第1章 片手剣シューティングスター ~その1~
闘技場でデュエルを行った翌朝。
「おはよう、スワン。昨日は見事な負けっぷりだったな!」
「リアルでゲームのアバタ―名を言うなや」
教室に着くなり、俺はげんなりした。
ゲームでリアルの名前を晒すのもマナー違反だが、その逆も駄目だろう。
ちなみに俺の名前は白鳥圭。
白鳥だからスワンで、白鳥の騎士をイメージしているのだ。
「すまん、白鳥。まさか負けるとは思わなかったから」
悪い悪いと、すぐフォローするのは同級生の須田洋である。
エターナルワールドでも同じ国に所属し、一緒に戦っている仲だ。
「自動回復があったからな。俺の片手剣スキルでは、K.Oされないようにするだけで精一杯だったよ」
やや落胆した面持ちで俺は答えた。
自分も強いプレイヤーだと思っていたが、上には上がいるものだ。
「白鳥にそこまで言わせるとは、相当なものだね」
須田は腕組みをして考え込む。
昨日のデュエル、というか闘技場のデュエルは1週間だけエターナルワールドの公式ホームページで閲覧することができる。
それを見て、須田は感想を述べたのだ。
フラワーというプレイヤーは、相当なものだと。
「またゲームの話?」
「む、木下……」
「私たち中学3年生で受験なんだけど、成績の良い須田君はともかく、白鳥君は大丈夫なの?」
「ぐ……」
クラス委員の木下花音に痛いところを突かれ、俺はクリティカルヒットを浴びてしまった。
さらに追加攻撃を喰らう。
「しかも、そのゲームでも負けたみたいだし」
「ごふっ!」
もう、俺のHPは危険水域まで絶賛減少中ですよ。
なに、このクラス委員長。
俺を殺す気なの?
「わからないところは教えてあげるから、ちゃんと勉強しなさい」
最後に優しい言葉をかけ、木下は自分の席に戻った。
こういう部分がクラス委員に選ばれる素質なのだろうか?
俺とは全然違うなあと感心してしまう。
ただ、その去り方を俺はつい最近、どこかで目にした気がした。
気のせいか。
「木下さん、白鳥に気があるのかな?」
「は? 須田、何言ってんの?」
半ば以上本気で俺はうろたえ、目が泳いでしまった。
見た目は普通だと俺は思っているが、しかし勉強も運動も駄目で、女子にモテる要素など1つもない。
それがエターナルワールドでも女性プレイヤーと、上手くやりとりの出来ない原因でもある。
情けないことだが……。
「ほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うから」
「おい!」
須田の言う通りなのだが、さすがに他人に言われたくなかった。
友人にトドメを刺される。
エターナルワールドでも有り得そうだ。
「冗談さ。でも、少し羨ましいよ。木下さんは可愛いからね」
そう、須田が口にしたように木下は、つぶらな瞳とえくぼの可愛い美少女である。
やや背は低いが、むしろその方が合っていた。
「それにエターナルワールドのことも、知っているみたいだし」
「木下が? まさか」
「だってスワンが負けたって、さっき言っていたじゃないか」
「そういえば……」
どうして知っていたのだろうか?
俺がスワンであることも含めて、色々と気になる。
「おっと、担任が来た。また後でな」
担任の姿を確認すると、須田も自分の席に戻った。
俺も大人しく口を噤む。
しかし、頭の中ではエターナルワールドと木下の事で一杯だった。
20XX年に発売されたVRMMORPG『エターナルワールド』は、瞬く間に世界中で大ヒットとなった。
VRギアなどの周辺機器が必要なため、通常のゲームソフトに比べれば割高だが、フルダイブ機能がゲーマーの購買欲をそそり、少年少女たちは少ない小遣いを握りしめエターナルワールドを手に入れる。
俺もその1人だ。
お年玉を取っておいたのが功を奏した。
おかげで正式サービス開始からスタートできたのである。
――それから約1年。
最高レベルに達するプレイヤーも数多く現れ、自キャラの強化から、いよいよ本格的な国同士の戦争へとゲームは移行しようとしていた。
何度か領土戦も行われ、白熱した大規模戦闘にプレイヤーは魅了された。
そんな中、どの国の所有物でもない『城』の存在が明るみになる。
これは恐らく、そろそろ頃合いだと判断した運営が設置したものとプレイヤー達は見ていた。
では各地に存在する城は空き城で、先着順で占有できるかといえば、そうではない。
手強い魔物が蠢いていて、さらにボスの存在が確認されていた。
そのボスを倒したプレイヤーの国が城の占有権を得るのだ。
これらの情報がエターナルワールドの公式ホームページにアップされたとき、全てのプレイヤーが歓喜した。
エターナルワールド2年目は、城の争奪戦を中心に展開されていく。
誰もが、そんな予感を抱いていた。
宿題を手早く済ませた俺は、早速エターナルワールドにダイブした。
睡眠? 何それ美味いの?
てなもんである。
「おう、スワン。昨日は残念だったな」
学校と同じことをゲーム内でも言われるのは、複雑な気持ちだった。
現在俺がいるのは、エターナルワールド内に存在する国、アルビオン王国の王都ティンタジェルである。
中途半端に名前が売れてしまっているため、昨日の負け試合について多くのプレイヤーから声をかけられてしまう。
これは少し、いや、かなり恥ずかしかった。
さっさと狩場にでも行って、さらなる装備強化のためのアイテムでも狙いに行こうか?
俺がそんな事を思案しているときだ。
何人ものプレイヤーが、死んだ時の帰還地点となっているクリスタルポイントに出現した。
つまりHPが0になり、蘇生も出来ずティンタジェルに戻ってきたのだ。
領土戦が行われているわけでもないのに、蘇生も出来ずにクリスタルポイントに現れるということは……。
「もしかして、攻城戦をしかけたのか?」
俺は顔なじみのプレイヤーに声をかけた。
よくパーティを組むことのある間柄だ。
「ああ、スワンか。その通りだ。それなりに人数を集めたんだが、駄目だったよ」
魔法職で古代魔法のスキルを選択したプレイヤー、バギンズがアバタ―とは思えぬ残念そうな面持ちで結果を口にした。
そのネーミングから、何に影響を受けたのか窺える。
城の奪取は全てのプレイヤーの悲願だ。
それだけ攻略が難しいイベントといえる。
城は隣国との国境付近にあるため、奪取すれば後の領土戦を優位に進められることは疑いない。
それもプレイヤーの目の色を変えさせる一因だった。
「今のアルビオン王国の戦力では、無理かもしれない」
バギンズは弱気の虫を覗かせた。
聞けば城の奥に行けば行くほど、強いモンスターが配備されているという。
定石通りといえば、それまでだがボスの顔を拝むことさえ出来ないというのは、ちと難易度が高過ぎではないだろうか?
バギンズの仲間は、それこそアルビオン王国の領土戦を支えてきた面子だ。
その集団で歯が立たないとなると……。
「現状では、無理なのか」
思わず俺は諦めの言葉を口にしていた。
野良でパーティを組んだりフレンド登録もしたりするが、基本的に一匹狼の俺は新人の育成など考えたことはない。
断じて、ぼっちではない!
そこは勘違いしないで欲しい。
エターナルワールドの世界にギルドという仕様はない。
仲の良いプレイヤー同士の専用のチャットチャンネルがあるからだ。
それが実質ギルドといえた。
チャンネルに名前を付けられるので、それをギルド名として名乗っている集団もいた。
こういう自由度の高さが、エターナルワールドの良いところである。
国の専用チャンネルもあるにはあるが、これはあまりにもプレイヤーが多過ぎて訳が分からなくなるから、基本使わない。
俺は誰とも専用チャンネルで繋がっていない。
だが、ぼっちではない。
何度でも言うが。
「戦力の拡充のために、新規プレイヤーを手伝うことにするよ」
力なくバギンズは微笑んだ。
それはなかなかに骨の折れる作業である。
「時間が合えば、次の攻城戦には俺も参加するよ」
とはいえ休日でもなければ、人が集まらない事を俺は予想していた。
平日に長い間ログインするのは不可能である。
「ああ。アテにしている、白鳥の騎士!」
そう言うとバギンズは手を振って俺と別れた。
今回の攻城戦でロストした経験値やらアイテムやらの、リカバリーをするのだろう。
「攻城戦か」
領土戦とはまた違った意味で、厄介な大規模戦闘である。
今より強くなる必要があることを、俺は痛感していた。
少々、サブタイトルと内容が合っていないかもしれません……。