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第1章 片手剣シューティングスター ~その4~

 ログインするなり、メッセージが届いた。

 メイアからである。


「そうか。フレンド登録したもんな」


 フレンド登録すれば、その相手がインしているかどうかわかるのだ。

 もちろん、それが煩わしくなり姿を隠すことも可能だった。


 しつこい男性プレイヤーを避けるために、女性プレイヤーがよくそうしている。

 これはVRに限らず、どのMMORPGでも避けては通れない問題かもしれない。

 男女の関係は、複雑なのだ。


「お! 来た来た」


 手招きをして俺を呼ぶのは、言うまでもなくメイアである。

 待ち合わせはティンタジェル大通りの競売所の前。

 プレイヤーの往来が多いが、一番わかりやすい場所だろう。


 リアルでも女子と待ち合わせしたことがない俺は、妙に緊張していた。

 ゲームなんだから、と心の中で言い聞かせても落ち着かない。


「はい、3万エレクトロン」

「は?」


 容赦なく金を請求し、右手の手の平を突き出してくるメイアに、俺はポカンとしてしまう。

 いきなりそんな事を言われても、訳がわからない。


「必要なアイテムのうちの1つが、競売所に出品されていたのよ。それを競り落とすのに3万エレクトロンかかったの」

「ああ、そういうことか……」


 どこか釈然としないものの、俺は大人しく3万エレクトロンと、その必要なアイテムとやらをトレードした。

 確かにクエストをクリアする時間は短縮できる。


 これは割と重要なポイントだった。

 中学生の俺はずっとインすることは出来ない。

 手順を簡略化できるところは、そうすべきなのだ。


 そういう意味では非常にありがたかったが、なるべくなら自分で落札したかった。

 第一、本当に3万エレクトロンだったのか?

 あとで履歴を確認しておこう……。


紫水晶アメジスト? 鉱石だな」


 このとき、俺は嫌な予感がした。

 が、あえて目を逸らすことにする。


 鉱石系のアイテムは採掘をすることによって入手できるが、現段階ではその場所が限られていたし、種類も少ない。

 これからのバージョンアップで、どちらも増えていくのだろう。


 そんな中アメジストは、かなり希少レアな部類の鉱石なのだが、金策のために市場に流れることが多い。

 トリガーアイテムになると知れば、後々、価格は高騰するに違いなかった。


「じゃあ、早速クエストを受けに行きましょう!」

「わかった」


 言われるがままに、俺は首を縦に振った。

 何も知らされていないため、メイアの指示に従う他はない。


「まずはアイテム取得クエストの方からかな」


 ここでメイアは俺をパーティに誘う。

 パーティを組んでおかないと一緒にクエストを受けられないし、モンスターとの戦闘も占有の都合で一緒に戦えなくなってしまう。


 俺は迷うことなくパーティに参加した。

 2人きりのパーティで、そわそわしてしまう。


「別にデートじゃないんだから」

「はい……」


 考えを見透かされたのか、はたまた俺の様子がおかしかったのかメイアに窘められてしまう。

 リアルのスキルも必要だな。


 パーティを組むと、マップに他のパーティメンバーのマーカーが記されるのも便利だった。

 これで、はぐれることはない。


「アメジスト以外の2つのアイテムも鉱石なんだけど、今のところクエストでしか手に入らないの」


 早速メイアがパーティチャットを使用する。

 チャットといっても声で、パーティメンバーにしか聞こえないため、傍からは口パクしているようにしか見えない。


 ちょっと怖い光景だ。

 しかし他のプレイヤーに聞かれないため、安心して内緒話ができる。

 他人に聞かれて不都合な話というのは、ゲームでもリアルでも十分に有り得るのだ。


「ということは、競売に出品していないのか」


 少々、俺は残念だった。

 クエストをクリアするのが面倒臭い。

 俺でもそんな心理が働くときがあるのだ。


「そもそも、クエストをクリアしていない人が多いはずよ。最近実装されたばかりだから」

「あ! そうか」


 そりゃ市場に流れるわけがない。

 俺は納得すると同時に、今ごろになってメイアの情報の早さに内心で驚嘆せずにはいられなかった。


 俺だってエターナルワールドの、少なくともアルビオン王国においては自他ともに認めるトッププレイヤーのはずだ。

 それなのに片手剣シューティングスターの情報は、全く掴めていない。


 この差は一体どういう事だ?

 俺の情報収集が甘いと言えば、それまでだが。


「フラワーの追加情報があるんだけど、聞きたい?」


 クエストの受注ポイントに向かう途中でメイアが、その端麗な唇を開いた。

 一瞬はっとなるが、


「聞きたい聞きたい!」


 こくこくと俺は頷いた。

 勝手にライバルと思っているのだから、フラワーの情報はどんな些細なものでも欲しい。


「料金は昨日の分に含めておいてあげるわ。フラワーの鎧『鮮やかな赤ブライトレッド』にHP自動回復の特性が付属しているんだけど、それもトリガーポップモンスターからゲットしたようよ」

「どんだけ攻略早いんだ……」

「どうやらローランド王国にも、私の優秀な情報屋がいるようね」

「腕の立つプレイヤーもな」


 トリガーポップモンスターは簡単に倒せる相手ではない、というのは俺でも容易に予想できた。

 にもかかわらず、こんなに早い段階で撃破してしまうということは、それだけの人材をフラワーは揃えられる事を意味していた。


 それは今後の領土戦の行方を、大きく左右する要素でもある。

 フラワーの一派が本格的に参戦してきたら、アルビオン王国のプレイヤーは対抗できるのだろうか……?


「難しいわね」


 頭に浮かんだ疑念を俺が告げると、メイアは即答した。

 正確な情報を掴んでいる彼女だからこそ、正確な判断を下せるのだ。


「だけど強力な武装を揃えたプレイヤーが増えれば、勝負になるわ」


 優秀なプレイヤーの数を揃えるのが難しいのなら、今いるプレイヤーの質を上げるべき。

 それがメイアの意見だった。


「メイアは他のプレイヤーに、情報を提供する気はないのか?」

「ないわよ? もちろん対価を払ってもらえば、売るけど」

「どうして?」

「だって、私は領土戦とか興味無いし」

「そ、そうなんだ……」


 あっけらかんとしたメイアの返答に、俺は面食らってしまう。

 通常、エターナルワールドのプレイヤーは、領土戦で『活躍する』ことに主眼を置いていた。


 そうすれば敵味方問わず、自分の知名度が上がるのだ。

 多くのプレイヤーは、そのために自分の分身たるマイキャラを育てているといっても過言ではない。

 俺がこのゲームを気に入っている点は、アイテムを入手することが最終目標ではない部分だ。


 どちらかといえば大規模戦闘で勝利すること、エターナルワールド内での名誉を得ることが目的である。

 だがメイアはあっさりと興味がないと言いきった。

 何か別の目的でプレイしている。


……例えばリアルマネートレードとか。


 そんな臭いを俺は嗅ぎ取っていた。

 少し淋しい気もするが、他人がとやかく言う事ではない。

 プレイスタイルは、千差万別だからだ。


「貧民街か」


 メイアに連れてこられたエリアは、ティンタジェルの貧民街である。

 雰囲気が悪く、特にこれといったクエストが発生するでもないし、ショップもないため、普段あまり足を運ばない地区だ。


 辛うじて競売所だけが設置されているが、ここのを使うなら大通りの方へ行くだろう。

 それほど寂れたエリアだった。

 だからこそ、新たにクエストが実装されたと言えなくもない。


 メイアが木造の家屋に入っていくので、俺も後に続く。

 中にはNPCの老婆が1人だけ、沈んだ面持ちで椅子に腰かけていた。


「話しかけて」

「わかった」


 促されるまま、俺は老婆に恐る恐る話しかけた。

 古臭そうな建物に孤独な老婆という演出が、妙に現実味があり尻込みしてしまうが、それでも声をかける。

 すると老婆の頭上に『?』マークがピコンと現れ、クエストの開始を告げた。


「もう、わしは老い先短い身じゃ。最後に戦で死んだ息子の好きだった花を、もう1度見たいのう……」


 おい~っ!!

 こんなに生々しくする必要あるの?


 VRMMORPGだから老婆の表情もしっかりと表現されていて、何もしていないのに俺はHPが削られた気分だった。

 下手したらトラウマになってしまうぞ。


「わ、わかりました。採ってきます」


 軽くショックを受けた俺は、どもりながらも返事をした。

 これでクエストを受注は完了だ。

 気分が悪くなった俺は、さっさと外へ出る。


「どうしたの?」


 両手を両膝に乗せ前傾姿勢になっている俺の顔を覗き込み、メイアは目を丸くしていた。


「最近死んだ婆ちゃんを思い出した」

「それは、ご愁傷様ね……」

「ありがとう」


 皮肉ではなく、素直に俺は礼を述べた。

 恐らく天国の婆ちゃんは、喜んでくれるだろうから。

 そして気持ちを切り替える。


「婆ちゃんのために、頑張るか」


 前向きにクエストを進める理由が1つ増えた。

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