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第二十話 獄寒の帝王 後編ー御子の光臨ー

(一)

 『慈悲の歌声(トゥランガリア)

 魔神族(ダイヤ)たちの国、グロスマムの地下深くから繋がる白亜の都はかつてそう呼ばれていた。

 かつて数十万人規模の人々が生活していた都市。今そこは、白い花々と銀星の光に抱かれた広大な墓所と化している。

 外界と隔絶された無人の廃宮は、ひとつの歴史が辿った道が最後に行き着くであろう姿をただ静かに晒していた――



 ベルセフォネの眠る広間を後にしたアバラは、通い慣れた道を歩く様子で、一度も止まることなく白亜の廊下を進んでゆく。

 やがて、アバラの前に重厚感溢れる大理石の扉が現れた。高さは優に数十ローナ(数十メートル)はあるだろう。

 扉には、二頭の龍が一本の大樹に絡み合う文様が描かれていた。二頭の龍は、大樹の上空に輝く光球を目指しているように見える。

 正確に言えば、それは光球の痕跡であった。頂上部分より上方の空間に描かれていたはずの光球を、何者かが下地の大理石ごと削り落としていたのである。だが削り方が乱雑であったため、光球は完全には消え去ってはおらず、その痕跡が壁画に残されているのだ。

 「く――、か、か、か……!」

 壁画を見たアバラの口から不意にけたたましい笑い声が響いた。

 「なるほど。血文字とは、実にあの男らしいですねェ……」

 声をあげて笑いはしたが、その眼も口も笑ってはいない。その貌は、まるで身の内側からこみあげてくる大きな苦痛に耐えているようにも見える。

 「どれほど後悔しようと過去は変えられません。ならば、私たちはその全てを呑み込んで生きるしかないのですよ……」

 アバラは自分自身に言い聞かせるように呟くと、手を伸ばし扉に手を触れる。すると扉の表面に青く細い光が放射状に走り、重量感を乗せた音を立てながら、扉がゆっくりと開かれていく。

 黒々と口を開けた、巨大な生物を彷彿とさせる扉の奥へとアバラが進む。その姿が完全に飲み込まれると、扉はひとりでに動き出し、再び重く閉ざされた。

 訪れた静寂――

 白亜の扉は無人の虚空へ龍と大樹の文様を晒している。

 削られ痕跡となった光球が位置する場所――その傍らに、赤黒い文字が記されていた。

 それは、指先を血で濡らし、壁面に塗りつけて書かれた血文字であった。変色の具合からすると、記されてからまだそれほど月日が経っていないものであるらしい。

 使われている文字は、古の時代に『真人(プルージャン)』たちが用いたとされる言葉だ。多くの者は、その文字を読み取ることが不可能だろう。また、言葉としては読み取れても、その文章の真意を理解することはできないはずだ。

 そこに記されていたのは、次のような内容であった。



 この法は、双天の道を支配する法なり。

 この法によりて、人は覚者となり、不死者となり、真人となる。

 故に、これ起神の法なり。


 この法は、大いなる災禍をもたらすものなり。

 この法によりて、人は悪鬼と化し、人を憎悪し、人を啖うことが本性であると知る。

 故に、これ鬼神の法なり。


 故に、この法を抹殺すべし。

 何人も、永劫に触れること無かれ――



(二)

 追えば追うほど遠くなってゆく。そんな光景がある。

 前に進めば進むほど、辿り着けない場所がある。

 手に入れようとすればするほど、指の間からこぼれ落ちてしまう想いがある。

 それは、追いついた瞬間に光の粒となって消えてしまう幻。儚く美しい夢のようなものだ。


 そう、それは夢だ。

 生きることの目的、生きることの意味。自分が追っていたのは、そのような夢だ。

 自分は何を追っていたのか。

 わかっている。

 妻と、産まれるはずのない我が子だ。

 “見捨てられたもの”と呼ばれた、愛する妻――

 宿した新たな命と共に、目覚めた夢のように消えていった。


 そして、俺は狂ったのだ。

 全ての人間を怨んだのだ。

 愛する者を失ったからなのか。それとも、人は誰もが心の奥底に、どうしようもないほどの憎しみを宿しているものなのか。

 今となってはわからない。


 俺は戦った。

 悪鬼となり、血よりも紅い剣を手に戦い続けた。

 俺は、俺自身がされたことより惨いことを、数え切れないほどの者に対してやってしまったのだ。


 それに気づいた時、俺は、俺自身の生を棄てた。

 もう俺には生きる目的などない。生きる意味などない。

 このまま、この死した都で共に朽ち果てよう。



 いや――

 俺には、まだやらなければならないことがある。

 あの法を、人の理を歪ませる外法を、人を悪鬼に変える邪法を、この世から消し去らなければならない。


 そのために、まだ俺は生きる。

 そのために、俺は――




 扉が開くと同時に、芳しい花の香りが鼻腔に広がった。

 左右に列柱が並ぶ優美な造りの広間は、白く可憐な花々が放つ淡い光と清純な香気に満ちている。

 壁はとうに崩れて、外部の銀光が静かに差し込んでいた。

 真正面の一段高い場所には、黄金造りの玉座があった。しかし、今そこに座すべき王の姿はない。

 玉座の背後には一対の樹が生えている。翡翠色の枝が絡み合い、玉座の真上で二本の樹は一体となっていた。枝には、子供の握り拳ほどの紅い果実が幾つも実っている。指先から滴り落ちる血を思わせる、鮮やかな真紅の果実だ。

 足下を見れば、崩れかけた石の継ぎ目から太い根が無数に伸び、そこから若い茎が勢い良く生えている。小さいものでも、成人男性の腿くらいの丈があった。

 主である人間の消えた空間を、植物たちがゆっくりと侵食しようとするかのような光景である。だが、この広間を異様に見せているのはそれだけではない。

 広間の至る所には、人の背丈の倍ほどもあるガラスの円筒が立ち並んでいた。床と接している部分はガラスではなく、腰近い高さまである金属だ。金属部分からは無数の黒いチューブや銀色のパイプが伸び、床へと潜り込んでいる。

 ガラス筒の数は百や二百ではきかないだろう。それが入り口から奥に向かい、玉座に跪く忠実な家臣たちのように、所狭しと一面に並んでいた。

 ガラスの内部は、どろりとした黄色い液体で満たされている。そして液体の中に、ひとつづつ奇怪なものが浮いていた。

 アバラは立ち並ぶ円筒に沿って、ゆらりと歩き出す。

 最初のガラス筒内部に浮遊するものは、得体の知れない形状をした、人の脳を思わせるピンク色の肉塊であった。

 二本目の内部にいた生物は、上半身をみれば人間の赤子に近い。だがその下半身は、百足の如く無数の足が生えている。

 その隣にあるガラス筒の中にいたのは、美しい容姿を持つ銀髪の女だ。しかし、その腹部は縦に大きく裂け、そこから赤黒い触手が何本も外部に飛び出している。しかも、触手の先端部には全て眼球と鋭い牙が生えていた。

 円筒の中にいる“もの”たちは、全てがその肉体に凄まじいほどの歪みを持つ生物たちであった。

 しかも、彼らは例外なく、ガラス筒の中で生きて動いている。

 触手に似たものを時折動かすものもいれば、呼吸するように膨張と収縮を繰り返す、緑色の巨大な心臓のようなものもある。歩いてきたアバラに気づいたのか、不意に眼を開き、アバラの動きを眼球で追ってくる者もいた。

 「相変わらず、凄まじいものですねェ……」

 ガラスの内側にいる、五、六歳と思われる男児を見ながらアバラが呟いた。男児は黄色く光る複眼状の眼で、じっとアバラを見つめている。

 「こうして見ていると、『ヘヤオス(見捨てられたもの)』たちの、『真人(プルージャン)』に対する激しい怨嗟の声が聞こえてくるようではありませんか……?」

 ガラス筒の前で立ち止まったアバラは、そう言いながら背後へと振り返る。そこには、精緻な紋様が彫り込まれた白銀の鎧を纏った長身の男が立っていた。

 男は長い銀髪を後方で束ねている。髭が濃く浮き出た顔は頬が削げ落ち、昏く爛とした光芒を放つ深紅の瞳が額に垂れた髪の間からアバラを見ていた。

 男はことさらに眼に意思を込めているのではない。自然に視線を放つだけで、眼にそのような光が溜まるのだ。

 届いてくる男の気配もまた同様であった。大気を伝わる分は僅かな気配なのだが、その背後に強大な容量を感じさせる気配である。己の肉体から自然に漂い出る圧力を、男はそのまま大気の中に解き放っていた。

 「彼らから聞こえてくるのは、限りなく深い慟哭だ。そして、その姿は我々が犯した罪の烙印でもある……」

 重く太い男の声が答えた。獅子が低い声で吼えた様を思わせる。

 「ふ……」と、アバラが微笑する。「ジンライ殿は詩人のようなことを言いますねェ……」

 男――ジンライはアバラの言葉に応えることなく、無言のままその横を通り過ぎてゆく。

 ジンライの背には、ひと振りの大剣が黒い革ベルトによって吊り下げられていた。

 柄には龍の胴体を意匠した細工が施されており、鍔に当たる部分は龍の頭部となっている。そして龍の口から伸びる刃は、鮮血のような禍々しい深紅であった。

 ジンライの両腕には、武人らしさを漂わせる雰囲気とは不釣り合いな物が抱えられている。それは、白い花をまとめた可憐な花束であった。ジンライは鎧を鳴らしてガラス筒の前に跪くと、白い花束を床へと静かに供える。

 辺りを見渡せば、ガラス筒の下部には全て白い花が供えられている。この広間を満たす花の香気は、全てジンライが捧げた花々がもたらしたものであったのだ。

 「かつて、君自身が私に言ったことだ。カーグ……」

 ジンライが膝をついたまま、深い溜め息のように言った。

 「……そうでしたかね。忘れてしまいましたよ。そんな昔のことは……」

 アバラはジンライに向かい、独り言のように語りかける。

 「それと、よ……」ゆっくりと低い声でアバラは続けた。「これは言ったはずだぜ。二度と、俺をその名で呼ぶな、と……!!」

 腸を振り絞るような、強い憎悪に満ちた声であった。同時に、じわじわとアバラの体内から、無数の毒虫が這い出てくるように圧力を増していくものがある。アバラが、己の内に潜む獣気を解き放とうとしているのだ。

 「ほう……」ジンライが囁くように言う。「殺意の剣を抜くか、アバラ……!」

 ゆっくりと立ち上がるジンライの双眸に、ぎらりと鉄の刃光が閃いた。もし肉眼で捉えられる者が見れば、ジンライの全身を包み炎のように燃える気の揺らめきが見えるはずだ。

 「きひぃ……」と、嬉しそうにアバラが舌舐めずりをした。その紅い両眼に炯とした光が満ちてゆく。「ぞくぞくしますねェ……」

 ジンライとアバラ、双方の肉体から溢れ出した獣気が、ふたりの間の空間でじわりと重なり合った。吼え声をあげずに、二頭の獅子が互いの牙を噛み合わせたかのようであった。

 間合いがじりじりと詰められてゆく。それぞれの肉体から放出される気が蒼白い雷光と化して、双方に挟まれた空間から鋭い音を立てて弾き出されている――その光景が現実となって、目の前に繰り広げられているかのようだ。

 いや、すでに蒼白い燐光が立て続けに大気中を疾り抜け、光が触れた床や壁面は音を立てて砕け散っている。肉体による激突の前に、気の攻防は始まっていた。

 蒼の斬光は、アバラとジンライが放つ気の衝突が激しくなるにつれて、白熱した閃光へと変わってゆく。そして、ふたりの間で生まれる光芒の圧力が限界まで高まった瞬間――

 「づあああっ!!」

 「けえええっ!!」

 烈帛の気合いと同時に、硬質のガラスが粉砕されるような鋭い音が響き渡る。

 その衝撃に弾き飛ばされるように、ふたりの肉体が後方へと跳んだ。間に数ローナの距離を取り、ジンライとアバラは床へと着地し再び睨み合う。

 「たまりませんねェ……」

 にいっ、と粘着質な笑みをアバラが浮かべた。その右頬には、深く赤い肉の裂け目が刻まれている。傷口から流れ出してくる血を、アバラは長い、蛭のような舌でぬたりと舐めあげた。

 しゅううう――

 ジンライが口から長い呼気を吐いた。彼の頬にも、鋭く細い傷が数本ついている。

 「私を試したか、アバラ……」

 鋼の眼光をアバラに向けたまま、低い声でジンライが言った。

 「それはお互いさまですよ。久々の再会です。鈍ってはいないようですねェ、ジンライ殿……」

 アバラの肉体に絡んでいた殺気が、ゆるゆると溶けるように大気中から失せてゆく。しかし殺意そのものがアバラの内側から消え去ったわけではない。その眼は、未だ冷たい氷の温度を留めていた。奥に異形の蛇を潜ませた眼だ。

 「再会の挨拶にしては、随分と剣呑ではないか……」

 ジンライは傍らに立つ、胎児の形に似た肉塊の入ったガラス筒に視線を走らせる。

 「この者たちの眠りを、無粋な殺意で妨げるつもりか……!」

 ジンライの身体に鋼の刃が出現したような硬く鋭いものが満ち始めた。それは、大型の肉食獣がゆっくりと巨体を揺すりながら起きあがってくるかのようであった。

 「ほんの座興ですよ。あなたこそ、そのように強烈な気を解き放っても良いんですかねェ?」

 氷の眼をジンライに向けて、アバラは口の端を吊りあげて白い犬歯を見せた。爬虫類がその顔に微笑を浮かべることがあるとするならば、それはこのように歪んだ笑みとなるだろう。

 剣の切っ先を思わせる眼光を放つジンライの貌を見ながら、アバラは低い声で嗤い出した。

 「そう、その眼ですよ。やはりあなたは墓守りの真似事など相応しくない……」

 嗤いながら、花々を踏み分けてジンライの横を通り過ぎてゆく。

 「天をも支配する魂の降臨を讃えた宝玉――『謳臨覇琉魂(オリハルコン)』の剣に選ばれた戦士の名が泣きますよ……」

 アバラは立ち止まらなかった。そのままガラス筒の立ち並ぶ奥、玉座の方角へ向かい歩いてゆく。その方向には、先ほどのベルセフォネが眠る水晶が存在した広間よりも、さらに強い冷気が流出する通路が暗い口を開けている。

 ジンライは身動きひとつせず、立ち尽くしたままであった。

 「それこそが――それこそが昔の話だ。アバラよ……」

 胸の奥に刻まれた決して癒えない傷の痛みを堪えるかのように、ジンライは深く重い声を発する。

 「王の元へゆくのか――」

 お互いに正反対の方向を見ながら、ジンライが声をかけた。無言のままアバラが頷く。

 乾いた一陣の風が、白い花弁を宙に舞い上げる。胸を締めつけるほどに優しく甘い香りが大気の中に溶けていた。



(三)

 通路そのものは短い距離であった。

 通過した途端、柔らかい銀色の光が頭上から降り注ぐ。かつては天井を覆っていたはずの石材は、遥か昔に崩壊し床一面に瓦礫となって散乱していた。

 空には真珠色の天蓋が広がっており、八つの銀星が巨神の眼の如く燃え盛る様が見える。

 外部からは、時折新鮮な草の香りを乗せた風が吹き込んでくる。しかしその生命力を孕んだ風すらも、この部屋を満たす強烈な冷気は凍てつかせてしまいそうだ。

 広間の両脇には、遠い昔に天井を支えていた円柱が並んでいた。そして中央部に、外部の草原に咲いていた秋桜子(コスモス)に似た花と同じ形状の、八つの花弁が開いたような形をした台座がある。

 上部に人間が十人は乗れるほど大きな台座だ。台座の中心部分には、内部を水色の液体で満たされた薄玻璃の円筒が置かれていた。

 冷気は円筒へ近づくほど厳しさを増してゆく。アバラの周囲では大気中の水分が凍りつき、細かな結晶となって銀光を乱反射させていた。足を踏み出せば、その度にぱきぱきと薄氷を踏み割る音がする。アバラ自身の目や口の周辺にも、大量の霜が付着していた。

 しかしその強烈な冷気を全く意に介さず、アバラは円筒へと向かい歩みを進めてゆく。

 「やあ……。迎えに来たよ、レイリ……」

 感情の失せた笑みを一層強くして、アバラが詠うように囁いた。



 では行こう 哀しき友よ

 無くした愛とともに歌うのだ

 無くした夢のために歌うのだ

 幾千の心とともに

 幾万の魂とともに

 幾億の涙とともに



 水色の液体が、沸騰するように、ごぼりと泡立つ。

 薄玻璃の内部には、十代前半と見られる少女が眠っていた。

 白銀の美しい髪を首元まで伸ばした、母ベルセフォネの面影を色濃く受け継いだ少女――

 衣服を身につけず剥き出しとなったその裸体には、右脇腹の辺りに痛々しい傷跡が刻まれている。



 飛び交う雲のように私を運べ

 黄昏の空を貫いて

 鉛色の空をどこまでも

 全ての嘆きを消し去るために

 悲しみの頂を乗り越えて

 涙の雨はどこまでも



 アバラは床に片膝をつき、厳かに言葉を連ねてゆく。するとその声に導かれるように、少女はゆっくりと両眼を開けた。

 『ああ……』

 少女が苦しげに、同時にどこか官能的な声をあげる。

 雪よりも白く可憐な手を持ち上げると、少女は指を眼前の薄玻璃へと押し当てた。

 次の瞬間、水色の液体が、鋭い亀裂音を立てて虹色に凍りついてゆく。薄玻璃の表面に降りた霜が七色に変化し、一瞬にして円筒全体が凍結した。直後、真っ白な細氷の煙を吹き上げて、薄玻璃の器は一片の形も残さず粉砕される。

 氷の白煙が立ち込める中、少女は右足を一歩宙へと踏み出した。しかし、その爪先が床面へと着くことはない。少女の足下には、黄金を溶かし込んだような虹色の氷柱が床から盛り上がり、その身体を支えていたからだ。

 足を踏み出す度に、大気中にある水分が金属質の澄んだ音を立てて瞬間的に凍結し、少女はそれを足場に空中を歩いてくる。

 濡れたような艶のある肌。常に水気を含み、陽炎のように揺らめく銀髪。その容貌は、誰もが目を瞠るほど美しい。

 憂いを含んだ紅い瞳は遠く虚空を見つめるような深い輝きを宿し、少女に年齢を超越した高貴さを纏わせている。

 少女の歩く後方では、空気中の水分が薄く凍りつき、煌めく粉塵となって周囲に降り注いでいた。

 光の粒子が舞う中で、アバラが膝をつき恭しく拝礼をする。

 「御無事の目覚め、お祝いを申し上げます。この日を我々国民一同、心待ちにしておりました。“新たなる秩序をもたらす者”――偉大なる、帝王コスモスよ……」

 興奮を押し殺した声で、アバラが告げた。

 少女は燃え盛る炎のような瞳をアバラに向ける。その視線を受けるだけで、アバラは自身の背骨を貫くような衝撃を感じていた。それは例えるならば、目の前で巨大な龍に熱した吐息を吐き出されるのと同等の衝撃であった。

 ただその場にいるだけで、無意識に噴き出される少女――コスモスの圧倒的な力に、アバラの肉体が自身の意思に反して激しく畏怖しているのだ。

 『宴の用意はできたか、アバラよ……』

 少女の外見に反する、中性的で深みのある声がコスモスの口から発せられる。

 「臣アバラ、至高の皇帝陛下に申し上げます。準備は整いましてございます。下賤極まりないガイラース、エフィソス両国の愚民どもは、さぞや惨めで憐れな道化となることでしょう……!」

 狂気を帯びたアバラの双眸が、ぎらりと紅い光を放つ。その身に秘めた狂乱、魂の咆哮が届いてくるような眼差しであった。

 アバラの言葉を受けて、青い燐光を秘めたようなコスモスの視線の中に、はっきりとした歓喜の色が含まれる。

 『く、く、く、く……。そうか、それは良い!!』

 コスモスの美麗な顔に凄絶な笑みが造り出された。その相貌には、目覚めた一瞬に見せた憂いの感情など欠片も存在しない。ただ血と殺戮を望む、純粋な殺意が彼女の髪先までも染めあげていた。

『薄汚い裏切り者どもに、奴ら自身の命をもって饗応しようではないか……。楽な死に様など許さぬ。私自らが後世に伝えたくなるような、無様で見苦しい死を与えてやる……!!』

 逆立つ銀髪と遠雷のような呼吸音が、少女の肉体に宿る悪鬼の情念を現していた。瞳には、愛する者を理不尽に奪われた激しい憎しみが狂おしくのた打ち回る。

 コスモスは、少女の貌に人外の笑みを浮かべていた。

 微笑みとさえ呼べる、静かに口元に溜められた笑みだ。それは、無惨な屍体を見る時も変化するとは思われない。同じ微笑みを溜め、同じ瞳で屍体を見ることのできる笑みである。

 帝王――

 少女の青く澄んだ冷笑を見た時、全ての者の魂は彼女の存在をそう直感するであろう。

 それはまさに、太古の神の力を受け継ぐ御子が、現世へと光臨した瞬間であった。





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