第二十二話 荒ぶる魂 後編ー衝動ー
(一)
夢から醒めるように、ボルドの意識は急速に鮮明となっていった。同時に、視界は霧が晴れるかのようにクリアになってゆく。
自分の足裏に自分の体重がかかっているのがわかる。その重さが脚の筋肉に心地よい。体重を支えているという力の感覚が、ゆっくりふくら脛、膝、太股と上方へ向かい上昇してくる。
腰、背、肩、腕と、その力が上腕から手首に伝わり、指先にまで達した時、めきめきと音を立てながら全身に力がみなぎってきた。
そして、あらゆる感覚が研ぎ澄まされた刃のように鋭くなっている。
周囲に立つグロスマム国の男達の荒れた呼吸音、鎖に繋がれた子供達の鼓動がはっきりと聴こえる。眼前に立つオグルの筋肉、その筋繊維一本一本の動きまで鮮明に捉えられる。しかも、その感覚はまだその深みを増してゆく。
「これは――!」
ボルドは声に出していた。
凄い。どうなってしまうのか。どこまでいくのだろうか、この感覚は――
一歩足を踏み出す。が、その足取りはおぼつかない。自分の手足だというのに、あたかも不慣れな操り人形を操作しているかのようだ。
意識と肉体の間に、大きな隔たりが生じている。思考の速度に肉体が反応しきれず、双方が食い違い調和がとれていない。
しゅうう……
オグルのアントニオが、血生臭い息を吐いた。
「そう、か。お、まえ、その体に、慣れて、いない、な……!」
硬い岩を擦り合わせるような声でアントニオが言った。
大量の空気が牙と唇の間から抜け出してしまうため、その言葉は不鮮明で発音もしっかりしたものではない。しかし、それは紛れもなく核心をついた言葉であった。
「――っ!!」
ボルドは反射的に、引きつった悲鳴を発していた。「気づかれた!!」と、いう思いと共に、冷たく鋭い恐怖が脳の奥から身体の中心を貫く。
「なら、ば、今、ここで……」
アントニオの口から、赤く濁った唾液が太い糸を引いて地に垂れ下がる。耳まで裂けた巨大な口が、にたり、と禍々しく歪に吊り上がった。
「死、ね……!」
アントニオが、じわりと前に出た時、ボルドの思考は一瞬で恐怖に支配された。
悲鳴が喉奥を引き裂くようにほとばしる。
と、同時に強烈なエネルギーが、自分の内部に満ちたような気がした。
熱を伴うその衝動は、爆発的な勢いで全身の筋肉を焼いていく。
次の瞬間、ボルドは自分の体躯が恐怖感ごと重力を断ち切る感触を覚えていた。
真横へと飛んでいた。凄まじい速度と跳躍であった。重力が、自分の身体から消失している。
凄い。なんという力だ。
これだけの跳躍力を、ヒトの筋肉が生み出せるものなのか。
――え!?
おかしい。まただ。周囲の風景が、ひどくゆっくりに見える。
自分の身体が、まるで水中にいるかのように空中をゆっくりと漂っている。
身体が生み出した風圧により、巻き上げられた小石も――そればかりか、押し流される大気の波さえもはっきりと眼に捉えられる。
ふと気がつくと、すぐ目の前にレンガの壁が迫っていた。
――!!
ボルドは思わず声をあげようとした。しかし、唇はわずかに動くのみで、声は全く出ていない。
塀が眼前になった。もう避けようがない。ボルドは眼を閉じようとした。だが、その思考に瞼の筋肉が追いつかない。
ボルドは顔面から、思い切りレンガの塀に突っ込んでいた。
頬骨が塀に押しつけられる。痛み――というよりは、熱い温度が塀と接した箇所にあった。その温度が、ボルドの背骨に沿って全身へと疾る。
ぞくり、と肉が震えた。ぐつぐつと滾るようなパワーが、どこからか体内に注ぎ込まれてくる。
亀裂の走る音。それが広がり、硬いものが崩れていく感触。
自分の顔、ではない。これは、レンガの塀が砕ける音と感触だ。
凄まじい衝撃を、ボルドの首の筋肉が吸収していた。普通ならば頭蓋骨が陥没し首がへし折れるはずなのに、ボルドの頭部には何のダメージもない。感じたのは、顔に硬いものが押し当てられたという感触のみであった。
塀が砕けてレンガが宙に舞う光景が、おそろしく緩慢に見える。微細な粉塵が巻き起こり、続いて衝撃波が大気を振動させてゆく。
まるで自分の肉体が巨大なクロスボウ――バリスタにでもなったかのようだ。
強烈な衝突であった。常人ならば間違いなく即死だろう。しかし、それほどの衝撃さえも、この鋼の如き筋肉は受け止めてしまったのだ。
凄い。どうなっているのか、僕の身体は――!?
その想いが頭に閃く。だが、確認している時間はなかった。視界の端に、グロスマムの男達がこちらに向かい走ってくる姿が見える。先陣を切るのは左腕に刺青をした男だ。血走った眼を見開き、口から怒声を放ちながら突っ込んでくる。
――まずい!!
ボルドは立ち上がろうとする。
しかし、まだ思考の速度と肉体の反射が噛み合わない。意思に反し、身体は大量の鉛を注ぎ入れたかのように鈍く動く。
刺青の男から見て、ボルドの頭部は膝下に位置する。そこをめがけて、男は強烈な蹴りを放った。迷いのない、相手の身体が変形することなどいとわない一撃だ。そのままレンガさえも砕くことのできる攻撃だった。
顔面に唸りをあげて蹴りがぶつかってくる。鼻が潰された。だが、痛みはない。首の筋肉が蹴りの衝撃を軽々と受け止め、鋼鉄の皮膚がダメージを跳ね返す。
――耐えられる!?
と、ボルドは自問した。
その問いかけに応えるように、自分の裡側から言葉が響いてきた。
その声は叫ぶ。
――何故、耐えるのだ!?
煮え滾る、マグマのような温度が身体の奥で燃える。
――この力は、ただ耐えるだけのものなのか!?
そうではない――
と、応える自分がいる。
そうだ。この力は――!!
熱い。
火球にも似たものが、ボルドの肉体を灼いていた。
血管の中を流れる血液が、ふつふつと滾っている。
感じる。肉体が完全に目覚めてゆく。神経を疾る思考を乗せた光子の流れに、肉体を構成する細胞の一つ一つが呼応してゆく――!
ボルドは、顔面から離れてゆく刺青の男の足首を右手で掴んでいた。
立ち上がる。
尖り鼻の男と、スキンヘッドの男の蹴りと拳が、周囲から襲ってくる。
軽い。なんだ、これは? まるで羽毛が触れているみたいじゃないか。おまえら、本気でやっているのか?
男達の攻撃に一切怯むことなく、ボルドは起き上がりながら刺青の男の足首を捻った。
濡れた布を引き千切るような、ぶちぶちと靭帯の切れる不快な音が響く。男の左足首から先が外回りに九十度回転して、爪先と踵の位置が入れ替わっていた。
一瞬遅れ、刺青の男の口から異様な悲鳴があがった。
技ではない。単純な力で、ボルドは男の左足首の関節を破壊したのだ。
ボルドは驚愕していた。全ての感覚が、これまでとは全く異質となっている。
掴んだ箇所の細胞が潰れ、細胞液を外部へ押し出す音。筋繊維が千切れていく音。骨が軋む音。毛細血管が一本ずつ切れていく音――。それらの音が、今聞こえた音の中に含まれていることに気づいたのである。
それは、これまでの自分の中に存在していた五感の概念を覆す、強烈な感覚の嵐であった。
ぞくり、と太い電流にも似たものが、ボルドの背骨を疾り抜けた。
何だ!? 何なんだ、これは!?
それは、はっきりとした悦びの感覚であった。
己の力を、躊躇いなく振るう悦び――
刺青の男の足首から手を離し、ボルドは上方に跳躍した。鋼の巨体が、信じられないほど軽々と宙へ舞う。それはまさに、音もなく宙空に浮いた巨大な鷲の姿であった。
筋肉にかなりの余力を残した跳躍で、刺青の男の頭部よりもさらに高い宙に、ボルドの身体が浮き上がる。
左足首を破壊され、バランスを失った男が、悲鳴をあげながら倒れ込もうとしている。
ひどくゆっくりとした動きだ。何て遅さだ。まるで、“蹴ってくれ”と言わんばかりじゃないか。
自分の足下を通過しようとする男の顔面めがけ、ボルドは宙から閃光の如き蹴りを放つ。
無意識のうちに手加減をした蹴りだった。それでも、刺青の男の顎骨がひしゃげる感触が、足先からしっかりと伝わってきた。
刺青の男は五ローナ(五メートル)以上も後方に吹き飛ばされた。
頭から地面に落下した男は、一度では衝撃を殺し切れず、二度、三度と地面をバウンドする。
四度目でやっと大地に倒れ伏した男の顔面は、知る者が見てもすぐには判別できないほど激しく変形していた。手足はあらぬ方向に折れ曲がり、その姿はあたかも壊れた人形を無造作に放り捨てたようであった。
自分自身の強さに、ボルドは戦慄した。全てが一瞬の出来事である。
テージンや赤毛の少女達から見れば、ボルドの動きは速すぎて、はっきりとは捉えられない。
ボルドが跳躍したと同時に、閃光のようなものが脚部から放たれ、次の瞬間には刺青の男が数ローナも吹き飛んでいたようにしか見えなかった。
スキンヘッドの男と尖り鼻の男が、地面に舞い降りたボルドから距離を取り周りを囲む。
「どうする!?」
尖り鼻の男が悲鳴に近い声をあげた。
「おい、どうするんだよ!!」
スキンヘッドの男が、倒れている刺青の男には眼もくれずに言った。二人は完全に腰が引けている。
「何をしている! やれ!!」
頬傷の男が言った。この男だけはリーダー格としての矜持があるのか、額にびっしりと大量の汗が浮いているが、それでも必死に声を張りあげる。
二人の男が腰に差した赤い革鞘から剣を引き抜く。男達は剣を構え、ボルドの左右へ散った。ボルドの前方からは、アントニオが地面を揺らしながら近づいてくる。
その姿を見た時、ボルドは背筋に冷たい恐怖の針が疾るのを感じた。そして同時に、恐怖を上回る力が、肉の裡側からこんこんと溢れ出してくるのもわかる。
「来い!!」
ボルドは手前にいた尖り鼻の男に向かい、雷鳴のような声で言った。意識しないうちに、口吻が捲れあがり太い牙がのぞいている。
「その剣で、突いてきてみろ!!」
野獣の如き眼光が、尖り鼻の男を射抜く。
男は引きつった声を洩らしながら、全身に電流を流されたかのように、半ば撥ね飛ばされるような形で剣を振るってきた。
――馬鹿め!!
ボルドは腹の中で吼えた。狂暴な衝動が、意識の底で牙を剥く。
自身の顔面に向かい剣を振り回してくる尖り鼻の右腕に、ボルドは左の手刀を打ち下ろした。
「ぃぎぃいっ!?」
尖り鼻の口から、意味をなさない声が洩れる。男の右前腕部は手刀を叩き込まれた箇所から直角に折れ曲がり、白く尖った骨が肉を突き破り外部へ飛び出していたのだ。
「あげぇええっ!!」
悲鳴とも叫びともつかない声をあげる尖り鼻に向かい、
――じゃっ!!
ボルドの激しい呼気がほとばしった。
電光のような疾さで跳ね上げられたボルドの左膝が、尖り鼻の腹にぶち込まれる。尖り鼻にとって、その一撃は腹部に爆発物の直撃を受けたに等しい。
体を“く”の字に折った尖り鼻は上方へ三ローナ余りも吹き飛ばされ、口と鼻から大量の血と胃の内容物を撒き散らしながら地面へと落下する。そして、二、三度体を痙攣させると、そのままぴくりとも動かなくなった。
「ひぎぃいっ!?」
スキンヘッドの男が、喉の奥で押し潰されたような声をあげる。
ボルドは顔に、獰猛な笑みにも似た表情を浮かべていた。それは憤怒に歪んだ悪鬼にも、血臭を嗅いだ肉食獣にも見える貌だ。
かつて感じたことのない激しい感情が、ボルドの腹の底で燃えあがっていた。
脳裏に浮かぶのは、眼前にいるスキンヘッドの男が振るった暴力の光景だ。血にまみれた赤髪の少女を踏みつける男の姿が、目の奥で鮮明に映し出される。
ふつふつと煮え滾る内圧が炎となり、ボルドの肉体を狂おしく焼いた。その口から、激情の咆哮が放たれる。
スキンヘッドの男が、情けないほどの悲鳴をあげた。男は、わあ、と声をあげ、ボルドに向かい二ローナ以上も離れた場所で滅茶苦茶に剣を振り回す。それがフェイントのつもりであったらしく、次の瞬間、スキンヘッドの男はボルドに背を向けて勢いよく走り出していた。だが――
「ひいっ!?」
ボルドの姿がわずかにぶれるように見えたかと思うと、一瞬にしてボルドはスキンヘッドの男の前に立ち塞がっていた。
想像を絶する凄まじいスピードである。ボルドはすでに自身の肉体を完全にコントロールしていた。
「く、糞ぉお!!」
スキンヘッドの男はわめき声を発しながら、夢中で手にした剣を、ボルドの顔面に向かい突き出してくる。
自分に向かう剣の切っ先を、ボルドはわずかに首をずらすだけで躱していた。完全に刃の動きを見切った、最小限の反応であった。
右耳の横をすり抜けてゆく男の右腕に向かい、ボルドの腕が動いた。右掌が剣の柄を握った男の腕を掴み、指先に力が込められる。
何かが弾けるような破裂音と、枯れた枝をへし折るような音が響き、不気味な絶叫がスキンヘッドの男の口からほとばしった。
音を立てて剣が地面に落下する。だらんと垂れ下がった男の右腕の肘から先が、赤黒く腫れあがっていた。見る間にも、それは更に膨れあがってゆく。腕の形をしたゴム風船の中に、赤黒い液体を目一杯に注ぎ入れたかのようであった。
顎をがくがくとさせて涙と鼻水を垂れ流すスキンヘッドの男の顔面に向かい、唸りをあげて岩のようなボルドの右拳が疾り抜ける。
食い縛ったスキンヘッドの男の前歯を叩き折り、ボルドの拳は手首まで男の口の中にめり込んだ。
スキンヘッドの男の呻き声が、その瞬間急に止んでいた。ボルドがゆっくりと自分の右拳を男の口中から引き出す。紅い洞窟のようになった男の口から、血肉にまみれた歯が地面に落ち、ぱらぱらと細かい音を立てた。
壊れた水道管のように口から大量の血を溢しながら、スキンヘッドの男は棒切れのように前のめりにぶっ倒れた。その顔の下から、地面の上へと生き物のように赤い血が広がってゆく。
ボルドははっきりと感じていた。自分の裡側で、歓喜が猛っている。狂喜が叫んでいる。
――消えろ!!
――消えてしまえ!!
迷いなど消えろ。情けなど捨てろ。
純粋な力、純粋な殺意。そういうものがあるならば、そうだ。そうなってしまえ――!!
「グ……アぁあぁあアアッ!!」
ボルドは凶暴な意識に呑まれるまま、恍惚の叫びをひしりあげていた。
(二)
かん高い女のような悲鳴をあげながら、頬傷の男が一目散に逃げてゆく姿が、視界の端に見える。
構わない。あんな奴はいつでも殺せる。逃げるがいいさ。手応えのない奴は、殺してもつまらない。
ボルドの鋭い眼光が捉えているのは、正面に立ち塞がる黒く分厚い巨影だ。
オグルのアントニオの巨体が、遂にボルドの眼前に立った。
白濁した両眼が、狂気の光を宿しボルドを睨みつけている。
三ローナを超える身長、四〇〇サンカン(四〇〇キロ)の体重。恐るべき巨躯だ。ボルドよりも二回り以上の圧力がある。
粘土をでたらめに盛りつけたような、異様に発達した手足には血管が浮かび、脈動に合わせて筋肉が膨れあがっている。
ぎりぎりと、アントニオが牙を噛み鳴らした。腐臭の混じる熱い吐息がボルドの顔を叩く。それは、熱したやすりで顔を擦られている感触に近い。
鋸のような牙が並んだ、ヒトの十倍以上はある顎の端から、ねっとりとした唾液が太い糸を引いて地に滴っていた。そこからも濃い腐臭が漂ってくる。
離れた場所から向かい合うアントニオとボルドを見ていたテージンは、思わずその場で嘔吐しそうになる。まるで、腐った血肉の塊を口と鼻に詰め込まれたような感覚に襲われたからだ。
空中で掌を握り締めれば、そこからじくじくと血が滲み出してくるような――それほどの密度を持った腐臭であった。
アントニオが下腹部に巻きつけた、人間と神民の生皮から漂う臭い。それだけではない。このオグルの肉体そのものに、腐った血肉の臭いが染みついているのだ。どれほどの殺戮を行えば、これほどの状態となるのか――
込みあげる悪寒を必死に押し殺し、激痛の走る手足を引き摺りながら、テージンは地面から起き上がれずにいる赤髪の少女の元へ向かう。酷い怪我だ。しかし、獣の特性を有したキンナラ族の肉体の強靭さゆえか、赤髪の間から狼の耳を生やした少女は、まだ意識を失っていなかった。
「大丈夫か……?」
テージンが少女に声をかける。すると、彼女は傷ついた手で懸命にテージンの腕を掴んできた。
「――止めないと……!」
少女は傷の痛みを堪えながら、必死に声を振り絞る。
「大丈夫……。大丈夫だろう。今のあいつなら、たとえ相手がオグルだって……!」
「違う、の……!」
少女が血の滴るような悲痛な声を発した。
「このままじゃ、あのヒトが、戻れなくなる……!」
彼女の身体は激しく震えている。
「だって、だって……」
ボルドの姿を見る少女の青い瞳には、涙が浮かんでいた。
「だって、あのヒト、笑ってる……!!」
(三)
「おい、おまえ、気づいて、いるの、か……」
しゅうしゅうと、牙の間から擦過音が洩れる歪な声でアントニオが言葉を発した。赤黒い舌が口中でもつれるのか、粘着質な音が混じる異形の声音である。
「いい、貌を、している、な……」
「……なんだと?」
ボルドの口から、太く重い声が発せられる。
「牙を、剥いて、嗤って、やがる、ぜ……」
ボルドはその時、やっと自身の貌の状態に気づいていた。確かに、口の端が捲れ上がり、犬歯が剥き出しになっている。
いつの間にそうなってしまったのか。意思の力で唇の捲れを戻そうとする。だが、裡側から込み上げるざわめきが、凶悪な笑みをより一層深くさせてゆく。
「く、く、く――」
息を呑むボルドに向かい、アントニオが低い含み嗤いを洩らす。
「わかって、いるぞ。おまえの、ことは、よく、わかる。おれ、と、同じ、だ……」
「何が、同じなんだ……っ!!」
血の温度が上がる。
「楽しかった、だろう……?」
「――――」
「力で、相手を、ねじ伏せるのは、楽しかった、だろう。相手の、血を、浴びて、心地、良かったか……?」
「何を言っている……!」
こめかみで脈打つ心臓の音が大きくなる。その鼓動が速くなる。
「おれ、と、同じ、だ。血を、見ること、に、悦び、を、覚える……。おまえ、も、同じ、だ……!」
「黙れ!!」
血が血管の内部で生き物のように蠢き、泡立っている。
「人間でも、神民でも、いい。その肉、を、喰ってみろ。その血を、すすって、みろよ……!」
いつの間にか、アントニオの巨体がボルドを間合いに捉えていた。手を伸ばせば、確実に届く距離にボルドの体がある。
ボルドの双眸は、白濁し狂気を宿したアントニオの両眼を見ている。
おれもそうか。
おれも、こんな眼をしているのか――
ボルドがそう思った瞬間――アントニオがその口をかっ、と開く。
そして、ボルドに向かい、暴風のような勢いで突進をしてきた――!!




