効果があった。
そして一呼吸置いた後、今度は片手剣スキルを発動させるべく愛剣を構える。
発動条件は待機時間のみ。
時間が経てば、何度も放てるのだ。
「ソードブレイカー!」
いくつか使用できる片手剣スキルで俺が選択したのは、単純に攻撃力が高いものだった。
ストーンジャイアントは、その名前からして堅固だ。
特に属性を考慮せず、攻撃力を追及した理由である。
「全然HP減らないな」
ソロでクリア可能じゃなかったのか?
聞いていた事とまるで違い、俺は少し動揺するもストーンジャイアントのヘイトを稼ぎ、十分にタゲを確保した。
「オッケー! 花ゲットしたよ」
俺の耳に呑気な声が届いた。
花を入手できる場所に目をやれば、すでにメイアは帰還用のアイテムを使用している最中だ。
あと少しすれば、ティンタジェルに帰還できるだろう。
「よし、俺も」
用事は済んだ。
急いで俺はウインドウを開いて帰還の呪符を選ぶ。
効果が発動するまで身動きできず、ストーンジャイアントの攻撃をまともに浴び続けた。
それによって、アイテムの使用が中断されることはない。
もともとの防御力も高いため、効果が発動するまで俺のHPが0になることはない……。
ついに帰還の呪符の効果が現れ、俺の体はティンタジェルに戻った、と同時に死んでいた。
ラグのせいか画面が切り替わったあとも、ダメージを喰らっていたようだ。
「マジかあ……」
心の中で俺は呟いた。
しかし、ここは街中のクリスタルポイントである。
きっと優しいプレイヤーが、リザレクション(蘇生)の魔法をかけてくれるはず。
それにパーティメンバーのメイアもいる。
きっと彼女が神聖魔法の使い手を探してくれる、はずだ。
俺はそう信じて待ち続けた。
だが、道行く人々は誰も俺のことなど気にかけない。
昨日のメイアとの一件で、俺が他のプレイヤーから避けられているのを知ったのは、しばらく後のことである。
まあ、それも少しの間のことなのだが。
ほどなくして、ようやく俺に声をかけるプレイヤーが現れた。
「スワン、どうしたんだ?」
それは須田、エターナルワールド内ではダイスという名の男だった。
どうしたんだ?
と問われても死んだ状態の俺は話すことができない。
ダイスは魔法職で神聖魔法スキルの持ち主だ。
神聖魔法はHPの回復、状態以上の治癒、そして蘇生ができた。
団体戦において、とても重要な存在である。
だから俺は腹の底で、さっさとリザレクションをかけてくれ!
と叫ぶ。
話はそれからだ。
「仕方ない。友達のよしみで蘇生してやろう」
ダイスは杖をかざし、大仰に魔法を唱える。
ウインドウからリザレクションを選ぶだけだろ。
そうツッコミたかったが、今の俺には無理だった。
しばらくすると俺の体は輝き始め、リザレクションの魔法が完成する。
ごく微小ながらも、HPが回復し俺は起き上がった。
「ありがとう、ダイス」
「これが回復職の役目だしね。それよりも死んだ状態でクリスタルポイントに現れるとは、スワンも器用なことするなあ」
「俺もそう思う」
情けないやら恥ずかしいやらで、俺は顔を背けてしまう。
おかげで蘇生してもらえたのだから、文句はないのだが。
あの場で死んでいたら、ペナルティを受けティンタジェルに戻ることになっていただろう。
バギンズ達のように。
そうならずに済んで良かったのだ。
「例の片手剣のクエストを進めていて、そうなったのかい?」
「まあ、そんなところだ。ストーンジャイアントという強敵に出くわしてな」
「様々なものが、どんどん実装されていくね」
右手で顎をさすりながら、須田ことダイスは思案顔になる。
「いよいよ、城の争奪戦が本格的になるのかもしれない」
「そのために、強い装備を実装したと?」
「うん。今、スワンが血眼になっている片手剣だって、恐らくそのために実装したんだと思う」
「攻城戦か」
バギンズと話した際にも出てきたが、攻城戦という単語には新鮮な響きがあった。
言われてみれば城の設置と、強力な装備の出現のタイミングを考えれば、ダイスの言い分は筋が通っている。
俺のように特定の個人に勝つため、と考える方がおかしいのだ。
片手剣シューティングスターを首尾よく手に入れたら、攻城戦に参加する義務が発生しそうで怖い。
「しかし、今の俺にはフラワーに勝つことしか考えられない」
「別にいいんじゃないか? それで装備が充実すれば、戦力アップに繋がる」
「ふむ、そうか」
ダイスのこういう発想に、俺は常々感心させられる。
学校の成績が良いだけのことはある。
ゲーム中に、あまりリアルの事を考えたくないが。
「じゃあ、僕はそろそろ落ちるよ」
「ああ、おつかれ。蘇生のお礼に、何か食事を送っておくよ」
俺は食事の合成スキルをを上げていた。
一番簡単に上がるし、それなりに需要があるからだ。
ダイスと別れたあと、俺はマップでメイアの位置を確認する。
すでに貧民街にいるようだ。
蘇生したばかりの俺は瀕死の状態で、動きが遅い。
街の中は安全圏で、モンスターやプレイヤーに襲われたりしないから、問題無いのだが。
「何で瀕死状態なのよ?」
合流したメイアの開口一番がこれである。
神聖魔法の使い手を探してはくれなかったのか。
ダイスが現れなかったら、ずっと俺は死んだままだったのか……。
「ギリギリで死んだ、もしくは死んだあとでアイテムが発動したみたい」
「あっはっは! 運が悪いねえ~!」
「いや、笑う所じゃないだろ」
誰のせいで、こうなったと思ってるんだ。
全く自覚のないメイアに、俺は非難の目を向ける。
「まあいいや。じゃあ、これ渡しておいで」
メイアは俺の目など気にする風でもなく、『花』を俺にトレードで渡した。
このまま睨んでいても無意味なので、クエストをクリアしに再び古臭い木造家屋に足を踏み入れる。
「婆ちゃん、これ」
よく考えれば無言でトレードすればいいのだが、俺は話しかけていた。
「おお、これじゃこれじゃ。よく見つけてくれたの。代わりに、これを持っておゆき」
老婆は俺に手を伸ばす。
その手に触れるとアイテムを入手できた。
田舎の在所で婆ちゃんからお年玉をもらったときのことを、俺は思い出してしまった。
堪えきれず、涙が溢れてしまう。
「お婆ちゃん……」
俺が語りかけても、返事はない。
当たり前だ。
しかし俺はその場に少しの間、思い出に浸りながら立ち尽くしたのだった。