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1 花喰い娘

 指切りげんまん嘘ついたらいけないよ。

 可愛らしいその小指に、いくら僕の指を絡めても君は約束を守ってくれない。

 こくりと君が喉を鳴らせば、それは唾液と共に胃の中に落ちていった。胃袋の中で重なりあい、少しずつ蓄積されていく。もし彼女の腹を切り裂けば、溢れんばかりにでてくるはずだろう。気味の悪い、けれど魅惑的な想像をして、僕は溜息をついた。

 君は溜息に敏感だ。人の呆れた顔、嫌悪した顔に酷く怯える。僕の溜息で、ようやくこちらの存在に気がついた。振り返った君は、碧の眼に涙をたっぷり溜め込んでいる。肩を微かに震わせ、金の巻き毛を揺らした。

「また破ったの」

 咎めようとは思わなかった。ただ確認のための言葉だった。君は嘘をつく。頭を振って嘘をつく。逃げようと後ずさるものだから、腕を容赦なく掴んでこちらに引き寄せた。

「どうして逃げるの」

 ごめんなさい。謝罪と共に落ちた花びら。君は花を握り締めていた。茎からもぎ取られた花は、彼女の手の中でばらばらとなる。白色の花びらは、くすんだ絨毯の上に落ちていった。

「食べちゃだめだよ」

 赤らめた頬に触れれば、温もりが残る涙が僕の指を濡らした。わかっている。いくら僕が言っても、君が花を食べることをやめないぐらい。それでも僕は言うのだ。食べたらいけないと。

 やっぱり彼女は我慢ができなかった。花瓶の花に手を伸ばし、無造作に掴みとった。彼女の手の内で花びらがもぎとられていく。花の匂いが染みついた手が、口の中に入り切れなかった花びらを落とした。口内には白の花びらが敷き詰められている。

 僕が再び溜息をつけば、君は碧眼を潤ませた。

「だから、花は食べるものじゃないんだ。わかるかい」

 そう言った途端、君は肩を跳ねさせ、柔らかな絨毯の上に両手をつき、何度も咳き込んだ。咳き込むたび、君の小さな体が跳ねる。無色の糸をひいて、白色の花びらが落ちた。

 また、無茶をする。膝をつき、肩に触れた。君は笑った。懸命に笑った。あなたに嫌われたくないから。これで何度目の指切りだろう。もう食べないでと約束しても君はまた食べるんだ。いくら小指を絡めても、花には勝てないらしい。

 花喰い娘。君の胃袋には、あと、どれくらいの花が詰まっているのだろう。


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