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第二十四話 雷雨 前編

(一)

 雨滴、と言うよりは、水の塊のような雨が、地を激しく叩いている。

 魔神族(ダイヤ)のバレンシス襲撃の翌日――調査隊が、バルゴ平原に在る王国軍前線基地から出発して三日目。

 明け方に降り出した雨は、まるで天の底が抜けたかと思うほどのものであった。

 地にぶつかり弾ける雨の飛沫で、前方の視界が利かなくなるほどだ。

 調査隊が通過した、マンゴー園のある丘を流れる小川も、今は数倍の太さとなっている。

 しかも、見ているうちに、水量はぐんぐん増してゆく。数分前には灰色であった水が、今は土色の濁流となり、周囲の土を削りながら下流へと疾っていく。

 「行きましょう」

 早朝、そう言ったのは、シエラであった。

 「……」

 無言のまま、テージンは同意するように小さく顎を引いた。

 「でも……」

 ボルドが呟いた。視線の先には、左腕を肩先から失ったエナクがいる。

 神民(マナ)であるエナクの体力は、確かに人間(マヌ)よりも遥かに上だ。しかし、エナクが左腕をバレンシスにもぎ取られたのは昨晩のことである。とても、脱出に必要な体力が回復しているとは思えない。

 だが――

 「行くしかねえよ」

 ぼそり、とエナクは言った。

 ボルドも理解している。この雨だ。

 豪雨は視界を隠し、移動の音も掻き消す。足跡のような痕跡も洗い流し、更には、これが最も重要な事だが、臭いが消える。

 シエラのような、獣の特性を有した神民(マナ)が追跡を行う際に利用するのが、標的の残した臭線だ。

 エナクの話からすると、バレンシスも獣の能力を充分に備えているであろう。ならば、臭いをたどりシエラたちを追ってくることは、当然想定できる。

 ならば、この雨が降っている間に、一刻も早く移動するしかない。

 もし、雨が止んでしまえば、その時から無数の痕跡が残る。

 泥に残る足跡、枝を払った跡、踏まれた草の臭い、自分たちを避けてゆく小動物の発する音、自身の汗の臭い――。何の痕跡も残さずに移動することなど不可能だ。

 慟々と、嘆き声にも似た雨音が、四人のいる廃墟の内部に響いている。

 廃墟の土壁は所々が崩れ、入口に立て掛ける戸板も無い。天井には煙出しの隙間としては充分過ぎるほどの穴が幾つも空いている。その穴から、雨が小さな滝のように、四人から離れた地面へと降り注いでいた。

 暫くの沈黙の後――

 「……決まり、ね」

 シエラが、改めて全員の顔を見回す。

 「私たちの目指す、ガイラース王国軍前線基地は、バルゴ平原に在るわ。国境を跨ぐほどの大平原だから、結界山脈(シーマーバンダ)の山麓まで出てしまえば、位置確認は容易い。後は、どのルートで進むか……」

 「速さを優先するなら、川を遡るのが一番良いと思うけど……」

 ボルドが言い淀む。

 ザワ村付近を流れる川は、全て結界山脈の雪融け水が源流だ。単純に移動時間を考えるならば、川をたどり上流へ向かうべきだろう。だが、それは敵側も当然予測している筈である。河川と岩山がぶつかる地点で待ち構えている可能性は、充分に考えられる。

 「罠が怖いなら、てめえは残りゃいいだろうが……」

 テージンが、下から睨みつけるようにしてボルドに言った。彼のボルドを見る眼には、常に歪な刃のような光が宿っている。

 思わず、ボルドは息を呑む。その様子を見たシエラが、ふたりの間に割って入ろうとした、その時、

 「いいじゃねえか」

 ぽん、と、エナクが右手で自身の膝を叩きながら言った。

 「元々、博打みてえなやり方なんだ。俺ぁ、一度死んだも同然の身だぜ。お前らのやり方に、黙って乗っかるまでよ。ひとまず、山の麓を目指す。それでいこうじゃねえか、皆さんよう」

 「――――」

 “間”を外されていた。三人の間で張りつめていたものが、今のタイミングで緩んだのがわかる。

 大きく息を吐くボルドと、舌打ちをしながら顔を背けるテージン。ふたりの様子を見ながら、シエラは小さな嘆息を洩らした。



(二)

 左右を高い岩壁に挟まれた谷の底を、道は途切れ途切れに続いている。

 高いブナの森に覆われた道であった。道、と言っても、草に埋もれた獣道と間違うほどの細い道の時もあれば、獣道そのものである時もある。

 かつては利用されていたが、川の流れが変化したせいか、いつの間にか破棄されてしまった道なのであろう。

 長年の間に道は荒れ果てている。幅が足よりも狭い場所が有るのはまだ良い方で、場所によっては、斜めの岩盤が剥き出しである。更には、その斜面がほぼ崖と呼ぶべきなほど、急角度になっている箇所さえあった。

 谷の中央では、白く泡立った水が、轟々と音を立てて流れている。

 ごつん、ごつん、と濁流の中から、重く鈍い音が響く。

 勢いのついた水に流された岩同士が、水中でぶつかり合っているのだ。万が一足を滑らせ川の中に落ちれば、岩と砂とに身体を砕かれ、骨はおろか肉片すら残らないだろう。

 その泥流を左下方に見ながら、シエラたちは、岩だらけの道を流れに沿って登っていた。

 ボルドは荷とは別に、エナクを背負っている。

 エナクの傷は、一応手当てを行い血も止まっている。しかし、流した血の量は少なくない。非常事態である故、あくまでも応急措置だ。

 全員がレインコートを着用している。それでも、雨に打たれて続けていれば、急速に体力を奪われてしまう。

 道程を急ぐことは当然であるが、それよりも必要なことは、まず風雨をしのぐ場所を見つけることだ。

 「見て――」

 シエラの指差す先に、巨大な影が見えてきた。影の下方では、岩壁が右側へ遠退き、平地が出来ているようである。

 歩いていくうちに、前方に立ち塞がったものが何であるのかがわかってきた。それは、垂直に切り立った巨大な岩の壁であった。

 「洞窟か……?」

 岩壁は、その最下部が大きく内側にえぐれている。テージンの言う通り、その場所には、横に広く奥に浅い構造の洞窟があった。

 「助かったぜ……」

 エナクの言葉は、雨の山中を、早朝から歩き続けた全員の心境を表したものだろう。

 直接歩いたわけではないが、やはりエナクの体力の消耗が一番激しい。

 ひとまず一行は、その洞窟で休息を取ることにしたのである。



(三)

 雨は降り続いていた。

 時刻で言えば、既に正午は過ぎているであろう。しかし、周囲は宵闇を思わせるほどに薄暗い。

 すぐ向こうの森の内部では黒く闇が淀み、濁流の発する重い音が絶え間なく聞こえてくる。

 洞窟の内部では火が焚かれ、その炎を囲み、シエラたち四人が座していた。

 火の上には湯の入った小型の鍋が乗せられ、そこで盛んに湯気をあげている。

 ボルドは木の椀にその湯をすくい、荷の中から用意した薬草の粉末を練り始めた。エナクの治療のためである。皆の視線が、自然とその手元に集まっていた。

 それぞれに、用意していた食料を口にしている。食事と言っても、干し肉と麦の粉を水で練り焼いたものを食べた程度だ。

 食事が終わると、誰からともなくその場所に座り込み、口数も少なく炎を見つめている。

 洞窟の斜めになった天井に、赤々と炎の色が揺れている。まるで、山の魔物の巨大な胃袋に呑み込まれているような気分であった。

 「来るかしら……」

 膝を抱えながら、ぽつり、とシエラが呟いた。無論、追手のことである。

 「さあ、な――」

 どこか他人事のように、テージンが言う。立てた右膝に右肘を乗せ、岩壁に背を預ける形の彼の視線は、先ほどから外の闇を見据えたままだ。

 「……」

 ボルドは黙ったまま、無心でエナクの治療を続けている。作業に没頭することにより、場に満ちた緊張感から意識を逸らせようとしているようであった。

 「さて、と……」

 包帯を巻き直したエナクが立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

 エナクは洞窟の中をゆるゆると歩き回り、時折立ち止まっては周囲の暗がりを見つめ、「ちと、足りねえな……」「ここでもねえ……」と、呟いては、うろうろと歩き回っている。

 「――?」

 シエラたちはエナクの行動を理解できず、呆気に取られたように、彼の姿を目で追うだけだ。やがてエナクは入口近くで立ち止まり、「ここいらで、良さそうだな」と、そこに胡座をかいた。

 「エナクさん、何を……?」

 ボルドがエナクに訊いた。エナクの行動に対する警戒、と言うよりは好奇心によるものだ。

 「面白えことさ」

 エナクは、にっ、と歯を出して笑い、懐に手を差し込んで何かを取り出した。それは、掌とほぼ同じ大きさの紙であった。

 「こいつをよ」エナクはボルドに紙を手渡し、「大雑把でいいぜ。鳥っぽい形になるように千切ってくれや」と、頼んだ。

 ボルドは戸惑った表情のまま、紙を言われたように切り抜いてゆく。しばらくして、一〇ハスタ(一〇センチ)ほどの大きさの、羽を広げた鳥を上から見たような紙型が出来上がった。

 「こんな感じでしょうか」

 「おお、上出来だぜ」

 エナクは頷きながら鳥の紙型を受け取り、それを地面に置くと、次は焚き火の中から燃え残った小枝を一本取り出した。小枝の先端は炭化し、ちょうど鉛筆のようになっている。

 興味深そうにその様子を見ているシエラたちの前で、エナクは紙型の上に、カリカリと音を立てて何かを描いていく。

 「何かの模様……?」

 「絵のようにも見えるね」

 シエラとボルドには、紙上に描かれた“もの”が何であるのかがわからない。しかし、

 「こいつは……」

 テージンは“それ”を見た瞬間、眉根に深い縦皺を寄せた。

 「さて、こっからが本番よ」

 描き終えたエナクが紙片に人差し指と中指を添えた。

 シエラとボルドは、彼が何をするのかと思いながら紙片を見つめている。

 二人の前で、エナクは小さな声で、何事かを唱え始めた。

 「きんせいしんしゅうりゅうこさん、しょういつちょうてんし、じょうてんらくちけんしんしん……」

 エナクの声は小さく、ボルドたちには聞き取れない。そして、エナクが唱え終えると――

 「あっ――」

 ボルドが声をあげた。紙片が、小刻みにふわふわと地面から浮かび始めたのだ。

 風か? ボルドはそう思った。しかし、そうではない。

 「動いて……、いえ、飛んでいる?」

 シエラが言い終わらぬうちに、紙片は跳ねるように宙へと舞い上がった。

 風の動きではない。鳥型の紙片は、シエラたちの周囲を飛び回り始めたからだ。よく見れば、まるで本物の鳥のように、翼を羽ばたかせている。

 いつの間にか、紙片は鳥型の紙ではなく、シエラたちの眼にも、はっきりと生きた小鳥の姿として映っていた。

 「これは――」

 ボルドは目を見開いて、その光景を見ていた。

 幻術(マーヤー)の類ではない。実際に紙を切ったのはボルドであるし、エナクは呪文らしきものは唱えたが、それが自分たちに向けたものとは思えなかった。

 「凄い。何なの、これは?」

 素直に驚いているシエラたちの反応に、エナクも悪い気はしないらしい。

 小鳥はエナクの指先に止まった後、再び宙を舞い始めた。

 「このあたりに溜まっている、(ルン)を使わせてもらったんだよ」

 「(ルン)を――」

 そう言われても、シエラとボルドには、それがどのような技術によるものなのかがわからない。

 「俺ら生き物が死ねば、肉体は地に還り、魂は宇宙へ還り新しい生命へ受け継がれる――てえのは、昔から言われてるよな」

 シエラとボルドは揃って頷く。

 生命体がその活動を終えたとき、肉体を形作る(プラーナ)は次第に形を崩し、根元子(パラマ)へと戻り地とひとつとなる。精神を生み出す(ルン)は、肉体を離れ宇宙へと還り、やがて新たな生命体へと宿る――。それが、ガイラース国で古来より伝えられている、生命循環の考えだ。

 「例えばよ、この洞窟で、ずっと前に小鳥が死んだとしよう」

 「はい」

 ボルドが頷く。

 「大抵の生き物なら、死ぬ前には、何とか生き延びようとする、強い意思みてえなものが働くだろうな」

 「本能、とでも言えば良いのかしらね」

 シエラが返した。

 「そう、その本能が一際強く働いた時、ごく稀に、そいつの思念――(ルン)の残骸とも言える意志の欠片が、肉体と同じく(プラーナ)で構成されている樹や草、石やらに影響を与えちまうんだよ。思念が、周囲のものにこびりつく、と言っても良いな」

 「はあ……?」

 ボルドは困惑したような表情を浮かべた。まだ、充分に理解できていないらしい。シエラも、同じような表情である。

 「ま、わかりやすく言えば、所謂『幽霊』ってやつだ」

 「え゛っ……」

 シエラが顔をしかめ、狼の耳を伏せる。どうやら、この手の話は苦手らしい。

 「そんな顔すんなって。人の思念ならともかく、小動物程度なら剣呑なものはほとんど無えさ。――本来ならな」

 全員の脳裡に、ザワ村の館で見た光景が、一瞬甦る。

 「――ともかく、本来なら、“気配”やら“雰囲気”と呼ばれる程度のもんさ」

 「でも、その“気配”みたいなものを、どうやってこんな風に、まるで生きているように動かせるのですか?」

 沈みかけた空気を変えようと、ボルドがやや高い声で、洞窟内を飛び回る小鳥を指差しながら言う。

 「まあ、まずは呪文だわな」

 呪文は、あらゆる超自然的現象を引き起こす『術』を行使するための基本である。

 言葉とは、己の意思を伝えるための道具だ。閉ざされた自身の心の裡にある精神を、外部に向けてはたらきかける力が宿っている。

 『呪文』とは、言葉の持つ力により、精神と宇宙に満ちる気とを繋ぐための知識=語が、古来より受け継がれ、唱句となり成立したものだ。

 呪文を口で(あるいは心の裡で)唱えることにより、人は己の精神と宇宙の気との一体化が可能となる。宇宙の理にはたらきかけるための『暗証番号』であり、『扉』であると言えよう。

 ちなみに、聖仙術師たちが呪文無しに術を行使できるのは、聖仙術が“生まれつき”身につけるものであることが理由だ。

 修行で身につける術とは、言わば『技術』だ。本人の素質による部分も大きいが、本人の努力次第で、ある程度の術は修得することが可能だろう。ただし、術の威力、効果が高くなるほど、唱える呪文は長く複雑なものとなる。

 聖仙術の場合、発現する術は、通常ひとつがふたつ。生涯、何の能力も目覚めない者も多い。しかも、何の能力であるかを選ぶこともできない。

 その代わり、聖仙術師は精神力で(プラーナ)に干渉する方法を、能力が発現したときから感覚として身につけている。

 呪文を使う術師が暗証番号を覚えるならば、聖仙術師は『鍵』をあらかじめ渡されているようなものだ。

 「それとな、あとひとつ――」

 エナクが言いかけた時、

 「エナク、てめえ、その『文字』をどこで覚えやがった……」

 低い声で、テージンがエナクに問い掛けた。彼の眼光は、相手を下から睨みあげるような鋭さと険しさを帯びている。

 「へへ、よく御存知で。さすが紅宮のエリートさまですねえ」

 だが、エナクはテージンの眼光を、軽薄そうな笑みで受け流した。

 「文字……なんですか? あれは」

 ボルドが、テージンの様子を気にしながら遠慮がちに尋ねた。

 「ああ、ありゃあ、東方のリアエントで使われている文字だ。俺が書いたのは“鳥”という字だぜ」

 「“鳥”……。僕らの使う文字とは、かなり違うんですね」

 先ほど、エナクが紙片に書いた文字を思い浮かべながら、ボルドが言う。

 「そう言えば」

 シエラが、思い出したように言った。

 「あの文字は、どこか鳥の形をしていたようにも思えたわね」

 「御名答! 隊長さんは観察力が違うねえ」

 エナクが膝を叩きながら、どこか嬉しそうに答える。が――

 「あれは、リアエントでも、ごく一部の奴らしか使わない文字のはずだ」

 テージンが、エナクの言葉を断ち切るかのように口を挟んだ。

 「リアエントの呪術師が、霊や式鬼を使役する際に使う神聖文字。それを、てめえなんぞが、何故知っていやがる……!」

 テージンの言葉に、シエラとボルドが、驚きの眼をエナクに向けた。ごくわずかではあるが、“まさか”といった疑念が、両者の心から滲み出ている。

 「そんな顔すんなよ」エナクは顔の前で、ひらひらと右掌を振る。「俺が、リアエントの間者なんて(ツラ)かよ。しかも、わざわざ手の内晒して、疑われるような真似するわきゃねーだろ?」

 「――答えになってねえぞ」

 エナクの態度に気を抜くことなく、テージンは硬い言葉て問い詰めようとする。

 「……俺の一族はな、元々、リアエントの近くで暮らしていたんだよ」

 エナクの顔から、軽薄な笑みが消えていた。

 「まあ、色々とあってな……。そこを追い出されるような形で、ガイラースに逃れて来たってえ訳だ。この文字も知識もな、俺ら一族に昔から伝わってたもんだ。とは言っても、俺は修行不足でよ、(めくらまし)に毛が生えた程度のものしか出来ねえけどな」

 小鳥は音も無く、洞窟の奥へと向かっていく。シエラたちから数ローナ(数メートル)離れた場所だ。そこは焚き火の灯りも届かず、闇がわだかまっている。

 「そのへんの事は、気が向いたら話してやるよ。話を戻すとな、リアエントの方じゃあ“形が似れば霊が宿る”っつー考えがあるのさ」

 「形が……」

 ボルドは、エナクが自分に紙を切らせた理由を、少しずつ理解し始めていた。

 「極端な例えだがな、緻密に作られた人形なんかには、ただの“物”を超えたような、異様な存在感を感じることがあるだろ?」

 「ええ、確かにね」

 想像したのか、シエラは眉をひそめて同意する。

 「“字”を書いたのは、霊を宿りやすくするためだ。俺らの使う文字は、単語を組み合わせて物の名前を記すだけだが、リアエントの字は元々、事物の形を点や線で象ったもんだ。それ自体に、事物の実体を表す力があるのさ」

 「じゃあ、僕が鳥の形に似せて紙を切ったことと、エナクさんが“鳥”の字を書いたことで――」

 「霊にとって、動きやすい環境を作ってやったのさ。さらに、呪文で(プラーナ)にはたらきかけることでな。俺があちこち歩いていたのは、残留思念が特に残っている場所を探してたんだよ」

 シエラとボルドは、エナクの説明に、ただ感心した表情を浮かべていた。

 テージンは、「そんな手を隠してやがったのかよ……」と、あくまで不服そうである。

 「ま、俺は親父に仕込まれて一〇年以上かかったがな。真面目にやってりゃあ、もっとマシな使い手になってたかもしれねえけどよ……」

 エナクはそこで、ほんのわずかの間、遠い風景を見るような目付きをした。

 その時である。エナクの貌が一変した。

 「こいつぁ……!」

 エナクは、呻きにも似た声を洩らした。彼の身体は、何事かを堪えているかのように、細かく震えを起こしている。

 「どうしたの!?」

 シエラを含め、全員がエナクの異変に気づいていた。

 エナクはシエラの声に応えることなく、血の気の失せた顔を、小鳥が向かった暗がりへと向けていた。





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