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3 夢喰い魔物と無人の塔

 塔の中には、誰もいない。

 この塔がいつ建てられたか、誰が何のために作ったのか僕は知らない。花畑と空がどこまでも広がる暖かくも残酷な世界に、脈絡もなくある日忽然と現れた。石造りの塔はこの世界には酷くちぐはぐで、誰かが間違えて持ってきたのではないかと思ったくらいだ。

 塔にまつわる話はいくつか聞いたことがある。例えば、怖い魔女を閉じこめるためだとか、美しいお姫さまを匿うためだとか、いわゆるよくある物語の舞台として登場していた。物好きな人間たちが好奇心に駆られ、英雄譚を求めて塔に来たけれど、中には誰もいなかった。

 誰もいなければ何の話にもならない。好き勝手に想像を巡らして伝えられていた物語は、次第に誰も話さなくなった。来客はどんどん減っていき、塔の存在なんてなかったかのように静かになった。

 何の特別もない、誰も住んでいない、そこにあるだけの塔。誰かが住まなければ、さらに寂れていく。

 僕は、その塔の世話をすることにした。

 塔を住処とする虫たちに挨拶をして、長々と続く螺旋階段の埃を払った。蜘蛛の巣を壊さないように気をつけながら窓を拭いた。最上階にある部屋の床を磨き、いつでも住めるようにした。

 誰かがこの塔に住み始めたら、きっと何が起こるという淡い期待を抱いていたのかも知れない。あるいは、人間たちが楽しそうに話す「物語の登場人物」への憧れがあったのかも知れない。どちらにしても、僕は尋ねられたこう答えるつもりだ。「魔物の気まぐれさ」ってね。

 僕は魔物だ。人の夢を食べる怖い魔物だ。

 夢を食べられた人間は不幸になる。

 その代わりに願いをひとつだけ叶えてあげる。金持ちにして欲しい、大好きなお菓子をたくさん食べたい、大切な人に会いたいといった願いでもなんでもいい。たいていの人間は喜んで受け入れる。大きな幸福がやってくるのだから、不幸になんてなるものかって。

 夢は人間の好きなものをたくさん食べているような味がする。甘くて酸っぱくて辛くて苦くて、まろやかと思えば薄味で。

 夢には大切な「こころ」というものが詰め込まれているから、そういう味がするらしい。

 僕はその、こころというのがわからない。自分のこころを見たことがないから、どういう形をしていて、体のどこにあるのか知らない。いくら味を知っても体の中に入れてみても、それは違う生き物のものだから僕のものじゃない。

 人間たちの話によれば、「物語」とやらは人の心を動かすものだと聞いた。この眼で物語を見れば、自分のこころがどういうものなのかわかるような気がしたんだ。

 だから、僕は気まぐれに掃除をする。

 誰かが物語を見せてくれて、こころがどこにあるのか教えてくれる日を待ちながら、忘れられた塔の掃除をするんだ。

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