10 花喰い娘と夢を喰う魔物 (5)
海の男の子と別れて螺旋階段を下りていきますと、薄暗い塔の中に光が射し込んでいるのが見えました。足元から風が吹いています。どうやら、扉が開け放たれているようです。
扉の外には、切り取られたような色鮮やかな風景が広がっています。いつ見ても変わらない空と花畑は、幼い頃に読んだ絵本の挿絵に似ていました。
外には使用人がいました。毛布を抱え、物干し台の前にいます。
物干し台は、魔物さんが作られたものです。
壊れた椅子を修理する器用な方です。適当な材料を拾って作ったとおっしゃっていましたが、脚はしっかりしており、竿は二本ついていました。初めて目にしたとき、丈夫な出来だと使用人が憎々しげに呟いたのを覚えています。
わたしが来るまで魔物さんは、小部屋の掃除道具を使用し、時には作りながら塔の世話をして過ごしてきたそうです。
「使用人?」
振り向いた使用人は、小難しい表情をしています。
「お嬢様、あの魔物の考えていることがわかりません」
なにやら困惑していました。
「毛布を干すなんて聞いたことがありません。第一、高貴な方がご使用になるものを屋外で干してはいけませんよ」
毛布と絨毯を洗うわけではなく、お日様の光を浴びさせたらいいと勧めたのは魔物さんです。
洗濯にはそのような方法もあるのかと思っていましたので、何の疑問も持ちませんでした。
「珍しいですか?」
「はい。たいてい、洗濯物は屋内で干します」
「屋内で干すと臭うと聞きました」
「確かに、その通りですが」
渋る使用人にさらに続けます。
「外で干したほうが臭わないですし、早く乾くそうですね。それに、毛布を外に干したら面白いことが起こると聞きました。いったい何が起こるのか、わたしは知りたいのです」
逡巡したのち、使用人は首肯しました。
「お嬢様がおっしゃるならそう致しますが、旦那様と奥方様には」
「えぇ、秘密にしておきます」
唇に人差し指を当てて、微笑みました。
わたしも干してみたいと使用人に頼み込み、一緒に毛布を広げました。竿にかけ、毛布を伸ばし、ブリキが巻かれたバネばさみで挟みます。
毛布は、さんさんと降り注ぐ陽光を浴びていました。
「シーツを洗って干したくなりますね」
使用人の独り言を逃しませんでした。
「やってみたいです!」
「お嬢様!」
「魔物さんから石鹸を頂きました。洗濯や床磨きに使っていいそうです!」
興奮を抑えきれず、勢いよく話します。使用人は困り顔でした。
「洗濯でもやるの?」
塔の影から、魔物さんがひょっこり顔をだしました。今までどこにいたのかと尋ねようとしたとき、魔物さんの後ろにあるものに視線がいきました。
カラカラ姫の柩がありました。
男の子が運んできた荷車の上に、丸めた絨毯と乗せられています。
わたしの視線に気づいたのか、魔物さんは柩を一瞥しました。
「あぁ、これ? 子どもに聞いたらいらないって言ったから、何かに使えないかなって」
使用人が絶句しました。
「中には誰もいないのは知っているよね。まぁ、姫君の骨が少しだけ残っているけれど」
「こ、この魔物め!」
「こういう結果になったのは、自分のせいだとわかって言っているのか?」
紅玉の瞳に射抜かれ、使用人は身を竦ませます。
「僕は飽きたんだよ。役割を与えられる在り方に」
「魔物さん?」
「洗濯をするなら、柩を桶の代わりにするのはどうかな。この荷車はお嬢様の荷物を運ぶときに使えばいいだろう」
「あの」
「絨毯を干す場所がないか探したけれど、やっぱり竿にかけるのが一番だね」
魔物さんの言葉の端々に苛立ちが見えました。
他に干す場所を探していたあたり、よっぽど使用人といたくないのでしょう。
「魔物さん。わたし、干します。いえ、干しましょう」
傍に寄り、荷車の絨毯を引き下ろそうとしたところ、魔物さんに持ち上げられてしまいました。
「いいよ、僕がする」
「魔物さん」
「なに」
「喧嘩しないでください」
「してないよ」
「それでは、怒らないでください」
「怒ってないさ」
そういうつもりならば、こちらにも考えがあります。わたしは使用人を呼びました。使用人は嫌な顔を露骨にだし、仕方なくといった様子で来ました。
「お二人共、握手をしてください」
二人はぎょっとしました。
「な、なんでこのような汚らわしい魔物と!」
「魔物さんは汚らわしくありません」
「どうして握手なんだい」
「友達の証です」
二人はお互いの顔を見ましたが、魔物さんは仏頂面で使用人の口角は引きつっています。
「僕はこいつと友達になりたいとは思っていないよ」
魔物さんは目の前にいる相手を、堂々と指しました。
「私もですよ!」
「なってください」
断言しました。
「いつまでギスギスしているつもりなんですか。これでは、楽しく掃除も洗濯もできません。握手をして友達になってください。そして、仲直りしてください」
まごついている二人の手首を掴みます。
「嫌なら、お二人とも柩に閉じこめます」
二人の顔が凍りつき、わたしは手を離して微笑みました。
先に手を伸ばしたのは使用人でした。震えていますが、やり遂げようとする意志はあるようです。魔物さんは震えながらも伸ばす手を興味深そうに眺め、突然、がっしりと掴みました。
使用人が短い悲鳴を上げました。
「よろしく」
魔物さんは笑顔でした。
「よ、よろしく」
使用人は青ざめていました。
握手を交わす二人の手に、わたしの掌を乗せます。
「これで二人は今日からお友達です。仲良くしてくださいね」
魔物さんの返事は軽く、使用人の返事は重たいものでした。




