第1章 片手剣シューティングスター ~その3~
「たまには私だって、まともなプレイをしたいのよ」
今では情報屋としてならしているメイアだが、最初は普通にプレイしていたのである。
戦闘職としてのメイアは、十分戦力として計算できる強さだ。
そういう意味では、非常に頼りになる。
が、俺は女性が苦手だった。
あくまで情報の売買をするという範囲だから、何とか会話を交わせるのだ。
「気持ちは嬉しいけど……」
「何? 私が一緒じゃ不満なの?」
「いや、不満とか、そういうことじゃなくて」
どぎまぎしているのが、見透かされやしないだろうか?
俺はそんな心配をしていた。
変に現実に近い弊害といえよう。
奥手な中学生男子には、なかなか敷居の高いゲームかもしれない。
「スワンって、年齢いくつなの?」
「えっ!? 15だけど……」
ゲーム内でリアルのことを聞きだすのはマナー違反だが、俺はそれを指摘するでもなく反射的に答えていた。
むしろメイアが不細工なら、こんな態度にはならないだろう。
「私より2つも年下なのか。それで緊張しているのね」
「うっ……」
「スワンは可愛いなあ」
おもむろにメイアは俺を抱き締めた。
アバタ―なのに柔らかい感触に包まれる。
忘れていたが、ここは王都ティンタジェルの中だ。
行きかう人々の耳目が集中した。
俺はともかく、メイアは異性のプレイヤーから人気がある。
それが、こんな往来の中で特定のプレイヤーと抱き合っていたら、どうなるか?
想像するまでもない。
噂はあっという間にアルビオン王国中に広まってしまうだろう。
俺はどうしたものかと、頭を抱えた。
決して悪い気はしないのだが……。
「じゃあ、フレンド登録しておくから。準備ができたら、いつでも呼んでね」
対照的にメイアは飄々とした面持ちで、俺の前から姿を消した。
人前であんなことをしておいて、平然としていられるのが不思議である。
「言われた通り、準備をするか」
競売所に行き、俺は必要になりそうなアイテムを物色した。
魔法職がいないので、回復アイテムが多数、必要となりそうだ。
何を購入しようかと迷っていると、周囲の視線が突き刺さる。
特に男性プレイヤーの。
「なんだって、あんな中二病がメイアさんと……」
聞こえてる!
聞こえてるから!
まさに怨嗟の声が俺の耳に届く。
マジなんなん?
メイアはファンクラブでもあるの?
さっさと競売所で必要なアイテムを落札し、俺はマイルームへと逃げ込んだ。
今日は予想以上にイン時間が短くなってしまった。
せめてゲームの中でくらいは、カッコよくありたい。
そんな俺の願いは、なかなか叶いそうになかった。
「よう、スワン。昨日はお熱い夜だったみたいだね」
翌日学校に通学すると、早速、須田に冷やかされた。
確かに熱かったかもしれない。
男性プレイヤーの刺々しい目が。
それにしても、いい加減アバタ―名で呼ぶのはやめて欲しい。
苗字が白鳥だからスワンと名前を決定してしまったが、今にして思えば恥ずかしいのだ。
「なるほど、メイアさんかあ。スワンも隅に置けないなあ」
「すでに相当、噂が広まっていそうだな」
「今朝インしたら、新聞の一面だったよ」
「あいつら~!」
俺はカッとなって頭に血が上る。
新聞といっても、エターナルワールドでプレイヤーが独自に配信可能なブログのようなものだ。
それを新聞と名乗り記事を書いている集団がいた。
この新聞はアルビオン王国内で、かなり人気がある。
攻略情報、領土戦の戦況報告、新たな実装情報、果てはゴシップまでが無料で読めるのだ。
これらのことから、記事を書いているプレイヤーはアルビオン王国でも腕の立つ者と推測できる。
そして事実、俺は領土戦で幾度か顔を合わせたことがあった。
だから具体的に憤りを覚えるのだ。
「スクリーンショットまで、バッチリ撮られていたよ」
「ぬああああああ~!!」
何でゲームの中でまで、人間関係に悩まされなくてはいけないんだ!
煩わしいこと、この上ない。
「一体何を騒いでいるの?」
唸り声をあげている俺を見かねてやってきたのは、クラス委員の木下である。
まじめな彼女に、さて、どのように説明していいやら。
「木下さん、ゲームのことですよ。特に学校で何かしでかしたとか、そういう事じゃないから、心配しなくても大丈夫」
うまく須田が場を取りなしてくれた。
頼りになる友人である。
リアルでも、ゲームでも。
「そんなに大変なゲームなら、止めたら?」
極めて最もな木下の意見に、俺は返す言葉もない。
しかし、そうもいかないのだ。
エターナルワールド以上のゲームは存在しないのだから。
「それは無理でしょう。ゲームの中だけど、せっかく恋人が出来たのに」
「須田! その言い方は相当な誤解を生むぞ!!」
「しかも相手は年上でして。画像もありますよ」
タブレット式の端末を須田は取り出そうとする。
というか何故に嬉しそうに言う?
それに須田は話を誇張していた。
「そう。それはおめでとう、白鳥くん」
「あの、委員長。違うから」
「別に、私には関係ないし」
ぷいっとそっぽを向いて、木下は自分の席に戻る。
その横顔が怒っているように見えたのは、俺の気のせいか?
「僕からも、おめでとうと言わせてもらうよ、スワン」
「別にメイアさんとは、そういう関係じゃないって」
「街のど真ん中で抱き合っていたのにかい?」
「それこそゲームの話だろ!」
リアルでやったら大問題だが、あくまでゲーム内のアバタ―の話だ。
そもそも俺にはどうしてメイアがあんな行動をしたのか、さっぱり理由がわからない。
「だけどエターナルワールドは、かなりリアルに出来てるからなあ。やろうと思えば……」
そこで須田は口を噤んだ。
口にするのを憚れる行為だからだ。
「で、情報屋のメイアさんから、何の情報を買ったんだい?」
いきなり須田は話題を変えた。
話をそらすためもあるが、それを聞きたかったのだろう。
やはりエターナルワールドのプレイヤーである。
「ああ。片手剣シューティングスターの情報さ」
「もしかして、新規に実装されたトリガーポップモンスターがドロップするアイテムの事かい?」
「ああ。そのモンスターをポップさせる方法とかな」
「さすがメイアさん。情報が早いね。まだ実装されたばかりだというのに」
メイアの情報収集能力に、須田は舌を巻く。
俺はそんなことを気にしたこともないが。
「なぜか、メイアが手伝ってくれることになった」
「いくらで?」
「タダで」
「それはそれは」
須田が意味深な目を向けてくる。
俺だってメイアの心理を知りたい。
とかくエレクトロンを要求してくるのに、今回は無料ときたら何か裏があるとしか思えない。
……須田は違う意味で気になっているのだろうが。
木下にも釈明した通り、俺とメイアはそんな関係ではないのだ。
多分、姉が弟を可愛がるような、もっと酷い例えをするなら子犬に癒されるとか、そんな感じだ。
決して恋愛感情ではない。
俺はそう思っている。
「須田も手伝ってくれないか?」
どうも女性プレイヤーと2人きりで行動するというのが、俺はやり辛くて仕方なかった。
間に誰か入って欲しいのだ。
須田なら適役だと思う。
「はは。2人のことを邪魔するわけにはいかないよ」
しかし、ある意味で予想通りの答えが返ってきた。
どうしても俺とメイアを、そういう関係にしたいらしい。
須田が駄目だと、俺には他に誘えそうなフレンドもいない。
だが決して、ぼっちではない。
「仕方ないな」
結局、俺はメイアと2人でクエストを進行することにした。
よくよく考えれば他のプレイヤーを連れていったら、何を言われるかわからない。
この期に及んで躊躇するのは、せっかく手伝ってくれるメイアに失礼だからだ。