表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/25

10 花喰い娘と夢を喰う魔物 (4)


「家ではそういうお嬢様なんだね」

「何がでしょう」

 とぼけても無駄だとわかっていましたが、何も言わないよりはいいと思い、あえて口にしました。

 わたしが着替えたあと、使用人は言われた通りに水を汲みに行き、騎士様は螺旋階段の掃除を始めました。わたしは部屋の掃除です。先生として魔物さんに来て頂きました。

「使用人の態度だけ、いつもと違っていた」

「ほっといてください」

 背を向けて毛布を丸めます。魔物さん曰く、毛布も絨毯も干すのだそうです。

「なぜ?」

 なぜと言われましても。答えようにも思いつかず、無言を返しました。

「ねえ」

 振り向くと魔物さんの顔が触れるくらいの距離にあります。驚いて身を引こうとしたところ、腕を掴まれました。

「僕にはあいつみたいな態度をとらないの?」

「魔物さん、近いです。とても近いです」

「質問に答えて」

 紅玉の瞳に茶目っ気はありません。しどろもどろになりながら、なんとか口を動かします。

「そ、それは、あくまでも使用人ですから……」

「あいつだけ特別扱い?」

 決してそういうわけではありませんが、魔物さんは納得がいかなかったようです。さらに一歩近づかれ、ベッドの縁に足が当たり腰を下ろしてしまいました。

「そういうの、面白くないな」

「ま、魔物さん?」

 目を合わせることすら恥ずかしくなり、逃げるにも逃げられず顔が火照ります。

「ねぇ、キスしていい?」

「え?」

 心臓が早鐘を打っていました。熱さで頭がどうにかなってしまいそうです。口が回らず、なされるがまま肩を押されて仰向けになっていました。魔物さんの大きな体が覆い被さるように迫ってきます。癖のある柔らかな銀髪が頬に当たり、身を捩れば手首を掴まれてしまいました。

「少し、動かないで」

 魔物さんが耳元で囁きました。艶やかな声もだすことができるのだと、ぼんやりとした頭で感心したときです。

「すみません、おじょうさ」

 運が良いのか悪いのか、奇しくも使用人が部屋に訪れたときと、わたしがベッドに倒されたときの時間はぴったり合っていました。

「なにやっているんだああああああああ!」

 使用人の怒声が響きました。

 魔物さんの舌打ちが聞こえたのは、聞き間違いではないのでしょう。

「なにって、押し倒しているところ」

 表情をひとつも変えずおっしゃるとは、さすがです。

「お嬢様から離れなさい!」

「やだ」

 腕を引かれ体を起こされたかと思いきや、魔物さんの腕の中にいました。頭を胸に引き寄せられ、抱きすくめられます。

「あげない」

「いいから離れなさい!」

 使用人は怒り心頭です。

「魔物さん、あの」

「お嬢様がこいつを特別扱いしないっていうなら、考えよう」

「はぁ。……元々していませんが」

 魔物さんは、ぱちくり瞬きをしました。

「本当?」

「はい」

 ようやく納得がいく答えを得られたのでしょう。魔物さんは満足げです。

「それはそれであんまりです。お嬢様」

 使用人の嘆きは聞かなかったことにしました。


 あれから使用人は、魔物さんを警戒するようになりました。

 階段を下りる際にも、先頭が魔物さんで真ん中が使用人、最後尾がわたしで並ぶように言われました。

 魔物さんはわたしの手を繋げないのは嫌だとへそを曲げてしまい、使用人は今にも噛みつきそうな勢いで魔物さんを睨んでいます。わたしは、お嬢様には意識が足りないと叱られたばかりです。

 しかも、毛布を奪われてしまいました。お二人は毛布と絨毯を抱えていますのに、わたしだけ手ぶらです。

 気まずい沈黙のまま三人で螺旋階段を下りていきますと、騎士様にお会いしました。騎士様は掃除の手伝いをしたいとおっしゃり、階段掃除を引き受けてくださいました。手際よくこなされたのか、階下まで進んでいました。

「こっちはもう終わるよ」

 騎士様が笑顔で手を振ります。

「ありがとうございます」

 使用人の背後からお礼を言いました。使用人と魔物さんは無言です。ピリピリとした雰囲気を感じ取ったのか、騎士様の笑顔が引きつりました。

「どうしたんだよ」

「その」

「僕は先に行くよ。こいつと一緒にいたくない」

 騎士様を素通りして、魔物さんが下りていきます。

「お嬢様。あの魔物はやめたほうがよいかと」

「もう、あなたは黙ってください!」

 使用人の背中を押して先を促します。不安げな視線を送られましたが、下りていきました。

「なんだ、あいつら。姉ちゃんも大変だな。喧嘩か?」

「そういうところです」

 苦笑いしたわたしに、騎士さまは肩を竦めました。

 騎士様の箒は、階段下の小部屋から拝借したものです。掃除には同じ道具を使うものだと思っていましたが、用途によって変わると魔物さんに教わりました。絨毯や壁用のブラシもあるそうです。ただ、小部屋にある箒はひとつだけでした。

 箒を握る騎士様の腰に、あの剣がありません。

 空っぽの、お父様の大切な騎士の証となる剣。

「あの、剣は」

「掃除の邪魔になるから外した」

 あれほど大切にしていたのに、あっけらかんとしています。心配げな顔がでていたのでしょう。騎士様は首を緩やかに振りました。

「俺は認められたかっただけなんだ。親父があまりにも大きすぎて。親父と同じ騎士になれば、越えられるかなって思ってたんだ」

 騎士の子どもだと言われた男の子は、騎士をやめたお父様にわだかまりを抱いていました。

 もしかしたら、騎士を継ぐことでお父様の名誉を挽回したかったのかも知れません。

「でも、もういいんだ。カラカラ姫も姉ちゃんも俺を認めてくれた。俺は馬鹿で無力だけど、何もできないわけじゃないから。騎士にならなくても親父を越えられるよう頑張るよ。俺も帰る。今度は剣を返すために。カラカラ姫とお別れができたからな」

 そこに迷いはありませんでした。

「俺は騎士をやめる」

 朗らかに笑う男の子は、少しだけ背が伸びたように感じました。

「今度、姉ちゃんに会うときは強くなって来るから」 

「はい。楽しみにしております」

 不意に握り拳を前にだされ、意図がわからず見つめてしまいました。

「拳、ぶつけんの」

「はい」

 握り拳をつくり、こつんとぶつけます。

 海の男の子はとても嬉しそうです。

「ところで、姉ちゃんは魔物の質問に答えられたの?」

「実は、まだ……」

 あれから考えてみましたが、全くといっていいほど思いつきません。手がかりを得るために魔物さんにあれこれ質問してみましたが、上手くかわされてしまいました。

「どんな質問?」

「魔物さんの本当の姿を当てて欲しいと」

「本当の姿? へえ、カエルになった王子様みたいだ」

 そうであれば物語のような展開ですが、魔物さんは人の姿をしています。

「俺や姉ちゃんと同じように、周囲にそう呼ばれているだけだと思っていた」

 魔物さんも周囲に魔物だと言われているうちに、自分が何者なのかわからなくなったとおっしゃっていました。

 男の子は騎士の子どもだと呼ばれ、わたしは女であることを望まれました。

 自分が誰なのかわからなくなった人たちが、引き寄せられるように塔にいます。

 どこまでも広がる青空と花畑の中にそびえ立つ塔は、物語の舞台のようです。誰が何のために建てたのか定かではありません。ただそこにあるだけの塔は、誰にも相手にされずに存在していたそうです。

 魔物さんが興味を抱くまでは。

「そうだ。こころだ!」

 一緒に考えてくださった男の子が、明るい声を上げました。

「ほら、あいつ言っていただろ。俺たちにはあるけど、自分にはないって」

 わたしたちにあって、魔物さんにないもの。

「こころが何かわかっていれば、ここにいないとか偉そうなことを言っていたな」

「こころと関係しているのでしょうか」

「たぶん」

 わたしはさらに思案します。

 魔物さんのこころを見つけられたのは、ほかならない男の子のおかげです。

 こころが何か探していた魔物さんに、柩を護る騎士とカラカラ姫の物語に介入すればわかるかもしれないと提案しました。荒唐無稽とも言える案でしたが、魔物さんはようやく答えを得られたのです。

「魔物さんは、あなたと姫君を見てわかったそうです」

「え、俺たち?」

 わたしと魔物さんの約束を、この子は知りません。終わった物語に息を吹き返せないかと勝手な思いでの行動でした。使用人が現れ思いがけない結末となりましたが、騎士様とカラカラ姫が会話をできたのを喜ばしく感じます。

「もしかして、昨日の夜の?」

「はい、そうです」

「あれを思い出すと恥ずかしいな。別にカラカラ姫を意識してないとかそんなわけじゃねーし、ほら、なんつうか、その」

 頬を掻いて、赤くなっておりました。

「神聖に見えましたよ」

「し、神聖!」

 声を裏返した男の子に、くすくすと笑ってしまいます。

 昨夜のお二人は、恋人同士が誓い合う神聖な儀式の一場面を見ているようでした。

 果たして、魔物さんにもそう見えたのでしょうか。

 何か引っかかっている気がしました。

 大事な欠片を見落としているような、頼りない気持ちになったのです。

「何が足りないのでしょう」

 零れた疑問に、男の子は首を傾げました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ