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8 カラカラ姫と騎士の子ども

 親父の剣を見つけてから、数日が過ぎた。

 あれから刀身について考えてみたが、わからないままだった。親父に聞き出そうかと何度も思った。だが、あれは親父が隠してきた秘密だ。俺が勝手に興味本位で探り当ててしまったものだ。子どもにだってそのくらいわかる。罪悪感がないわけじゃない。親父のことは尊敬しているんだ。騎士であっても漁夫であっても、親父は親父だ。俺の親父は一人しかいない。

 俺の親父は、立派な人間なんだ。

 ずっとひとつのことを考えられるほど、俺は真面目じゃない。興味はすぐに変わる。漁の手伝いや村のみんなと遊んでいるうちに、秘密を見つけた日のことを海の底に沈めるよう深く深く記憶の片隅に追いやるようになっていった。

 海の子どもは素潜りができる。

 ある日、誰が大物を獲れるか勝負することになった。ちびすけの子守りを任された女子たちは誰が勝利するか、かしましくしゃべり、参加する男子たちは気合いを入れて準備運動をしていた。中には、始まってもいないのに英雄譚を作り始める奴もいた。

 女子の中で一番人気は俺だ。騎士の子だから、そのくらい容易いだろうと身も蓋もないことを言われたのだ。もちろん、嬉しくないわけじゃない。そんなの関係ないだろとつっけんどんには言ったけれど、内心、にやにや笑いが止まらなかった。

 空に高く昇った太陽は、今日も日射しを熱く注ぎ、俺たちの皮膚を赤く黒く焦がしていく。海面は穏やかで荒れる様子もなく、潮風も勝負にはいい日だと祝福してくれているようだった。

 女子の合図に、男子たちは一斉に海へ飛び込んだ。空が逆さまになって降ってくるこの感覚がたまらなく好きだ。世界が蒼色に沈み、音が遠くなる。慣れ親しんだ海中で銛を握り直し、笑みを浮かべた。

 漁にはいくつかの穴場がある。他の奴らはそこに向かったが、俺はわざと離れた。珊瑚や小魚の群れを通り過ぎ、時折、ついてくる奴がいれば物陰に隠れてやり過ごした。

 こんなことをしているのは、大物に心当たりがあるからだ。

 数日前、親父と漁に出かけたとき、舟の下に大きな影を見つけた。親父も気づいていたらしく、銛を掴んで海面を睨みつけていた。影は魚の形をしていたが、俺の身長を悠々と越えてしまいそうなほどの大きさだった。船底の下を通ったかと思えば、舟の回りを旋回する。まるで遊んでいるようだ。その貫禄が漂う壮大さに、俺も親父も動けなかった。影が舟から遠ざかって行くのを見つめていると、あいつは突然海面を叩いた。

 白銀の尾鰭が、太陽の下で輝いていた。

「海の王か……」

 親父が呟いた。銛を置き、舟を漕ぎ出した。

「いいのかよ」

「あれは海の王だ。手をだしたらいけない」

「親父は騎士だったんだろう。だったら、海の王なんて怖くないだろ」

「関係ない」

 親父はいつも一言で片づけようとする。重低音の声にはそれだけの重みがあった。

 だけど、その日の俺は黙っていなかった。

「英雄と言われた騎士でも、王には手をだせないのかよ……」

 皮肉に何も返さない親父を、尚更腹立たしく感じた。

 目標の場所に辿りつき、誰もいないことを確認してから浮上した。村が小さく見えるが、泳いで帰れる距離だ。海の王というやつに会ったときと同じ時間と場所。確証はなかったが確信はあった。ようするに、ただの勘だ。

 俺が海の王を捕獲したら、村の皆は誇りに思ってくれるはずだ。「さすが騎士の子」だと讃えてくれる。滅多に誉めてくれない親父だって、喜んでくれるに決まっている。

 あの親父が関わるなと言った海の王を捕まえるのだから、認めてくれるに違いない。

 なぁ、そうなったら、親父が騎士だった頃の話、聞かせてくれよ。

 俺の勘は当たった。ざわりと海の様子が慌ただしくなった。小さな生物たちが、皆、隠れ始めたのだ。俺もそいつらに習い、再び海に潜り岩に隠れた。岩に張りついたヤドカリが貝の中からこっそり外を覗いている。今の俺、そのものの姿だった。

 海の王は、巨大な魚に似た生物だった。鯨でもイルカでもない。ただ、形だけが魚だ。真白い体は蒼い海の中で一際目立っている。銀色の尾鰭を動かすたびに、きらりきらりと王の威厳を見せているかのように見えた。つぶらな眼は穏やかさを感じさせたが、赤く光るその色にぎょっとした。

 これが、海の王。

 銛を強く握る。俺は騎士の子だ。王に怯えたらいけない。ヤドカリの貝をつついてから、そっと岩を離れた。

 海の王に一定の距離を空けながら、追跡を始めた。海の王は面白いぐらいに隙があった。泳ぎはそれほど早くはない。むしろ遅いほうだ。体も巨大なため、非常に狙いやすい。

 少しずつ慎重に悟られないよう距離を縮め、銛の範囲内に入れていく。銛を構え、狙いを定めたとき、黒色が視界を遮った。

 真っ黒な髪が海中になびくようにして揺れている。同色の瞳の女の子が、立ち塞がるように両手を広げていたのだ。

 俺は固まった。

 何しろ、彼女の下半身は魚だったのだから。

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